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STUDY

2026.5.14

挿絵で読み解く『いばら姫』—2つの童話と古代の文化が織りなす神秘的な世界

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『シンデレラ』『白雪姫』をはじめ、世界中で愛されている童話をピックアップし、芸術的な挿絵と、ストーリーの背景をひも解くシリーズ。

今回は、ディズニー映画 『眠れる森の美女』のエッセンスにもなったといえる、グリム童話『いばら姫』を取り上げます。

映画の原作として知られるのは、フランスの詩人シャルル・ペローによる『眠れる森の美女』ですが、『いばら姫』と比べてみると、重要な場面に違いがあります。2つの物語をたどると、ディズニー映画が両方の特徴を取り入れたのではないかと考察できるのです。

また、2つの童話は、19世紀末から20世紀初頭のイギリスで花開いた「挿絵本の黄金時代」の画家たちをも惹きつけました。ディズニー映画と同じように、グリム版とペロー版の両方を想起させる挿絵も見られます。

この記事では、イギリスで活躍した2人の挿絵画家の作品を中心に、『いばら姫』の神秘的な世界をご紹介します。

また、童話の登場人物に注目し、グリム版とペロー版を比較しながら、『いばら姫』から見えてくる古い信仰について解説。ストーリーの背景に目を向けて、古代の文化にふれてみませんか?

挿絵画家たちを惹きつけた『いばら姫』の魅力

01_960px-The_Sleeping_Beauty_coverウォルター・クレインが手がけたトイ・ブック『眠り姫』(1876年)の表紙, Public domain, via Wikimedia Commons.

誕生日に告げられた不吉な予言、100年もの間眠り続ける王女、いばらに覆われ何人たりとも寄せつけない城……。『いばら姫』には、神秘的なモチーフがいくつも登場します。

「挿絵本の黄金時代」を迎えたイギリスをはじめ、アメリカやヨーロッパで出版された多くの書物にも『いばら姫』が収録され、画家たちの美しい挿絵で飾られました。

今回は、「挿絵本の黄金時代」を代表するエドマンド・デュラック、ウォルター・クレインの作品をピックアップします。童話の登場人物に焦点を当て、どのように表現されてきたのかをたどってみましょう。

いばら姫と王子—エドマンド・デュラックによる華麗な表現

02_960px-Edmund_Dulac_Sleeping_Beautyエドマンド・デュラックが挿絵を担当した豪華本『眠れる森の美女とその他の物語』(1910年)。王子が王女を発見し、一目で恋に落ちるシーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.

エドマンド・デュラック(Edmund Dulac, 1882〜1953)は、流れるような筆致と、写実的で繊細な表現を得意とした画家です。フランスで生まれ、トゥールーズ美術学校で学びましたが、オーブリー・ビアズリー(※1)などイギリスの芸術家に憧れ、本国を離れます。

やがて、イギリスで挿絵画家としてデビューし、カラー印刷の挿絵と装飾が施された豪華本を手がけるようになりました。

『眠れる森の美女とその他の物語』の挿絵(上の画像)で、デュラックはリアルな表現を追求しながらも、ふたりが出会うシーンを、鮮やかな色彩で夢のように描き出しています。

ところで、グリム版の『いばら姫』とペロー版の『眠れる森の美女』は、大筋は似ているものの、キーとなる場面に違いが見られます。

王女が糸車のつむで指を刺し、100年の間眠りに落ちた後、『いばら姫』では魔法の力で時間の流れが止まった状態になりました。いっぽう、『眠れる森の美女』は、現実と同じ年月が過ぎ、王子が駆けつけた時点で、姫は100歳を超えていました。

デュラックの挿絵を見ると、王女が若々しい姿で描かれており、『眠れる森の美女』を下敷きにしながらも、『いばら姫』の要素を取り入れていることがうかがえます。

(※1)オーブリー・ビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley, 1872〜1898)
19世紀後半、産業革命を経て絶頂期を迎えたイギリスで活躍したイラストレーター・グラフィックデザイナー。「美」のみを最高の目的とした「耽美主義」を代表する芸術家として活動しました。

姫に呪いをかけた女性—ウォルター・クレインの異国情緒あふれるおとぎ話の世界

03_960px-The_sleeping_beauty_picture_book_-_containing_The_sleeping_beauty,_Bluebeard,_The_baby_s_own_alphabet_(1911)_(14777223774)ウォルター・クレイン『眠り姫』。王女が15歳の誕生日に、古い塔で糸車を回す老婆に出会う場面。, Public domain, via Wikimedia Commons.

