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2022.9.23

充実のコレクションでたどる新版画のすべて。『新版画 進化系UKIYO-Eの美』展の見どころ

明治から昭和のはじめにかけて隆盛した「新版画」。江戸時代の浮世絵の技と美意識を継承すべく生み出されると、伝統的な彫りや摺りの技術に、同時代の画家による新たな表現が組み合わされました。

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千葉市美術館にて開催中の『新版画 進化系UKIYO-Eの美』展示風景。

戦中までに制作された数は実に2000点から3000点。輸出用に多く作られたため、海外でも「UKIYO-E」と同じように「SHIN-HANGA」と呼ばれるほど人気を集めています。その新版画の成立から発展をたどる展覧会が千葉市美術館にて開催中です。見どころをレポートします。

浮世絵の衰退から新版画誕生の背景。版元・渡邊庄三郎の取り組みとは?

『新版画 進化系UKIYO-Eの美』展示風景よりプロローグ

まずプロローグで紹介されるのは新版画誕生の背景です。明治時代に入ると浮世絵は衰退し、外国に由来する石版画や銅版画に人気を奪われますが、そうした中でも秋山武右衛門(滑稽堂)や松木平吉(大黒屋)といった版元が新作の版行に力を入れていきます。

右:小原古邨『朝顔にかまきりと蜂』 左:小原古邨『花菖蒲に川蝉』 ともに明治後期

一例が小原古邨や山本昇雲の作品です。特に古邨の花鳥版画は海外へ輸出されると人気を博し、のちの新版画が海外で評価される土壌を作りました。

右:フリッツ・カペラリ『鏡の前の女(立姿)』 左:フリッツ・カペラリ『女に戯れる狆』 ともに大正4年(1915)

そして登場するのが新版画を興した版元、渡邊庄三郎です。渡邉はちょうど来日していたオーストリア人画家のフリッツ・カペラリと組んで12点の新版画を制作。新たな造形表現を世に送り出します。さらに翌年には橋口五葉の『浴場の女』と伊東深水の『対鏡』を仕上げます。

右:橋口五葉『浴場の女』 大正4年(1915) 左:伊東深水『対鏡』 大正5年(1916)

この伊東深水の『対鏡』に注目です。と言うのも、かつての浮世絵では見せないざら摺り、つまりバレンの跡をわざと残して表現しているのです。また陰影を表すかげ彫りの技法も見られます。浮世絵でもなく肉筆画でもない、新たな版画、新版画。渡邊の理想が結実した一作と呼んで良いでしょう。

海外でも大人気の川瀬巴水。渡邉の手がけた魅惑的な新版画の世界

右:川瀬巴水『旅みやげ第一集 石積む船(房州)』 左:川瀬巴水『旅みやげ第一集 房州岩井の浜』 ともに大正9年(1920) 

深水と並び、渡邊と多くの作品を手がけたのが川瀬巴水です。大正7年に『塩原三部作』を皮切りにして新版画の道へ進むと、日本各地を渡り歩きながら写生を重ね、風景専門の新版画家としての地位を築きます。そして生涯に600点を超える作品を出版した巴水は、北斎、広重と並ぶ「3H」として海外でも高い評価を得ました。

右:山村耕花『梨園の華 初代中村鴈治郎の茜半七』 左:山村耕花『梨園の華 七代目松本幸四郎の助六』 ともに大正9年(1920) 

また渡邉は名取春仙や山村耕花といった画家も迎え、美人画や役者絵の分野にも進出します。会場でも深水の『近江八景』や『新美人十二姿』、それに巴水の『旅みやげ』の第一集と第二集、それに山村耕花の『梨園の華』のシリーズなどが並んでいますが、どれも粒ぞろいの作品ばかり。展覧会のハイライトと言って差し支えありません。

渡邉以外の版元と私家版。そして新版画愛好家、ジョブズのコレクションとは?

