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STUDY

2022.10.20

バンクシー(Banksy)の魅力とは?経歴や代表作、作品を通して伝えたいメッセージを紹介

バンクシーはここ数年の現代アーティストのなかでも、たぶんいちばん話題にのぼった人物でしょう。「イギリス出身で既婚者」ということ以外、誰も素性を知らない。実はインスタで情報発信とかしてるのに、誰も彼の素性を知らない。なのに超有名という、ミステリアス過ぎる存在です。

今回はそんなバンクシーについて、彼の作品性やメッセージ性を紹介します。名前が売れるにしたがって「なにこのネズミ、超かわいいじゃん」的な感じで、キャッチーな作品ばかりがフィーチャーされてしまうことも増えました。そんな今だからこそ、あらためて「バンクシーが作品を通して訴えかけていることは何なのか」という部分にフォーカスしてみます。

バンクシーの経歴

まずはバンクシーの経歴をざっくり紹介します。

1990年から制作をはじめる

まず前提として、バンクシーの作品は主に街中の壁にスプレーやフェルトペンで描かれており、ジャンルでいうと「グラフィティアート」に分類されます。あの、ちょっと若者が多めなエリアではよく落書きされていますよね。アレです。

グラフィティアート自体はもともと落書き程度の評価しかされていませんでしたが、1980年代、キース・へリングの登場によって、アートとして評価されるようになりました。キース・へリングは日本だとユニクロのTシャツで知っている方も多いのではないでしょうか。

参考:バルセロナにあるキース・へリングの壁画(Alberto-g-rovi, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons)

そんななか、バンクシーは1990年から地元・イギリスのブリストルで、壁面にグラフィティを描き始めましたが、最初は自国・イギリスでもほとんど知られていませんでした。彼が評価され始めたのは2000年に入ってからです。

評価され始めたのは2000年代以降

例えば2000年には動物園のペンギンの囲いに「もう魚には飽きた」と書きました。またゾウの囲いに「超退屈。早く外に出たい」というメッセージを記しています。風刺たっぷりで、もうこの時点で最高なんです。「捕らえて展示するなんて、人間のエゴだ!」じゃなくて「魚食べ飽きたよ」と書く。このあたりに彼のユーモアがありますよね。これが最大の魅力なのでしょう。

彼の名前が一躍広まったのは2003年、ロンドンの倉庫でゲリラ的に開いた個展「Turf War」です。直訳すると「土地・権利のための闘争」となります。ここで彼は家畜の身体にステンシルペイントをしたり、ジム・フィッツパトリックがチェ・ゲバラを描いた名作「Viva Che」に落書きしたり、聖母マリアがイエスに毒を飲ませる構図を描いたり、もうコンプライアンス大爆発のハンパじゃない作品を展示しました。

結局、ゲリラ開催だったこともあってバンクシーに逮捕状が出て閉幕……となるんですが、この事件が彼の名前をイギリス中に広めることになります。

また2005年にはMoMA、メトロポリタン美術館などの激デカ美術館に自分の作品をこっそり展示した。これも有名な事件ですね。また同年には戦争中のパレスチナの分離壁に作品を描きました。この作品は世界中でニュースになり、彼の名を一躍有名にしました。

Markus Ortner, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons

個人的には、このあたりの時期にはヴィレッジ・ヴァンガードでバンクシーの缶バッヂが売られていた記憶がありますね。当時、私は高校生でしたが「なにこれかわいいんだけど」みたいな感じで買った気がする。メッセージ性も知らずに。

日本では2018年のシュレッダー事件をきっかけに有名になる

その後も2000年代後半から2010年代にかけて、代表作となるスキャンダラスな作品を次々に発表していますが、日本で有名になったきっかけでいうと、やはり2018年の「シュレッダー事件」でしょう。世界最大のアートオークションプラットフォーム・サザビーズで落札された自身の絵を落札直後にシュレッダーで裁断した事件です。

これは「世界初!オークション中に作られた作品」として、さらに価値を高めることになりました。この事件の後くらいから、日本各地で巡回展などが開催されています。

グラフィティアートってなに?

