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2026.1.1

ボッティチェリ《地獄の見取り図》を解説――ダン・ブラウン原作の映画『インフェルノ』とともに

ルネサンスの巨匠、サンドロ・ボッティチェリによる《地獄の見取り図》。この緻密なドローイングが、ミステリー・サスペンス映画『インフェルノ』で、人類滅亡の危機を救うための暗号として登場しました。

この記事では、ボッティチェリの生涯と、彼が情熱を注いだ《地獄の見取り図》について掘り下げます。
※映画のネタバレを含みます。

映画『インフェルノ』(2016)

映画『インフェルノ』は、『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるダン・ブラウンの同名小説を原作にしたミステリー・サスペンスです。世界人口の過剰増加を憂い、人類の半数を滅亡させるウイルスを拡散しようという、天才生物学者バートランド・ゾブリストの恐るべき計画を阻止するため、ロバート・ラングドン教授がイタリア・フィレンツェで奔走します。

作品冒頭、病院で目覚めたラングドンは、直近の記憶を失っている状態。そこから、彼を狙う追手や裏切り者、世界保健機関(WHO)の介入など、錯綜した状況で謎を解いていきます。

1024px-Sandro_Botticelli_-_La_Carte_de_l'Enferサンドロ・ボッティチェリ《地獄の見取り図》(1480〜1495)/バチカン図書館, Public domain, via Wikimedia Commons.

そこで重要な役割を果たすのが、ルネサンスの巨匠、サンドロ・ボッティチェリによる《地獄の見取り図》です。詩人ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』の「地獄篇(インフェルノ)」に登場する、地獄の第九圏の構造が視覚化されています。

《地獄の見取り図》は、ゾブリストが残した最初の暗号として登場します。その階層構造に隠されたメッセージを解読することで、ウイルスの在り処へ導かれ、人類の危機を回避するためのタイムリミットサスペンスが展開されました。

《地獄の見取り図》を描いたサンドロ・ボッティチェリとは?

1024px-Sandro_Botticelli_083《東方三博士の礼拝》で描かれた自画像。サンドロ・ボッティチェリ《東方三博士の礼拝》(1475〜1476)/ウフィツィ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

サンドロ・ボッティチェリは、初期ルネサンスのフィレンツェ派を代表する画家です。父は皮なめし職人でしたが、金細工師だった兄の工房で初期の芸術教育を受け、1464年頃からフィリッポ・リッピのもとで修行を積みました。その後、アンドレア・デル・ヴェロッキオなどの工房にも出入りし、独自の線描の様式を確立していきます。

メディチ家の寵愛と新プラトン主義

1024px-Botticelli-primaveraサンドロ・ボッティチェリ《春(プリマヴェーラ)》(1480ごろ)/ウフィツィ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

1470年ごろに独立し、自らの工房を構えたボッティチェリは、フィレンツェ随一の有力者であるメディチ家に目をかけられ、多くの公的注文に取り組みます。メディチ家周辺の人文主義者や新プラトン主義の影響を強く受け、有名な神話画を数多く残しました。

この時期の代表作が《春(プリマヴェーラ)》や《ヴィーナスの誕生》です。こうした作品は、古代文化とキリスト教思想を調和させようとする、当時の知的な潮流を反映しています。

作風の変化と再評価

1024px-Mystic_Nativity,_Sandro_Botticelliサンドロ・ボッティチェリ《神秘の降誕》(1500〜1501)/ナショナル・ギャラリー, Public domain, via Wikimedia Commons.

1492年、メディチ家にとって最盛時の当主を務めた、ロレンツォ・デ・メディチが死去します。そして一家の腐敗を批判し、神権政治を展開した、ドメニコ会修道士ジロラモ・サヴォナローラにより、フィレンツェの文化・政治情勢は一変します。

ボッティチェリの作風もまた、華やかな神話画から、《神秘の降誕》に代表される神秘主義的な宗教画へと変化しました。このころから作品の評価が下がり、1501年ごろには制作活動を停止。約400年間、忘れられた画家となりますが、19世紀末のイギリスでラファエル前派に注目され、ようやく名声と業績が世界的に再評価されました。

《地獄の見取り図》に打ち込んだボッティチェリ

1024px-Sandro_Botticelli_-_La_Carte_de_l'Enferサンドロ・ボッティチェリ《地獄の見取り図》(1480〜1495)/バチカン図書館, Public domain, via Wikimedia Commons.

