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2025.9.29
絵でみるシェイクスピア~『ハムレット』から『十二夜』まで~
ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)は、16世紀から17世紀のイギリスで活躍した詩人・劇作家です。『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』、『マクベス』など、彼の残した劇作品は現在もなお世界中で上演されており、また文学としても一大ジャンルを築き上げています。
シェイクスピアの書いた物語は、絵画の世界においても優れた画題であり、多くの名作が残されました。本記事では、絵画に描かれたシェイクスピア作品を通して、それぞれの作品の魅力と、イギリスのロマン主義運動との関係について解説します。
目次
絵でみるシェイクスピアの名作たち
ここからは、シェイクスピアの書いた悲劇と喜劇から、特に有名なものを4作品ご紹介します。
『ハムレット』|復讐に燃える王子が招く悲劇の連鎖
ジョン・エヴァレット・ミレイ『オフィーリア』, Public domain, via Wikimedia Commons.
『ハムレット』は、英文学史上最も有名な作品として知られています。話の内容を知らない方でも「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」というセリフを、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
デンマークの王子・ハムレットは、ある日、父である先王の亡霊から衝撃の事実を聞かされます。それは、父の死後に王位に就いたクローディアス(先王の弟で、ハムレットの叔父)が、王位欲しさに父を殺害し、ハムレットの母であるガートルードと再婚していたことでした。
クローディアスに復讐を誓ったハムレットは、狂気を装い、虎視眈々と復讐の機会を狙います。しかし、その行動は恋人であるオフィーリアや、母ガートルード、そして友人たちを巻き込んで、悲劇的な結末へと向かうのです。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『オフィーリア』, Public domain, via Wikimedia Commons.
『ハムレット』を題材とした絵画の中でも、ハムレットの恋人・オフィーリアを描いた作品が特に多く存在しています。
オフィーリアは、自分につらくあたるハムレットの態度に悲しみながらも、健気に彼を想っていました。しかし、父であるポローニアスがハムレットに殺害され、悲しみのあまり狂気に陥ってしまうのです。
狂気のオフィーリアが、歌いながら人々に花を配る痛ましいシーンは『ハムレット』の中でも屈指の名場面として知られています。やがてオフィーリアは足を滑らせ、川に落ちて溺死してしまうのでした。
ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829-1896)による『オフィーリア』は、川に流されていくオフィーリアの様子を神秘的に描いています。ミレイはこの絵を製作するため、バスタブで身を横たえたモデルを写生したと言われています。
このミレイの作品が、その後のオフィーリアの図像に最も影響を与えたと言われています。
『ロミオとジュリエット』|世界で一番有名な悲恋の物語
コンスタンチン・マコフスキー『ロミオとジュリエット』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ヴェローナには、モンタギュー家とキャピュレット家という2つの名家がありました。しかし、2つの家は対立関係にあり、召使同士が道で出くわしただけでも大喧嘩になるほどです。
そんな中、モンタギュー家の息子・ロミオは、友人と忍び込んだキャピュレット家でのパーティーで、ジュリエットという少女に出会います。一目で恋に落ちたロミオとジュリエットでしたが、なんと彼女は、敵対するキャピュレット家の一人娘だったのでした。
敵対する立場にありながらも、互いを激しく愛し合うふたりは、駆け落ちを試みます。
しかし、運命はふたりが結ばれることを許してはくれませんでした。
フランク・バーナード・ディクシー『ロミオとジュリエット』, Public domain, via Wikimedia Commons.
フランク・ディクシー(1853-1928)による『ロミオとジュリエット』では、密かに結婚し、初夜を過ごしたあとの2人の姿が描かれています。離れがたい様子でキスを交わすふたりの姿が、切なくもロマンチックな1枚です。
『ロミオとジュリエット』の悲劇のラブストーリーは、映画、バレエ、そしてミュージカルなど、演劇以外のさまざまな芸術でも表現されています。
特筆すべきは、レナード・バーンスタイン(1918-1990)によるミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』です。この作品は、シェイクスピアが描いた「家同士の対立によって起こった悲劇」を、ニューヨークの移民系若者グループの争いに書き換えました。
この例からもわかるように、『ロミオとジュリエット』には「異なる立場を超えて、愛は成立するのか?」という普遍的なメッセージが込められています。
『夏の夜の夢』|妖精に魔法、不思議なことが次々起こる夏至の夜
ジョセフ・ノエル・ペイトン『オーベロンとタイテーニアの仲違い』, Public domain, via Wikimedia Commons.
結婚式を4日後に控えたアテネの公爵・シーシュウスの元へ、娘のハーミアを連れたイージアスが現れます。イージアスは、娘をディミートリアスと結婚させたいと願っていますが、ハーミアはライサンダーという青年と結婚したいというのです。
密かにライサンダーとの駆け落ちを決意するハーミア。一方、ハーミアの友人・ヘレナは、ディミートリアスに片思いをしていました。ヘレナは、ハーミアの駆け落ちを知ると、ディミートリアスにそのことを告げてしまいます。
夏至の夜、森の中で4人の恋する若者たちと、妖精の王オーベロンと女王タイテーニアの夫婦ケンカ、そして、お芝居の稽古に励む職人たちのドラマが絡まり合い、不思議な騒動が巻き起こります。
ヘンリー・フセリ『タイテーニアとボトム』, Public domain, via Wikimedia Commons.
