STUDY
2022.9.26
暗黒の時代!? 中世が西洋美術史の中で軽視されてしまう悲しい理由
中世は、西洋史の中でも最もミステリアスな時代のうちの1つです。
一般的にはあまり注目されることがなく、むしろ「暗黒の時代」と形容されることもあるほどネガティブなイメージの強い時代でもあります。
しかし実際は、中世には中世の豊かな文化、特にキリスト教にまつわる価値観が成熟した時代でもありました。
Michel wal, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
この記事ではローマの大学院で美術史を専攻している筆者が、中世社会を西洋美術史の観点から紹介していきます。
ひとくくりにはできない中世美術
PMRMaeyaert, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
中世という時代について話す前にまず明確にしておきたいのは、西洋における「中世」の時代区分です。
様々な考え方がありますが、ここでは一般的な区分でもある「ローマ帝国の崩壊(5世紀)から、ルネッサンスの始まり(15世紀)まで」の間を指して中世とすることにします。
ということはつまり、西洋における「中世」という時代は、1000年間も続いたということになります。
いくら経済成長や文化的成長がゆるやかであったとはいえ、1000年もの長い年月をひとくくりに「中世」としてしまうのは、少し乱暴だろうとも思います。
西洋美術史的な観点でいうと、中世は主にロマネスク時代とゴシック時代に分けられます。
ロマネスク時代は11世紀頃、ゴシック時代は12世紀中ごろから始まったことを考慮すると、その前の5世紀から11世紀までの間はなにが起こっていたのか?と思ってしまいますね。
中世前期においては、古代ローマ帝国時代末期から続いた初期キリスト教美術やビザンティン美術などが中心になっていました。
参考:『ヨナの石棺』初期キリスト教美術, Sailko, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
参考:サン・ヴィターレ聖堂(ラヴェンナ)初期キリスト教ビザンティン芸術, Sailko, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
しかし地域差もあるため美術様式としてはっきりと区分することは難しく、美術史家の間でも中世美術史研究の問題点として認識されています。
キリスト教美術に特化した中世
シモーネ・マルティーニ、リッポ・メンミ『聖女マルガリータと聖アンサヌスのいる受胎告知』, Public domain, via Wikimedia Commons
中世の芸術は、ほとんどすべてがキリスト教に特化しているといっても過言ではありません。
ヨーロッパの中世美術は、ローマ帝国末期に誕生していた初期キリスト教美術を異民族の文化と融合させることで成立していきました。
5世紀以降には古代ギリシャ・古代ローマで追求された自然主義は徐々に失われ、中世では象徴性を重視した表現が好まれました。
これは、キリスト教をテーマにした美術において「肉体は現在の象徴」という考え方から、なるべく写実的な表現を避けて神秘性を求めたことが理由とされています。
そのなかで次第に奥行きのある絵画表現は失われ、中世を通して平面的で写実性が低い(=いわゆる「下手」な)表現が好まれました。
参考:サン・クレメンテ聖堂(ローマ)12世紀, Rita1234, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
神性を重視し、人間性を否定してきた中世の考え方に対して疑問を呈したのが、ヒューマニズム(人間主義)とルネッサンス(古典主義)だったというわけです。
でも別に、絵が「下手」だから中世美術が『暗黒の時代』と言われて軽視されているわけではありません。
単純に、研究するためのハードルが高く、想像力任せになってしまう部分が大きいという問題点もあるのです。
「暗黒の時代」は史料の少なさにもよる
Scene della vita di Sant'Alessio, Public domain, via Wikimedia Commons
中世が「暗黒の時代」と言われるのは、度重なる悪天候や戦乱により農作物の栽培が安定せず、文化が成熟できるほどの社会基盤が整っていなかったためと言われています。
また、ペストの流行など疫病にも見舞われ、一時はヨーロッパ全体の人口の3分の1がペストによって失われたとも言われています。
このような厳しい環境の中では芸術の発展の速度が非常にゆるやかであり、「期間は長いが特筆することのない期間」という扱いを受けているのが中世という時代なのです。
それだけではなく、中世前期にあたる時代に作成された教会や美術作品の多くはすでに破壊されているというのも「暗黒の時代」という評価に拍車をかけているといえます。
史料が圧倒的に少ないため、その時代にどのような美術があったのかを知ることも難しく、中世研究の中心は「ロマネスク」「ゴシック」の時代に集中してしまっているのが現状です。
まとめ
中世は1000年という長い期間を指しているにも関わらず、美術の発展は緩やかで様式の分類もあいまいな時代です。
しかし、それは決して中世美術が「おもしろくない」というわけではありません。
むしろ筆者は中世美術が一番美しく、力強く、おもしろいとすら思っています。
もし5世紀から15世紀にヨーロッパで作られた作品を見たら、人物表現の神秘的な力強さに注目してみてください。
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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