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2022.11.17
『おいしいボタニカル・アート』でたどるイギリスの食文化。SOMPO美術館にて展覧会が開催中!
古代ギリシャにさかのぼり、17世紀の大航海時代、珍しい植物を追い求めたプラント・ハンターたちの周辺で多く制作された「ボタニカル・アート」(植物画)。科学的研究を目的とし、草花が正確、そして緻密に描かれると、18世紀以降には芸術性の高い作品も作られるようになりました。
目次
SOMPO美術館にて開催中の『おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり』展示室入口。
イギリスのキュー王立植物園の協力のもと、食用の植物を描いたボタニカル・アートの展覧会が、東京・新宿のSOMPO美術館にて開催中です。野菜や果物、それに茶やスパイスなどを描いたボタニカル・アートからひも解くイギリスの食文化とは? 見どころをご紹介します。
ジャガイモは忌避されていた?イギリスの食卓を彩る野菜の意外な歴史
ジョゼフ・ヤコブ・リッター・フォン・プレンク『ターニップ(カブ)』 1788〜1803年頃 キュー王立植物園
まず野菜から見ていきましょう。イギリスで古くから食されていたのは、キャベツやダイコン、またカブなど。穀類は小麦の他、ライ麦も栽培され、豆類も食べられていました。一方で今日のイギリスの食卓を彩るジャガイモやトウモロコシ、トマトなどは、いずれもアメリカ大陸が原産です。
エルンスト・ベナリー『トマト』 2015年(原画1889年) キュー王立植物園
アメリカ大陸から野菜がヨーロッパへもたらされたのは大航海時代以降のことでした。そしてトマトは観賞用として流通したり、トウモロコシは植民地のための食物として栽培されたりと、時間をかけて普及し、19世紀後半には現在と変わらない種類の野菜が食されるようになりました。
フレデリック・ポリドール・ノッダー『ジャガイモ』 1794年 Photo Brain Trust Inc.
イギリスの国民食でもあるジャガイモにも注目です。そもそもジャガイモの芽や茎、それに葉には「ソラニン」と呼ばれる有毒な成分が含まれています。しかしヨーロッパの人々は元々イモを食べる習慣がなかったため、知らずに茎や葉を食べ、食中毒を起こしてしまいます。よって負のイメージがつきまとい、意外なことになかなか受け入れられませんでした。
お茶、コーヒーはいつ飲まれた?イギリスの喫茶文化とボタニカル・アート
作者不明『チャの木』 1800年 Photo Brain Trust Inc.
イギリスといえば紅茶の国。お茶の伝来は17世紀前半にさかのぼります。初めは薬として飲まれていましたが、次第に王室や上流階級の女性たちを中心に喫茶の習慣が広がっていきます。
上:ジョゼフ・ヤコブ・リッター・フォン・プレンク 下:無名の画家『コーヒーの木』 上:1788〜1803年頃 下:1872年 キュー王立植物園
一方で元々イスラムの聖職者を中心に実の煮汁を飲んでいたコーヒーは、13世紀半ば頃に豆を炒って粉にして煮出して飲まれるようになると、アラビアからトルコを経てヨーロッパへと伝わります。
17世紀後半のコーヒー・ハウスの様子(1668年) 展示室内パネルより
1650年にはイギリスにコーヒーを提供する店がオープン。するとロンドンを中心にコーヒー・ハウスが次々と開店しては人々に普及していきます。またコーヒー・ハウスでは単に飲み物を楽しむだけでなく、さまざまな身分の人が集い、議論し合うなど、交流の場としての機能していました。そこから文学サークルやジャーナリズム、政党なども生まれていきます。
無名の北インドの画家、もしくは(おそらく) 中国の画家 (過去にジャネット・ハットン[1810年代に活躍]の作品とみなされる)『カカオ』 1810年頃 キュー王立植物園
南アメリカ原産のカカオを用いるチョコレートも、コーヒーや紅茶と同様、17世紀の中葉にイギリスへ広まります。しかし当時はカカオの安定した供給が難しく、また他国の植民地からの輸入品に高い関税がかけられていたため、19世紀半ばまでは高価な飲み物とみなされていました。
かつて贅沢品だった果物。お茶やコーヒーが普及する前に飲まれていたものとは?
お茶がイギリスで飲まれる前、人々は何を飲んでいたのでしょうか。それはなんとりんごから作るシードルや大麦を原料とするビールといったアルコールでした。
左:インドの画家『スイカ』 19世紀前半 右:ゲオルク・ディオニシウス・エーレット『ザクロ』 1771年 ともにキュー王立植物園
果物がデザートとして提供されるようになったのは18世紀の初めの頃です。ザクロが南ヨーロッパより伝わり、モモがインドや中国から、そしてスイカはエジプトやインドよりやってきます。
ピエール・アントワーヌ・ポワトー『ビター・オレンジ』 1807〜1835年 Photo Michael Whiteway
中でも珍重されたのがオレンジやレモンなどの柑橘類でした。しかしこれらも舶来の品、インドやヒマラヤを原産とするため、アラビアを経由してヨーロッパへと伝わります。しかも気温の低いイギリスでは柑橘類は温室でないと育たないため、19世紀までは富裕層の贅沢品とされていました。
ウィリアム・フッカーの果物画からウェッジウッドやミントンなどの名品まで
左からモモ 「グリムウッズ・ロイヤル・ジョージ」、モモ 「ラ・ガランド」 ともにウィリアム・フッカー、1818年、個人蔵。
こうした一連のボタニカル・アートの中でも特に魅力あふれる作品を残したのは、ロンドン園芸協会のお抱えの画家だったウィリアム・フッカーです。協会のために花や果物の原画や彩色の版画を制作したフッカーは、特に果物画にて優れた才能を発揮します。
ウィリアム・フッカー『ブドウ “レザン・ド・カルム”』 1818年 Photo Michael Whiteway
会場ではフッカーの代表作で「ロンドンの果物」を意味する『ポモナ・ロンディネンシス』から40点を公開。学問的に正確であるだけでなく、生き生きとした「おいしそう」なボタニカル・アートを楽しむことができます。
このほかにも食卓を飾るティー・セット、グラス、カトラリーなども展示。ウェッジウッドやミントンなどの名品も愛でることもできます。
またヴィクトリア朝のダイニング・テーブル・セットや18世紀末から19世紀初頭のティー・セッティングなどの再現展示も見どころです。
『おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり』展にて、美しい植物画を愛でながら、イギリスの食文化の広がりをたどってください。
展覧会情報
『おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり』 SOMPO美術館
開催期間:2022年11月5日(土)~2023年1月15日(日)
所在地:東京都新宿区西新宿1-26-1
アクセス:JR線新宿駅西口から徒歩5分、東京メトロ丸ノ内線新宿駅から徒歩5分
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜日(ただし1月9日は開館。12月29日~1月4日は休館)
観覧料:一般1500(1600)円、大学生1000(1100)円、高校生以下無料
※事前購入料金。()内は当日料金
https://www.sompo-museum.org
※画像写真の無断転載を禁じます。

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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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