STUDY
2026.5.12
雨の日が好きになるかも?7つの名画で知る雨の魅力
少し気分が沈んだり、外に出るのが億劫になったりする雨の日。しかし雨は昔から多くの画家たちを惹きつけてきました。
静かに降り続くやわらかな雨、思わず足を止める激しい夕立、どこか幻想的な光をまとった雨。一口に雨といっても「どのような雨に見えるか」「どのような気分になるか」は異なり、その表情はさまざまです。
目次
名所江戸百景 大はしあたけの夕立, Public domain, via Wikimedia Commons.
この記事では、雨にまつわる7つの名画を通してその描かれ方に注目します。それぞれの作品を手がけた画家や場面の背景にも触れながら、雨ならではの魅力を味わってみましょう。
画家たちはなぜ惹かれた?雨と感情の関係
雨の日は気分が沈んだり活動が制限されたりと、どこかネガティブに捉えられがちです。しかし雨の日の空は、光がやわらぎ、色はにじみ、街や自然はいつもとは違う静けさとなります。その“少しの非日常”の感覚が、画家たちの創作意欲を刺激したと考えられます。
傘の写真, Public domain.
また、雨音には気持ちを落ち着かせる作用があるのも特徴です。たとえば心理学の分野では「雨音のような一定のリズムは集中やリラックスを促す」とされ、外の世界よりも自分の感情や記憶に意識が向きやすくなると指摘されています。画家にとっては、その意識こそが制作のきっかけになったのかもしれません。
さらに雨は「憂鬱」「孤独」「再生」といった多様なモチーフになり、同じ雨でも穏やかさを感じる人もいれば、切なさやドラマ性を見出す人もいます。その受け取り方の幅広さが、画家たちの表現を広げてきました。
しとしと降る日常の雨を描いた作品
静かに降り続く雨は街の空気や人を包み込み、穏やかな時間を演出します。まず紹介する3つの作品は、そんな“日常の中の雨”を切り取ったものです。整えられた街並みや人々の姿が丁寧に描かれ、眺めているだけで気持ちが落ち着いていきます。
雨の絵①『パリの通り、雨』(カイユボット)
ギュスターヴ・カイユボット 「パリの通り、雨」 (1877), Public domain.
ギュスターヴ・カイユボット制作の『パリの通り、雨』は、近代化が進む1870年代当時のパリの街並みを描いています。カイユボットは裕福な家庭に生まれ、法律を学んだ後に美術の道へ進んだ画家です。自身も制作を行う一方で画家たちの作品を積極的に収集し、支援者としても知られています。
本作では写実主義のカイユボットならではの冷静な観察眼により、特別ではない日常の雨が描かれています。舞台となっているのは彼が暮らしていたサン・ラザール駅近く、モスクワ通りとトリノ通りが交わる広い交差点。整えられた石畳の上を、傘を差したブルジョワ階級の人々が行き交います。
濡れた路面の光沢や空気の湿り気は丁寧に表現されていますが、肝心の雨そのものは描かれていません。見る側が「今まさに降っているのか」それとも「雨が上がり始めたところなのか」と想像を巡らせることができます。
雨の絵②『雨傘』(ルノワール)
ピエール=オーギュスト・ルノワール 「雨傘」 (1881-1886), Public domain.
ピエール=オーギュスト・ルノワールによる『雨傘』は、パリの街角に集う人々を描いた作品です。右側には1881年頃に流行した装いで外出する少女たちと、それを見守る母親の姿が描かれています。
一方で中央の女性は人々に隠れるように立っており、傘を上げ下げする仕草から雨が降り出す直前なのか、あるいは止みかけているところが連想できます。
左側にいる女性は帽子屋の助手ともいわれており、バスケットを持ちながらスカートを押さえ、足元を気にしている様子です。近くの紳士が声をかけようとしているようにも見え、ちょっとした物語が感じられます。
本作では右下の少女たちがやわらかな光と色で表現されているのに対し、左側の人物たちは輪郭がはっきりと描かれています。一つの絵に異なるタッチが同時に存在しているのも特徴です。青や灰色を基調に上部には広がる傘、下部には人々の装いが重なり合い、まるでスナップ写真のように街の場面が切り取られています。
雨の絵③『雨の日のボストン』(ハッサム)
『雨の日のボストン』(ハッサム), Public domain, via Wikimedia Commons.
チャイルド・ハッサムの『雨の日のボストン』は、雨に濡れた静かな街とやわらかな光を感じさせる一枚です。絵には傘を差して歩く親子や馬車の姿が描かれ、濡れた路面には建物や人影が淡く映り込んでいます。
描かれているのは強い雨ではなく、優しく降り続くような穏やかな空気です。遠くに続く通りや少し霞んだ街並みにより、雨の日特有のしっとりとした時間が伝わってきます。
ハッサムはボストン生まれの画家で若い頃から絵に親しみ、高校を中退した後は出版社で働きながらイラストの仕事を始めました。やがてフリーのイラストレーターとして活動し、雑誌の挿絵などを手がけます。彼の経験は、本作のような日常の一場面を自然に切り取る表現にもつながっているのかもしれません。
突然の豪雨・夕立を描いた作品
突然降り出す夕立や激しい雨は、街や自然の表情を一変させます。ルノワールらが描いた穏やかな雨とは対照的に、続いて紹介する作品では降りしきる雨そのものがはっきりと描かれているのが特徴です。
斜めに走る雨脚や打ちつけるような勢いが絵いっぱいに広がり、その場の緊張感や慌ただしさまで伝わってきます。思わず足を速めたくなるような瞬間や、自然の力強さを感じさせる場面となっています。
雨の絵④『大はしあたけの夕立』(歌川広重)
名所江戸百景 大はしあたけの夕立, Public domain, via Wikimedia Commons.
