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STUDY

2025.4.14

ドガ『ベレッリ家』はどんな絵?表情と構図から見えるメッセージとは

ドガが描いた『ベレッリ家』は、叔母であるローラとその夫、2人の娘を描いた作品です。屋外をテーマにした作品の多い印象派芸術家のなかで、ドガは室内作品を多く残したことで知られます。本作品『ベレッリ家』も、そんな室内作品の1つです。

作品を見ると、一般的な肖像画…と思える反面、なんだか冷たい違和感がありませんか?左側に固まっている3人の女性に対し、右側の男性の存在感もやけに薄いような。

実はこの『ベレッリ家』は、家族の「つながり」と「不和」を巧みに表現した作品なのです。この記事では、ドガの『ベレッリ家』について、表情や構図からわかるメッセージをひもといていきます。

ドガ『ベレッリ家』ドガ『ベレッリ家』, Edgar Germain Hilaire Degas 049, Public domain, via Wikimedia Commons.

2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』が開催されます。ドガの『ベレッリ家』も展示される予定です。*
*展覧会の正確な情報については、公式サイトをご参照ください。
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

エドガー・ドガってどんな画家?

ドガドガ, Edgar Degas (1834-1917), Public domain, via Wikimedia Commons.

エドガー・ドガ(1834-1917年)は、裕福な家庭に生まれ、新古典主義のアングル派の画家のもとで修業を積みました。新古典主義は、古代芸術に基づいた厳格な様式を追求し、バロックやロココ、ロマン主義に対抗する芸術思潮です。

ドガは印象派の展覧会に参加したことから、一般的には印象派画家として知られていますが、グループ内で気難しい性格や反ユダヤ的な傾向が災いし、芸術家仲間との衝突が多かったとされます。

印象派でありながら屋外よりも室内制作を好んだ

ドガ『Waiting』ドガ『Waiting』, Edgar Degas - Waiting - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.

ドガは他の印象派の芸術家たちとは異なり、室内をテーマにした作品が多い画家です。もともと彼は、屋外での制作に対して批判的でした。事実、『ベレッリ家』の肖像も室内をテーマにした作品ですね。

1870年頃、ドガは普仏戦争での負傷をきっかけに目を患い、現実的に屋外で過ごすことができなくなってしまいました。目の病気も影響し、ドガはますます屋内で制作に注力するようになります。室内のテーマは彼の作品に、屋外制作を大切にしていた他の印象派とは異なる性質を与えました。1890年以降は視力の悪化が進行し、最晩年にはほとんど盲目の状態となったそうです。

日常生活を描くことに長けたドガ

ドガ『カフェにて』ドガ『カフェにて』, Edgar Degas - In a Café - Google Art Project 2, Public domain, via Wikimedia Commons.

ドガの作品は、基本的に古典主義の影響を色濃く受けており、古代の偉大な芸術家への強い憧れを持ち続けていました。しかし、歴史画から日常的なテーマへの移行とともに色彩が鮮やかになり、筆致も大胆さを増します。

娼婦や競馬場などの日常生活をテーマにしたものが多く、都会での人間生活へのドガの関心が表れているのでしょう。外に出ることが難しくなった彼は、にぎやかな場所を描くことで、失われた活気を補おうとしたのかもしれません…。

「一瞬」を切り取るドガの作品

ドガ『ダンスレッスン』ドガ『ダンスレッスン』, The Dance Lesson by Edgar Degas, Public domain, via Wikimedia Commons.

ドガの作品における特徴的な技法は、一瞬を切り取って正確に描くことです。特にバレエの作品では、躍動感や瞬間的な動きを巧みに表現することに長けていました。

ドガがバレエ作品を多く手掛けた背景には、裕福な家庭での幼少期にオペラやバレエを観賞していた経験が関係していると考えられています。パリでは当時、舞台や稽古場へのアクセスが可能なパス制度があり、ドガは経済的に困窮してからもこのパスを保持し、見た情景を絵に残しました。

ドガの作品を鑑賞すると、動的な瞬間や静的な瞬間が、まるで時間が止まったかのように精緻に描かれています。大胆な筆致の中に繊細な表現が宿り、人物が次の瞬間に動き出しそうなほど。ドガの「瞬間を切り取る」技法に注目すれば、作品に込められた日常生活の躍動感を感じ取ることができるでしょう。

