EVENT
2025.11.20
没後40年、いま出会うシャガール──「花束」が語る愛と祈り【ギャルリーためなが】
ギャルリーためながは、今年9月、銀座から南青山・骨董通りへと本拠を移しました。
フロアは1つから3つへと拡張され、企画展・現存作家・物故作家の作品をそれぞれゆったりと鑑賞できる構成になりました。銀座時代の気品をそのままに、青山ではより開放的でモダンな空間へと生まれ変わりました。
現在、この新しいギャラリーで12月7日まで「マルク・シャガール没後40年展」が開催されています。会場には、晩年の作品を中心に30余点が並びます。
シャガールと聞くと、空を舞う恋人たちや、深い青の世界を思い浮かべる人も多いでしょう。
けれど今回は、もう少し“静かで個人的なシャガール”に出会える展覧会となっています。
スタッフの方にお話を伺いながら拝見しましたが、ポイントはやはり、シャガールがヴィテブスクという土地に生まれたこと、そしてユダヤ人として生きたこと。この二つが、彼の作品と人生の根底に深く流れています。
詩と祈りを描いた画家
1887年、マルク・シャガールは、当時ロシア帝国領だったヴィテブスク(現在のベラルーシ)に生まれました。この土地は独特の宗教観を持ち、人々は身近な動物、ヤギや羊、ニワトリにまで愛情を注ぐ文化を育んでいました。
そのため、シャガールの作品に登場する動物たちは、単なるモチーフではなく、郷土の信仰と祈りを映す象徴でもあります。ピエロやサーカスといった主題も、幼少期に親しんだヴィテブスクの祝祭的な雰囲気と深く関わっているのでしょう。
会場にも、こうしたモチーフを描いた作品がいくつも展示されています。
ベラとの出会い──運命のはじまり
1909年ごろ、若きシャガールはヴィテブスクで、のちに生涯の伴侶となるベラ・ローゼンフェルトと出会いました。この出会いが彼の人生を決定づけたと言われています。
20代でパリに渡ったシャガールは、「ラ・リュッシュ(蜂の巣)」と呼ばれる集合アトリエでザッキンらと共に制作を始めました。多くの画家に囲まれながらも、詩人ギョーム・アポリネールや作家ブレーズ・サンドラールと交流し、絵画のみならず詩や音楽、宗教的象徴といった幅広い表現に影響を受けていきます。
キュビスムやシュルレアリスムにも関心を寄せましたが、形式にとらわれず、より叙情的で詩的な表現へと傾いていきました。
1914年、第一次世界大戦が勃発する直前にヴィテブスクへ帰郷したシャガールは、再びベラと再会し、翌1915年に結婚します。この時期、彼女から誕生日に贈られた花束のエピソードは特に有名です。その喜びを描いた《誕生日》は、シャガールの代表作の一つとして知られ、以後“花束を抱く花嫁”のモチーフは生涯繰り返し描かれることになります。
愛と喪失を越えて
その後、パリへ戻り制作を続けますが、第二次世界大戦が勃発すると、ユダヤ人であったシャガールはナチスの迫害を逃れてアメリカへ亡命します。
しかし亡命先のニューヨークで、最愛の妻ベラを肺炎で失ってしまいました。深い悲しみの中にありながらも、彼は再び筆を取り、戦後は南フランスの光のもとで制作を再開します。
リトグラフ、ステンドグラスなど表現の幅を広げながら、“祈るように描く”ことを続けました。
晩年はヴァンスに居を構え、ピカソやマティスとも交流。フェルナン・ムルロの工房では、名刷師シャルル・ソルリエと出会い、多くのリトグラフを残します。
ソルリエによって刷られた作品は“ソルリエ版”として知られ、現在も高く評価されています。今回の展示では、地下1階にその時期の本画が並び、版画制作の息づかいを間近に感じることができます。
光と祈りの色彩──オペラ座の天井画へ
1964年、シャガールはパリ・オペラ座(ガルニエ宮)の天井画を完成させ、画業の頂点を迎えます。
この頃すでに80歳近くでしたが、シャガールの創作意欲は衰えるどころか、ますます豊かに。
晩年の作品には、青や深紅、黄金色といった“祈るような色”が満ちています。スタッフの方が語った「80歳を過ぎても、むしろ色がどんどん豊かになっていくんです」という言葉が印象的でした。
作品の前に立つと、まさにその言葉どおり。青が深く息づき、赤が温かく揺れ、光が静かに滲む──まさに“生きている色”がそこにあります。
花束が語るもの
本展の中心となっているのは、「花束」を描いた作品です。
花束はシャガールにとって、単なる装飾ではなく、愛・記憶・祈りの象徴でした。花の向こうに恋人たちや故郷の街並みが描かれ、人生の喜びも別れの痛みも、そして信仰も、すべてが花束とともに表現されています。
スタッフの方はこう話していました。
「シャガールは、時代によって作風が劇的に変わるタイプではありません。長い人生の中で、経験を重ねるほどに“世界の見え方”が深まっていく。その一貫性こそが魅力なんです。」
たしかに、作品を見ていると“変化”というよりも、“成熟”という言葉がしっくりきます。
感じるための展示構成
展示はペン画から油彩までバリエーション豊かで、あえて年代順ではなく“自由”な構成になっています。
シャガールの作品は、人生とともに静かに深まり続けたため、時系列で追うよりも、感情の流れで見る方が自然。
作品と向き合いながら、自分のテンポで歩く──。理解するより、感じること。
会場はまさに、そんな体験のための空間になっています。なお、2階の物故作家コーナーにもシャガールの作品が展示されています。こちらもぜひ見逃さずにご覧ください。
展覧会情報
◆「没後40年 マルク・シャガール展」ギャルリーためなが東京店
【開催期間】2025年11月8日(土)〜12月7日(日)
【所在地】東京都港区南青山 6丁目5-39
【アクセス】
東京メトロ銀座線、千代田線、半蔵門線「表参道駅」B1出口より徒歩約10分
【開館時間】
月〜土曜日:11:00~19:00
日曜日・祝日:11:00~17:00
【休館日】無休
【観覧料】無料
【公式サイト】没後40年 マルク・シャガール展
画像ギャラリー
このライターの書いた記事
-

EVENT
2025.11.13
見えない人を描く──「諏訪敦|きみはうつくしい」に宿る、沈黙の物語【東京・天王洲 WHAT MUSEUM】
つくだゆき
-

STUDY
2025.11.12
クリムト《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》―奪われた名をめぐる、芸術を超えた“人間の尊厳”の物語
つくだゆき
-

EVENT
2025.10.08
サントリー美術館「幕末土佐の天才絵師 絵金」血と芝居と夏祭り─土佐が生んだ異彩の絵師「絵金」の世界へ
つくだゆき
-

STUDY
2025.09.19
はじめての真剣、二度目の居眠り──ミレイと娘の小さな物語
つくだゆき
-

STUDY
2025.09.09
理解されなかった黄金の壁画 クリムト《ベートーヴェン・フリーズ》を読み解く
つくだゆき
-

STUDY
2025.09.03
光と風の中で──モネとカミーユ、3枚の《散歩、日傘をさす女性》が残したもの
つくだゆき

東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
つくだゆきさんの記事一覧はこちら









