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EVENT

2022.6.29

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光

「最近、アートに興味が出てきた」
「今年から美術館に行くようになったよ」

という人にとって、80年代の美術は近くて遠い存在ではないでしょうか。80年代にリアルタイムでその頃の作品に触れたことはないし、かといって最先端の作品を紹介する現代アート展で出会うこともないですよね。

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光田嶋悦子《Hip Island》1987年 「アート・ナウ ’87」出品パーツによる再構成 岐阜県現代陶芸美術館蔵

兵庫県立美術館で開幕した『関西の80年代』は、そんな美術初心者にとっては「???」なタイトルの展覧会かもしれません。本展は同館の開館20周年を記念した展覧会で、8月21日まで開催されています。

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光

本展で展示されるのは、鑑賞者を圧倒する大きな絵画や彫刻、空間全体で世界を形作るインスタレーションなど、スケールの大きい作品たちです。日本における現代アートの原点とも言える作品が集結しているので、美術を好きになったばかりの方こそ楽しめる展覧会でした。

本展の内容について、美術ライターの明菜が紹介していきます。

80年代の関西のアートシーンとは?

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光石原友明《約束Ⅱ》1984/2022年 壁画部分を再制作のうえ再構成 高松市美術館・作家蔵

70年代の美術は作品のコンセプトが重視され、色や形はシンプルな作品が多く生まれました。80年代に入ると美術の流れは大きく転換し、従来の絵画や彫刻の枠組みを破壊するような作品が登場し始めます。

同館の前身である兵庫県立近代美術館では、かつて「アート・ナウ」というシリーズ展を開催し、関西のアートシーンを伝えてきました。80年代には当時20代の若手作家が続々と参加し、競うように大作を発表するようになりました。

勢いのある若手が「関西ニューウェーブ」として注目を集めるようになり、その盛り上がりは東京や横浜をしのぐほどだったため、80年代の現代美術は「西高東低」とも言われました。

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光森村泰昌《肖像(泉1、2、3)》1986-89年 兵庫県立美術館(大和卓司氏遺贈記念収蔵)

本展では「アート・ナウ」で展示された絵画や彫刻、インスタレーションの再現や写真資料などの展示を通し、80年代の作家の自己表現を探ります。

なぜ今、80年代なの?

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光福嶋敬恭《ENTASIS》1983年 作家蔵

2022年から見ると、約30年前の80年代は最近のようで昔のような、微妙な時代。なぜ今、80年代の関西のアートに注目すべきなのでしょうか?

80年代の作品を全体的に眺めると、のびのびとした自由を感じられます。絵画や彫刻は大きく、鑑賞者を包み込んでしまいそう。きっと作家も、制作しながら自分の作品に飲み込まれそうになっていたのではないでしょうか。

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光吉原英里《M氏の部屋》(部分)1986年 作家蔵

関西ニューウェーブのみならず前後する世代も含め、当時の作家たちは身近なイメージや自らの身体を足掛かりに、それぞれの課題に向き合って表現を追求していました。「私」が大事なテーマだったのですね。

展覧会を見ても、80年代の社会問題を作品から感じることはありませんでした。徹底して、作家が自分と向き合い、自分をさらけ出す方向で制作していたのだと感じます。それゆえに、「現代の新作だよ」と言われても納得してしまう、時代を超えるパワーを持った作品でもあります。

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光中谷昭雄《Passage》1982年、《Pass age》1982年、《Pas sage》1982年 作家蔵

一方で、「私」をテーマに作品を作ることは、ある意味で危険でもあります。同じ問題意識を持たない鑑賞者には、何の意味もないかもしれないからです。

現代の作家が展覧会を開催するとき、どんな社会問題が作品のテーマになっているのかなど、ステートメントが掲げられます。作家の本心なら結構ですが、ときには「社会との接点があるから展示をするんですよ」「作家は社会のことをちゃんと考えていますよ」という言い訳や建前となります。理由が無ければ展覧会ができない世の中になりつつあるからですね。

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光中原浩大《ビリジアンアダプター+コウダイノモルフォⅡ》1989年 豊田市美術館・作家蔵

80年代の作家の作品にパワーがあるのは、社会の様子に翻弄されることなく、「私」を貫いているからだと思います。自分のすべてをさらけ出そうとする自己表現は、鑑賞者に拒絶されるかもしれないといった恐怖すら乗り越えた強さを持っているのです。

見ず知らずの大勢に監視され、少しでも目立てばネットリンチに遭う現代社会が、何を失ってきたのかを痛感させられました。

【まとめ】「私」を解放する80年代の関西アートシーン

自分をさらけ出せない現代社会と『関西の80年代』の光KOSUGI+ANDO(小杉美穂子・安藤泰彦)《芳一 ―物語と研究》1987/2022年 一部、再制作のうえ再構成 作家蔵

80年代の関西のアートシーンに焦点を当てた展覧会ですが、現代の作品の展示として鑑賞できる、今の時代に合った内容でした。

価値観の多様化といった社会の変化の中で、自分のあり方に自信をなくし、もがいている人も多いはず。堂々と自己をさらけ出す80年代の作品は、現代の私たちの心の慰めになると思います。

展覧会情報

兵庫県立美術館開館20周年 関西の80年代

会期:2022年6月18日[土]-8月21日[日]
休館日:月曜日(ただし7月18日[月・祝]は開館、 19日[火]休館)
開館時間:午前10時-午後6時(入場は閉館30分前まで)
会場:兵庫県立美術館 企画展示室
展覧会公式サイト:https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_2206/index.html

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明菜

明菜

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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。

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