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2026.7.2

『呪術廻戦』の元ネタ?日本美術から探る”呪い”の正体

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"呪い"と聞くと、人気漫画『呪術廻戦』に登場するような恐ろしい化け物を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。実はこうした見えない恐怖や不気味な存在は、はるか昔から日本人の想像力を刺激し、絵や彫刻の題材とされてきました。

妖怪が夜の町を練り歩く百鬼夜行、死後の世界の苦しみを描いた餓鬼草紙、そして怨霊として語り継がれた菅原道真。『呪術廻戦』の世界観と重ねてみると、日本美術のなかに潜む"呪い"のイメージが明らかになってきます。

この記事では『呪術廻戦』のキャラクターや設定のモチーフにも通じる日本美術作品を入り口に、日本人が古くから描いてきた"呪い"の正体を探っていきます。

『北野天神縁起絵巻』清涼殿落雷事件『北野天神縁起絵巻 清涼殿落雷事件』, Public domain, via Wikimedia Commons.

“呪い”を日本美術からのぞいてみよう

『呪術廻戦』には両面宿儺や百鬼夜行など、日本の伝承や歴史を思わせるモチーフが数多く登場します。その背景には日本人が古くから語り継ぎ、描いてきた伝説や信仰の世界が広がっています。

もちろん漫画の設定と歴史や美術作品すべてが、そのまま一致するわけではありません。
しかし双方を見比べてみると、意外な共通点または大きな違いが見えてきます。『呪術廻戦』の世界から、日本美術に残された“呪い”のイメージをのぞいてみましょう。

両面宿儺の意外な姿―『宿儺像』に見る伝説の人物像

『呪術廻戦』に登場するキャラクターのなかでも、圧倒的な恐ろしさを誇るのが両面宿儺(りょうめんすくな)です。千年前に生きた最強の呪術師であり、その残虐さから「呪いの王」と称されています。死後も20本の指が特級呪物として残され、そのうちの1本を主人公・虎杖悠仁が取り込んだことで復活を遂げました。

そんな宿儺ですが、実は日本最古の歴史書『日本書紀』にも同じ名前の人物が登場します。1つの体に2つの顔を持ち、4本の手足で武器を自在に操る怪物として記されており、腕が4本ある点は『呪術廻戦』の宿儺と共通しています。

『日本書紀』によると両面宿儺は、4本の手で二振りの剣と二張りの弓矢を操るほど力強く俊敏で、朝廷に従わず人々を苦しめたため、豪族・武振熊命(たけふるくまのみこと)によって討たれました。

両面宿儺の姿は飛騨地方に伝わる“宿儺像”でも見ることができます。像の多くは『日本書紀』の記述にならい、前後に顔を備えた姿で表現されています。

しかし、江戸時代前期の修験僧・円空が制作した『両面宿儺坐像』は2つの顔を左右に並べて彫り出しているのが特徴です。『呪術廻戦』でも宿儺はシーンによって頬に目が現れたり、半顔が歪に変形したりと、円空の自由で独創的な発想と通じる部分があります。

『両面宿儺坐像』(円空), Public domain, via Wikimedia Commons.

圧倒的な力と存在感で人々を震え上がらせた宿儺ですが、飛騨地方に伝わる宿儺伝説は『日本書紀』とは大きく異なります。宿儺は人々を苦しめる怪物ではなく、山地を切り開き、外敵から地域の人々を守った英雄として語られていました。龍や鬼を退治したり、寺院の創建に関わったりと、その活躍はまるで伝説の勇者です。

恐るべき「呪いの王」として描かれる『呪術廻戦』の両面宿儺。悪として記された歴史と、英雄として語り継がれた伝説のギャップこそが、両面宿儺という存在の面白さなのかもしれません。

百鬼夜行は本当に呪術テロ?絵巻に描かれた妖怪たちの大行進

『呪術廻戦』における「百鬼夜行」といえば、最悪の呪詛師・夏油傑(げとう すぐる)が引き起こした大規模な呪術テロです。呪術師だけの世界を目指す夏油が、新宿と京都に大量の呪霊を解き放った「新宿・京都百鬼夜行」は、恐怖の行進ともいえる光景となっています。

しかし、本来の百鬼夜行は少し違った姿で語られてきました。百鬼夜行とは、さまざまな妖怪たちが夜の街を列をなして練り歩くという伝承です。昔はこの行列に出くわすと命を落とすとも信じられており、人々にとって恐ろしい存在でした。

『百鬼夜行絵巻』(土佐光信), Public domain, via Wikimedia Commons.