『ベレッリ家』に描かれているのはドガの叔母ローラとその家族

エドガー・ドガの『ベレッリ家(英:The Bellelli Family)』は、彼の若き日の傑作であり、芸術的成長を感じさせる重要な作品です。この絵は、1858年から1867年頃に描かれ、現在オルセー美術館に所蔵されています。

ドガはイタリアでの修業を経て、叔母ローラとその家族を描くというテーマを選びました。作品を一目見ると、中央の女性の厳格で凛々しい表情が印象に残るでしょう。この人物こそがドガの叔母ローラです。

ドガが描き出した彼女と家族との「つながり」そして「不和」は、彼の画家としての卓越した観察力と人物描写の技術を示しています。

ローラのドレスは彼女の父の「喪中」を示す

ドガ『ベレッリ家』詳細ドガ『ベレッリ家』詳細, Degas, Bellelli Family, second detail, Public domain, via Wikimedia Commons.

ローラが着ている象徴的なドレスには最近亡くなった父(ドガの祖父)を悼む意味が込められており、いわゆる「喪中」の状態です。固く厳しいローラの表情には、その悲しみや亡き父への思いを視覚的に表現する効果があります。

彼女の後ろに目を向け、額装された肖像画に注目すると、父の存在が暗示されていることがわかります。背景に飾られたローラの父の絵は、家族の絆と歴史的背景を巧みに絡めているのです。

作品から見えてくる「ベレッリ家」の関係性は…

ドガ『ベレッリ家』ドガ『ベレッリ家』, Edgar Germain Hilaire Degas 049, Public domain, via Wikimedia Commons.

ドガが描いた家族構成員の表情やポーズも、それぞれの性格や関係性を反映しています。ローラの厳格さに対して、彼女の夫である男爵は背を向けた姿勢で家族との距離感を感じさせるポーズをとっていますね。

これは、彼が家族と親しい関係ではなく、反対にビジネスや外部世界との関わりが強かったことを示唆しています。そう、ベレッリ家は、あまりうまくいっていない家族だったのです。

パッと見ると単純な家族肖像画に見えても、注意して一人ひとりの姿勢や表情を見ると、家族の状況が見えてきます。この作品は、ドガが家族の一瞬を捉えながらも、その背後にある深い感情や関係性を丁寧に描写したものなのです。

作品背景:『ベレッリ家』に描かれた家族の不和

ドガのフィレンツェ滞在中に観察したベレッリ家の状況が、作品における人物描写や感情の捉え方に影響を与えたことは疑いありません。この経験は、今後の彼の芸術キャリアにおける深みや複雑さを理解する上で、重要な背景となりました。

ドガ、祖父・叔母ローラの住むイタリアへ

1856年、ドガはパリを離れ、美術の学びとイタリアに住む親族を訪れるためにナポリに到着しました。ナポリとローマを行き来しながら祖父の家に滞在していたドガは、1858年に叔母ローラ・ベレッリからフィレンツェへの誘いを受けます。

フィレンツェは、叔父のジェンナーロ・ベレッリがイタリア独立運動の闘士として、オーストリアの迫害から逃れてきた場所でもあり、ドガはこの地でしばらく生活することになりました。彼はウフィツィ美術館で勉強をしながら、イタリアでの芸術的影響を受けています。

しかし、ドガはすぐにフィレンツェの生活に退屈したうえ、叔父との関係も良好ではなくなったようです。8月31日にドガの祖父が亡くなった後は、ナポリに滞在していた叔母ローラと2人の姪ジョヴァンナとジュリアと再会するためだけにフィレンツェに残ることとなります。

叔母ローラの苦しみに気づいたドガ

ドガ『ローラ・ベレリの肖像』, デッサンドガ『ローラ・ベレリの肖像』, デッサン, Degas - Portrait de la baronne Laura Bellelli, RF 11688, Recto, Public domain, via Wikimedia Commons.

