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2022.11.28

黒と白で描かれたミステリアスな人間ドラマ。フェリックス・ヴァロットンの木版画の世界

ナビ派(※)の画家、フェリックス・ヴァロットン(1865〜1925年)を知っていますか? スイス・ローザンヌに生まれ、1882年に16歳の若さでパリへと出ると、サロンにも出展して入選を果たします。そして版画、挿画、雑誌や新聞の挿絵、美術批評、さらに油彩画を掛け持ちしては幅広く活動しました。

※19世紀末のパリで結成された若い画家を中心としたグループ。平面的、装飾的な作風を特徴とし、のちの抽象主義への道を開きました。

『ヴァロットン―黒と白』展示室入口バナー

そのヴァロットンの真骨頂でもある木版画に着目した展覧会が、現在、東京・丸の内の三菱一号館美術館にて開かれています。群衆と孤独、暴力に抵抗、そして男と女の関係などをミステリアスに描いた作品の魅力とは? 見どころをご紹介します。

パリの街と人を観察。群衆の肖像と心理を描き分けるヴァロットン

『ヴァロットン―黒と白』展示風景

19世紀末、最も華やかな時代を迎えたパリは、ヴァロットンにとって驚きと発見に満ちた街でした。そして他のナビ派の画家たちと同様、都市生活者として街へと繰り出し、さまざまな世代や階級の人々の集う雑踏をつぶさに観察すると、木版画や絵画に表現していきます。

フェリックス・ヴァロットン『学生たちのデモ行進(息づく街パリ V)』 1893年

7点の連作版画集〈息づく街パリ〉のテーマは、活気あふれる近代都市パリの出来事や人々です。『学生たちのデモ行進』では、1893年7月にカルティエ・ラタンにて行われ、警察の介入によって暴動へと発展したデモを取り上げています。行列の衣装だけ黒い色をのせ、周囲に群がる人々と対比していますが、さまざまな人物の立ち振る舞いを描き分けているのも見事ではないでしょうか。

フェリックス・ヴァロットン『祖国を讃える歌』 1893年

『祖国を讃える歌』も、群衆の肖像と心理を描き分けた一枚です。歌を聞きながら熱狂したり、同調したり、困惑する者などをドラマティックに表現しています。そしてここには当時、フランス国内で高まっていた愛国主義に対する風刺が込められています。ヴァロットンは社会的悪習や権力を告発するスタンスを崩しませんでした。

「死」への眼差し。黒と白を操って表現する人間ドラマ

フェリックス・ヴァロットン『埋葬』 1891年

ナビ派の画家があまり目を向けることのなかった「死」も、ヴァロットンが何度も取り上げたモチーフでした。そのうち『埋葬』とは、人々の見守る中、棺を土の中へ収めようとする様子を表した作品で、背景には黒い影絵のような糸杉や死を暗示する烏の群れなどを描いています。

フェリックス・ヴァロットン『自殺』 1894年

入水自殺を遂げた遺体を引き上げる作業を、橋の上から群衆が見入る光景を描いた『自殺』も、「死」を描いた作品の1つです。画面全体を黒の闇が覆う中、波間よりわずかに頭部が浮き上がっているようにも見えますが、そのすがたは必ずしも明らかではありません。ヴァロットンは自殺者を生む社会の歪みとともに、人々の野次馬精神への風刺を込めたとも指摘されています。

フェリックス・ヴァロットン『暗殺』 1893年

一転して白い画面が支配する『暗殺』も、「死」を暗示的に表現した作品でした。ここに見られるのは、刃物を振り上げる手と、抵抗しようと伸びる腕だけ。互いの表情は伺えません。にも関わらず、乱れたラグや少し開かれた扉といった描写も加わり、切迫感のある場面を築き上げています。このようにヴァロットンは黒と白を巧みに操り、人間を取り巻くドラマを描いていったのです。

男女の親密な関係から、現実と空想を融合させた風景まで

フェリックス・ヴァロットン『嘘(アンティミテ I)』 1897年

ヴァロットン版画の傑作として知られるのが、男女の親密な関係をテーマに制作された10点の〈アンティミテ〉と呼ばれるシリーズです。『嘘』は最初に描かれた1点で、黒いソファの上で男女が抱き合うすがたを表しています。身体を象る曲線と背景のストライプが鮮やかな対比を見せています。

フェリックス・ヴァロットン『お金(アンティミテ V)』 1898年

実に3分の2ほどの黒が画面を覆う『お金』も見逃せない一枚です。男女が寄り添っていますが、もはや男性は黒、言い換えれば闇ヘと同化している一方、女性は輝くように白く描かれ、強い存在感を放っています。ヴァロットンは時を経るごとに木版の黒の面を増やしていきましたが、その頂点と呼べる作品とかもしれません。

フェリックス・ヴァロットン『夜』 1895年

最後に幻想的な作品をご紹介しましょう。それが『夜』と題した一枚の風景の木版画です。曲がりくねった道の先に建つ一軒の邸宅。空はほとんど見えないものの、手前の池の水面に星が映っていることから夜であることが分かります。そして建物も不思議と歪んでいます。ヴァロットンは実在する場所から着想を得てスケッチしつつ、その途中で心理的なイメージによって変容させ、現実と空想を融合させる作品を描いていきました。

新感覚!津田健次郎さんがナビゲーターを務める「AR音声ガイド」もおすすめ

左:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『ディヴァン・ジャポネ』 1893年 右:フェリックス・ヴァロットン『見知らぬ人』 1894年

この他にもヴァロットンとロートレックを比較する展示など、見どころはまだまだありますが、鑑賞に際しておすすめしたいのが、360度の方向や遠近感までを再現した音響を楽しめる「AR音声ガイド」です。

「三菱一号館美術館音声ガイドアプリ」による「AR音声ガイド」。スマートフォンやタブレットにダウンロードして利用できます。(音声ガイド機の貸し出しはありません。)

ナビゲーターを務めるのは声優で俳優の津田健次郎さん。その語り口が大変に艶っぽく魅惑的で、まるでぴったり寄り添ってデートしながら、ヴァロットンの木版画の世界へ入り浸っているような気持ちにさせられます。

『ヴァロットン―黒と白』特設ショップ

「黒の強さ、鮮やかさを、彼は激しい恐怖、壮麗さにまで持ち上げる術を知っている」と友人に評されたヴァロットン。黒と白のみの表現ながら、そこには人間の複雑な心理が描かれ、生と死を行き交うような狂気すら感じられます。不穏でただならぬ気配が漂う人間ドラマを、ヴァロットンの木版画にて目の当たりにしてください。

※作品はいずれも三菱一号館美術館蔵

展覧会情報

『ヴァロットン―黒と白』 三菱一号館美術館
開催期間:2022年10月29日(土) 〜 2023年1月29日(日)
所在地:東京都千代田区丸の内2-6-2
アクセス: JR線東京駅丸の内南口より徒歩5分。都営三田線日比谷駅B7出口、および東京メトロ千代田線二重橋前〈丸の内〉駅1番出口よりそれぞれ徒歩3分
開館時間:10:00~18:00
 ※金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は21:00まで
 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、12月31日、1月1日(ただし10月31日、11月28日、12月26日、1月2日、1月9日、1月23日は開館)
料金:一般1900円、高校・大学生1000円、小・中学生無料
https://mimt.jp/

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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

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