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2022.4.5
市井の人々の生活を描き続ける。3つの時代を生きた日本画家、鏑木清方の魅力とは?
明治、大正、昭和と3つの時代を生き、主に美人画によって画壇に地位を築いた鏑木清方(かぶらき きよかた。1878〜1972年)。浮世絵系の挿絵画家からキャリアをスタートした清方は、市井の人々を見つめ、日々の暮らしだけでなく、文学や芸能などを主題に作品を描きました。
目次
左から『浜町河岸』(1930年)、『築地明石町』(1927年)、『新富町』(1930年)。いずれも東京国立近代美術館
2018年には長らく行方不明となっていた『築地明石町』(1927年)と、あわせて三部作となる『新富町』と『浜町河岸』(ともに1930年)が再発見され、翌年に東京国立近代美術館へと収蔵。清方の代表作として改めて注目を集めました。その清方の没後50年を記念した回顧展が開催中です。見どころをご紹介します。
人々の生活を描き続けた清方。東京会場のオリジナルな展示構成
まず今回の回顧展は東京国立近代美術館(3月18日〜5月8日)と京都国立近代美術館(5月27日〜7月10日)の2つの美術館にて開かれますが、東京と京都では会場の章立てが異なります。京都では作品を年代順に並べるのに対し、東京では「第1章 生活をえがく」、「第2章 物語をえがく」、「第3章 小さくえがく」の3つのテーマに分けて作品を紹介しています。そしてそれこそが「清方芸術の三本柱」としているのです。
よってはじめの「第1章 生活をえがく」では、風俗画や美人画、風景画といったジャンル分けをせず、清方が庶民の生活の一場面を描いた作品を紹介。そもそも清方は文部省美術展覧会に出品する以前の若い頃から「生活」というテーマに取り組み、風景画においても「生活を伴わない風景には興味がない」と語っています。そして下町の情景や郊外での労働、また節句や七夕などの行事を主題とした作品を多く描きました。
「会心の作」から「まあまあ」まで。清方自身によるユニークな作品の三段階評価
次のテーマに入る前に、展覧会を楽しむ上で1つポイントを押さえておきましょう。というのもキャプションに注目です。実は清方、自ら描いた作品を評価するべく、1918年1月より1925年12月までの制作記録において、三段階の自己採点を残しているのです。その三段階とは「会心の作」、「やや会心の作」、「まあまあ」。それぞれの基準はやや曖昧にも思えますが、清方本人が作品をどう捉えていたのかを知る点においても重要ではないでしょうか。
『ためさるゝ日』(1918年) 左幅:個人蔵 右幅:鎌倉市鏑木清方記念美術館 ※左幅は★★★の会心の作
そして★★★「会心の作」、★★「やや会心の作」、★「まあまあ」としてキャプションに記載。例えば遊女の宗門改めに取材した『ためさるゝ日』は★3つの「会心の作」と記しています。東京会場にて★マークがあるのは全23点。率直なところ、とても良く描けているように見える作品でありながら★が付いていなかったりするなど、その基準は清方のみが知るところですが、「自分ならこの作品に★3つを付けたい!」などと想像しながら鑑賞するのも楽しいかもしれません。
一葉文学から歌舞伎舞踊へ。清方が描いたさまざまな物語
左:『桜姫』(1923年) 新潟県立近代美術館・万代島美術館 ※★★のやや会心の作 右:『鐘供養』(1934年) 霊友会妙一コレクション
それでは「第2章 物語をえがく」へと進んでいきましょう。そもそも清方は戯作者で新聞社主だった父と芝居好きの母の影響で、幼い頃から文芸に親しんでいました。そして挿絵画家になると日々、小説を熱心に読み込み、演劇雑誌『歌舞伎』にて芝居のスケッチを担当します。そこで「舞台の意気をモノにできるようになった」と後に回想していますが、もはや清方にとって物語とは人生になくてはならない存在だったのです。
左:『一葉女史の墓』(1902年) 鎌倉市鏑木清方記念美術館 右:『一葉』(1940年) 東京藝術大学
一葉文学のファンだった清方が、樋口一葉の七回忌に当たる年に発表した『一葉女史の墓』とは、泉鏡花の「一葉の墓」を読んで墓地を訪ねた清方が、墓に手むけた線香の煙の向こうに「たけくらべ」のヒロイン、美登利の幻を見たという体験をもとに描かれています。また裁縫道具を前に凛としたすがたで座る一葉を表した『一葉』も充実した作品ではないでしょうか。
一方の芝居では歌舞伎舞踊の「京鹿子娘道成寺」を好んで主題としていました。そのうちの『道成寺 鷺娘』は、1930年にイタリア・ローマで開かれた日本美術展への出品作です。舞台の上ではなく実際の景色の中に描かれている点を特徴としていて、花子に春、鷺娘に冬を対比的に表現しています。艶やかな着衣はもとより、満開の桜や雪の細かな質感も見どころと言えそうです。
手に寄せて愛でる喜び。清方が提唱した「卓上芸術」とは?