その様子を描いた作品として知られるのが『百鬼夜行絵巻』です。室町時代後期に土佐光信によって伝えられたとされる絵巻には、妖怪たちがぞろぞろと行進する様子が描かれています。ところが、そこに登場する妖怪たちはどこか愛嬌があり、不思議で楽しい雰囲気を漂わせています。妖怪たちが賑やかに歩く姿は、まるで夜のパレードのようです。

土佐光信, Public domain, via Wikimedia Commons.

実は『百鬼夜行絵巻』という名前は後世につけられた通称で、もともとの題名は分かっていません。また、絵巻の内容を説明する詞書も残されていないため、作者が何を伝えようとしたのか、正確なストーリーは今も謎のままです。ちなみに本来の読み方は「ひゃっきやこう」ではなく「ひゃっきやぎょう」とされています。

現存する最古の『百鬼夜行絵巻』として知られるのが、京都の真珠庵に伝わる『真珠庵本』です。国の重要文化財にも指定されており、後の妖怪文化や百鬼夜行のイメージに大きな影響を与えました。

真珠庵, Public domain, via Wikimedia Commons.

『呪術廻戦』では人々を恐怖に陥れる"呪いの行進"として描かれた百鬼夜行。しかし『百鬼夜行絵巻』には、恐ろしくもどこか愉快な妖怪たちの行列が広がっていました。百鬼夜行のイメージは時代によって大きく異なるようです。

夏油が操る玉藻前とは―貴族を魅了した美女の最期

『呪術廻戦』の前日譚『呪術廻戦 0』で、夏油傑が切り札として呼び出した「化身・玉藻前(たまものまえ)」。十二単をまとい、不気味な白い面をつけたその姿は特別な存在感を放っていました。しかし作中では詳しい説明がないため「玉藻前とは何者なのだろう?」と思った人もいるかもしれません。

玉藻前は、日本の伝説に登場する妖狐です。美貌と知性を持つ女性に化け、多くの貴族や権力者を魅了したことから、モデルは鳥羽上皇の寵愛を受けた美福門院(藤原得子)ともいわれています。

美福門院, Public domain, via Wikimedia Commons.

こうした玉藻前のイメージは、日本美術でも数多く表現されてきました。例えば、江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』や、明治時代の浮世絵師・楊洲周延の『東錦昼夜競』では、長く美しい黒髪と華やかな十二単をまとった姫君のように描かれています。

『今昔画図続百鬼 上之巻/雨 玉藻前』(鳥山石燕), Public domain, via Wikimedia Commons.

『東錦昼夜競』(楊洲周延), Public domain, via Wikimedia Commons.

しかし、その美しさの裏には恐ろしい正体が隠されていました。玉藻前はかの有名な陰陽師・安倍晴明の弟子に正体を見破られたのちに逃亡したものの、最終的には討伐されました。

殺生石, Public domain, via Wikimedia Commons.

玉藻前の死後、その怨念は殺生石へと姿を変えます。殺生石は近づく生き物を死に至らしめる呪いの石として恐れられ、日本各地で語り継がれてきました。

夏油が操った「化身・玉藻前」には狐らしい姿こそ見られませんが、十二単をまとった女性という特徴は伝説や美術作品に描かれた玉藻前と共通しています。人々を惑わせる美しさと、死後もなお残る強い怨念。玉藻前はまさに、日本人が古くから思い描いてきた美しくも恐ろしい存在の象徴だったのかもしれません。

"最強"五条悟の祖先・菅原道真―『北野天神縁起絵巻』が描く恐怖の落雷

菅原道真といえば日本三大怨霊の1人として有名ですが、『呪術廻戦』に登場する現代最強の術師・五条悟の祖先としても名前が登場します。

生前の道真は学者や文人として優れた才能を発揮しながら、政治家としても活躍した人物です。醍醐天皇に気に入られて右大臣にまで昇進しましたが、左大臣・藤原時平らの策略によって大宰府へ左遷され、そのまま失意のうちに亡くなります。

菅原道真, Public domain, via Wikimedia Commons.

