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STUDY

2021.8.26

西洋美術史を流れで学ぶ(第6回) ~ロマネスク・ゴシック美術編~

難しく語られがちな西洋美術史を、おもしろおかしくフランクに紹介していくこの連載。前回はキリスト教が生まれた初期の偶像崇拝禁止から、だんだんとOKになった時代について紹介しました。「いや結局、モーセの十戒に背いてええんかいな!」とツッコみたくなる時代でしたね。

・関連記事:西洋美術史を流れで学ぶ(第5回) ~キリスト教編~
https://irohani.art/study/4703/

今回は11世紀から14世紀の中世まっただなかで隆盛したロマネスク美術、そしてゴシック美術についてご紹介しましょう。

ロマネスク美術とは

「ロマネスク」とはそのまま「ローマっぽい」という意味です。11世紀あたりから西ヨーロッパの広い地域で広まった文化を指します。

ロマネスク美術の背が低いガッシリ系建築物

名前の由来は特徴的な建築物。以前、ローマ美術でご紹介したようなデカい石を積み重ねて、土台をがっしりと作った背の低い建築物が目立ったため「ロマネスク」といわれるようになりました。

例えばスペインにある「サント・ドミンゴ・デ・シロスの修道院」を見てみましょう。以下の通り、大きな石で土台を作っているのがよく分かります。

サント・ドミンゴ・デ・シロスの修道院I, Schweigen, Public domain, via Wikimedia Commons

壁の厚さが1mを超えるものも珍しくないというからびっくり。彫りの深い男たちがせっせと組んでいたのでしょう。ただとにかく作りがガッシリしていて重いので、高層にはできなかったんですね。全般的に背が低いのが特徴です。

また窓が小さいのも特徴的。これも素材が重く大きな窓にすると崩れてしまうからです。おそらく日当たり超悪いので内見にいったら絶対にNG出したくなると思います。

ロマネスク美術で花開いたフレスコ画

また建物内には「フレスコ画」が描かれています。これもロマネスク時代の発明です。

それまでの絵画作品は「モザイク画」が主流でした。これは漆喰に粗めの大理石やガラスを壁に埋め込んで作るものです。いまでいうモザイクアートですよね。だから微細な表現ができないので超ぎこちないんです。

「キリストと11世紀の東ローマ皇帝コンスタンティノス9世夫妻」(モザイク画)Photographer: Myrabella, Public domain, via Wikimedia Commons

一方のフレスコ画は大理石やガラスをいったん粉状にして水溶性の顔料を作ってから漆喰の下地に描く手法です。モザイクがと違って筆を使うので緻密な表現が可能になったほか、コストも安く済みました。

「アテナイの学堂」(フレスコ画)Raphael, Public domain, via Wikimedia Commons

ただでかめのデメリットもありまして、やり直しができないんですねこれ。漆喰が乾いてしまうと、表面が固まるので塗り直しができず、気付いたら「あ、終わった……」ってなるんです。

だから悠長に描いている暇もない。描いたそばから乾いていくので「やばい!コレやっばい間に合わないんすけど!」と独り言を呟きながら汗だくで描かなきゃなんです。その分、画家の技量が試されたのは間違いなく、絵としてのレベルもものすごく高まり始めました。

ゴシック美術とは

さて、そんなロマニズム美術が主流だった時代の後に、ゲルマン民族によって流行り始めるのが「ゴシック美術」です。ゴシックと聞くと「ゴシックロリータ」をはじめとするサブカル御用達系ホラーを思い出す方もいるでしょうが、こっちは19世紀から流行りはじめるゴシックブームが起因の言葉ですので、ちょびっと意味合いが違います。

もともとのゴシックは「ゴート族(ゲルマン族)っぽい」という意味。当時の高貴なイタリア人たちがゲルマン民族をちょっと見下して「田舎風情が、古き良きギリシャ・ローマ文化を無視してなんか美術やっとるぞおい」みたいに貶(けな)していたのが由来です。

3つの変化で建築に革命をおこしたゴシック様式

そんないじられてたゴシック美術ですが、ロマネスクのあの“質実剛健っ!”みたいな背の低いガッシリした建築を見事にアップデートしてみせます。

日本でもよく知られている「ノートルダム大聖堂」や「ケルン大聖堂」なんかが代表作です。

ノートルダム大聖堂Peter Haas, via Wikimedia Commons

パッと見て分かる通り、この背の高さ。そして窓のデカさ。なんかスタイリッシュでカッコよくなったのが分かるでしょう。窓が大きくなったことで「ステンドグラス」が誕生します。

ストラスブール大聖堂Clostridium, Public domain, via Wikimedia Commons

なぜロマニズムの時代にできなかったことがゴシック期に可能になったのか。その背景には3つの革命があったんです。それが「尖塔アーチ」「リヴ・ヴォールト」「フライング・バットレス」の3つ。

尖塔アーチとはその名の通り、先を尖らせたアーチ構造のこと。これにより壁の体重を下だけでなく横に逃がせるようになりました。そこに足されたのが「リヴ・ヴォールト」です。天井を支えるためのアーチを交差させてつっかえ棒のように配置することで、より外に体重を逃がせるようになりました。

ウースター大聖堂Mattana, Public domain, via Wikimedia Commons

この2つで石の重みを外に逃がすことに成功しましたが、これでは本末転倒で逆に外に崩れそうですよね。そこで生きるのが3つ目の「フライング・バットレス」。建物の外に柱を作り支えることで、外から建物を支えることに成功したんですね。

だいぶ足し算で作られた手法ですが、これによってゴシック様式が完成しました。

ケルン大聖堂Velvet, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

さて今回はロマネスクからゴシック美術について、建築作品をメインに紹介しました。実はゴシック美術は後半から絵画の世界も大きく変化していくのですが、それは次回の「プロト・ルネサンス」で紹介しましょう。

次回からはいよいよ、中世からルネサンスに時代が移ろっていきます。これまでの絵画の形がどう変わっていくか。その時代を生きた人々の思想の変化と一緒に紹介していきます。

ジュウ・ショ

ジュウ・ショ

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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。