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2021.11.25
「生きた絵を描きたい」 4つの時代を生き、ひたすら実直に絵を描き続けた日本画家、奥村土牛の魅力
日本画家・奥村土牛(おくむら とぎゅう)を知っていますか? 1889年に東京・京橋に生まれ、明治、大正、昭和、平成と4つの時代を生き、101歳の天寿を全う。生涯に渡って身近に見る花鳥や動物、それに風景などを瑞々しい色彩をもって描きました。どこかほっこり、ほんわかするような作風も魅力です。
目次
その土牛と縁の深い東京・広尾の山種美術館では、開館55周年を記念した『奥村土牛 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―』を開催。約70点の出展作のすべてが土牛画という、「オール土牛」の展覧会を行っています。その見どころをレポートします。
『奥村土牛 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―』展示室風景
38歳にて院展に初入選。80歳を超えても絵筆を取り続けた土牛の人生とは?
『雨趣』 1928(昭和3)年 土牛が39歳の時の作品で、当時の赤坂付近の雨の光景を崖から見下ろす構図で描きました。
まず奥村土牛の生涯について振り返ってみましょう。出版社を営み、画家志望だった父親のもとで10代の頃から絵画に親しむと、16歳で画塾に入門し、生涯の師と仰ぐ小林古径(こばやし こけい)と出会います。中国・唐の詩の「土牛石田を耕す」からとられた「土牛」という画号は、28歳の時に父親が名付けました。そこには「石ころの多い田を根気よく耕すと、やがて美田に変わるように、たゆまず精進しなさい。」との意味が込められていました。
『枇杷と少女』 1930(昭和5)年 果樹と人物を一緒に描いた土牛としては珍しい作品。院展初入選作の『胡瓜畑』の3年後に描かれ、この2年後に同人に推挙されました。
38歳の遅咲きにて院展(※)に初入選すると、展覧会に出品を重ねて40代の半ばから名声を高めています。そして美術大学にて後進の指導に当たると、1962年には文化勲章を受賞。80歳を過ぎても「初心を忘れず、拙くとも生きた絵を描きたい」として絵筆を取り続け、1978年には日本美術院の理事長に就任するなどして活躍します。性格はとても真面目であり、物事に接するときはいつも真剣で、人の悪口は決して言わなかったそうです。実直な人柄がしのばれます。(※1898年に開設された日本美術院の公募展。現在も日本画団体として展覧会を開催しています。)
山種美術館の創設者、山崎種二と土牛の深い親交
「山﨑種二(左・73歳)と奥村土牛(右・77歳) 山種美術館の開館記念展(東京・日本橋兜町)にて」 1966(昭和41年)7月7日
その土牛と山種美術館には一体、どのような深い関わりがあったのでしょうか。実業家で同館の創立者でもある山﨑種二は「絵は人柄である」との信念のもと、同時代の日本画家と直接交流しながら作品を蒐集(しゅうしゅう)していました。そして土牛に才能を見出した種二は、まだ大きく活躍する前から「私は将来性のあると確信する人の絵しか買わない」と本人に伝えて支援し、約半世紀に渡って家族ぐるみの付き合いを続けます。出会って数年後、土牛の家を訪ねた種二は、電話がないことを知るとすぐに設置を手配して、土牛を驚かせたというエピソードからも、2人の深い関係を思わせます。
『三彩鑑賞』 1966(昭和41)年 山種美術館の竣工記念展に出品された作品で、ガラスケースに収められた三彩を描いています。まさに博物館にて三彩を愛でているかのようです。
そうした交流の結果、山種美術館には多くの土牛作品が収蔵され、いまでは全部で135点を数えます。特に戦後の秋の院展出品作は、土牛の希望によって多くが同館に購入されました。近代日本画の充実したコレクションで知られる山種美術館ですが、いわば「土牛の美術館」でもあるのです。土牛自身も後年、種二について「万事につけていろいろと力を貸して下された」と感謝していました。
身近な生きものを描き続ける。かわいらしく、生気に溢れた植物や動物たち
『兎』 1936(昭和11)年 昭和初期の院展への出品作には、猿や仔馬など動物をモチーフとした作品が多く描かれました。なお会期中、本作品のみ写真の撮影ができます。
土牛の魅力はいくつも挙げられますが、まず目を引くのが兎や鹿、それに泳ぐ鯉といった生き物を描いたかわいらしい作品です。そのうち『兎』は珍しいアンゴラ兎を飼っている人がいると聞き、写生に出かけて描いたもので、上部に大きく余白をとった空間に、柔らかな毛並みをした3匹の白兎がいる様子を見事に捉えています。
『鯉』 1948(昭和23)年頃 1匹の鯉が水の中をのんびりと泳いでいます。金色に染まるうろこや透明感のあるひれの描写が絶妙です。実に42年ぶりの公開となりました。
