EVENT
2026.11.4
【取材レポ・角川武蔵野ミュージアム】 わたしをすくうエッセイマンガの処方箋。『あたしンち』やさくらももこ作品も
エッセイマンガが人生をすくう⁉
現在、埼玉県所沢市の角川武蔵野ミュージアムでは、企画展「わたしをすくうエッセイマンガの処方箋」が開催。会期は2026年9月18日(金)~2027年1月11日(月・祝)まで。
これまでに、なんどもエッセイマンガに救われてきたライター飯塚まりなが本展の魅力を紹介します。
エッセイマンガとは、一体何か
「すごい!……このマンガ、うちのお母さんのことが描いてある」
私がエッセイマンガに出会ったのは小学5年生の夏休み。
友達が貸してくれた漫画『あたしンち』を読み始めた瞬間、ドーンッと身体に衝撃が走ったのを覚えています。
「私が読みたかったのはコレだ」
『あたしンち』の作者は、けらえいこ。『あたしンち』は、けらの母をモデルに、東京都郊外で暮らすタチバナ家4人家族の日常が描かれ、ページをめくるたびに、「こんなに自分の家族と近いマンガがあったのか」と驚き、猛スピードで一気読み。
読み終わるころには「私もこんなエッセイマンガを描いてみたい」と思っていたのです。
その後、私自身が20代で認知症の祖母と暮らすことになり、在宅介護の葛藤をエッセイマンガにして応募していた時期がありました。
家族内の争いも、エッセイマンガで自然と笑顔になり、自分の経験が誰かの役に立つことや、作品をきっかけに交流が広がりました。
ままならない日常を許せる――これが、エッセイマンガの強みで、読んで、描いてすくわれる。これは本当です。
みなさんも、自分がすくわれた一冊を思い出してみてくださいね。
エッセイマンガの始まり
本展の導入は、さくらももこの「漫画版ひとりずもう」第33回『予感』から始まります。会場には10代から50代くらいまで、幅広い年代の観覧者が訪れていました。
さくらももこが高校生の時に「私はマンガ家で生きていけるかも」と思った当時の心情が描かれ、作品の前に立つと、さくらももこが、10代の頃の気持ちを鮮明に思い出しながら描いている姿が浮かんできたのです。
ところで、エッセイマンガとはいつの時代からあるのでしょうか。その歴史は意外にも戦前からあったのです。
マンガそのものは、現在のようなコマ割ではなく、新聞や雑誌など報道メディアによって発展し、今日の形に定着しました。報道性のある文章と、娯楽性のあるイラストが合わさったものが、エッセイマンガの源流になったのです。
戦時中、出征してフィリピンに派遣されたマンガ家横井福次郎の作品が印象的でした。戦後は雑誌にコラムを掲載しています。
そこで、面白かったのがコラムに使用されたカット絵。フィリピンの家族に、振る舞われたマンゴーを描いたイラストがありました。
そこには、人の家に入り込んでいるにもかかわらず、少し偉そうに前のめりで、マンゴーを待っている横井の姿が描かれ、その様子から、当時の日本兵と現地の人々との関係性が浮かび上がってきました。
横井のイラストには、マンゴーをサイコロ状や四つ切りにする様子が描かれ、当時、まだマンゴーになじみの薄い日本人たちに向けて、その美味しさを表現しています。
しかし、コラムの締めには、自身のいる隊に移動命令が出たものの、現地の人々には知らせずに立ち去るよう命じられたことなど、戦争を色濃く感じさせる記述もありました。
ユーモラスな表現が重々しさを和らげながらも、その背景には戦争という現実があったことを心に置きながら、次の原画へ......。
戦後には男女とも10代で活躍する漫画家が続々と登場し、少女マンガの人気が高まっていきました。
70年代からは、作者の個人的な近況や旅行記がおまけ的にイラストで掲載されるようになりました。作者と同世代の読者にしてみると、憧れの同級生から届く手紙のように感じられたのかもしれません。80年代にはさらにエッセイマンガの時代が進みました。
「描き込まなくてもいい」エッセイマンガ
1980年代以降、エッセイマンガは独自のジャンルへと発展します。本展では、女性を中心とした育児やファッションなどをテーマに描いた作品が多く並んでいました。
冒頭で書いた、けらえいこや青沼貴子らも、自身の生活や体験を題材に取り上げ、自身の価値観を描くエッセイマンガを発表していました。
さらに大きな変化をもたらしたのが、1990年代以降のメディアファクトリー(現・KADOKAWA)です。
バブル期崩壊後の2000年代前半、エッセイマンガは明るさや勢いのあるマンガとは異なり、柔らかくほのぼのしたタッチに変化をしていきました。
