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STUDY

2025.10.15

印象派の始祖・ カミーユ・ピサロの変遷から、印象派について学ぶ~【アート初心者】

19世紀後半、印象派が誕生するまでの絵画は「宗教的、歴史的、神話的なストーリーに沿って描くもの。ストーリーに登場する人物が主役だ」と考えられていました。

「絵画は神聖であるべき。日常の風景や一般人を描くことは下品である」「絵画は丁寧であるべき。何週間もかけて精密に制作してこそ、芸術だ」という考えが一般的なところに印象派が誕生し、大騒ぎに。

この記事では前半編『印象派の父、カミーユ・ピサロ。印象派を旗揚げするまでの人生を追ってみた』から続き、ピサロが印象派を旗揚げしたあとを解説しています。

当初は酷評されていた印象派の評価がどう変わったか、ピサロが新印象派に変わった理由などを知ることができます。

カミーユ・ピサロの肖像画カミーユ・ピサロの肖像画, Public domain, via Wikimedia Commons.

印象派の旗揚げ。創設者と呼ばれる

1872年にロンドンからパリに戻ったピサロは、セザンヌ、モネ、マネ、ルノワール、ドガなど印象派グループの画家たちと交流を再開します。

1873年にピサロは「画家・彫刻家・版画家の共同出資会社」の設立に参加、運営責任者になりました。1874年には最初の印象派展を開きました。

印象派の父と呼ばれた

ピサロは次の2つの理由で「印象派の創設者」「印象派の父」と呼ばれました。

一つは、ピサロが今まで描いてきた写実的な絵が「印象派誕生までの記録」と解釈されたからです。

もう一つは、印象派グループの中でも年長で、メンバーを率いることが多かったことが理由です。「画家・彫刻家・版画家の共同出資会社」を設立したとき、ピサロは43歳で真っ白な髭・老け顔でした。メンバーからは「懸命な年長者であり父的存在」と思われていたようです。

独自の展覧会。当初は酷評された

伝統的な絵画を良しとするパリ・サロンとは別に、自分たちの独自の展覧会を1874年に開いたピサロたちですが、評判は散々でした。

この時代は、一般的に絵といえば「宗教的、歴史的、神話的なストーリーに沿って描くもの。ストーリーに登場する人物が主役だ」と考えられていたためです。

ピサロたち印象派の画家が描く絵は、一般大衆や日常の風景をありのままに描いていました。宗教や神話の登場人物と比べると、描く対象が身近すぎて下品という意見もあったほどです。

また、感じたままを表現する印象派の哲学は、芸術に知性を求めていた大半の知識層に大雑把な印象を与えました。筆跡が丸見えとなっている筆使いは、時間をかけて作品を緻密に制作する伝統的な芸術家たちを侮辱しているように見えたのかもしれません。

風向きが変わり、高評価

1876年の印象派の展示会で、美術批評家のアルバート・ウォルフは「ピサロ氏には次のことを理解してほしい。木々は紫色ではないこと、空は新鮮なバター色ではないこと」と批判した。

一方、ジャーナリストで批評家のオクターヴ・ミルボーは「彼が絵画に導入した生命を与える描写方法は革新的だった」と評しました。少しずつ風向きが変わってきましたね。

ピサロは1874-1886年の間に8度開催された印象派展すべてに参加(印象派メンバーの中で唯一です)。この間、印象派の評価は大きく高まりました。

セザンヌはピサロについて「彼は私の父のような存在だ。相談できる男で、良君主のようだった」と話しています。また、美術史家のジョン・リウォルドは彼を「印象派画家の学長」と呼び、知恵とバランスの取れた親切で温かい人格の持ち主と評しました。

この時代の代表作

ヴォワザン村の入口

ヴォワザン村の入口『ヴォワザン村の入口』1872年制作, 所蔵: オルセー美術館 (フランス), Entrée du village de Voisins, Public domain, via Wikimedia Commons.

パリ近郊ヴォワザン村の入口を描いた田園風景画。中央を貫く道が構図の軸となり、明るい空が画面の大半を占める開放感ある構成が特徴。

モネの影響による明るい色調と軽い筆致で素朴な村の情景を捉えており、印象派への移行を感じさせる重要な作品である。

果樹園

果樹園『果樹園』1872年制作, 所蔵: オルセー美術館(フランス), Orchard in Blossom, Louveciennes, Public domain, via Wikiart Commons.