右:吉川観方『観方創作版画第壱集 成駒屋の紙治 河庄の場』 左:吉川観方『観方創作版画第壱集 河内屋の権太』 ともに大正14年(1925)

さて今回の新版画展で押さえておきたいのが、渡邉以外の版元や私家版も多く展示されていることです。大正10年に開かれた「新作板画展覧会」にて渡邉が成功を収めると、いくつもの版元が新版画に参入します。そのうちでも特に完成度が高いのが京都の版元の佐藤章太郎で、吉川観方の作品には東京の新版画にはない独特のコッテリとした色味が見られます。

右:鳥居言人『朝寝髪』 昭和6年(1931) 左:鳥居言人『湯気』 昭和4年(1929)

また東京の版元池田より版行された鳥居言人の『朝寝髪』には、寝起きで髪の乱れた女性が描かれていますが、あまりにも艶っぽすぎるとして70部摺ったところで発禁となってしまいました。新版画を愛したスティーブ・ジョブズがコレクションしていたことでも知られています。

橋口五葉『髪梳ける女』 大正9年(1920)

自らが版元となる私家版では、橋口五葉や吉田博、それに小早川清らの作品が見どころ。ロセッティの影響が垣間見える橋口の『髪梳ける女』は、スティーブ・ジョブズが初代マッキントッシュを発表した際、デモ画面に使ったことでも知られる作品で、長い黒髪をくしけずる清楚な女性を見事に表現しています。

右:吉田博『雲井櫻』 大正15年(1926) 左:吉田博『渓流』 昭和3年(1928) 

洋画家として名を挙げたのちに新版画を制作した吉田博では、ともに長辺が70センチを超える木版画としては巨大な『雲井櫻』と『渓流』が目立っています。このうちの『渓流』では水の複雑な動きを精緻に描いていますが、吉田自身があまりにも根を詰めて彫ったため、歯を痛めてしまったというエピソードが残っています。

全国巡回の最後の開催地。圧倒的スケールの『新版画 進化系UKIYO-Eの美』展

ヘレン・ハイド『入浴』 明治38年(1905)

今回の展覧会で取り上げられた作家は27名。さらに特集展示として、明治末期に来日し、職人とともに木版画を制作したヘレン・ハイドとバーサ・ラムの画業も紹介されます。作品数は特集展示と合わせると実に約240点。全て千葉市美術館のコレクションです。しかも展示替えはなく、全ての作品が全期間公開されます。

左:伊藤孝之『芦之湖之雨景』 昭和4年(1929)

また巴水や吉田博といった有名どころだけでなく、北川一雄や伊藤孝之、織田一麿といった知られざる画家にも見応えのある作品が少なくありません。なかでも伊藤孝之の『芦之湖之雨景』に注目してください。まるでクレヨンで描いた絵本の原画のような味わいが感じられるのではないでしょうか。

右:小早川清『近代時世粧ノ内六口紅』 昭和6年(1931) 左:小早川清『近代時世粧ノ内 一 ほろ酔ひ』 昭和5年(1930)

展覧会は昨年から東京・大阪・山口を巡回し、ここ千葉市美術館が最後の会場となります。質量ともに新版画展の決定版といえる圧倒的スケールの『新版画 進化系UKIYO-Eの美』、お見逃しなきように自信をもっておすすめします。

千葉市美術館にて開催中の『新版画 進化系UKIYO-Eの美』展示風景。

展覧会情報

『新版画 進化系UKIYO-Eの美』 千葉市美術館
開催期間:2022年9月14日(水)~11月3日(木・祝) 
所在地:千葉県千葉市中央区中央3-10-8
アクセス: JR線千葉駅東口から徒歩約15分。京成バス(バスのりば7)から大学病院行または南矢作行にて中央3丁目または大和橋下車徒歩約3分。千葉都市モノレール葭川(よしかわ)公園駅より徒歩5分
開館時間:10:00~18:00
 ※金・土曜日は20:00まで
 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:10月3日(月)
休室日:10月11日(火)
料金:一般1200円、大学生700円、高校生以下無料。市内在住65歳以上960円
 ※ナイトミュージアム割引:金・土曜日の18:00以降は観覧料半額
https://www.ccma-net.jp

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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

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