ところが道真の死後、都では異変が続きます。疫病や干ばつが発生し、皇族や貴族が相次いで亡くなりました。さらに、宮中の清涼殿に落雷があり複数の公卿が命を落とす「清涼殿落雷事件」が起こると、人々はこれらの災厄を道真の怨霊による祟りだと考えるようになります。

『北野天神縁起絵巻』清涼殿落雷事件『北野天神縁起絵巻 清涼殿落雷事件』, Public domain, via Wikimedia Commons.

こうした道真の生涯と、死後に怨霊となって都へ災厄をもたらし、やがて北野天神として祀られるまでの物語を描いたのが『北野天神縁起絵巻』です。絵巻には雷神となった道真が天空から現れ、自身を失脚へ追い込んだ時平らへ怒りを向ける場面が描かれています。荒れ狂う雷とともに現れるその姿は、まさに人々が怖れる怨霊そのものです。

現在の私たちは菅原道真を「学問の神様」として、京都の北野天満宮や福岡の太宰府天満宮などで崇めていますが、かつては都を震え上がらせる最強クラスの怨霊として畏れられていました。

太宰府天満宮, Public domain, via Wikimedia Commons.

『呪術廻戦』の五条も莫大な呪力量に加えて精密な呪力操作能力を持ち、作中でも主人公らが絶大な信頼を寄せる規格外の強さです。その祖先が道真であるというのは多くの読者が納得する設定といえます。

規格外の力を持つ者として描かれる五条悟と菅原道真。その間には、時代を超えて受け継がれる"最強"のイメージが重なって見えるのではないでしょうか。

真人はこんな人間から生まれた?『餓鬼草紙』に映る邪悪な世界

『呪術廻戦』の呪霊は人間の恨みや恐怖、後悔、恥辱といった負の感情から生まれる存在です。目には見えない感情が形を持ち、意思を持った怪物として現れます。

その中でも主人公・虎杖の宿敵である真人は「人が人を恐れ憎む感情」から生まれた特級呪霊です。無邪気で子どものように振る舞いながら、人間の命や尊厳をもてあそぶ姿は、多くの読者に強烈な印象を与えました。

実は日本美術にも人間の欲望や罪、執着が生み出した異形の存在が描かれています。その代表例が『餓鬼草紙』に登場する餓鬼たちです。仏教では、人は生前の行いによって六道―天・人・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄のいずれかへ生まれ変わるとされています。餓鬼とは、生前に欲望のまま悪事を重ねた結果、その報いとして餓鬼道へ落ちた死者の霊です。

『餓鬼草紙』, Public domain, via Wikimedia Commons.

『餓鬼草紙』に描かれているのは、やせ細った体で食べ物や水を求めてさまよう餓鬼たち。人間の暮らしのすぐそばにいながら救われることなく苦しみ続ける様子は、不気味でありながらどこか哀れでもあります。

興味深いのは、餓鬼たちの苦しみの原因が、人間の尽きることのない欲望にあるという点です。人間の負の感情から生まれた真人と、人間の欲深さの果てとして描かれた餓鬼。両者は見た目こそ異なりますが、人間の心の闘が生み出した存在という点で重なる部分があります。『餓鬼草紙』が描く世界は生々しく、人間そのものへの恐れを映し出しているのかもしれません。

【まとめ】日本美術には"呪い"の世界があった

『呪術廻戦』に登場する宿儺や百鬼夜行、玉藻前、そして怨霊として語られた菅原道真。日本美術には古くから"呪い"の世界が描かれてきたことが分かります。ただし、そこにあるのは恐怖だけではありません。

日本人は畏れの対象である"呪い"を時にユーモラスに、時に魅力的に表現してきました。そこに込められているのは人々の願いや不安、信仰、そして遊び心です。

『呪術廻戦』を入口に日本美術を見てみるとその先には、日本人が妖怪や怨霊、祟りと向き合いながら描き出してきた、奥深い"呪い"の世界が広がっています。

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纏まりあ M.Matoi

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アートの美しさや面白さを身近な視点で分かりやすく伝えます。お気に入りの絵画はミレーの『オフィーリア』。フリーランスのライターとして幅広いジャンルで執筆経験あり。趣味は観劇と洋画/海外ドラマ鑑賞。ヴァイオリンを習っています。

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