『夏の夜の夢』には、妖精や魔法といった幻想的なモチーフがたくさん登場します。
画題として特に多くの作品に描かれているのが、妖精の女王・タイテーニアと、町の職人ボトムとの場面です。
オーベロンの手下であるいたずら者の妖精・パックは、森の中でお芝居の稽古をする職人たちを面白がり、その中のひとり、ボトムの頭をロバに変えてしまいました。一方、眠っているタイテーニアは、オーベロンの策略によって「目が覚めて最初に見た者に恋をする」という惚れ薬の魔法をかけられています。
タイテーニアが目を覚ました瞬間、そこにいたのはロバ頭のボトムでした。魔法が効力を発揮し、すっかりボトムに恋してしまったタイテーニア。この場面は、作中でも特にユーモラスであり、「魔法」という神秘的なモチーフがふんだんに使われています。
『十二夜』|勘違いから始まるドタバタ恋愛劇
フレデリック・リチャード・ピッカーズギル『ヴァイオラと公爵』, Public domain, via Wikimedia Commons.
難破船事故で生き別れになってしまった双子の兄妹、セバスチャンとヴァイオラ。イリリアの岸辺に打ち上げられたヴァイオラは、シザーリオと名前を変えて男装し、イリリア公爵であるオーシーノに仕えることになりました。
オーシーノのそばで過ごすうち、彼に恋をしてしまったヴァイオラ。しかし、オーシーノはヴァイオラが女性ということに気付いていません。しかも彼は、伯爵の娘であるオリヴィアに叶わぬ恋をしていたのでした。
オーシーノに頼まれ、恋の伝令役としてオリヴィアを訪ねたヴァイオラ。なんと、オリヴィアは、男装したヴァイオラに恋をしてしまったのでした。思わぬ形で成立した、複雑な三角関係。一体、どうなってしまうのでしょうか。
ウォルター・ハウエル・デヴァレル『十二夜(第2幕第4場)』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ウォルター・ハウエル・デヴァレル(1827-1854)は、オリヴィアへの恋に悩むオーシーノが、道化のフェステに「ここに死よ来たれ」を歌わせるシーンを描いています。
苦悩するオーシーノの左側には、男装したヴァイオラが座っています。彼女はオーシーノの横顔をじっと見つめているようです。恋した相手が他の女性を思う様子を、どんな気持ちで見ていたのでしょうか。
この作品でヴァイオラのモデルとなったのは、先ほど紹介したミレイの『オフィーリア』のモデルを務めたエリザベス・シダル(1829-1862)です。シダルは帽子屋の看板娘として働いていたところを、デヴァレルによってスカウトされ、モデルとなりました。
シェイクスピア絵画が生まれたのはいつから?何のため?
18世紀半ば以降、イギリスではシェイクスピア絵画が頻繁に描かれるようになりました。
その背景には、イギリス国内での美術を振興させる目的があったといいます。
ロイヤルアカデミーが求めたシェイクスピア
フレデリック・レイトン『ジュリエットの偽死』, Public domain, via Wikimedia Commons.
フィレンツェやローマでは、1500年代から多くのアカデミー(教育機関)が誕生したのち、フランスやベルリンにも次々とアカデミーが誕生していきました。しかし、イギリスは18世紀半ばを過ぎても正式なアカデミーがなく、作品を定期的に発表する場も設けられていなかったのです。
やがて「大英芸術家協会」という芸術家団体が立ち上がり、国王ジョージ3世の後ろ盾を得て、1768年にロイヤル・アカデミーが設立されました。
初代会長に選出されたジョシュア・レノルズ(1723-1792)は、「歴史画」をイギリスに根付かせようと考えました。これは厳密には史実を描くものではなく、文学や神話を題材とした「物語絵」のことでした。
すでに国民的作家として知られていたシェイクスピア作品には、さまざまな文学的、神話的、そして歴史的モチーフが使用されていました。つまり、ロイヤル・アカデミーが求めていた主題にぴったりだったのです。
ロマン主義からラファエル前派まで
ウジェーヌ・ドラクロワ『レーヴェンウッド、あるいは、ハムレットに扮した自画像』, Public domain, via Wikimedia Commons.
シェイクスピア作品に特に強い親和性を見出したのが、ロマン主義の画家たちでした。理性よりも情念を重視するロマン主義にとって、人間の激しい感情を描いたシェイクスピア作品は理想的な題材だったのです。
このような流れの中で、ミレイなどを中心とした若い画家たちが、ラファエル前派というアート・ムーブメントを起こしました。ここでもシェイクスピアは重要なテーマとして用いられていました。
まとめ
多くの名画に影響を与えたシェイクスピアの作品たち。
しかし、中にはミレイの『オフィーリア』のように、絵画作品がその後のオフィーリアのイメージを強く決定づけたという相互作用も見られます。シェイクスピアとロマン主義の絵画たちは、互いにいい影響を与え合っていたのでしょう。
あなたは、どの作品に最も心を動かされましたか?
興味を持った絵画から、シェイクスピアの作品を読んでみてもおもしろいかもしれません。
参考書籍:
『名画で見るシェイクスピアの世界』著:平松洋(KADOKAWA)
『シェイクスピアハンドブック 「シェイクスピア」のすべてがわかる小辞典』編:河合祥一郎、小林章夫(三省堂)
ワードチェック参考画像一覧:
どちらも『名画で見るシェイクスピアの世界』より
フレデリック・リチャード・ピッカーズギル『ヴァイオラと公爵』

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糸崎 舞
元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。
元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。
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