STUDY
2026.2.16
3人の画家が描いた『シンデレラ』──黄金時代の挿絵本と童話が生まれた背景
『シンデレラ』『白雪姫』をはじめ、世界中で知られている童話の数々。
絵本やアニメーションで親しまれているイメージがありますが、かつて童話の挿絵本が人気を博した時代がありました。19世紀末、イギリスとアメリカを舞台に「挿絵本の黄金時代」が到来し、芸術性の高い書物が次々と生まれました。
今回は『シンデレラ』を題材に、代表的な3人の挿絵画家、ウォルター・クレイン、アーサー・ラッカム、エドマンド・デュラックの作品をご紹介します。
また、童話の時代背景を読み解く手がかりとして、ウォルト・ディズニーが参考にしたペロー版と、日本でも有名なグリム版に注目します。
だれもが知る物語が人々にどのように語られ、表現されてきたのか、その足跡をたどってみましょう!
目次
アーサー・ラッカム『シンデレラ』(1919年), Public domain, via Wikimedia Commons.
黄金時代の挿絵本の魅力
19世紀のヨーロッパでは、書物・挿絵への関心が高まり、19世紀半ばになると、挿絵は童話の本に欠かせない存在となりました。
19世紀後半に活躍した挿絵画家ギュスターブ・ドレの『長靴をはいた猫』, Public domain, via Wikimedia Commons.
しかし、当時の挿絵本は、富裕層や中流階級のもので、高価な贅沢品でした。その後、多色刷りの新しい印刷技術(※1)が開発され、本が子どもたちにとっても身近な存在へと変わっていきます。
変化のきっかけとなったのは、彫版師・刷師のエドマンド・エヴァンズと挿絵画家のウォルター・クレインが出版した「トイブック」です。
「トイブック」は、8〜12ページほどの簡易なつくりの本で、全ページカラー刷りの安価な絵本です。
さらに、近代的なオフセット印刷(※2)の技術が向上すると、原画をカラー印刷で忠実に再現できるようになりました。
カイ・ニールセンによる大型の豪華本「The North Wind Went Over the Sea」(北風は海を越えて)、『East of the Sun and West of the Moon』より(1914年), Public domain, via Wikimedia Commons.
カラー印刷の挿絵と装飾が施された豪華な本は「ギフトブック」と呼ばれ、クリスマスなどの贈り物として、一大ブームを巻き起こしたのです。
(※1)彫版師・刷師のエドマンド・エヴァンズが開発した、多色刷り木口木版を指します。それまで、絵本のカラー印刷は表紙のみで、中面の挿絵は手で彩色していたため、本づくりにおいて画期的な出来事でした。
(※2)凸版のカラー写真製版法=原色版。水彩絵の具のぼかしやペンの細かい線まで、原画をそのまま再現することが可能になりました。
3人の挿絵画家が描いた『シンデレラ』
初期の挿絵は、ひとつの場面を説明的に描いたものがほとんどでしたが、しだいに画家の独自の解釈や表現が加えられていきました。
ここでは、ウォルター・クレインの「トイブック」と、アーサー・ラッカム、エドマンド・デュラックによるギフトブックの『シンデレラ』をご紹介します。
ウォルター・クレイン—浮世絵と西洋の古典に影響を受けた繊細な表現
ウォルター・クレインが手がけた「トイブック」の『シンデレラ』(1873年)。このページは舞踏会のシーンで、中央のブルーの衣装をまとっているのがヒロイン。, Public domain, via Wikimedia Commons.
19世紀後半のイギリスで活躍したウォルター・クレイン(Walter Crane, 1845〜1915)は、日本の浮世絵から影響を受け、輪郭線と面による独創的な挿絵を制作しました。アーツ・アンド・クラフツ運動(※3)にも関わっていたクレインは、手工芸を重視し、木版でつくられた浮世絵に強い興味を持ったそうです。
『シンデレラ』にもその影響が表れており、あえて陰影をつけず、鮮やかな色彩で表現しているのが印象的です。また、工業化が始まる前の時代に芸術性を見出したクレインは、挿絵にも古典的なモチーフを登場させました。
たとえば、登場人物の服装の流れるようなひだや、シンデレラの鼻筋の通った横顔は、ギリシャの壺に描かれた女性像を思わせます。
近代に出版された絵本でありながら、手作業による繊細さと古典的な雰囲気をまとった作品です。
(※3)19世紀末から20世紀の初頭に、イギリスと欧米諸国で起こった国際的な芸術運動。ウィリアム・モリス(1834〜1896)が中心となり、産業革命によって衰退した手工芸や装飾芸術の再興を目的に活動しました。
アーサー・ラッカム—細密なペン画が生み出す幻想的な情景
アーサー・ラッカムのギフトブック『シンデレラ』(1919年), Public domain, via Wikimedia Commons.
