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2022.4.22

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力

ヨーロッパと日本、そして20世紀前半と後半にそれぞれ活躍した画家、アンドレ・ボーシャン(1873〜1958)と藤田龍児(ふじた りゅうじ。1928〜2002)。地域も時代も異なる2人の画家に直接の関係はありませんが、ともに自然に対して愛情を込めて接し、牧歌的で楽園のような風景を描き続けました。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力東京ステーションギャラリーにて開催中の『牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児』展示風景

そのボーシャンと藤田の作品を紹介する『牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児』が東京ステーションギャラリーにてスタート。2人の画家の魅力はもとより、意外な共通点を浮きぼりにしています。見どころをレポートします。

20代の頃から画家として活動した藤田龍児。大病を乗り越えて新たな画業を切り開く

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力右:藤田龍児『花』 1964年 井上光央氏 左:『エーテル』 1963年 星野画廊

まずは藤田龍児の画業についてたどっていきましょう。1928年に京都で生まれた藤田は、大阪市立美術館の附属施設であった市立美術研究所にて石膏デッサンや油彩を学ぶと、1959年に美術文化展に初入選。その後は同協会の会員になり、毎年出品を続けていきます。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『エポック』 1963年 井上光央氏

初期の作品は不定形の形象が混じり合う抽象的な画風を見せていて、うごめくような不気味ともいえる画面はシュルレアリスムの影響を伺うことができます。しかし藤田は必ずしも抽象表現ばかりを指向したわけではなく、たとえば『エポック』のように、植物の茎や根のようなモチーフを描きこみました。そしてここには藤田が生涯にわたって描き続けた、猫じゃらしことエノコログサの穂のような描写を見ることができます。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『於能碁呂草』 1966年 星野画廊

そうした藤田に大きな転機がやってきます。1976年、48歳の時に脳血栓にて倒れてしまいます。翌年に再発し、手術にて一命をとりとめるも、右半身が付随となりました。利き腕が使えなくなったことに大いに失望したことでしょう。画家として生きることを一時断念し、それまでに描いていた絵の大半を処分してしまいました。

しかし懸命なリハビリの結果、絵筆を左手に持ち替えた藤田は、再び絵画を描くようになります。そして再起後の最初の個展を開いた時、すでに藤田は53歳になっていました。

エノコログサ(猫じゃらし)を好んで描いた藤田。その絵画の重要なモチーフと特徴とは

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『啓蟄』 1986年 星野画廊

再起後の藤田はどのような絵画を描いたのでしょうか。それはかつての山や植物を抽象的な形態に表した画風とは大きく異なり、広い野原や小高い丘、また古い街並みや鉄道や工場といったのどかで親しみやすい風景でした。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『静かなる町』 1997年 松岡真智子氏

『啓蟄』はうねるような丘陵に続くアスファルトの道を、白い犬を連れた人物が歩くすがたを描いた作品で、地面からは虫が這い出し、緑の穂をつけたエノコログサが風に揺られています。また『静かなる町』は電柱も見える街並みの中、建物の戸口で座るとんがり帽子の女の子を描いていて、ここにも白い犬とエノコログサを見ることができます。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『オーイ、野良犬ヤーイ』 1984年 個人蔵

こうした白い犬やエノコログサ、また蛇行する道などは絵画に何度も登場するモチーフで、犬に藤田自身を、そして蛇行する道には彼の苦難の人生を重ね合わせることもできます。また病気を乗り越えた藤田にとって、何度踏まれても逞しく伸びていくエノコログサは、強い生命力の象徴でもありました。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『特急列車』 1988年 平澤久男氏

藤田の絵画の特徴として、下塗りに黒を用いていることと、ニードルによるスクラッチ(引っ掻き)を多用していることがあげられます。黒を用いることで、明るい色彩でありながらも、例えば白く淡い光をたたえた空など、華やかになり過ぎない静謐(せいひつ)感を生み出すことができるのです。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『特急列車』(部分) 1988年 平澤久男氏

またスクラッチはエノコログサやレンガに屋根、それに電線などさまざまな描写に使われていて、まるで細密画のような表現を見ることができます。近づいて初めて分かる細かい描写も作品の魅力かもしれません。

園芸業を営んでいたアンドレ・ボーシャン。軍隊生活での測地術と絵画制作の関係とは?

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力右:アンドレ・ボーシャン『ラヴァルダン城とスイカズラ』 1929年 個人蔵 左:アンドレ・ボーシャン『婚約者の紹介』 1929年 個人蔵

一方でアンドレ・ボーシャンはどんな人生を送ったのでしょうか。1873年にフランス中部のシャトー=ルノーに生まれたボーシャンは、美術とは無縁の環境に育ち、苗木職人として園芸業を営みます。そして順調に事業を進めていましたが、1914年に第一次世界大戦が勃発すると歩兵連隊に徴集されました。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力右:アンドレ・ボーシャン『ラトゥイル親爺の店』 1926年 個人蔵 左:アンドレ・ボーシャン『大木とアルゴ船乗組員』 1928年 個人蔵