家庭内の緊張や子供の死が、ローラの心の負担を強めていたのでしょう。ローラが夫ジェンナーロとの不和を打ち明けたのか、ドガは彼女の抱える心情の一端を知っていたはずです。いずれにせよ、ドガが滞在中にこの家族の問題に気づいたことは、ほぼ間違いありません。

ドガが『ベレッリ家』に取り組み始めたのは、1858年11月初旬に叔母ローラとその娘たちがナポリに戻った後。ドガがこの作品に数年を費やしたという記録がありますが、最終的な完成時期や場所ははっきりしていません。ドガは、おそらくパリに戻った後、フランスで『ベレッリ家』を仕上げたと考えられています。

ベレッリ家と一緒に過ごすなかで目撃した不安定さは、ドガが家族との関係を作品に反映させる一因となったのでしょう。『ベレッリ家』はドガの思慮深い人間観察力とそれを作品に昇華する表現力が感じられる貴重な初期の作品です。

作品構図:ドガ『ベレッリ家』から見える2つの「家族」

『ベレッリ家』は、最終的に彼の若き芸術家としての力量を試す重要な一連の作品へと発展していきました。『ベレッリ家』作品から見える2つの家族、「つながり」と「不和」を解説します。

『ベレッリ家』の家族①:叔母ローラ、亡き祖父、そしてドガ自身の「つながり」

ドガ『ベレッリ家』ドガ『ベレッリ家』, Edgar Germain Hilaire Degas 049, Public domain, via Wikimedia Commons.

本作品における原則的な人物配置は、ドガが影響を受けた多くの歴史的な絵画モデルが反映されています。主にドガはファン・ダイクやボッティチェリといった巨匠たち、ベラスケスの『ラス・メニーナス』やフランシスコ・ゴヤの『シャルル4世の家族』など、構図において重要な影響を受けていました。

ベラスケス『ラス・メニーナス』ベラスケス『ラス・メニーナス』, Las Meninas, by Diego Velázquez, from Prado in Google Earth, Public domain, via Wikimedia Commons.

ドガは『ベレッリ家』の背景において、『ラス・メニーナス』のように絵画内で空間を広く見せるために鏡や絵などの視覚的要素を駆使しています。ドガはまた、家族の世代間の繋がりを強調するために、叔母ローラの背後に最近亡くなった祖父、ヒレール・ドガの肖像画を配置しています。平たく言えば、絵を通じて家族にまつわる情報を追加するイメージでしょうか。

叔母と祖父(の絵)が近くに並んでいることで、ドガが自身の存在を家族の一員として認識していることが伝わります。ドガはルネサンス以来の肖像画の伝統を踏襲し、祖先の絵を含めることで家族の歴史をつなげようとしたのです。

『ベレッリ家』の家族②:叔母ローラとその夫ジェンナーロの「不和」

ドガ『ベレッリ家』詳細ドガ『ベレッリ家』詳細, Edgar degas, la famiglia bellelli, 1858 e 1869, 04, Public domain, via Wikimedia Commons.

拡張された室内においてドガは、人物の配置に独自の工夫を凝らしました。家族4人の構図には、家族の個々の人物がどのように相互作用し、心理的に隔たっているかを反映させるための精緻な配置が施されています。

特に、叔母ローラとその夫ジェンナーロの配置は、二人の間に存在する「感情的な距離」の表現です。ローラの威厳ある姿勢が平坦な壁と鮮明な額縁の前に描かれているのに対し、ジェンナーロの姿勢はより控えめで、後ろの装飾や鏡によって輪郭が曖昧に描かれています。この明瞭さと曖昧さの対比は、ジェンナーロの家族内での疎外感を示すようです。

さらに、ローラがジョヴァンナ(左の少女)の肩に手を置いていることからも、母が子供を保護しようとする家族内の微妙な力関係が感じ取れます。二人の娘については、ジュリア(右)の活き活きとしたポーズが、控えめなジョヴァンナ(左)と対照的です。2人はその姿勢や表情で、家族内の緊張を際立たせています。

『ベレッリ家』に描かれた男女間の疎外感や家族内の緊張は、ドガの同時代の作品にも見られるテーマでした。本作品は、彼が普段からどれだけ思慮深く、また無意識的に心理的葛藤を絵画に取り入れていたかを物語っています。

まとめ:ドガの「人間観察力」が光る初期の名作

エドガー・ドガの『ベレッリ家』は、彼の芸術的成長を示す初期の傑作です。叔母、祖父、ドガ自身の家族の「つながり」を伝統的技法を通して伝える一方で、叔母と夫の間にある「不和」を人物配置を通して表現しています。

『ベレッリ家』は、2025年10月25日から2026年2月15日まで西洋美術館『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』で展示される予定です。気になる方はぜひ展覧会に足を運んでみてくださいね。

以上、ドガの『ベレッリ家』についてでした!

展覧会の正確な情報については、公式サイトをご参照ください。
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

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はな

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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。

イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。

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