Facebook X Instagram Youtube

STUDY

2026.4.3

なぜ?絵が「額縁」に入っている3つの理由とは

美術館に行くと、壁にかけられた絵画のほとんどが額縁に収まっています。
この「当たり前」に見える光景ですが、実は額縁という存在は、絵画の歴史と切り離せない重要な役割を担ってきました。

ターナー作『戦艦テメレール号』の額縁部分ターナー作『戦艦テメレール号』の額縁部分, Public domain, via Wikimedia Commons.

単なる装飾品ではなく、作品を保護し、所有を示し、鑑賞体験を形作る装置として、額縁は美術史の中で独自の進化を遂げてきたのです。

額縁が果たす多様な役割

額縁の存在意義を考える上で、その多機能性に注目する必要があります。額縁は主に以下のような役割を担ってきました。

ラファエロ、『アレクサンドリアの聖カタリナ』ラファエロ、『アレクサンドリアの聖カタリナ』、1507年頃, Public domain, via Wikimedia Commons.

まず第一に、保護機能です。
額縁は絵画を物理的な損傷から守り、埃や汚染物質、有害な紫外線から作品を保護します。
特にガラスやアクリル板と組み合わせることで、作品の寿命を大幅に延ばすことができます。持ち運びや展示の際にも、額縁があることで作品を安全に扱うことができるのです。

第二に、視覚的な境界の設定です。
額縁は現実世界と絵画の中の世界を明確に分離します。
古代から続くこの機能は、鑑賞者が作品に没入するための「入口」としての役割を果たします。額縁を選び直すことは、その作品を自分のものにする行為です。例えば作品の購入者にとって、これは所有権としての表現なのです。

第三に、文脈の提供です。
額縁のスタイルや素材は、作品が制作された時代や地域についての情報を伝えます。
例えば、イタリアの額縁にはポプラやウォルナットが、オランダの額縁にはバスウッドやリンデンが使われることが多く、木材の種類だけで額縁の出自を推測することができます。美術館の学芸員にとって、額縁に残された展覧会のラベルや税関の印は、作品の来歴を辿る上で貴重な手がかりとなります。

額縁の誕生

額縁の起源は、古代エジプトやギリシャ、ローマ時代にまで遡ります。
といっても、当時の「額縁」は今日のような独立した物体ではありませんでした。壁画や陶器に描かれた絵の周囲に、装飾的な境界線を描き込むことで、描かれた世界と現実世界を区切る役割を果たしていたのです。
紀元50年から70年頃のエジプトの墓から発見された木製の額縁は、現存する最古級の物理的な額縁として知られています。

一体成型の円形モールディング一体成型の円形モールディング, Public domain, via Wikimedia Commons.

12世紀から13世紀のヨーロッパになると、現代の私たちが知るような手彫りの木製額縁が登場します。ただし、これらは教会建築の一部として作られました。
当時の額縁は絵画と一体化しており、木製パネルの絵を描く部分を彫り込んで、周囲に盛り上がった縁を残すという「一体型」の構造でした。
これは「インテグラル・フレーム(integral frame)」と呼ばれ、芸術家はこの彫り込まれた部分に直接絵を描いていたのです。

中世の教会では、これらの額縁付き祭壇画が壁面に固定され、建築物の一部として機能していました。
金箔や宝石で装飾された豪華な額縁は、天国の栄光を象徴するものとして、信徒たちに宗教的な畏敬の念を抱かせる役割を担っていました。
額縁は単に絵を囲むだけでなく、ゴシック建築の尖塔や柱を模した装飾が施され、教会建築そのものと呼応していたのです。

ルネサンス期の変革

サンタ・アゲダ(ラモン・オスカーリス)サンタ・アゲダ(ラモン・オスカーリス), Public domain, via Wikimedia Commons.

15世紀のルネサンス期に入ると、額縁の世界に大きな変化が訪れます。
それまで教会に固定されていた絵画が、持ち運び可能な独立した芸術作品として扱われるようになったのです。この変化は「ポータブル・フレーム(portable frame)」や「コート・フレーム(court frame)」と呼ばれる新しいタイプの額縁の登場を促しました。

この時期、芸術のパトロン(支援者)は教会だけではなくなり、裕福な貴族や商人たちが自邸に飾るための絵画を注文するようになります。
彼らにとって額縁は、単なる装飾品ではなく、自身の富と権力を誇示する象徴でした。額縁に施された精巧な彫刻や象徴的なモチーフは、所有者の社会的地位を物語る重要な要素だったのです。

ルネサンス期のイタリアでは、「カッセッタ(cassetta)」と呼ばれる額縁様式が人気を博しました。
これは「小さな箱」を意味する言葉で、当時の裕福な家庭が嫁入り道具を収める「カッソーネ(cassone)」という宝箱から着想を得たものです。絵画を「宝物」として扱う考え方が、この時期に確立されたと言えるでしょう。

サン・ザッカリア宮 - ジョヴァンニ・ベッリーニ - ヴェネツィアサン・ザッカリア宮 - ジョヴァンニ・ベッリーニ - ヴェネツィア, Public domain, via Wikimedia Commons.

