STUDY
2026.5.11
フェルメールにも“挫折”があった?《ディアナとニンフたち》から読み解く巨匠の夢
《真珠の耳飾りの少女》で知られる17世紀オランダの画家、フェルメール。身近な人の暮らしを描いた静かな絵画は、世界中の美術好きに愛されています。
しかし、「身近な人の暮らし」という題材は、フェルメールが本当に描きたかったものでしょうか? 彼の人生と画業を紐解いていくと、別のもの……たとえば「神話や聖書の世界」を描きたかったのではないか、と思える瞬間があるのです。
目次
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》, Public domain, via Wikimedia Commons.
フェルメールほどの巨匠であっても、実は描きたいものを諦めていたのかもしれません。鍵となる作品《ディアナとニンフたち》を軸に、画家の本音を探っていきましょう。
フェルメールの数少ない神話画《ディアナとニンフたち》
まず、《ディアナとニンフたち》がどんな絵画なのか?
本作はフェルメールがキャリアの初期に描いた作品。室内での人々の暮らしを描く作風に転じる前には、このように神話や聖書の場面を描いていました。
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
本作の真ん中にいる、黄色い服を着た女性が月と狩猟の女神ディアナです。周りにいるのは彼女に仕えるニンフ(森の精)で、うち1人がディアナの足を洗っています。
神話の登場人物を描いた作品ではありますが、描かれた場面は「足を洗う」という何気ないシーン。のちのフェルメールの作風、つまり人々の日常を描く画家への転向を予感させる作品とも言われます。
結婚きっかけでカトリックに改宗
ヨハネス・フェルメール《マルタとマリアの家のキリスト》, Public domain, via Wikimedia Commons.
同じく初期に描かれた《マルタとマリアの家のキリスト》は宗教画ですし、駆け出しの頃のフェルメールは聖書や神話を題材に絵を描いていました。宗教的なモチーフや物語に興味があったのだろうと考えられます。
宗教画や神話画は、西洋美術ではよく見る絵画ジャンルです。しかし、「キリスト教」にはこれらに寛容な教派とそうでない教派がありました。当時のヨーロッパで寛容派だったのが、ローマ教皇をトップとする「カトリック」です。布教のためにマリアやキリストなどの絵が描かれるようになり、宗教画というジャンルが確立しました。
ヨハネス・フェルメール《聖プラクセディス》, Public domain, via Wikimedia Commons.
フェルメールはもともとプロテスタントという別の教派でしたが、結婚を機にカトリックに改宗。妻の実家が裕福なカトリックの家だったため、そちらに合わせて改宗したと考えられています。
上辺だけ妻の実家に合わせたのか、心の底からカトリック教徒になったのか……本音はフェルメールにしかわかりません。ですが、義実家のおかげで生活にゆとりができ、これからは腰を据えて絵を描けるぞ! となったとき、彼が題材にしたのは神話や聖書の物語でした。
プロテスタント国家オランダで生きるには?
ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》, Public domain, via Wikimedia Commons.
神話や聖書を題材に、絵を描き始めたフェルメール。しかしここで、ある問題が発生しました。というのも、当時のオランダはガチガチのプロテスタント国家だったのです。
プロテスタントはカトリックを批判する形で生まれた教派で、偶像崇拝を固く禁止していました。キリストを人間の姿で描いた絵画などは受け入れられません。
また、17世紀オランダでは商業が発達し、市民たちがお金を持つようになってきました。彼らが求めたのは、同じ身分の市民の暮らしや身近な風景を描いた絵画。しかも、家に飾れる小さめのサイズです。
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
こうした背景があり、宗教画や神話画はオランダでは売れない状況にありました。現実問題として、フェルメールがいくら良い宗教画・神話画を描いても、ニーズに合わなければ売れないのです。
あるときから、フェルメールは身近な人の日常生活を描いた絵、すなわち「風俗画」に転向しました。そこには、宗教画・神話画への諦めがあったのではないか……と、考えられないでしょうか?
フェルメールは信仰の絵画を諦めたのか?
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
風俗画に転向してからは、《牛乳を注ぐ女》をはじめとする傑作を連発。代表作として知られる名画をいくつも完成させました。
ですが、フェルメールは宗教画や神話画を完全に諦めたようには思えません。たとえば、《絵画芸術》を見てみましょう。
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》, Public domain, via Wikimedia Commons.
本作は、歴史の女神クリオに扮した女性をモデルに、画家が絵を描いている場面とされています。女性は名誉と栄光を表す月桂樹の冠を被り、手にはトランペットと書物。トランペットは名声を、書物は歴史を表します。
そして、背中を向ける画家はフェルメール自身ではないか、とも。晩年には借金に苦しんだものの、最後まで手放さなかった作品であり、画家にとって大切な絵画とされています。
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
本作は「女神の絵を描く画家を描いた絵」というメタ構造になっており、ちょっと超訳させていただくと、「神話画を描く俺の絵」とも言えます。シャンデリアの飾りにカトリックとの関係を読み取る説もあり、本作は「フェルメールと信仰」を描いた作品とも言えるのです。
当時、絵画にはジャンルによって格付けがあり、1位が宗教画や神話画、2位が肖像画、3位が風俗画という捉え方が美術界の共通認識でした。上位のジャンルほど単純な画力だけでなく、聖書の知識なども求められたからです。
フェルメールは主に3位の風俗画で活躍した画家。しかし本人は、より上位の宗教画や神話画への挑戦を続けたかったのではないか……そんなことも《絵画芸術》から読み取れるのではないでしょうか?
《ディアナとニンフたち》はフェルメールの折衷案?
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》, Public domain, via Wikimedia Commons.
ここで、もう一度《ディアナとニンフたち》を見てみましょう。特にディアナの服を見てみると、あまり神様っぽくないのがわかるでしょうか。フェルメールが生きた時代の一般女性のような服装なんです。
フェルメールは、プロテスタントの国オランダで活動する以上、神話画や宗教画が受け入れられないことは知っていたのではないでしょうか? だから神々の姿を当時の市民に寄せて、当世風の服装で描き出したのでは。
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
彼のご近所さんたちも、おそらくほとんどがプロテスタントだったはず。そんななか、ぽつんとカトリックを信仰したフェルメール一家。《ディアナとニンフたち》は、この国で画家として生きていくための現実的な選択と、信仰心を貫きたいという願いが拮抗して生まれたようにも思えます。
風俗画以外のフェルメール作品も鑑賞してみよう!
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
……と、たくさん語ってきましたが、真意はフェルメール本人にしかわかりません。神話画や宗教画を描いたのは、カトリックの義実家の機嫌を取るためだったかもしれないですし。はたまた他の目的があった可能性もあります。
とはいえ、フェルメールにとって「信仰」は重要なキーワードだと思うんです。有名な風俗画ばかりに注目が集まるのはもったいないですし、宗教画や神話画にも目を向けるきっかけにしていただけたら嬉しいです!
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ディアナとニンフたち》は、展覧会『フェルメール 《真珠の耳飾りの少女》展』に合わせて来日し、展示される予定です。目玉作品《真珠の耳飾りの少女》に話題を持っていかれがちですが、ぜひ《ディアナとニンフたち》もじっくり鑑賞してくださいね。
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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
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