先述しましたが、バンクシーの作品はジャンル分けをすると「グラフィティアート」です。「グラフィティ」って何ぞや? ってのを紹介します。いや、実はグラフィティを理解すれば、バンクシーがやりたいことが少し見えてきます。

グラフィティは、もともと「ヒップホップ文化」の一種です。ヒップホップとは主に「DJ・ラップ・ダンス・グラフィティ」でまとめられるカルチャーであり、アメリカの黒人文化の一部となります。

じゃあなぜヒップホップが生まれたのか。最初は1970年代にアメリカ・スラム街の貧困層の若者が生み出しました。彼らは黒人差別を受けており、満足に職にも就けない。劣等感を抱きながら生き続けるなか「こんな社会おかしいだろ」と、表現を始めるんですね。アメリカという華やかな世界に対して、貧困層で差別を受け続けるスラム街の黒人たちが反抗した結果、ヒップホップという文化が生まれるわけです。

なかでもグラフィティでいうと、最初は若者が地下鉄や街中にスプレー・フェルトペンで社会に対するメッセージを描いていました。もちろん、ガッツリ違法な行為です。日本でも同じです。だからアーティストは決して姿を見せないんですね。このあたりはバンクシーに共通する部分があります。

しかし違法だとしても、そこにアーティストの意志があります。例えば「反資本主義」「反格差社会」というメッセージが込められています。「お前ら白人の金持ちだけじゃないんだぞ。俺らを無視すんなよ」という感じ。または「都市化・合理化に対する警鐘」としての意味合いもあります。地下鉄ができて、ビルができて、お金がどんどん投下されて便利になってるけど、その結果として自然は失われてるんやぞ。という感じです。

これらは違法行為だからこそ、一般社会に対するカウンターカルチャーとして成り立っているわけですね。もちろん、バンクシーはこのグラフィティのメッセージを忠実に守っています。

バンクシーの代表作品を見てみよう

では、実際にバンクシーの代表作と、込められたメッセージを見て見ましょう。彼の作品のおもしろさは、作品自体の完成度だけでなく、そこに込められた政治的・社会的なメッセージです。

Laugh now, but one day we’ll be in charge

2021年開催の展覧会『BANKSY GENIUS OR VANDAL?(バンクシー展 天才か反逆者か)』より(撮影:erini)

「Laugh now, but one day we’ll be in charge」は、バンクシーがまだ無名だった2002年に描かれた作品です。彼の象徴の一つである猿が10匹おり、そのうち6匹が「Laugh Now, but one day We’ll be in Charge(今は笑え、でもいつか俺たちが仕切るときがくる」というメッセージボードを下げています。

これはグラフィティとして教科書のような作品です。もちろん猿は社会的地位の低い若者を象徴しているといわれています。バンクシーは初期のころから、こうした社会的なヒエラルキー構造に対して情熱を持って、皮肉をとばしていたんですね。

花束を投げる男

ZaBanker, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

「花束を投げる男」はバンクシーの作品のなかでも、最も有名な作品の一つじゃないでしょうか。「あ、これ見たことあるぞ」という方も多いと思います。ベースボールキャップを被りバンダナを口元に巻いている暴徒が火炎瓶ではなく、花束を投げている様子を描いています。

これは武力衝突が起きていたパレスチナのガソリンスタンドの壁に描かれました。バンクシーはこうした「戦争」というテーマに対しても反対のメッセージを発します。戦争もまた「強者(武装する兵士・強国)」と「弱者(巻き込まれる市民・弱国)」という、明確なヒエラルキーのもとで成り立つものです。

落ちるまで買い物をする

Banksy, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

「落ちるまで買い物をする」はバンクシーが2011年に描いた作品です。ロンドンの高級ショッピング街のビルの高層部分に描かれました。日本でいうと、銀座のような街を想像していただければ、そのインパクトがわかると思います。

ショッピングカートとともに落下する女性は「消費社会」の風刺となっています。高所得層へのカウンターともいえる作品であり、格差社会への皮肉にもなっているのがポイントです。

