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2022.7.7
【本当に難解?】ゲルハルト・リヒター展をより楽しむための見どころ紹介
生誕90年を迎え、現代のドイツで最も重要な画家といわれるゲルハルト・リヒター。
60年以上にも及ぶキャリアにおいて油彩画、写真、ガラス、鏡など多様な素材を用い、具象と抽象表現を行き来しながら作品を制作してきました。
目次
『ゲルハルト・リヒター展』展示風景。会場内は一部を除き、撮影もできます。
そのリヒターの実に16年ぶり、そして東京では初めての美術館での個展が、今年6月に東京国立近代美術館にてスタート。
会期早々から話題を呼び、土日を中心に多くの人々で賑わっています。
リヒターとはどのようなアーティストなのか? 作品の魅力とは一体…? 見どころをご紹介します。
世界的アーティスト、ゲルハルト・リヒターのプロフィールとは?
『不法に占拠された家』 1989年 ゲルハルト・リヒター財団
まずリヒターのプロフィールについて知っておきましょう。
1932年にドイツのドレスデンに生まれたリヒターは、第二次世界大戦後に東ドイツとなった同地の造形芸術大学に入学。しかし当時の西ドイツの国際美術展にてポロックといった西側の前衛的芸術に感銘を受けると、ちょうどベルリンの壁の建設がはじまった年に、西ドイツのデュッセルドルフに移り住みます。そこで伝統的な手法に基づく絵画を離れて、「フォト・ペインティング」といった新たな表現に取り組むようになりました。
1962年に最初の絵画『机』を描くと、画廊のグループ展に参加し、1977年には早くもパリのポンピドゥー・センターにて個展を開くなどして活躍します。
その後も世界の名だたる美術館にて作品を展示していますが、2000年以降、メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館、テート(ロンドン)、そしてポンピドゥー・センターのすべてで個展が開かれたのは、ピカソ、ミロ、そしてリヒターなど6名の作家しか存在しません。それを踏まえても極めて重要なアーティストであることが分かるのではないでしょうか。
「フォト・ペインティング」から「アブストラクト・ペインティング」へ。
『モーターボート(第1ヴァージョン)』 1965年 ゲルハルト・リヒター財団
長きにわたって創作を続けていることもあり、当然ながら作風は一様ではありません。
代表的な「フォト・ペインティング」とは、写真を忠実に絵画に置き換えるシリーズ。
遠目ではリアルな写真に見えますが、刷毛で表面を擦ることによる「ぼけ」も表れて、絵画と写真の合間に揺らぎが生じているようにも思えます。
『アブストラクト・ペインティング』 2017年 ゲルハルト・リヒター財団
「アブストラクト・ペインティング」とは、1976年以降、約40年以上描き続けられたシリーズです。
これはパレットの上の絵具や自作の一部分の写真を「フォト・ペインティング」と同じように拡大して描くことからはじまったもので、キャンバス上で絵具をのばしたり、削り取ることで、細やかな表情を作り上げています。色彩がレイヤー状に重なりつつ、複雑に入り混じるような画肌も大きな魅力です。
画材屋の色見本を描くことがきっかけとなった「カラーチャート」のシリーズも目立っています。
ケルン大聖堂のステンドグラス制作の中より生まれた『4900の色彩』は、25色で構成された約50センチ四方の正方形プレート、全196枚もからなる作品で、空間に応じて異なった方法で展示されます。鮮烈な色彩が空間全体を照らし出すように広がっていました。
近年の最重要作品『ビルケナウ』が日本初公開
今回のリヒター展で特に重要なのが、日本初公開の4点の絵画からなる『ビルケナウ』です。
見た目は抽象画のようですが、絵画の下層にはアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で囚人が密かに撮った写真のイメージが描かれています。初めは写真を拡大して描いたものの、写っているものを描き続けるのは無理と判断し、塗りつぶしてしまったのです。
リヒターは1960年以降、ホロコーストの主題に何度か取り組むものの、適切な表現を見つけられずに断念。しかし2014年にこの絵画を完成させると「自分が自由になった」と感じたと語っています。
リヒターの芸術の一つの達成点、もしくは転換点というべき作品かもしれません。
『ビルケナウ』展示風景。ここでは大きな横長の鏡の『グレイの鏡』(2019年、ゲルハルト・リヒター財団)と、向かいの同寸の4点の複製写真とともに展示されています。
写真には死体を焼却する光景が写されていますが、赤や緑の絵具によって塗り込まれた絵画から、そのイメージを読み取ることはできません。
ただキッチンナイフによって傷つけられた画面を前にしていると、背筋が凍るような一抹の恐怖感を覚えてなりませんでした。
「見るということはどういうことか?」リヒターの作品との向き合うためのヒント
左から『グレイ』(1976年)、『鏡』(1986年) ともにゲルハルト・リヒター財団
さて難解とも捉えられがちなリヒターの作品とどのように向き合えば良いのでしょうか。
もちろん作品を前にして何を感じるのかは全くの自由です。ほとばしる筆触や鮮やかな色彩に身を委ね、絵画から連想させるようなイメージを頭の中で思い浮かべるのも楽しいかもしれません。それに作品へ近寄ったり離れることで、細部と全体にて違った表情が見えてくるのも面白く感じます。
『8枚のガラス』 2012年 ワコウ・ワークス・オブ・アート
『8枚のガラス』などの鏡やガラスを素材した作品は、周囲の絵画はもとより、鑑賞する人のすがたも写り込んでいて、立ち位置を変えることによって常に「景色」が変化することが分かります。
「見るということはどういうことか、イメージが表れるとはどういうことか」ということはリヒターの作品のテーマとして挙げられますが、見ると見られるの関係を問い直してもいるのです。
中には『ストリップ』のように、近づくと遠近感覚が奪われ、絵が動いて見える絵画もあります。
『ストリップ』 2013〜2016年 ゲルハルト・リヒター財団
もちろんコンセプトを頭に入れておくのも重要です。
そのためには会場マップとともに記された「リヒター作品を読み解くキーワード」を読んだり、キュレーターによる解説も収録された音声ガイドを借りるのも良いのではないでしょうか。
特に音声ガイドにはJ.Sバッハやスティーブ・ライヒといった音楽がBGMになっていて、それらを聴きながら作品を見るのも新たな鑑賞体験となり得ます。
2017年の「アプストラクト・ペインティング」を絵画制作の最後とし、現在はドローイングを描き続けるリヒター。国内では16年ぶりの大規模な個展にて、一言で表せないような読み解きを拒む、だからこそ深みのある作品へと向き合ってみてください。
All images © Gerhard Richter 2022 (07062022)
『ゲルハルト・リヒター展』 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
開催期間:2022年6月7日(火)~ 2022年10月2日(日)
所在地:東京都千代田区北の丸公園3-1
アクセス:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口より徒歩3分
開館時間:10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)※入館は閉館30分前まで
※ただし、9月25日(日)~10月1日(土)は10:00-20:00で開館します。
休館日:月曜日[ただし9月19日、9月26日は開館]、9月27日(火)
料金:一般2200円、大学生1200円、高校生700円
https://www.momat.go.jp/am/
https://richter.exhibit.jp/
https://richter.exhibit.jp/
※豊田市美術館へと巡回。会期:2022年10月15日〜2023年1月29日
画像ギャラリー
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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