イギリスの挿絵画家アーサー・ラッカム(Arthur Rackham, 1867〜1939)は、その卓越した技巧で、挿絵の水準を高めることに貢献した人物です。彼の独自の表現は、後世まで受け継がれ、有名なウォルト・ディズニーも、ラッカムに影響を受けたひとりだと言われています。
黒や褐色のペンの輪郭線と、落ち着いた色調で描き出す幻想的な世界は、当時から多くの人々を魅了してきました。
ラッカムが手がけた『シンデレラ』は、人物の表情や衣服、部屋の内部まで細かく描写され、ヒロインの感情まで伝わってくるようです。
もうひとつ特徴的なのが、シンデレラの周りを囲む切り絵風のキャラクターです。本書は、上の画像のページ以外、そのほとんどがシルエットで描かれています(※4)。細密画とシンプルな表現、抑えられた色味とアクセントカラーのコントラストによって、ヒロインの身の上と華やかな世界を見事に映し出した挿絵本です。
(※4)第一次世界大戦後、物価が高騰し、豪華な挿絵本は急速に衰退していきます。書物のコスト削減を迫られたラッカムは、ほとんどのページをシルエットで表現する方法を考えました。困難な状況下にあっても、彼は挿絵本が生き延びる道を模索しました。
エドマンド・デュラック—装飾性に富んだ煌びやかな世界
エドマンド・デュラックが手がけたギフトブック『シンデレラ』(1910年), Public domain, via Wikimedia Commons.
20世紀初頭に活躍したエドマンド・デュラック(Edmund Dulac, 1882〜1953)は、アーサー・ラッカムと並んで、黄金時代に脚光を浴びた画家のひとりです。「線のラッカム、色のデュラック」と評され、鮮やかな色彩と奥行きのある写実的な表現で、童話の世界を優美に描き出しました。
ヒロインの名付け親である仙女がまとう豪華な衣装に注目すると、アクセサリーや布のひだなど、細部まで丁寧に描写されていることが分かります。また、仙女と星空、窓から漏れる光の明るさが、みすぼらしい身なりのシンデレラや闇夜との対比を生み出しています。
デュラックの巧みな色使いが、オフセット印刷によって微細に再現されたことで、彼のギフトブックは高い人気を獲得しました。
このように、同じ童話でも、画家によってまったく異なる世界を楽しめるのが、挿絵本の魅力です。
挿絵に描かれた童話の時代背景
次に、クレイン、ラッカム、デュラックの3人が描いたストーリーに焦点を当ててみましょう。彼らが制作した挿絵本には、ウォルト・ディズニーの『シンデレラ』と同様に、ヒロインの名付け親である仙女(フェアリー・ゴッド・マザー)が登場します。
しかし、同じくシンデレラの物語を収録したグリム童話では、仙女ではなく、ハシバミの木と小鳥がヒロインを救います。
なぜこのような違いがあるのかというと、童話はもともと民衆の娯楽で、口頭で語られていたことが理由のひとつです。人々のあいだに伝わる童話を蒐集し、書物として出版したのが、フランスの詩人・ペローや、ドイツの言語学者・文学者のグリム兄弟でした。
そのため、調査した地域や編集の方法によって、ストーリーに違いが生まれたのです。
ここでは、2つのバージョンの特徴を紹介し、物語の裏側にある時代背景を探ります。
ペロー版の『シンデレラ』—魔術と弾圧の間で生まれた「名付け親」
ウォルター・クレイン『シンデレラ』(1873年)。フェアリー・ゴッド・マザーが登場するシーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.