ルーヴシエンヌの花咲く果樹園を描いた作品。普仏戦争後、フランスの復興とともに描かれた田園風景である。

明るい色彩と軽やかな筆触で、春の花が咲き誇る果樹の生命力を表現している。印象派的な光の表現と、自然に対する詩情豊かな視点が融合した、ピサロの初期印象派様式を示す代表作。

マチュランの庭、ポントワーズ

マチュランの庭、ポントワーズ『マチュランの庭、ポントワーズ』1876年制作, 所蔵: ネルソン・アトキンス美術館 (アメリカ), Garden of Les Mathurins, Public domain, via Wikiart Commons.

ポントワーズのマチュランの庭を描いた作品。第3回印象派展に出品され、高い評価を受けた。豊かな緑に覆われた菜園と果樹を主題とし、明るい色彩と細やかな筆触で光の効果を表現している。

印象派の技法が成熟した時期の作品で、自然の生命力と田園の穏やかさを詩情豊かに捉えている。

丸太作りの植木鉢と花

1876年制作
所蔵: 松岡美術館 (東京都)

ポントワーズ、ライ麦畑とマチュランの丘

1877年制作
所蔵: 静岡県立美術館

グラット=コックの丘からの眺め、ポントワーズ

1878年制作
所蔵: 茨城県近代美術館

ポントワーズのロンデスト家の中庭

1880年制作
所蔵: 大原美術館 (岡山県)

収穫

収穫『収穫』The Harvest, Public domain, via Wikiart Commons.

1882年制作
所蔵: 国立西洋美術館 (東京都)

ポントワーズの農園

1882年制作
所蔵: 鹿児島市立美術館

次のステージを求め…新印象派へ

ピサロは50歳になった1880年頃から自身の芸術が停滞していると感じ、描く対象を変えたり、今までと違う技法を探し始めました。その結果出会ったのが新印象派です。

新印象派とは

1886年に批評家のフェリックス・フェネオンが名付け、芸術家ジョルジュ・スーラが確立した芸術様式を指す。主観的な印象派の色彩理論を科学的に見直し、点描法による鮮明な色彩表現や、印象派が失ったフォルム、画面の造形的秩序の回復を目指した絵画が特徴として挙げられる。
[ 参考・出典: Wikipedia ]

点描法を取り入れた

1884年に画商のテオ・ファン・ゴッホは、ピサロに兄フィンセント・ファン・ゴッホを紹介しました。ゴッホ以外にも、1885年にピサロはジョルジュ・スーラやポール・シニャックと出会います。

ジョルジュ・スーラやポール・シニャックは、点描法という新しい技法を使っていました。ピサロはこれにピンときたようで、早速取り入れています。

点描法とは

非常に小さな純粋色の点を描くことで制作する技法。近くで見ると「様々な色の点の集まり」だが、ある程度距離を取って見ると点同士の色が混ざり、美しい絵として見えてくる。これにより、絵具を混ぜて色が暗くなってしまうことを防ぎながら、視覚的には筆触どうしの色が混ざって見えるという効果が得られた。

今までの印象派は賛否両論

1886年の第8回印象派展に、ピサロはスーラ、シニャック、ゴーギャンといった新印象派の作家たちを積極的に招きました。一方、それまでの印象派の画家たちは否定的な態度をとり、賛否両論という状況に。

印象派と新印象派の違いは、色彩の考え方でした。印象派は、感性に基づいて「思うがままに」筆触を置いていたのに対し、新印象派は、理論的・科学的に色彩を点に分割しようとしたのです。ざっくり言えば、印象派が心で色彩を描いていたのに対し、新印象派は頭で色彩を表現しようとしたイメージでしょうか。

第8回印象派展においては、印象派のモネ、ルノワール、カイユボット、シスレーは参加を見合わせました。また、印象派と新印象派の作品は展示室を分けることになります。

ピサロとしては良かれと思っての行動だったのでしょう。新印象派の画家たちは、理論をもってすれば、印象派の作品が逃れられない「筆触の色の濁りや不鮮明さ」という課題を解決できると考えていました。

この時代の代表作

ルーアンのナポレオン埠頭

1883年制作
所蔵: フィラデルフィア美術館 (アメリカ)

1883年にルーアンを訪れた際に描いた港の風景。ナポレオン埠頭の活気ある情景を主題とし、ピサロの都市シリーズの始まりとなった作品である。

印象派的な軽快な筆触と明るい色彩で、港の光と大気を捉えている。それまでの田園風景に代わり、都市の近代的な活動を描く新たな挑戦を示す転換期の代表作。

エラニーの教会と農園

1884年制作
所蔵: 群馬県立近代美術館

エラニーの牛を追う娘

エラニーの牛を追う娘『エラニーの牛を追う娘』Study for 'Cowherd at Eragny', Public domain, via Wikiart Commons.