「目が楽しいから生きものを描くのが好き」と語った土牛は、観察を楽しみながら花や生き物を分け隔てなく描きました。「絵を通して伝わってくるのは作者の人間性」とは自身の言葉ですが、そのようなすべての生き物に対する愛しみの想いは、作品からも滲み出しているのではないでしょうか。
渦潮を瑞々しい色彩で描いた『鳴門』の迫力。西洋絵画の意外な影響も
『鳴門』 1959(昭和34)年 土牛が鳴門の渦潮を船上から何十枚も写生し、それを元に完成された作品。渦潮の向こうには島陰がうっすらと見えます。
写生を重視した土牛でしたが、かたちを表面的に写すのではなく、物質感、ひいては「気持ち」を捉えることが大切だと考えていました。また薄くすいた絵具を幾重にも重ね、透明感と同時に深みのある色調も追求していきます。その1つの結実した作品が、徳島の鳴門の渦潮を描いた『鳴門』でした。群青、白緑、胡粉を重ねた色彩により、渦を巻く波の様子を巧みに表しています。どっしりとした海の量感が伝わるようで、あたかも船に乗って渦潮を目の当たりにしている気持ちにさせられるかもしれません。
『茶室』 1963(昭和38)年 土牛は師の古径の画室に出入りしていた頃、セザンヌの画集を買い与えられ、好きになったと語っています。
その一方、セザンヌといった西洋絵画の影響が垣間見えるのも興味深いところです。例えば京都・大徳寺の真珠庵の中にある茶室を舞台にした『茶室』は、色と線が幾何学的に組み合わされる上、障子からの光が画面に抽象画のような広がりを与えています。このほか姫路城の天守閣をモチーフにした「城」の構図や、日本三名瀑として名高い『那智』の滝を囲んだ荒々しい岩肌にも、セザンヌの画風を連想させるのではないでしょうか。
花がこぼれ落ちそうなほど咲き誇る。傑作『醍醐』の魅力
最後に今回の展覧会で一推しの作品をご紹介します。それが京都・醍醐寺三宝院のしだれ桜を描いた『醍醐』です。1963年、師の小林古径の7回忌の法要で奈良を訪ね、帰りに醍醐寺に立ち寄った土牛は、土塀のしだれ桜に大いに感銘し、数日間通って写生しました。そしていつか絵にしたいと思ったものの、その時は絵にすることはありませんでした。
そして約10年後、83歳を迎えた土牛は「今年こそ」と思い、再び桜の時期に同寺へと出向くと、薄紅色の花が爛漫に咲き誇るしだれ桜の絵を完成させるのです。それにしても古今東西、多くの画家が桜を描いてきましたが、これほど目の前に立った時、桜の花びらがこぼれ落ちてきそうな作品を知りません。まさに土牛の渾身の傑作と言って良いでしょう。
『奥村土牛 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―』にあわせ、このほど山種美術館に新たなしだれ桜が植樹されました。それが土牛が『醍醐』に描いた醍醐寺の樹齢170年の名木、「太閤しだれ桜」の苗木です。かねてより「太閤しだれ桜」の後継樹増殖に取り込んでいた住友林業より寄贈され、ちょうど美術館正面の右手に植えられました。早ければ来年、遅くとも2〜3年後には花を咲かせるそうです。
「山梨県清春にて桜を写生する土牛(87歳頃)」 1976(昭和51)年頃
幾たびの戦争を経験しつつも、常に対象に真摯に向き合い、温かみのある日本画を描き続けた奥村土牛。まさに「土牛石田を耕す」を表すような人生を歩みました。「土牛の美術館」である山種美術館だからこそ開催できる充実した回顧展に、ぜひ足を運んでみてください。
※作品、および資料はすべて山種美術館蔵。
青山の老舗菓匠「菊家」による、出品作品をイメージしたオリジナル創作和菓子。館内の「Cafe椿」にてお茶やコーヒーとともに楽しむことができます。また2個からのテイクアウトも可能です。
『奥村土牛 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―』 山種美術館
開催期間:2021年11月13日(土)~2022年1月23日(日)
所在地:東京都渋谷区広尾3-12-36
アクセス:JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口より徒歩約10分。渋谷駅東口ターミナルより日赤医療センター前行都バス(学03番)に乗車し、「東4丁目」下車徒歩2分。
開館時間:9:00〜17:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日。ただし12/27(月)、1/3(月)、1/10(月・祝)は開館。1/11(火)は休館。12/29~1/2は年末年始休館。
観覧料:一般1300円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
※きもの特典:きもので来館すると、一般200円引、大学生・高校生100円引。
※オンラインチケットあり。
https://www.yamatane-museum.jp
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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