LIFE
2026.7.28
ガラスの中に、光と影の物語。ジャン=ピエール・ウェイルの「3Dペインティング」の世界
一見すると、小さな額に入った一枚の絵。けれど近づいてのぞき込むと、絵の中に「奥行き」があることに気づきます。手前の木、その奥に浮かぶ鳥、さらに奥に広がる空——。
これは、何層にも重ねたガラスの一枚一枚に絵を描き、組み合わせることで生まれる「3Dペインティング」。手がけるのは、エルサレムにスタジオを構えるアーティスト、ジャン=ピエール・ウェイル(Jean-Pierre Weill)です。
今回は、世界中のファンを魅了し続けるジャン=ピエール・ウェイルと、その家族が営むスタジオの物語をご紹介します。
目次
棚に並ぶジャン=ピエール・ウェイルの作品たち(Jean-Pierre Weill Studios提供)
「ガラスに描く」という発明——3Dペインティングとは
ジャン=ピエール・ウェイルの作品の最大の特徴は、絵が一枚の平面ではなく、間隔を空けて重ねられた複数のガラス層に描かれていること。
モチーフはパーツごとに分解され、それぞれ別のガラス面に描かれます。手前の層、中間の層、奥の層……それらを額の中で重ね合わせると、絵はまるでジオラマのような立体感をまとい、見る角度によって表情を変えはじめます。
パーツごとに描かれた絵が幾層にも重なり、独特の奥行きを生む(Jean-Pierre Weill Studios提供)
さらに面白いのは、光との関係です。ガラスに置かれた絵の具は、光を受けると背後の層に柔らかで繊細な影が生まれます。朝の光、夕方の光、照明の光——光が変わるたびに影の位置や濃さも変わり、静止しているはずの絵に、穏やかな「動き」と「時間」というエッセンスが加えられるのです。
角度を変えると絵の表情も変わる(Jean-Pierre Weill Studios提供)
日本でも2017年にWEBメディア「TABI LABO」で紹介され、「絵の中を覗くと、光と影が優しく交差していた」とその唯一無二の世界観が話題になりました。
はじまりは1992年——家族を支えるための挑戦
このユニークな技法が生まれたのは1992年。ジャン=ピエールが「家族を支えながらアートを続ける道」を模索していたときのことでした。
試行錯誤の末にたどり着いたのが、複数のガラスに絵を分けて描くという発想。光が透過し、影が自然に生まれ、絵に命が宿る——この発見に人々は魅了され、実験的な試みから始まったスタジオは口コミで少しずつ広がっていきました。
現在、Instagramのフォロワーは29万人を超え、作品は世界中のコレクターや贈り物を探す人々のもとへ届けられています。
娘たちとともに——ファミリースタジオという生き方
2010年、スタジオに新しい風が吹き込みます。ジャン=ピエールの娘、ダヴィダとサフィラが制作に加わったのです。
ひとりの画家の営みだったスタジオは、家族で作品を生み出す「ファミリースタジオ」へ。娘たちは新しいアイデアと色彩、そして絵の中の物語への新鮮な感受性をもたらし、作品世界は本質を変えることなく、内側から深まっていきました。
光のあたる場所に飾ると、絵はいっそう豊かな表情を見せる(Jean-Pierre Weill Studios提供)
「家族同士の関係性が、作品に込める気持ちとエネルギーをかたちづくる」——それが彼らのスタジオの信条。作品を家に迎えた人たちのことも「ファミリースタジオのメンバー」と呼び、丁寧なものづくりと誠実な対応を大切にしています。
絵筆のむこうに——「大人のための絵本」作家という顔
ジャン=ピエール・ウェイルにはもうひとつの顔があります。それは作家・思索家としての顔。
2012年に執筆・挿画を手がけた初めての著書『The Well of Being(ウェル・オブ・ビーイング)』は、「大人のための絵本(a children's book for adults)」と銘打たれ、自己認識と人生の捉え方の関係を、短い言葉と幻想的な水彩画で描いた一冊。米国の書評誌カーカス・レビューの「人生を豊かにする2013年ベストインディーズブック」に選出され、のちに大手出版社マクミラン(英国)とフラットアイアン(米国)から刊行されました。精神世界の著述家ラム・ダスや、『EQ こころの知能指数』の著者ダニエル・ゴールマンからも賛辞を寄せられています。
続く第二作『Evolve!』でも、人としての成長と自由への歩みを、やはり絵本のかたちで探求しています。
つながり、ものの見方、視点を変えることで開ける世界——こうした著書のテーマは、ガラスの絵の中にも静かに息づいています。小さな人物のしぐさや、余白のある構図に、どこか哲学的なあたたかさを感じるのはそのためかもしれません。
光のそばに飾りたい、代表的なモチーフたち
スタジオの作品には、愛や希望をテーマにしたモチーフが数多く登場します。
ハート形の葉を茂らせる「Tree of Purple Hearts」、生命の象徴を描いた「Tree of Life」、風にゆれる野の花「Wildflowers」、ジャズの躍動を切り取った「NY Jazz」、イタリアの街並みをパステルカラーで描いた「Italian Pastel」——。どの作品も、光のあたる場所に飾ると奥のガラスに影が生まれ、絵の中の世界がいっそう豊かに立ち上がります。
手のひらサイズから飾れる、多彩なモチーフの数々(Jean-Pierre Weill Studios提供)
言葉では伝えきれない気持ちを託す贈り物として、海外では結婚や誕生日などの記念日に選ばれることも多いのだそう。
作品は専用のギフトボックスに納められて届く(Jean-Pierre Weill Studios提供)
おわりに
一枚のガラスではなく、何層ものガラスに描くことで、絵に光と影と時間を招き入れたジャン=ピエール・ウェイル。その作品は、忙しい毎日の中でふと立ち止まり、「観る」ことの楽しさを思い出させてくれます。
機会があれば、ぜひ実物を、いろいろな角度からのぞき込んでみてください。ガラスの中で、あなただけの小さな物語が動き出すはずです。
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