その時に軍隊で学んだのが、測量したデータをもとに、地形を正確に記録する測地術と呼ばれる技法でした。そして大戦が終結して46歳にて除隊するものの、農園は荒れ果てて破産し、妻は精神に異常をきたすなど過酷な現実と向き合うことになります。ボーシャンは地元の森の中へ新居を構え、妻の世話をしながら半ば自給自足の生活を送るのでした。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力中央:アンドレ・ボーシャン『花瓶の花』 1928年 個人蔵 右:アンドレ・ボーシャン『窓』 1944年 個人蔵 左:アンドレ・ボーシャン『川辺の花瓶の花』 1946年 個人蔵

そうしたボーシャンが絵を手がけたきっかけとして、軍隊時代に学んだ測地術の技法にあったといわれています。そして山や川などの故郷の風景や、咲き誇る花々といった苗木職人として身近に接した植物などを描くようになりました。1921年にはサロン・ドートンヌに入選。当時の同賞の審査は比較的厳しくなかったとされていますが、50歳を前にして画家の道を歩みはじめるのです。

「マリー・ローランサンが手を入れたアンリ・ルソー」。ボーシャンの絵画の魅力をひもとく

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力右:アンドレ・ボーシャン『ニンフたちのダンス』 1931年 個人蔵 左:アンドレ・ボーシャン『田園風景』 1926年 個人蔵

ボーシャンの自然描写の大きな特徴であるのが、すべての対象が同じような明晰さで描かれていることです。近い草花も遠くの山も同じように描かれていて、ぼやけたり霞んだりすることはほとんどありません。これは細部までクリアであることが重要な測地術のスタイルに影響されたと指摘されています。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力アンドレ・ボーシャン『三美神』 1953年 個人蔵

風景画の他に人物画や歴史画も手がけましたが、例えば歴史画ではアカデミックの画家のような劇的な群像表現をとらず、まるで近所の知り合いの人たちが立ち話をしているような庶民的ともいえる描き方をしました。それはギリシアとローマ神話に登場する女神を描いた『三美神』でも明らかで、女神ともいうよりも、花を囲んで出荷時期などを相談している苗木屋の三姉妹のすがたにも見えないでしょうか。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力右:アンドレ・ボーシャン『アメリカ独立宣言』 1926年 個人蔵 左:アンドレ・ボーシャン『家族に別れを告げるジャンヌ・ダルク』 1923年 個人蔵

ボーシャンがサロン・ドートンヌに出品した際、観客の1人が「マリー・ローランサンが手を入れたアンリ・ルソーのようだ」と語ったエピソードが残されていますが、その感想はボーシャンの作品の特徴を的確に捉えています。ルソーは素朴派(※)を代表する画家の1人で、ピカソらの前衛的な画家から高い評価を得ていました。そしてローランサンは当初、ピカソの影響を受けてキュビスムの様式で描くものの、後にパステル・カラーを用いた優美な女性像を描くようになります。つまり観客は、ボーシャンの絵を、華やかなルソーのようだと思ったのです。

※素朴派:正式な美術教育を受けたことのない人によって生み出された、素朴でかつ独創的な作品の総称

ボーシャンと藤田龍児の絵画の響き合い。2人の画家の意外な共通点

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力アンドレ・ボーシャン『風景の中の花』 1955年 個人蔵

最後に改めて2人の画家の共通点ついて確認しましょう。ともに身近な自然を描いた画家だったことはいうまでもありません。そして50歳前後にて新たな絵の世界に飛び込みつつも、たとえば藤田は体が不自由であり、ボーシャンも農園が破産するなど、厳しい境遇を送っていました。つまり2人とも過酷な状況にありながら、心に染み入るような牧歌的な作品を描いていたのです。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力右:藤田龍児『神学部も冬休み』 1993年 個人蔵 左:アンドレ・ボーシャン『トゥールの大道薬売り』 1944年 個人蔵

展示では両者の代表作を含む116点を出品。前半が藤田、後半がボーシャンにて構成され、ラストには2人の作品を比較するコーナーもあり、花の描写や風景などの表現の違いについて知ることができます。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力藤田龍児『老木は残った』 1985年 北川洋氏

コロナ禍の中、当初予定していた海外展が延期となり、急遽、代替の展覧会の企画する必要に迫れて実現したという『牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児』展。それぞれの学芸員が手元の材料を机に並べて企画を検討していた際、「2人の絵が響き合い、心が癒されるように感じた」と、同展を監修した東京ステーションギャラリーの冨田章さんは語っています。

フランスと日本の2人の画家が愛した自然の風景。ボーシャンと藤田龍児の牧歌的な絵画の魅力『牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児』展示風景

同展は東京ステーションギャラリーでの単独開催。他の美術館への巡回はありません。「じわじわ効きます、しみじみ沁みます」とのキャッチコピーも展示の内容を物語ります。苦難の人生を歩みつつも、ノスタルジックで心休まるような絵を描いた、ボーシャンと藤田の絵画世界へと浸ってみてください。

『牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児』 東京ステーションギャラリー
開催期間:2022年4月16日(土)~7月10日(日)
所在地:東京都千代田区丸の内1-9-1
アクセス:JR線東京駅丸の内北口改札前。東京メトロ丸の内線東京駅より約3分。
開館時間:10:00〜18:00
 ※金曜日は20:00まで開館。
 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日。※5/2、7/4は開館。
観覧料:一般1300円、大学・高校生1100円、中学生以下無料。
※オンラインでの日時指定券を販売。
https://www.ejrcf.or.jp/gallery

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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

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