シリア移民の息子

※『バンクシーって誰?展』展示風景。現在は富山県の高岡市美術館に巡回中(2022年12月6日(火)まで)

「シリア移民の息子」も有名な作品の一つですね。荷物と初期のMacintoshを持って去ろうとするスティーブ・ジョブズが描かれています。

2015年、フランスの野営地「カレー・ジャングル」に描かれました。この場所はイギリスへの入国を試みた移民が多く住んでいる土地です。移民が多く流入する国では、時として「移民が自国のリソースを浪費してしまう」と否定的に考える人がいます。そう考える方へのカウンターとして描かれました。

スティーブ・ジョブズはもともとシリア移民の息子です。つまり父親の受け入れを断ったら、ジョブズは生まれなかったかもしれない。「移民を否定的に考えることは、可能性を潰すことになりかねない」という警鐘を鳴らしました。

雨のネズミ

「雨のネズミ」はバンクシー人気が沸騰する2019年に東京の日の出駅近くの防潮扉で見つかった作品です。バンクシー自身の作品であるか否かはいまだに議論が分かれています。

小池百合子都知事がTwitterで「バンクシーからのプレゼントかも」と紹介したことで、全国的に有名になりました。発見されたニュースばかりが有名になってしまい、後日談はあまり知られていませんが、この作品はペンキで塗りつぶされることなく、都が撤去(保護)をしています。

これはもちろんダブルスタンダードです。「グラフィティアートは違法ではないのか! じゃあほかのアート作品も保護しろよ」という議論が巻き起こったんですね。

これに対して「いや、バンクシーの作品には価値があるんだから、当然保護するだろ」と言いたくなるかもしれませんが、それこそが「アートの商業化」であり、バンクシーが伝えたいメッセージの真逆なわけです。この作品は日本でのグラフィティのあり方、アートのあり方を大きく見直すきっかけになった作品です。

浴室で悪夢を引き起こすネズミ

「浴室で悪夢を引き起こすネズミ」は2020年のロックダウン中にバンクシーの自宅の浴室と思われる場所で制作されたインスタレーションです。浴室には9匹のネズミがおり、部屋を荒らしています。

バンクシーはこの作品の発表の際に「家で仕事をすると妻にひどく嫌がられる」とコメントし「あ、バンクシーって結婚してたんだ」とニュースになりました。

バンクシーがネズミを描く理由

バンクシーはよくネズミをモチーフにします。これは弱者であるネズミと自分自身(また自分が作品を通して応援したい対象)を重ね合わせているといわれます。また資本主義・浪費への揶揄の象徴という声もあります。確かに都市化によってネズミは増える。しかしそんなネズミは嫌われて駆除されます。これはスケールを大きくすれば、黒人差別のスラム街や、戦場の構図に近いですよね。

ちなみに日本のアーティストでいうとChim↑Pomは「SUPER RAT」という作品で、渋谷のネズミを捕獲して剥製にし「ポケットモンスター」の「ピカチュウ」の柄に塗って展示をしていました。これにも都市化に対してのメッセージが込められています。


赤い風船と少女

LYDIA and her SALAD DAYS, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

「赤い風船と少女」は2002年から、持続的にバンクシーが描き続けているモチーフです。初期のころはロンドン周辺で数多く描かれました。

2014年の「シリア難民危機3周年」の際にも描かれました。このキャンペーンは平和を願って、アムネスティ・インターナショナルや国境なき記者団などがはじめたものです。バンクシー自身の発言は「#WithSyria(シリアとともに)」のみでしたが、風船は「希望の象徴」といわれ、戦争の跡が残るシリアから少女を連れ去ってくれる存在とみなされています。

忘れちゃいけないのが、2018年の「シュレッダー事件」ですね。この作品はサザビーズのオークションで約1.5億円で落札されましたが、落札と同時に、額縁に仕込まれたシュレッダーが発動して、作品が切り刻まれました。現場では悲鳴があがったり、呆然とする人がいたり、にやにやしながらちょっと拍手する人がいたり、いろんな感情が巻き起こってましたね。なんかもう「ルパン三世が泥棒に成功したとき」みたいな雰囲気でした。