ウォルター・クレイン(Walter Crane, 1845〜1915)は、19世紀後半にイギリスで活躍した画家で、全ページカラー刷りのトイ・ブック(※2)を生み出したことで知られています。
1867年頃、知り合いから日本の浮世絵を譲られたことがきっかけで、力強い輪郭線やフラットで鮮やかな色使いなど、その表現から強い影響を受けました。

また、手工芸や装飾芸術に美を見出し(※3)、衣服や室内のデザインに古典的な描き方を取り入れました。

『眠り姫』の挿絵(上の画像)では、古代ギリシャを思わせる女性像と服装が目を惹きます。いっぽうで、黒くはっきりとした線やあえて奥行きを排除した構図から、浮世絵の影響が感じられる、異国情緒が漂う作品です。

右側に描かれている老婆は、物語の冒頭で王女に不吉な予言をした人物ではないかと想像できます。ここにも、2つの童話で違いがあり、ペロー版では呪いをかけた女性は冒頭でしか登場しませんが、グリム版では糸車を回す老婆としてふたたび姿を現しているような描写があります。

トイ・ブックのテキストを読むと、『眠れる森の美女』をベースにしながらも、『いばら姫』のみに見られるシーンがあるため、クレインもまた、両方の童話を参考にして挿絵を制作したといえるでしょう。

(※2)トイ・ブックとは、8〜12ページほどの簡易なつくりの安価な絵本です。ウォルター・クレインは、彫版師・刷師のエドマンド・エヴァンズとともに、1865年にトイ・ブックを制作し、全ページカラー刷りの絵本を広めました。それまで、絵本のカラー印刷は表紙のみで、中の挿絵は手作業で色を塗っていたため、画期的な出来事でした。

(※3)クレインは、19世紀末から20世紀初頭のイギリスと欧米諸国で起こった「アーツ・アンド・クラフツ運動」にも参加。産業革命で衰退した手工芸や装飾芸術に再び光を当て、運動の中心人物であるウィリアム・モリス(1834〜1896)とともに活動しました。

なぜ賢女が登場するのか? 物語に残る古い信仰

04_The_sleeping_beauty_and_other_fairy_tales_-_color_plate_facing_page_007エドマンド・デュラック『眠れる森の美女とその他の物語』。パーティに招かれなかった妖精が王女に呪いをかけるシーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.

ペロー版とグリム版で共通しているエピソードのひとつに、姫の誕生を祝福するパーティに、魔法の力を持った女性たちが呼ばれるシーンがあります。

ただし、王女に贈り物を授ける人物が、賢女か妖精かという違いが見られます。賢女とは、中世ドイツで、産婆や女医、薬剤師のように村人の暮らしを支えた女性たちのことです。(※4)

ところで、『いばら姫』は、『眠れる森の美女』がもとになったといわれており、グリム兄弟がより古代ゲルマン(※5)の文化に近づけようとしたため、妖精から賢女に書き換えたと考えられています。

さらに、長いこと子宝に恵まれなかった王と王妃が、カエルによって女の子を授けられるのも、『いばら姫』の特徴です。

05_Ludwig_Richter_-_Das_Dornröschenルートヴィヒ・リヒター(Ludwig Richter, 1803〜1884)による木版画。王妃が水浴をしていた際、カエル(左下)に子どもを授けられました。, Public domain, via Wikimedia Commons.

キリスト教が広まる以前の中世ヨーロッパでは、動物や自然が魔術的な力を持つと信じられていました。

かつて、カエルを生殖の神として崇める民間信仰が世界各地にあり、古代ゲルマンでも、カエルを雨や豊穣、幸福をもたらすものとして敬う文化がありました。

つまり、いばら姫はカエルという地下の力に導かれて誕生した存在で、王は娘祝福してもらうために、黄泉の国と親しい賢女を誕生パーティに招いたという見方ができるのです。

(※4)参考:高橋義人『グリム童話の世界—ヨーロッパ文化の深層へ』岩波書店、2010年、p.93

(※5)ゲルマン人とは、かつて北ヨーロッパにいたインド=ヨーロッパ系の民族で、ローマ帝国の時代には、ライン川の東・ドナウ川の北あたりに居住。4世紀になると、民族大移動を起こし、現在のドイツ・オーストリア・オランダ・イギリス・デンマーク・スウェーデンなどに多く暮らしていました。

いばら姫への不吉な予言…だれにも呪いが解けなかったのはなぜ?

