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STUDY

2023.3.31

なぜ唐風文化が廃れ、日本文化が芽吹いた?日本美術史を流れで学ぶ(第5回)~平安時代の美術編その1~

おしゃべりする感覚で、フランクに日本美術史を知るこの企画。前回の第3~4回は唐の文化が日本にやってきた奈良時代の美術作品について触れました。今回は、その後の平安時代の美術作品についてご紹介します。

前回の記事はこちら

和歌を詠み合う貴族たち、揺れる十二単、源氏物語の恋愛模様……みたいな、もうなんか「ザ・日本文化」というイメージがありますよね。日本美術史のなかでも人気が高い時代です。しかし直前の奈良時代には唐文化が隆盛したのは確かです。では、なぜ平安時代になって日本文化が醸成されていったのか。そのあたりをみていきたいと思います。

平安時代の美術は前期・後期に分かれる

※参考:平安京の復元模型(平安京創生館の展示物),名古屋太郎, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

まず平安時代は一般的に長岡京遷都の784年~平氏陥落の1185年までの400年を指します。ざっくりいうと「鳴くよウグイス」~「いい国つくろう」まで。そのなかでも実は前半は唐の文化が主流でした。いわゆる「国風文化」といわれる日本的な美術が出てくるのは900年代後半あたりからです。

じゃあ何がきっかけで、日本は唐のカルチャーを抜け出して、やまと文化に移行するのか。大きな契機となったのは「遣唐使の廃止」です。奈良時代は20年に一度のペースで遣唐使が唐に渡り「唐っていまこんなんが流行ってるんやで~」と文化を持ち帰ってきていました。

当時の唐は超大国ですので、もう日本人は「マネしたい!かっこいい!」みたいな気概に満ちていたんですね。今でも日本人は海外に強い憧れがあると思いますが、これは島国独特のカルチャーなのかも。

※参考:遣唐使船(貨幣博物館蔵),PHGCOM, anonymous Japanese painter 8-9th century, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

しかし平安時代は400年もあるのに、804年と838年の2回しか遣唐使は渡唐していません。

その主な理由は以下です。

● 唐の政治体系を学び終えた
● 唐が弱体化して憧れではなくなった

まず「もう、唐のいいところは吸収し終わったわ」という点ですね。いわゆる碁盤の目のように作られた平安京の完成(794年)は唐の都を真似たものでした。「平安京もできたし、もうええか」という雰囲気が流れていたんですね。

また「もう唐って古くね?」という、ものすごく根本的な問題もありました。実際8世紀に入ると、唐はもうボロボロで、めちゃめちゃ内乱が起こっていたんですよね。そんななか日本でも「唐ってお手本にする価値あるか?」というムードが流れたわけです。

それで894年、学問の神様・菅原道真が宇多天皇に「もう遣唐使いいでしょ」と意見したことで廃止となりました。その10年後、実際に唐は滅亡することとなります。

「遣唐使の廃止=日本での唐人気の終了」ではない

これが唐文化から国風文化に切り替わった直接的な要因といわれています。ただ誤解したくないのは遣唐使が廃止になった後も、まだ唐の舶来品は日本で人気だったんですよ。

ただ「捉え方」が変わったんですね。つまりかつては「すげぇ、あの大国・唐のものだ。真似しなきゃ」という憧れだったんです。それが「唐を目指さなくてもいいけど、見慣れてるし、かっこいいし……うんまぁ欲しいわ」くらいのテンションになったという感じ。理想から消化に変わりました。

「新撰万葉集」「古今和歌集」の編纂からみる国風文化への遷移

[1], Public domain, via Wikimedia Commons

そんな唐風文化から国風文化への移ろいを表しているのが9世紀末の「新撰万葉集」、10世紀初唐の「古今和歌集」です。

平安時代前期には天皇の指令で「漢詩文集を作ろうぜ」となりました。それで「凌雲集」「文華秀麗集」「経国集」といった漢詩文集ができた。しかしそれが、和歌で編まれた「新撰万葉集」「古今和歌集」に変わったわけですね。

これは象徴的な変遷ですよ。「奈良時代から国外ばっか見てたけど、そろそろ準備できたし国内に目を向けていこうぜ」という気概が感じられます。そのほか同時期には「諸説不同記」「日本国見在書目録」といった書籍が刊行されています。こうした国全体の「外から内へ」の意識変化が、やまと文化を醸成していくことになります。

政治や文化の基礎が完成し「これで日本は国外でも通用する環境を構築できるぜ」という“自信”が国内文化の醸成に向かわせたのかもしれません。

現在まで続く「日本文化」の誕生

さて、今回は平安時代の文化の移ろいについて紹介しました。次回はそんな平安時代の美術作品について、具体的に前期と後期でどう変わっていくのかをご紹介します。

▼次回記事はこちら!平安時代400年の仏像の変化を作品で見比べ!日本美術史を流れで学ぶ(第6回)~平安時代の美術編その2~
https://irohani.art/study/13521/

参考文献
『増補新装 カラー版日本美術史』辻 惟雄 監修
『日本美術史 JAPANESE ART HISTORY』(美術出版ライブラリー)(美術出版ライブラリー 歴史編)山下裕二 高岸輝 監修
『日本美術史ハンドブック』辻惟雄 泉武夫 編

【写真3枚】なぜ唐風文化が廃れ、日本文化が芽吹いた?日本美術史を流れで学ぶ(第5回)~平安時代の美術編その1~ を詳しく見る

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ジュウ・ショ

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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

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