《地獄の見取り図》は、彼の画家人生にとって最も重要なプロジェクトでした。ここからは、ボッティチェリがダンテ文学を好んだ背景、作品が表す内容について、詳しく見ていきましょう。

ダンテ文学への情熱とヴァザーリの逸話

優美な神話画を描きつつ、ボッティチェリは知的な世界に強く心惹かれていたそうです。特に、中世の詩人ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』に傾倒し、生涯の後半は『神曲』全編にわたる挿絵を精力的に制作しました。

同時代の画家・建築家であるジョルジョ・ヴァザーリの伝記には、ボッティチェリが『神曲』の挿絵に熱中しすぎたあまり、ほかの仕事の依頼を断り、生活が混乱したと記されています。真相は不明ですが、この逸話は、彼がダンテ文学の世界を具現化することに没頭していた様子を物語っているでしょう。

緻密な線描で描かれた「地獄の第九圏」

特に後世に強い影響を与えたのが《地獄の見取り図》です。案内人のヴェルギリウスとダンテが旅する「地獄篇(インフェルノ)」に描かれた地獄の構造を、緻密な線描と遠近法で1枚の絵にまとめました。

地獄は逆円錐形(漏斗状)の深淵として描かれ、罪の重さによって細分化された9つの階層から構成されています。一番外側(地上に近い部分)には、欲望や暴食といった「軽罪」の者たちがいます。それに対して最深部には、最も重い「裏切り」の罪人たちが凍りつき、中心に巨大なルシファー(堕天使)が描かれています。

ボッティチェリは、ダンテの論理的で幾何学的な地獄の構成を、ルネサンス美術の技術で再現しました。挿絵の域を超え、文学作品が持つ世界観を視覚的に解読した、芸術史上の傑作として高く評価されています。

映画『インフェルノ』と《地獄の見取り図》の相乗効果

映画において《地獄の見取り図》は、美術品以上の重要な役割を果たしています。

まずはサスペンスの推進力です。記憶を失った主人公は、最初の手がかりとして《地獄の見取り図》に遭遇します。図に仕込まれた暗号を解読することが、ウイルスの隠し場所を見つける道筋となり、全編を通じて謎解きと追跡劇の面白さを高めました。

2つ目は、映画のテーマを視覚的に示したことです。ゾブリストが抱く「人口過剰」という現代の危機感を、《地獄の見取り図》が象徴的に補強します。地獄の階層構造が、人類の罪と罰、そして破滅へのカウントダウンを結びつけ、作品に深みを与えていると考えられます。

最後が、古典芸術の現代的利用です。古典芸術をテクノロジーと結びつけてメッセージを見つけ出すという、ダン・ブラウン作品らしい醍醐味を生み出し、観客の知的好奇心を刺激してくれます。

文学と芸術と現代が交差する「インフェルノ」

サンドロ・ボッティチェリ《地獄の見取り図》は、ルネサンス期におけるダンテ文学への深い傾倒から生まれた、文学的想像力と図像化の技術が融合した名作です。

地獄の緻密な構造を描いた作品が、映画『インフェルノ』の鍵として再解釈されたことは、古典芸術の教訓的な価値と、現代社会の危機的テーマを結びつける、ユニークな架け橋になりました。気になる方は、『インフェルノ』に詰め込まれた知的な謎を、ぜひ一度味わってみてくださいね。

参考

・ロン・ハワード監督『インフェルノ』(2016)
・吉田敦彦 監修(2013)『名画で読み解く「ギリシア神話」』世界文化社
・京谷啓徳 著(2009)『もっと知りたいボッティチェッリ』東京美術

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神谷小夜子

神谷小夜子

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ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。

ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。

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