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2023.3.3
「アート」と「ART」と「芸術」と「美術」の違いとは?現代美術家が解説
日本語にはARTにまつわる似たような単語がいくつか存在しています。 皆さんは「アート」と「ART」と「芸術」と「美術」の違いをご存知でしょうか?この記事では歴史的な背景を見ながら、部類学的なカテゴライズを押さえてみましょう。
目次
「ART」とは何か
Photo by Peter Olexa on Unsplash
まずは「ART」から。ここで意図的にアルファベットでARTと書いている理由は、「西洋美術としてのART」を意図しているからです。つまり欧米を中心として認識されている「ART」についてです。
「ART」の語源は「ars」。今よりも幅広い意味をもっていた
話はかなりの時代を遡り、古代ギリシャ・ローマ時代。紀元前数千年とかそういう時代。
ARTの語源はギリシャ語の「τέχνη (テクニー)」その訳語のラテン語の「ars」なんかが元になっていて、元々は人の手で作られる(行われる)もの全般を指していました。なのでこの中には医療技術とか、土木建築技術(デザイン的な意味の建築ではなくて、基礎科学みたいなもの)とかまで含まれていました。
その中のひとつに、「リベラルアーツ」と呼ばれるものがあります。自由七科に分類されて、文法学・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽。つまり人間に必要な学問とされていたものとされています。これがのちに日本に伝わります。
起源は洞窟絵画!長い長い歴史をもつ「ART」
少し話は逸れますが、西洋美術史の最初の1ページ目は洞窟絵画。人類の最初のARTの始まりはそこから始まります。世界最古の絵画と呼ばれる洞窟壁画は、フランス(ラスコーとか)やスペイン(アルタミラとか)に残っていることが多くて、年代はまちまちですが、これも紀元前数万年から数千年など、多くは西洋でたくさん見つかっています。
ラスコー壁画, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
メソポタミア文明(イラクあたり)、エジプト文明の中でも美術の扱いはあったんですが、そこは置いておいて話は戻って、ギリシャ文明のギリシャ美術。クレタ美術やミュケナイ美術と呼ばれる形式なんかもありつつ、基本的には土器や青銅器、鉄器または建物などの装飾系の美術が発展していきます。ここら辺が紀元前1700年とか。
時代と場所は少し移ってローマ時代。こちらはエトルリア美術/ローマ美術。この辺りが紀元前500年頃。多くは神話的な内容の古典的な絵画テーマを用いた時代も多かったのですが、戦争なども多かったので文明発展の激動の時代。古典的なものが衰退して現代的に、つまりその当時の象徴的な人物の彫刻がよく見られました。しかしその後は、皇帝が世界を治めていた時代から、少しずつキリスト教が力をつけていきます。
参考:ユスティニアヌス帝と廷臣たち, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
そして中世には、キリスト教美術の時代に変貌していきます。教会が増えたので教会の中の装飾だったり、キリスト教の聖書の内容を描いたりなどなど。キリスト教が布教を進める中で、市民の識字率が低かったことにより、聖書を用いた布教が困難だという壁にぶち当たりました。それを打破するために、「聖書の内容を絵で説明する」ということが主流となります。この初期キリスト美術からルネサンスが衰退して、貴族絵画に移行するまで、ざっくり1500年もの期間、キリスト教美術というものが広がり、時代とともに進化してきます。
この後の近代美術の〇〇派というのは数十年毎に名前が変わっていくことを考えると、この1500年という時間がいかにすごいことか分かると思います。キリスト教美術と一言でまとめても、実は美術史では以下のように分類されます。
初期キリスト教美術(2世紀から)
ビサンティン美術(330年から)
初期中世美術(5世紀から)
ロマネスク美術(9世紀から)
ゴシック美術(12世紀から)
イタリア初期ルネサンス(15世紀くらいから)アンジェリコとかボッティチェッリとか
イタリア盛期ルネサンス(15世紀末から16世紀初頭)場所はヴェネチア。ダ・ヴィンチ、ラフェエロ、ミケランジェロとか
マニエリスム美術(16世紀くらい)ヴァザーリとか
—ここから貴族絵画も含む—
バロック美術(17世紀くらい)オランダでは、フェルメール、レンブラントとか。スペインではベラスケスとか
ロココ美術(1700−1760年まで)フランス。アントワーヌ・ヴァトーとか
とても暴力的な説明ですが、このように特にイタリア、スペイン、フランス、ドイツ、オランダでキリスト教美術、そしてそのままバロック・ロココが栄え、貴族絵画へと発展していきます。
ここで重要な部分は、ギリシャ・ローマ美術っていうのは知的財産のような扱いで、文明発展と共に皇帝などに献上される、もしくは命令で作らされているようなもの、重要建造物などの装飾だったり、全身像みたいな権威を象徴するものだったりしたこと。