3つ目の「小さくえがく」のテーマでは、清方の提唱した「卓上芸術」、すなわち1人で机に広げて、手元で親しく味わえるような画巻や画帖、挿絵などを展示しています。例えば『朝夕安居』は、明治20年台の木挽町、築地界隈の夏の1日を朝、昼、夕の場面に描いた画巻。洗面したり掃除する人々の暮らしを素早いタッチにて描いています。
上:『夏の生活』(1919年) 鎌倉市鏑木清方記念美術館 下:『金沢絵日記』(1923年) 鎌倉市鏑木清方記念美術館
清方は「卓上芸術」において、絵に即興的な息遣いが生まれることや、複製にすることで庶民に芸術を届けられることに意味があると考えていました。そもそも挿絵画家からスタートした清方にとって、小さな画面は物語の連作を描くにもぴったりの形式だったのです。「小さくても大きな意味がある」。そのように清方は捉えていたと指摘されています。
全会期を通して公開!三部作『築地明石町』『新富町』『浜町河岸』の魅力
最後にハイライトを飾る『築地明石町』、『新富町』、『浜町河岸』をご紹介します。2019年に44年ぶりに揃って公開された三部作は、まさに清方の代表的名品。『築地明石町』では、もの思う表情で後ろを振り返る女性を、かつて外国人居留地だった明治30年半ば頃の明石町の光景と取り合わせて描いています。なおこの作品は第8回帝展にて帝国美術院賞を受賞しました。
一方で『新富町』と『浜町河岸』は、『築地明石町』より3年経った後、思い出の土地を舞台にして、新富芸者と踊りの稽古帰りの町娘を描いた作品です。『新富町』では黒襟をつけた縞をまとい、雨の中、蛇の目傘をさして先を急ぐ芸者のすがたも粋ではないでしょうか。袖口から垣間見える襦袢の柄も鮮やかでした。
それに『築地明石町』の品のある佇まいにも心を引かれますが、『浜町河岸』におけるややあどけなさを見せる町娘の立ちすがたも魅力的に映りました。なお東京の神田に生まれ、下町に育った清方は、明治末に足掛け6年、この日本橋浜町に暮らしていました。
「かをりの高い絵を作りたい」。清方の60年に及ぶ画業の真髄に触れる
1950年代に収録されたインタビュー映像にて「明治は幸せな時代」と位置づけ、「嫌いなもの、戦(いくさ)の絵は描かない」と語り、「空襲警報の中でも美人画を描いた。」と戦中を振り返った清方。また「専ら市民の画境に遊ぶ」として、「かをりの高い絵を作りたい、作りたいより自ら生れるやうになりたい」との言葉も残しています。そうした言葉からは清方の画家としての矜持も感じられるのではないでしょうか。
今回の回顧展では、初公開の約10点を含む、約110点の日本画を紹介。いわゆる挿絵はありません。また自己評価の高かった作品を積極的にラインナップに加えたり、「生活」や「物語」をテーマとするなど、美人画家として評価される機会の多い清方の新たな魅力を掘り起こしています。清方を知っていても、また知らずとも十分に楽しめる展覧会として過言ではありません。
『三遊亭円朝像』(1930年) 重要文化財 東京国立近代美術館
なお作品保護の観点より、会期中に展示替えが行われます。詳しくは公式サイトから出品リストをご覧ください。
※『築地明石町』、『新富町』、『浜町河岸』は全会期を通して公開。
『没後50年 鏑木清方展』 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
開催期間:2022年3月18日(金)~5月8日(日)
所在地:東京都千代田区北の丸公園3-1
アクセス:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口より徒歩3分
開館時間:9:30~17:00
※金曜は20時まで開館
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜。ただし3月21日、28日、5月2日は開館、3月22日(火)。
料金:一般1800円、大学生1200円、高校生700円。
https://www.momat.go.jp/am/
https://kiyokata2022.jp
画像ギャラリー
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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