06_WalterCrane,_The_sleeping_beauty-04ウォルター・クレインの『眠り姫』。城の人々や植物までもが深い眠りに落ちている様子。, Public domain, via Wikimedia Commons.

ペロー版とグリム版に共通するもうひとつの場面が、いばら姫に告げられる不吉な予言です。
グリム版では、賢女たちが、美貌や豊かな富などの贈り物を授けていたその時、パーティに招かれなかった13番目の賢女が現れます。そして、「この子は15歳になったら、つむを指にさして死ぬであろう」(※6)と予言します。

その後、まだ贈り物をしていなかった賢女が呪いを弱め、死ではなく、100年の眠りにつくように変えました。

では、なぜ13番目の賢女の力だけは、だれにも打ち消せなかったのでしょうか。

ドイツ文学者の高橋義人(たかはし・よしと)氏によると、12が1年間の月数や1ダースを表すように、ひとつの単位であるのに対して、13ははみ出た数字です。高橋氏は、「つまりこの13番目の賢女は他の12人の上に立ち、彼らを統括する役を担っていたと考えられる」(※7)と述べています。

いばら姫に呪いをかけた賢女は、特別に強い魔力を持っていたため、人の生死をも司る存在だったと読み解けます。

村人の暮らしを支える役目を担っていた賢女ですが、人間の身体や薬草に関する知識が豊富で、魔術的な力を備えているとも信じられていました。そのため、人々にとっては、尊敬する人物であると同時に、恐れの対象でもあったのでしょう。

後世のグリム童話では、13番目の賢女がしだいに「魔女」として描かれるようになりますが、そこには、こうした人々の畏怖が受け継がれているのかもしれません。

このように、『いばら姫』の登場人物に注目すると、生と死の境目にふれる王女を中心に、古代ゲルマンの文化が息づいていることを感じられるでしょう。

(※6)小澤俊夫監訳『語るためのグリム童話③ 白雪姫』小峰書店、2007年、p.8

(※7)引用:高橋義人『グリム童話の世界—ヨーロッパ文化の深層へ』岩波書店、2010年、p.95

『いばら姫』の登場人物から見えてくる神秘的な表現

この記事では、多くの画家が手がけた『いばら姫』の挿絵のなかから、エドマンド・デュラックとウォルター・クレインの作品をピックアップし、童話の世界をたどりました。

挿絵を読み解いてみると、グリム版とペロー版の両方を思わせる表現があると分かります。
さらに、物語の背景にある古い信仰に目を向けると、『いばら姫』はロマンティックなだけでなく、神秘的で奥深い物語として見えてきます。

挿絵を入り口に、『いばら姫』の新たな魅力を楽しんでみてくださいね。

◆参考文献

小澤俊夫監訳『語るためのグリム童話③ 白雪姫』小峰書店、2007年
鈴木晶『グリム童話 メルヘンの深層』講談社、1991年
高橋義人『グリム童話の世界—ヨーロッパ文化の深層へ』岩波書店、2010年
平松洋監修『挿絵画家 エドマンド・デュラックの世界』KADOKAWA、2014年
正置友子、今井良朗、田中竜也、占部敏子、山根佳奈『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』青幻舎、2017年
マリア・タタール著、鈴木晶、高野真智子、山根玲子、吉岡千恵子訳『グリム童話 その隠されたメッセージ』新曜社、1992年

◆参考サイト
Gakken×朝日新聞 キッズネット「*ゲルマンじん【ゲルマン人】」
https://kids.gakken.co.jp/jiten/dictionary02400225/

ベネッセ教育情報 世界史 定期テスト対策「【ヨーロッパ世界の形成】ゲルマン人とブルガール人とマジャール人の違いについて」(Benesse)
https://benesse.jp/kyouiku/teikitest/kou/social/world_history/k00445.html

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浜田夏実

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アートと文化のライター。アーティストのサポートや、行政の文化事業に関わった経験を活かし、インタビューや展覧会レポートを執筆しています。難しく考えがちなアートを解きほぐし、「アートって面白い」と感じていただける記事を作成します。

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