所蔵: 埼玉県立近代美術館

エラニーの村の入口

1884年制作
所蔵: ポーラ美術館 (神奈川県)

エラニーの農園

1885年制作
所蔵: サントリーコレクション (東京都)

新印象派からも卒業

印象派の技法のデメリットを補う手段として点描を取り入れたピサロですが、4年間新印象派の技法で絵を描いたあとに卒業しています。

ピサロは友人への手紙で次のように述べています。

4年間新印象派の理論で描いてみたが私は止めることにした。もはや自身を新印象派とみなしていない。この方法では自身の感覚に素直になれず、生命感や動き、自然の変化に富んだ効果を表現できず、自分のデッサンに個性を与えることもできなかった。そうした理由から、私は新印象派を断念しなければならなかった。

この時代の代表作

花咲くプラムの木

1889年制作
所蔵: 姫路市立美術館 (兵庫県)

ロンドン、ハイドパーク

ロンドン、ハイドパーク『ロンドン、ハイドパーク』1890年, Hyde Park, London, Public domain, via Wikiart Commons.

1890年制作
所蔵: 東京富士美術館 (東京都)

息子リュシアン訪問のため滞在したロンドンで描いたハイドパークの風景。都市の中の緑地を主題とし、点描法を放棄した直後に自由な筆致と明るい色調で光の効果を表現している。

ピサロが生涯に残した35点のロンドン風景画の一つで、フランスとは異なる都市の魅力を捉えた作品。

2人の若い農婦

1891年制作
所蔵: メトロポリタン美術館 (アメリカ)

田園で語り合う2人の若い農婦を描いた人物画。ピサロが生涯描き続けた農村の日常風景の中で、人物を主役として捉えた作品である。

点描法を放棄した後の流動的な筆触と柔らかな色彩で、農婦たちの表情や仕草、衣服の質感を丁寧に表現している。農民への深い共感を示す晩年期の代表作。

ル-アンの波止場・夕日

ル-アンの波止場・夕日『ル-アンの波止場・夕日』, 1896年, Quay in Rouen Sunset, Public domain, via Wikiart Commons.

1896年制作
所蔵: ヤマザキマザック美術館 (愛知県)

水浴する女たち(習作)

1896年制作
所蔵: ひろしま美術館

エラニーの菜園

1899年制作
所蔵: 福島県立美術館

ベルヌヴァルの眺め

1900年制作
所蔵: ノートン・サイモン美術館 (アメリカ)

ノルマンディー海岸の避暑地ベルヌヴァルの風景。海辺の町を見下ろす眺望を主題とし、開放的な構図が特徴である。晩年の円熟した技法で、明るい色調と流動的な筆致により海と空の光を捉えている。田園画家として知られるピサロが海景を描いた貴重な作品。

春、朝、曇り、エラニー

春、朝、曇り、エラニー『春、朝、曇り、エラニー』1900年, Spring Morning, Cloudy, Eragny, Public domain, via Wikiart Commons.

1900年制作
所蔵: 東京富士美術館 (東京都)

秋、朝、曇り、エラニー

1900年制作
所蔵: 東京富士美術館 (東京都)

晩年

晩年、ピサロは再発性眼感染症にかかってしまい、暖かいとき以外は屋外で制作するのが困難になってしまいました。そのため、ピサロはホテルの部屋の窓際に座って屋外の景色を描くようになりました。

50代後半以降、ピサロはフランス北部へ移りルーアン、パリ、ル・アーブル、ディエップのホテルで絵画を制作しました。ロンドンを何度か訪れ、同じように制作しました。

1903年11月13日、ピサロはパリで死去。ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。

まとめ

「印象派の父」と呼ばれるピサロですが、印象派が誕生する20年ほど前から写実的な絵を描いており、まさしく「印象派の始祖」といえるでしょう。

アート初心者の方の中には「印象派」「新印象派」などの美術史の用語が馴染みがなかった方もいらっしゃるかもしれません。

この記事がきっかけで、ピサロをはじめとする印象派や新印象派の画家の絵に親しんでいただければ幸いです。

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中森学

中森学

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セールスライター。マーケティングの観点から「アーティストが多くの人に知られるようになった背景には、何があるか?」を探るのが大好きです。わかりやすい文章を心がけ、アート初心者の方がアートにもっとハマる話題をお届けしたいと思います。SNS やブログでは「人を動かす伝え方」「資料作りのコツ」を発信。

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