EVENT
2021.12.1
京都のウィーン人、上野リチ・リックスが生んだ魅力あふれるデザイン世界
ウィーンと京都で活躍したデザイナー、上野リチ・リックスの展覧会が、京都国立近代美術館で始まりました。会期終了後は、東京の三菱一号館美術館に巡回予定です。
「どの作品も可愛い!」と話題の展覧会ですが、今まで「上野リチ・リックス」という名前を聞いたことがない人も多いはず。恥ずかしながら、私もその一人です。
上野リチ・リックス《ウィーン工房壁紙:花園》1928年、京都国立近代美術館蔵
しかし、調べるほどに彼女の重要さがわかり、なぜ今まで知らなかったのか不思議になってきました。このレビュー記事では、リチの人物像と魅力を、美術ライターの明菜がお伝えします。
上野リチ・リックスとは?
「ポートレート:上野リチ・リックス」1930年代、京都国立近代美術館蔵
リチことフェリーツェ・リックス(1893-1967)が生まれたのは、画家グスタフ・クリムトなどが活躍した、芸術爛熟期のウィーン。ウィーン工芸学校で学んだ彼女は、卒業後にウィーン工房の一員となり、瞬く間にスターデザイナーとして活躍するようになりました。
リチの作品で素敵なのが、緩やかにうねるフリーハンドの曲線と、目を引き付ける鮮やかな色彩。のびのびとした印象の自由なデザインです。しかし、自由なのに無駄なところは皆無で、きちんとひとつにまとまっているんです。
上野リチ・リックス《ウィーン工房テキスタイル・デザイン:夏の風》1922年、クーパー・ヒューイット スミソニアン・デザインミュージアム、ニューヨーク Museum Purchase from Smithsonian Collections Acquisition and Decorative Arts ssociation Acquisition Funds. Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum, Smithsonian Institution. Photo credit: Matt Flynn © Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum
現代の感覚でも充分にセンスの良いリチのデザイン。当時も、彼女のテキスタイルは売れ行きがとても良かったそうです。
リチが生まれたのは、女性の社会進出が今よりずっと難しかった時代のこと。彼女の作品は柔らかく可愛らしい印象ですが、実力で自分の道を切り開いた、自立した女性でした。
京都のウィーン人として
リチは日本人建築家の上野伊三郎との結婚を機に、京都に移り住み(一時期はウィーンと京都を行き来)、上野リチ・リックスと名乗るようになりました。結婚してからもデザインの仕事を数多く手がけ、当時としては世界的に数少ない「生涯を通して仕事を続けた女性」でもあるのです。
国内での作例は、伊三郎と協働して設計・内装デザインを手がけた「スターバー」や、日生劇場の旧レストラン「アクトレス」の壁画など。京都の七宝製作所とコラボした作品は、リチによるデザイン画とともに展示されているので、リチの世界観を京都の職人がどのように表現したのかがわかります。
上野リチ・リックス《七宝飾箱:馬のサーカスⅠ》1950年頃[再製作:1987年]、京都国立近代美術館蔵
リチの作品は、生涯を通して大きな変化があるわけではなく、常に彼女らしい世界観が表れています。日本で約40年暮らしても、日本に染まるのではなく、ウィーン人であり続けました。自分の出自やウィーン工房での経験に、誇りを持っていたのではないかと思います。
上野リチ・リックスの「ファンタジー」に心を委ねて
「ファンタジー」とは、リチがよく口にしていた言葉。ドイツ語では「想像力」といった意味があるのだそう。(私たちがよく知る、英語のファンタジーとは意味が異なります)
ウィーン工房の経営が行き詰まったり、ナチス・ドイツの台頭を背景に帰国できなくなったりと、リチの人生は順風満帆であったとは思えません。それでも、いつも「ファンタジー」を忘れることなく、デザイナーとして真っすぐに生き抜いたのですね。彼女が生み出したデザインの世界は優しく、柔らかく、鮮やかで、その人柄が伝わってくるものでした。
展覧会情報
上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー
https://lizzi.exhibit.jp
※新型コロナウィルス感染拡大防止のため、開館時間は変更となる場合あります。
来館前に最新情報をご確認ください。
【京都展】
会期:2021年11月16日(火)― 2022年1月16日(日)
会場:京都国立近代美術館
【東京展】
会期:2022年2月18日(金)― 5月15日(日)
会場:三菱一号館美術館
画像ギャラリー
あわせて読みたい
-
EVENT
2023.12.01
【12月のおすすめ展覧会5選】『癒やしの日本美術』から『みちのく いとしい仏たち』、それに荒木悠の個展まで。
はろるど
-
EVENT
2023.11.30
「考えさせる」作品であると同時に、「見る」楽しみや「作る」ことの誘惑も感じさせる豊嶋康子の初の大規模個展、「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」が開催。
つくだゆき
-
EVENT
2023.11.28
“ゆるかわ”な日本美術に癒やされよう!「癒やしの日本美術 ―ほのぼの若冲・なごみの土牛―」の見どころを紹介
イロハニアート編集部
-
EVENT
2023.11.23
仏像の世界に浸る。「初公開の仏教美術 ―如意輪観音菩薩像・二童子像をむかえて―」が半蔵門ミュージアムにて開催
イロハニアート編集部
-
EVENT
2023.11.15
グラフィックデザイン本来の楽しさや豊かさを再発見!『もじ イメージ Graphic 展』の見どころ
はろるど
-
EVENT
2023.11.13
漫画家としての江口寿史のキャリアに焦点を当てた展覧会、世田谷文学館『江口寿史展 ノットコンプリーテッド』開催中!
つくだゆき
このライターの書いた記事
-
NEWS
2023.10.18
『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ―奇想の旅、天才絵師の全貌―』初公開作品も!奇想の画家・芦雪の待望の大回顧展がスタート
明菜
-
NEWS
2023.10.11
京都10/18~『ゼロからわかる江戸絵画―あ!若冲、お!北斎、わぁ!芦雪―』北斎に若冲…江戸絵画の名品118点がズラリ!
明菜
-
NEWS
2023.09.25
【名古屋9/22~】「チームラボ 学ぶ!未来の遊園地と、花と共に生きる動物たち」が開幕!
明菜
-
NEWS
2023.09.07
【京都9/9~】約3000年の時を越えて出会う古代と現代『泉屋ビエンナーレ2023 Re-sonationひびきあう聲』
明菜
-
NEWS
2023.08.30
【山梨9/9~】漫画「テルマエ・ロマエ」主人公が案内人に!『テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本』
明菜
-
EVENT
2023.08.28
天才?問題児?ダリの晩年を描いた映画『ウェルカム トゥ ダリ』9月1日(金)全国ロードショー!
明菜

美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
明菜さんの記事一覧はこちら