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2023.11.24
ボッティチェッリ『春(プリマヴェーラ)』を理解する3つのポイント【名画解説】
『春(プリマヴェーラ)』はイタリア・ルネッサンスの画家サンドロ・ボッティチェッリが1470年後半から1480年前半にかけて制作した絵画です。華やかで繊細な『春(プリマヴェーラ)』は、最も人気のある西洋絵画の1つと言えます。
目次
ボッティチェッリ,『春』, Public domain, via Wikimedia Commons
『春(プリマヴェーラ)』はイタリア・ルネッサンスの画家サンドロ・ボッティチェッリが1470年後半から1480年前半にかけて制作した絵画です。華やかで繊細な『春(プリマヴェーラ)』は、最も人気のある西洋絵画の1つと言えます。
イタリア語の原題「プリマヴェーラ(primavera)」は春を指す言葉であり、春の訪れにまつわる寓話を含んでいます。一見シンプルなテーマに感じますが、さまざまな解釈があるため多くの議論を呼びました。
この記事では、イタリアの大学院で美術史を研究する筆者がボッティチェッリの『春(プリマヴェーラ)』を理解するための3つのポイントをわかりやすく解説します!
ボッティチェッリ『春(プリマヴェーラ)』の概要
ボッティチェッリ,『春』, Public domain, via Wikimedia Commons
ボッティチェッリ『春』は、縦202㎝×横314㎝の大きな作品です。現在はウフィツィ美術館(イタリア・フィレンツェ)に所蔵されており、目玉作品の1つとして日々多くの人に鑑賞されています。
『春』と似たような大きさでボッティチェッリが制作した『ヴィーナスの誕生』は、セットで描かれたわけではないものの、同じコンテクストで議論されることがしばしばあります。『ヴィーナスの誕生』も同様にウフィツィ美術館の所蔵です。
『春』が依頼された経緯は、実はあまり定かではありません。ボッティチェッリが活躍した時代に権力を握っていたメディチ家の誰かが依頼した説がありますが、契約や依頼に関する記録は見つかっておらず、正確な真偽は不明です。
古代ローマの詩や古典文学からの引用が多く見られることから、古典に精通した人物が依頼、もしくは構図の手助けをした可能性があります。
現在では多くの学者が、『春』の制作はロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチの結婚に関係があったと結論づけています。当時のイタリアには結婚のお祝いに絵画をプレゼントする習慣があったことから、『春』も1480年代初頭に結婚祝いとして制作されたとする見方が一般的です。
ボッティチェッリ『春(プリマヴェーラ)』のポイント①:人物配置
ボッティチェッリ,『春』, Public domain, via Wikimedia Commons
ボッティチェッリの『春』には、6人の女性と2人の男性(+キューピッド)が配置されています。全体的な構図は右から左に進んでいると解釈すると、時系列順に物語が理解できる仕組みです。
右端では、3月の烈風ゼフィロス(一番端)がニンフのクロリスを誘拐するシーンが描かれています。クロリスは憑依されて春の女神フローラ(3番目の花柄の服の女性)に変身し、服に抱えたバラを地面に撒いています。
中央に立つ女性は、ヴィーナスです。ヴィーナスは鑑賞者をまっすぐに見つめており、ひと際存在感を放っています。ほかの登場人物から少々距離があるためだけでなく、背景の木々がアーチ型に構成されていることも、ヴィーナスの神々しい孤立感を引き立たせています。
左側の3人の女性は「3人の女神」であり、伝統的な構図(手を取り合い3人で踊る)で描かれています。そのさらに左側にいるのはマーキュリーです。マーキュリーは古代ローマ神話の神の1人で、商売繁盛や旅人を司ります。
中央のヴィーナスの上部にいるのがキューピッドで、矢を構えているものの、よく観察すると目隠しをされています。ヴィーナスは他の7人の登場人物に比べるとやや高い位置に描かれており、遠近法で小さく描かれているというよりは同じ大きさで位置だけがずれている印象です。
ボッティチェッリ『春(プリマヴェーラ)』のポイント②:絵画技法
ボッティチェッリ,『春』, Public domain, via Wikimedia Commons
『春』には、ボッティチェッリの典型的な理想主義的な表現が見て取れます。デッサンとアウトラインを重視するスタイルはフィレンツェ派の特徴であり、緻密で正確な研究の上に成り立つ美しさが特徴的です。
それぞれの人物の所作は自然であるにもかかわらず、全体的な統一性を確実に保っている調和があります。デッサンによる研究を追求したからこそ成し得る均整の取れた身振りやしなやかなポーズは、まさにルネッサンス的な理想主義の好例ととれるでしょう。
さらにボッティチェッリは『春』のなかだけで500以上の異なる種類の植物を描いています。「春」がテーマであり花が重要な役割を担うことを差し引いても、これだけの植物を種類が特定できる精度で描くことは並大抵のことではありません。
自然へのあくなき観察と、究極的に正確な描写は、ボッティチェッリの作品をより特別なものにしています。高さ2m以上、幅3m以上のパネルにこれだけの精度のディテールを描きこむことは、相当な労力を必要としたはずです。狂気的ともとれる人物表現や自然描写への執着は、おそらくレオナルド・ダヴィンチから引き継がれたと考えられます。
一方レオナルド・ダヴィンチとボッティチェッリが大きく異なる点は、最奥の背景にあまり大きな注意が払われていない点です。前方の地面には細やかな描写が徹底されているのに対し、人物後方の木々はただ黒いシンプルな表現にとどまっています。
ボッティチェッリ『春(プリマヴェーラ)』のポイント③:寓意の意味
ボッティチェッリ,『春』, Public domain, via Wikimedia Commons
『春』における基本的な解釈は、フィレンツェに実在した人物と神話の登場人物を結び付け、美徳を象徴的に表している、というものです。
ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチの結婚を祝う目的で制作された絵画であるとすれば、おそらくマーキュリー(左端)のモデルがロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチであると考えられます。
そのほかの人物が示す寓意は、それぞれ次のとおりです。
• ヴィーナス:普遍的な愛
• 3人の女神:プラトニックな愛(精神的・高尚な愛)
• ゼフィロスとクロリス:肉体的な愛
普遍的な愛、精神的な愛、肉体的な愛など、愛に関する人物が多く含まれていることは、「結婚」という制作の目的を考慮すれば納得ができる解釈です。
もしくは、人物を歴史的・社会的な観点でひも解くアプローチも考えられます。『春』では春の女神フローラの存在感が、ヴィーナスに匹敵するほどの存在感を与えられています。
これは、「フィレンツェ」が「花の女神フローラの街」として名付けられたことと関係性があるのではないか、とする見方です。古代ローマでは各都市と神話の神を関連付ける伝統があり、歴史的・政治的性質を絵画に含めたという仮説は、不自然ではありません。
これ以外にもボッティチェッリの『春』には様々な解釈があり、深く広い議論の対象となっています。
作品を鑑賞する際は、ぜひ全体のテーマと細部の精密さの両方に目を向けてみてくださいね。以上、ボッティチェッリ『春』の解説でした!
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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