魔法が使える仙女(フェアリー・ゴッド・マザー役)が登場する『ペロー童話集』の「サンドリヨンまたは小さなガラスの靴」(1697年)。
仙女とは、簡単な医術の心得があったり、薬草に詳しかったりと、良い意味での「魔術」を扱う人を指します。
なぜ、仙女でありヒロインの名付け親でもあるのかというと、魔術の厳しい取り締まりが関係しています。
16世紀末〜17世紀初頭のヨーロッパでは、キリスト教会の主導のもとに、善悪に関わらず魔術を弾圧していました。
童話も取り締まりを避けることはできず、仙女をキリスト教の洗礼儀式に立ち会う名付け親にすることで、存在を保てたのではと言われています。(※5)
そして、ペロー版の『シンデレラ』は、魔法の力で玉の輿になったのではなく、後見人である名付け親の力によって、立派に嫁入りができたというストーリーになりました。
フェアリー・ゴッド・マザーは、「魔法使いのおばあさん」というイメージがありますが、民衆が信仰する魔術とその弾圧の間で生まれた人物だったのです。
(※5)参考:森義信『メルヘンの深層』講談社、1995年、p38
グリム版の『シンデレラ』—自然信仰と古代のならわしを反映
アメリカで活躍した画家エリナー・アボットの『シンデレラ』(1920年)。ハシバミの木と小鳥に願い事をするシーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.
いっぽう、ハシバミの木と小鳥がヒロインを救済するのが、グリム版の特徴です。
キリスト教が広まる以前のヨーロッパにおいて、自然界には人智を超えた魔術的な力があると信じられていました。
グリム童話では、シンデレラの母親が亡くなった後、再婚した父親が、町の縁日でお土産を買ってくると娘たちに話します。
ところが、シンデレラは、贅沢品ではなく、帰り道に父の帽子に最初にふれた小枝を持ってきてほしいと頼みます。それがハシバミの枝だったのです。
母の墓の上に枝を植えると、やがて立派な樹木となり、彼女が願い事をするたびに、小鳥たちが望んだものを空から落としてくれるようになりました。魔力を持つ自然が人間を助けてくれるというメッセージが込められたストーリーです。
また、ハシバミの木が願いを叶えてくれるくだりに、ゲルマンで古代から行われていた法律行為を重ねる見方もあります。(※6)中世のゲルマンでは、土地所有権を移転する時に、所有者から新しい取得者に、土塊や枝を手渡す決まりがあったそうです。
つまり、父親からシンデレラにハシバミの枝を渡したことで、母親の財産が譲られたとも考えられるのです。シンデレラが欲しいものを何でも手に入れられた背景には、古代のならわしが関係しているのかもしれません。
(※6)参考:森義信『メルヘンの深層』講談社、1995年、p.42-43
挿絵からたどる『シンデレラ』とその時代
この記事では、「挿絵本の黄金時代」に活躍した3人の画家、ウォルター・クレイン、アーサー・ラッカム、エドマンド・デュラックの『シンデレラ』をご紹介し、それぞれの魅力を解説しました。同じストーリーでも、画家によってまったく異なる世界観を味わうことができます。
また、童話が生まれた時代にふれると、慣れ親しんだ『シンデレラ』を新しい視点で楽しむきっかけにもなるでしょう。挿絵を入り口に、童話の世界とその背景に流れる歴史や文化を味わってみてくださいね。
《参考文献》
・今井良朗編・著『絵本とイラストレーション 見えることば、見えないことば』武蔵野美術大学出版局、2014年
・大瀧啓裕『アーサー・ラッカム 改訂版』河出書房新社、2005年
・高橋義人『グリム童話の世界—ヨーロッパ文化の深層へ』岩波書店、2010年
・平松洋監修『挿絵画家アーサー・ラッカムの世界 新装版』KADOKAWA、2019年
・平松洋監修『挿絵画家アーサー・ラッカムの世界 新装版』KADOKAWA、2019年
・正置友子、今井良朗、田中竜也、占部敏子、山根佳奈『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』青幻舎、2017年
・森義信『メルヘンの深層』講談社、1995年
《参考記事》
「アーツ・アンド・クラフツ運動」と「日常のデザイン」──現代にも通ずるウィリアム・モリスの理想とは?(美術手帖)
https://bijutsutecho.com/magazine/series/s71/26965
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