さらに注目すべきは、額縁のデザインが古代ギリシャ・ローマ建築の要素を取り入れ始めたことです。
柱や破風(はふ)、装飾的な帯状の部分など、古典建築の特徴が額縁に応用されました。
Giovanni Bellini(ジョヴァンニ・ベッリーニ、1430年頃-1516年)の《San Zaccaria Altarpiece(サン・ザッカリア祭壇画)》(1505年)は、この傾向の頂点を示す作品です。

石造りの額縁の要素が絵画の中の建築空間へとシームレスに続いており、額縁と絵画が一体となって見る者を聖なる空間へと誘います。

額縁制作の専門化

ルネサンス期のもう一つの重要な変化は、額縁制作が専門化したことです。
それまでは画家や彫刻家、建築家が額縁もデザインしていましたが、次第に家具職人が額縁制作を手がけるようになります。彼らは芸術性と実用性を兼ね備えた額縁を生み出し、より効率的な制作方法を開発しました。

コストと時間のかかる手彫りに代わって、17世紀には「コンポジション(composition)」または「コンポ(compo)」と呼ばれる素材が登場します。
これは亜麻仁油、樹脂、膠、チョーク粉末を混ぜ合わせた素材で、熱いうちに型に押し付けることで装飾的な模様を作ることができました。
この技術革新により、より多くの人々が装飾的な額縁を手に入れられるようになったのです。

バロックからロココへ

Astragal frameAstragal frame, Public domain, via Wikimedia Commons.

17世紀のバロック時代になると、額縁はさらに華やかさを増します。
この時期の額縁は「誇張的」「劇的」「装飾的」という言葉がふさわしい、豪華絢爛なものでした。
金箔を施した大型の額縁が人気を博し、フランス王朝の影響下で「ルイ13世様式」「ルイ14世様式」といった固有のスタイルが確立されていきます。

オランダでは「アウリキュラー・フレーム(Auricular frame)」という独特の様式が発展しました。
これは「耳介」を意味する言葉に由来し、人間の耳の軟骨を思わせる曲線的な装飾が特徴です。
Rembrandt(レンブラント、1606-1669年)らオランダ黄金時代の画家たちの作品は、当初このような額縁に収められていました。驚くべきことに、この500年近く前のデザインは、映画『エイリアン』に登場する生体機械的なデザインを彷彿とさせる、時代を超越した未来的な印象を与えます。

Auricular Style: Frames

18世紀のロココ時代には、より軽やかで繊細な額縁が好まれるようになります。
曲線と遊び心のある装飾が特徴で、バロックの重厚さとは対照的な優雅さを追求しました。

近代化と簡素化

19世紀に入ると、産業革命の波が額縁の世界にも押し寄せます。大量生産が可能になったことで、額縁はより多くの人々にとって身近なものになりました。
中流階級の台頭により、芸術作品を所有する人口が増え、額縁の需要も高まったのです。

この時期の額縁は、それまでの複雑な装飾から、直線的でシンプルなデザインへと変化していきます。
手彫りによる精巧な装飾は、型押しされた装飾パーツに取って代わられました。装飾よりも機能性が重視され、絵画そのものを引き立てることが額縁の主な役割となっていったのです。

20世紀の革命

20世紀に入ると、額縁に対する考え方そのものが問い直されることになります。抽象表現主義の画家たちは、額縁という伝統的な枠組みに疑問を投げかけました。


その代表的な人物がMark Rothko(マーク・ロスコ、1903-1970年)です。ラトビア出身でアメリカに移住したロスコは、大きな色面が重なり合う抽象絵画で知られています。彼は自身の作品を額縁なしで展示することを好みました。ロスコにとって、額縁は鑑賞者と作品の間に不要な境界を作り出すものでした。

彼の《No. 61(Rust and Blue)(61番(錆色と青)》(1953年)のような作品は、色彩そのものが持つ感情的な力を直接的に伝えることを目指しており、額縁はその体験を妨げると考えたのです。