歌川広重の『大はしあたけの夕立』は「名所江戸百景」のなかでも特に有名な一枚です。隅田川にかかる”大はし”を、突然の夕立に見舞われながら渡る人々の姿が、西岸からの視点で描かれています。激しく降りしきる雨に、橋の向こうにある安宅(あたけ)地域はぼんやりとかすみ、ハッキリとは見えずに輪郭が分かる程度です。
橋を見下ろすような大胆な構図で、強まる雨脚を引き立てています。当時は雨を細い直線で表す技法は新鮮で、見る人に夕立の激しさを直感的に伝えました。傘を傾けたり、急ぎ足で進んだりと、人々の仕草からも突然の雨に慌てる様子も伝わってきます。
また本作は後にゴッホが模写したことでも知られ、時代や国を越えて多くの画家に影響を与えてきました。
雨の絵⑤『雨のオーヴェルの風景』(ゴッホ)
『雨のオーヴェルの風景』(ゴッホ), Public domain, via Wikimedia Commons.
フィンセント・ファン・ゴッホによる『雨のオーヴェルの風景』は、彼の没年にあたる1890年7月に描かれた油彩画です。舞台となっているのは、人生の最後の約70日間を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズ。広がる麦畑の上に斜めに走る暗い線で雨が描かれ、空と大地を結ぶように降りしきっています。
この雨の表現は日本の浮世絵、歌川広重の作品から影響を受けたともいわれています。地平線が高く引き上げられ、うねるような筆づかいや鮮やかな色づかいが、風景に強さと感情の動きを与えているのが特徴です。
どこか明るさを感じさせながらも奥に静かな緊張感があり、自然の姿とゴッホ自身の心の揺れが重なるように感じられます。
幻想的でドラマチックな雨を描いた作品
雨は現実の風景をそのまま描くだけでなく、ときに幻想的でドラマチックに表現されます。続いて紹介する作品では光やスピード、空気といった要素と重なり合いながら、雨が印象的に描かれています。
はっきりとした雨粒というよりも光や色の中ににじむような表現も多く、夢を見ているような雰囲気を感じさせるのが特徴です。
雨の絵⑥『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』(ターナー)
『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』(ターナー), Public domain, via Wikimedia Commons.
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーが1844年に描いた『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』は、激しい雨と霧のなかを突き進む蒸気機関車の姿を描いた作品です。
ロンドンとイングランド西部、さらにウェールズへとつながるグレート・ウェスタン鉄道は、世界最大の鉄道として当時注目を集めていました。その象徴ともいえる黒い機関車が、テムズ川に架かる橋の上を勢いよく走り抜けていきます。
絵では横殴りの雨と立ちこめる蒸気によって、蒸気機関車の輪郭があいまいになることでスピード感が強調されています。遠近感を大胆に効かせた構図も相まって、こちらに迫ってくるような迫力です。
ターナーが好んだ黄色の色味が蒸気や光ににじむように使われているのも印象的で、単なる雨の風景というより、空気やエネルギーそのものを描こうとした一枚といえます。
雨の絵⑦『太陽光線と夏のにわか雨』(イーヴリン・ド・モーガン)
イーヴリン・ド・モーガン 「太陽光線と夏のにわか雨」 (1910-1914), Public domain.
イーヴリン・ド・モーガンによる『太陽光線と夏のにわか雨』は光と雨という対照的な存在を物語のように描いた作品です。右側の女性は座りながら腕で顔を覆い、迫りくる暗雲を避けようとしているように見えます。
一方で左側の女性は、雨雲をまといながら空を舞い、こちらへ近づいてくる存在として描かれています。目を閉じた穏やかな表情からはただの脅威ではない、どこか静かな力を感じさせます。雨や虹の流れるような色彩も幻想的です。
モーガンはイギリス・ラファエル前派の女性画家で、神話や象徴的なテーマを通して社会的なメッセージを表現することを好みました。確かな描写力に加え、色や構図のセンスの良さも際立っています。当時数少ない女性画家として活躍し、象徴主義的な作風でも評価される彼女の作品には、自然現象を超えた意味や感情が丁寧に描かれているようです。
【まとめ】雨の日、少しだけ外を見てみよう
雨の日はつい足が遠のきがちですが、ほんの少し視点を変えるだけで、その景色はぐっと豊かに見えてきます。雨には穏やかさもあれば、激しさや幻想的な雰囲気もあります。同じ雨模様でも、見る人やそのときの気分によって受け取り方が変わるのが面白いところです。
雨が降ったら窓の外を眺め、少しだけ外に出てみましょう。濡れた地面に映る光や傘の動き、人々の足取りなど、何気ない風景のなかに名画にあるような小さな発見があるかもしれません。
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アートの美しさや面白さを身近な視点で分かりやすく伝えます。お気に入りの絵画はミレーの『オフィーリア』。フリーランスのライターとして幅広いジャンルで執筆経験あり。趣味は観劇と洋画/海外ドラマ鑑賞。ヴァイオリンを習っています。
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