イラストレーターのたかぎなおこは、自身の低い身長をテーマに、一人暮らしの日常を描いたエッセイマンガを発表。これまで物語になりにくかった個人の小さな視点を、日記帳のように読ませる作品が注目を集めました。
たかぎなおこの原画では修正液の跡が残り、あとから描き直しした細かい箇所が見られ、描き直した時の緊張感を想像しました。
この頃から、一般公募からエッセイマンガ家としてデビューできるチャンスが、プロではない人にも広がっていきました。
仕事、恋、人間関係、生活のなかで起きるさまざまな出来事を、作者自身の視点から素直に描き、そんな読者に寄り添う「共感型」の作品が人気を集めるようになったのです。
本展では、作者のデビュー順に紹介され、時代の変化により絵のタッチが変わっていく様子が見られます。たとえフィクションであっても、エッセイマンガの形式で描く作者も多くいます。
「単純化された描線、点のような目、シンプルなコマ割りとレイアウト」といった表現が受け入れられました。
「漫画としてうまく描けるか」よりも、「作者が何を描きたいのか」が重要視されていたのでした。
原画が残るのはアナログだけ⁉
本展も終わりに近付くと、SNS時代の襲来とともに、作品がデジタルのみになりました。
かつてのマンガ原稿用紙に線を引き、下書きをして、ペン入れをし、消しゴムをかけ、色を塗る――デジタル作品では見られない形跡。私たちは「完璧なものばかり見たいのではない」ということを、本展で改めて知りました。
正直、作品そのものはたしかに消しゴムの跡も修正液も鉛筆線もないほうがきれいです。でも、その「不要」に感じるものが必要なのが原画でした。
しかし、デジタルに移行しても全てが楽になったわけではありません。便利なツールが増えたところで、何度も描き直すことには変わりないのです。
原画がないということは、「完成品」しか残らないため、その苦労が伝わりにくいのが少し残念に感じました。
今後はますます原画が貴重な物になると思うと、見られるときにしっかり見ておきたいものです。
いまの社会を知るエッセイマンガ
現代は物語のテーマもさらに多様になりました。不倫、性、虐待、病気など、以前よりも重いテーマを扱う作品が増えています。
「ここまで描かなければ読まれないのか」
個人的には、特定読者に向けてピンポイントに絞った作品にしんどさを感じていたのです。
そんななか、矢部太郎の『大家さんと僕』は、シンプルで余白のある構成です。大家さんとの会話から、昔の東京や戦争、孤独や死といった重いテーマを淡々と語っていく作品です。
読み終えるとほっこりした気持ちになります。「こういうエッセイマンガがまだあったのか」と、安心させられた作品でした。
私の好きな作者が一堂に集まった本展。懐かしさや嬉しさ、切なさを感じる瞬間がたくさんありました。原画の価値に熱い思いを持つ私も、すでにネットでエッセイマンガを読む大人になってしまいました。
エッセイマンガはただの個人の日常記録では終わりません。特にいまは、社会が混沌とした時代であることを実感します。普段、新聞やニュースに疎くても、エッセイマンガを読めばわかることがあるのです。
本展を見終えるころには、新たに読みたいエッセイマンガを探したくなるかもしれません。
はたまた、自分のことも描いてみたい人もいるでしょう。
そんなことを思わせてくれる貴重な時間でした。
展覧会情報
会場:角川武蔵野ミュージアム4階 エディットアンドアートギャラリー
会期:2026年9月18日(金)~2027年1月11日(月・祝)
休館日:毎週火曜日、12月31日(木)、2027年1月1日(金)
※ただし9月22日(火・祝)、11月3日(火・祝)、12月29日(火)は開館
開館時間:10:00~18:00(最終入館は17:30まで)
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このライターの書いた記事

アートライター・イラストレーター
高校・大学で美術を学び、現在はライターとして新聞社やWebメディアで、アートと社会のつながりについて取材を行う。
また、福祉の仕事にも携わっていることから、障害のある方のアート活動や創作の現場を取材する機会が多く、「表現と向き合う」をテーマに執筆。趣味はラジオのお悩み相談を聞くこと。
アートライター・イラストレーター
高校・大学で美術を学び、現在はライターとして新聞社やWebメディアで、アートと社会のつながりについて取材を行う。
また、福祉の仕事にも携わっていることから、障害のある方のアート活動や創作の現場を取材する機会が多く、「表現と向き合う」をテーマに執筆。趣味はラジオのお悩み相談を聞くこと。