ロスコは作品の展示方法に非常にこだわりました。絵画は壁に直接掛けられ、白い壁そのものがフレームの役割を果たします。この「壁をフレームとして使う」というアプローチは、20世紀美術において重要な意味を持ちました。

しかし興味深いことに、額縁の完全な否定ではなく、むしろ「フレーミング」という行為そのものを意識的に再考することが、この時期の芸術家たちの関心事だったのです。額縁がなくても、作品をどこに、どのように配置するかという「フレーミング」の問題は残ります。

現代における額縁の意義

現代の美術館では、額縁の専門家やデザイナーが、歴史的に重要な額縁を修復したり、新たに制作したりしています。
作品に対して歴史的に適切な額縁を選ぶことが推奨される一方で、最終的な選択は所有者の好みに委ねられることもあります。

ただし、オリジナルの額縁と絵画の組み合わせが残っているケースもあります。
Jan van Eyck(ヤン・ファン・エイク、1390年頃-1441年)の作品などには、当時のままの額縁が残されている例もあり、これらは作品の本来の姿を伝える貴重な資料となっています。

額縁には、作品を保護し、美的に補完し、歴史的文脈を提供するという、時代を超えた普遍的な価値があります。
1980年代以降、UVカット機能を持つガラスやアクリルなど、保護材料の技術は飛躍的に進歩しました。
自然な木材や金属だけでなく、様々な色やマット仕上げの素材が利用可能になり、額縁の選択肢は大きく広がっています。

同時に、額縁の研究分野も発展を続けています。
額縁の裏面に残された銘文や署名、展覧会のラベル、税関の印などを丁寧に調査することで、作品の所有の歴史を辿ることができます。これらの情報は、美術史研究やコレクションの歴史を理解する上で欠かせない要素となっているのです。

まとめ

額縁は単なる装飾ではありません。
それは絵画が生まれ、所有され、展示される歴史と深く結びついた、文化的な装置です。中世の教会建築の一部として始まった額縁は、ルネサンス期に独立した芸術作品となり、バロック時代には富と権力の象徴へと変化しました。
近代化の波の中で簡素化され、20世紀には存在そのものが問い直されました。

しかし額縁が果たしてきた役割、つまり作品を保護し、現実と虚構の境界を示し、所有を象徴し、鑑賞体験を形作るという機能は、今も変わらず重要です。
美術館で絵画を見るとき、ぜひ額縁にも目を向けてみてください。
そこには、何世紀にもわたる美術の歴史と、人々の作品に対する想いが刻まれているのです。

## 参考文献・参照元
- Art & Object. "Framing History: A Study of the Craftsmanship of Picture Frames." https://www.artandobject.com/news/framing-history-study-craftsmanship-picture-frames
- Frame It Easy. "The History Of Picture Frames: How It All Began." (2024) https://www.frameiteasy.com/learn/a-brief-history-of-picture-frames/
- ABC Fine Art. "The History of Picture Framing: A Look Back at the Evolution of Frame Designs." (2023) https://abcfineart.com/blog/history-picture-framing-evolution-frame-designs/
- The Frame Blog. "Frames in paintings: Part 1 – Gothic, Renaissance and Mannerist." (2024) https://theframeblog.com/2023/02/05/frames-in-paintings-part-1-gothic-renaissance-and-mannerist/
- The Frame Blog. "The rise of the all'antica altarpiece frame." (2015) https://theframeblog.com/2015/06/18/the-rise-of-the-allantica-altarpiece-frame/
- The Frame Blog. "Histories of the frame." (2024) https://theframeblog.com/2024/09/29/histories-of-the-frame/
- RISD Museum. "Framing Art and the Art of the Frame." https://risdmuseum.org/manual/383_framing_art_and_the_art_of_the_frame
- World History Encyclopedia. "Renaissance Altarpieces." (2021) https://www.worldhistory.org/article/1889/renaissance-altarpieces/
- Smarthistory. "The Medieval and Renaissance Altarpiece." https://smarthistory.org/altarpiece-medieval-renaissance/
- Wikipedia. "Mark Rothko." https://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Rothko
- The Metropolitan Museum of Art. "The Robert Lehman Collection. Vol. 13, Frames." (2007) https://www.metmuseum.org/met-publications/the-robert-lehman-collection-vol-13-frames

【写真6枚】なぜ?絵が「額縁」に入っている3つの理由とは を詳しく見る イロハニアートSTORE 50種類以上のマットプリント入荷! 詳しく見る
Masaki Hagino

Masaki Hagino

  • instagram
  • twitter
  • note
  • homepage

Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。

Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。

Masaki Haginoさんの記事一覧はこちら