またキリスト教美術では、キリスト教が世界で力を持つことによって、宗教の布教のためだったし、バロック・ロココは主に王族、貴族やメディチ家みたいなパトロンのためだったりしました。つまり様々な時代は変化しながらも、美術の在り方は権利者に利用されているとも言える実用的な側面があったわけです。
18世紀に起こった産業革命が「ART」の大きな転換期に
このまま時は進んで1760年ごろのイギリス産業革命。そしてフランスの産業革命。世界の文明が大きく前進するきっかけともなったこの運動は、もちろん美術にも大きな影響を与えました。最初の方で話した「ars」(≒art)の「人の手で作られるものすべて」っていう意味だったものの中に含まれていた、医術や基礎科学技術とかっていうものが発展したことによって、それらが語源だった「τέχνη (テクニー)」という単語を用いてTechnologyとして分離しました。このことで上で説明した「実用性の部分」は、テクノロジーが持って行って分離してくれたので…18世紀後半でようやくARTが、単純な「美を扱うもの」として誕生しました。要するに自由な表現をしてもよくなりました。これはARTに大きな大きな変化をもたらしました。
ここまでの美術史を追ってみると、「人の手で作られるものすべて」っていう言葉から、医療と基礎科学技術を抜いてようやくそれっぽくなったのは、つい300年前の話だということがわかります。さっきまで紀元前数千年とかの話をしていたのに。もちろんここから新古典主義とかロマン派、写実派、印象派…と続いていきます。
「ART」は学問として体系化されているもの
こんなにも長い長い期間、文明も入れ替わり、戦争や紛争が起こり、舞台となる培われた国も様々で、宗教や多種多様の文化背景に影響を受け、圧倒的な作家数からなる作品数と研究量。そんなバックボーンがあるものが「ART」と呼ばれるものなのです。自分の作品をARTにカテゴライズするのであれば、この脈略に沿ったものでなければなりません。なので、美術史を勉強しないといけません。学問として体系化されていてるものなので。
「芸術」とは何か
高橋由一『鮭』 , Public domain, via Wikimedia Commons
さて次は「芸術」の話になって、日本文化・歴史に目を向けることになります。後述しますが日本にこの西洋美術「ART」が入ってきたのは明治維新・文明開化のあたり。「ではその明治以前の日本画などの日本美術は、「ART」じゃなったのか?」という疑問が出てきそうなので、先に答えておきます。
結論から言うと、西洋美術に比べて日本の明治以前の美術では「美術」と「工芸」の差があまりありませんでした。日本建築や寺院などがあって、仏教画や、巻物とか、屏風絵とか。どちらかというとインテリアに近い、装飾に寄ったものが多く、西洋で培われたARTとは求められていたものが別のところにあった、という解釈でいいと思います。
西洋ではアカデミアがすでにあってリベラルアーツがあってARTが育まれてたのに対して、日本ではそういったものは明治以降に誕生しました。なので古来世界中の人類が行なっていた、「何かを創造するというクリエイション」の延長で日本の美術は発展していたということになります。
これは極論的に言うと、文明レベルが低い、先住民とかどこかの部族だって絵を描いたり装飾したものを身につけたり、建築に使ったりしています。体系化されず学問として研究されいない創造物と言うのはそういうことです。伝統工芸は世界中どこにだって存在しているけれど、それとARTは必ずしも同じとは限らないということです。それがARTと同様の価値や概念を偶発的に持っていたのか?ということは別の議論なので今回は敢えて掘り下げずに進みますね。
日本に「ART」が伝わったのは明治時代以降
ペリー来航, Public domain, via Wikimedia Commons
さてそんな「ART」が日本に入ってきたのは、明治時代、幕末。つまりペリー来航、鎖国からの開国で西洋文化がドバッと入って文明開化、明治維新! な時期。1850年ちょっとからのそんな時期。西洋美術史でいうと写実主義の頃、写真技術が生まれて印象派に切り替わるちょうどそんなタイミングです。
この時期にヨーロッパで開かれた国際博覧会(万国博覧会)に、日本の工芸品や美術品というのはたくさん出品されました。ですが、前述した通り当時は美術と工芸とか、ちょっと俗世的な浮世絵とかっていうのは、はっきりとした区別がなかったので、ARTとしての評価はあまりよくありませんでした。つまりヨーロッパ人にとって日本から持ってきたものは、どこかの閉鎖的な小さな国の工芸品でした。
このままじゃ世界においていかれる! と焦った文明開化中の日本。どんどんとARTを日本に取り入れました。それまでに江戸時代で栄えた絵画といえば浮世絵。それは逆に西洋に渡って、ジャポニズムとして評価を受けて、ゴッホとかに影響を与えてたっていうのはよく耳にする話ですね。そんな中もちろん日本にも印象派が流れてきて、日本の印象派っていうのも誕生しました。
「芸術」は“ART”というよりも“リベラルアーツ”を翻訳したもの