ちなみに、あんまり知られていないかもしれないですが、この作品は「愛はゴミ箱のなかに」と命名され、後日切り刻まれた状態で再度オークションにかけられました。その際に約28億8000万円という高値がついています。

資本主義や「貧富の差」へのメッセージへの皮肉

切り刻んだ作品が「オークション中に作られた作品」として、価値が跳ねあがる。これはもう「これ以上ない皮肉」といってもいいでしょう。バンクシーはシュレッダー事件に対して、特にメッセージを発していませんが、おそらく「ただ金だけが消費されるオークション」に対して芸術家として反抗心を示したのだと思われます。簡単にいうと「お前らが1億5,000万円支払った作品なんてこのくらいものだぞ。裁断してやるぜ」という感じでしょう。

しかしその作品がバンクシーの意志とは無関係に独り歩きして、28億円以上にまで跳ねあがってしまう。これには、いちファンとして愕然としました。盲目的に商業主義に陥りつつあるアート業界が悲しくなった、というか。「28億円だぞ。すごい!」と笑顔で言っているサザビーズがむなしく思えてくるというか。ちょっともう「(苦笑)」という感覚でしたね。同じ感覚の方もいるでしょう。


バンクシーが許可している展覧会・グッズはない

さて、今回はバンクシーという画家の作品について紹介しました。いやもう人気過ぎて、日本でも、ここ数年はひっきりなしにバンクシー展や、グラフィティ展がおこなわれ、大量のグッズが販売されています。

ただ覚えておいていただきたいのは「バンクシーが許可した展覧会・グッズはない」ということです。

バンクシーは公式サイトで「FAKE」として非公式展の開催地と入場料をリストにして「アーティスト本人は関与していない展覧会です」と抗議文を掲載しています。「え? 勝手にやっていいの?」と思われるかもしれませんが、作品の出品に関しては所有者が許可すれば作家は法的に口出しできません。バンクシーの作品は基本的に路上で描かれたものであり、売り物にしていないので、どれだけ入場料が支払われても彼のもとにお金は入ってこない仕組みになっています。

これまで「資本主義や貧富差」に抗議をしつづけてきたバンクシーの展覧会に数千円のチケットを支払わないといけない。グッズも大量に売られて主催者側がめちゃめちゃ儲けている。本当に作品に感動するはずの、社会的弱者の方々は見にいけない。お金持ちが作品を見てグッズをたくさん買って「ふむふむ。確かに貧富の差を理解すべきだな。ふむふむ」と分かったようにうなづいてショッパーを両手に帰る。で、グッズは転売ゲームの商品となり、また見えないところでいろんなお金がやり取りされてしまう。

これに抗議するために彼は2018年にシュレッダーで自身の高額の絵を裁断しましたが、それが「バンクシーやっぱすげぇ!」となり、超高額になってしまう。もちろん彼自身、自分の作品を高値で取引されることを良しとしておらず「公式サイトから無料でダウンロードしてほしい」と語っています。

日本で特に来場者が多かったのは、世界的にも開催された巡回展「バンクシー 天才か反逆者か」だと思います。作品を見てみんなアプリで「天才or反逆者」を投票して楽しんでいたりする。バンクシーはそんな現状を見て「さむいわ~」と嘲笑していることでしょう。そんなものはどうだっていいのです。

バンクシー公式サイトよりスクリーンショット

もはやバンクシーの作品は、バンクシーの手を離れて独り歩きをし始めています。資本主義・社会的格差などを風刺してきた彼自身が既に消費される存在となっているのは、これ以上ないくらいに皮肉なことです。もはや「アート≠表現」ではない「アート≒商業」となりつつある現状が垣間見えます。

バンクシーが描くグラフィックアートはネズミやサル、少女などのモチーフが登場することで、よく「かわいい~♡」「超クールじゃんなにこれ」という声もあります。しかしあくまで個人的な意見ですが、彼の作品の「メッセージ」にこそ本質があると考えています。もし実際に見た際には、作品を通してアートや社会を考えるきっかけになれば、と思います。



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ジュウ・ショ

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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

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