ですので、この時期。いろんな意味を含んだ「ART」が入ってきた流れ、その中の一つのリベラルアーツという概念が日本に入ってきたこのタイミングで、リベラルアーツを日本語訳した時にできた言葉こそが「芸術」でした。なので当時はもちろんこの膨大な西洋美術史すべてと、その概念が体系化されて説明されてもいなかっただろうし、「ART」作品は入ってきてもそれだけでは全てを理解できなかったので、リベラルアーツの方を「芸術」と翻訳しました。なので「ART」=「芸術」とするのも細かい話、間違っているんでしょう。
「美術」とは何か
芸術という言葉が誕生したその後、多くの学者、文化人はこの芸術という分野の体系化を図ります。つまりそれまで日本の中に存在していたものを改めて芸術に置き換え直す必要がありました。
「芸術」は大きく分けて6つにカテゴライズされます。
・文芸(言語芸術)
・美術(造形芸術、視覚芸術)
・音楽(音響芸術)
・総合芸術(舞台芸術と映像芸術)
・デザイン(応用芸術)
・その他(サブカル系等、漫画とかイラストとか)
「美術」は「芸術」の中の一分野
ということで、ここでようやく美術が出てきました。日本で体系化されたのは6種類なわけなので、「美術」が含むものは非常に多いです。造形芸術と視覚芸術は「彫刻」と「絵画」っていう意味ではありません。造形芸術では、建築も含むし、陶芸とかだってそう。日本では庭園とかも美術的な意味合いがあるのはそういうことです。視覚芸術は、華道とか書道も含むし、工芸だって含みます。なのでここも細かい部分を見れば「ART」=「美術」ではありませんね。華道とか西洋になかったし。「Fine Art / ファインアート」や「Contemporary Art / コンテンポラリーアート」というものが含まれます。
「アート」とは何か
Photo by Sincerely Media on Unsplash
はい、ということでようやく出てきたカタカナの「アート」 。日本の皆さんにとって一番馴染みがあるワードだと思います。結論から言うと、「アート」って言う言葉は学問的にまだはっきりと体系化されていない、みんなが勝手に「ART」をカタカナに翻訳して、自由な言葉として使っている、和製英語です。
「アート」はARTを翻訳した和製英語
つまり本来の意味とは大きく違います。なのでみんな勝手に造語を作り出していけます。レジンアート、チョークアート、ネイルアート、ラテアート。もちろんこれは日本語だけで起こっている訳ではありません。美術大学も芸術大学もあるけれど「アート大学」ってない。それは学問的に体系化されてないからです。ここ数十年で誕生したカタカナの日本語ですね。
これまで説明してきたように、ART、芸術、美術はとても難解です。現代アートなんてもう何が何だか。ハイカルチャーで扱われていた従来のARTが、メインカルチャー、サブカルチャーに降りてきたことで、ハイカルチャー的な教養がなければ嗜むことができなかった西洋美術・artは、一般市民も楽しむチャンスが出てきました。それは美術館とかギャラリーの誕生のとかが理由です。なので英語がたくさん入ってきてARTって言葉が使われるようになったことで、一般市民向けにそれを訳してカタカナにして触れやすくなったものですね。
これは個人的な見解ですが、分類学っぽいカテゴライズとは別に、現代的なニュアンスで分類した場合は、日本人の多くが思い描いている「アート」は「クリエイション(手作りのもの全部含む)≒ハンドメイド」の方がしっくりくると思います。つまり大きな意味での創造というニュアンスが合うのかなと思います。
まとめ
Photo by Ashley West Edwards on Unsplash
今回の内容を簡単にまとめると、
・西洋で培われた長い長い歴史をもつのが「ART」
・そしてそれが明治時代に日本に渡って、日本語に翻訳されたのが「芸術」
・芸術全般には6種類あって、その中の1つが「美術」
・難解だったリベラルアーツの概念が庶民に間違った形で広まった和製英語が「アート」
ということでした。アートという和製英語が日本に浸透して、何でもかんでもアートという呼び名をつけることが許されてしまいました。これだけを見れば別に大きな問題ではありませんが、問題なのは言語というものから思考が生まれることがあるという部分です。日本人の多くがカテゴライズするという思考を放棄することによって、アートとハンドメイドを分けて考えられないようになってしまいます。これは作品を見る人も、作る人にも大きな影響を与えることです。
今回ここで説明したことが全ての指標になるわけではありません。ただ皆さんが「この作品はART/アートなのか?」と考えるときに何かの参考になればと思います。
・Ernst Hans Josef Gombrich『The Story of art』
・佐々木健一『美学への招待』
・山本 浩貴『現代美術史-欧米、日本、トランスナショナル』
画像ギャラリー
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Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
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