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2022.1.28
実は聖母マリアは巨大!?ミケランジェロの『ピエタ』の豆知識3つ
ミケランジェロは、ルネッサンスを代表する芸術家の1人です。
代表作の中にはシスティーナ礼拝堂の『創世記』『最後の審判』などの絵画も挙げられますが、彼は自身を「彫刻家」であると主張しつづけていました。
89歳まで生きたミケランジェロは、長い人生の中でたくさんの作品を残しました。
そんなミケランジェロが20代で制作した『ピエタ』について、豆知識を3つ紹介します。
目次
『サン・ピエトロのピエタ』 Michelangelo, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
『ピエタ』の豆知識3つ
①『ピエタ』はミケランジェロ唯一のサイン入り作品!?
Nux, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
『ピエタ』とは、磔刑にかけられたイエスの亡骸を聖母マリアが抱えて嘆き悲しむシーンを扱った主題です。
現在は、ヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂の中に展示されています。
これは中世にも多く用いられた主題ですが、ミケランジェロの『ピエタ』はいろんな点においてこれまでの伝統を覆すものでした。
ミケランジェロがこの作品を作った当時、まだ彼は無名に近く年齢も若かったため、他の人の作品ではないかという噂が立ちました。
ミケランジェロはこの噂に腹を立て、怒り任せに聖母マリアの洋服に帯のように自分のサインを彫ったと言われています。
この行為を後から後悔したミケランジェロは、これ以降彫刻作品にはサインを入れないことを誓ったそうです。
そのため、この作品は彼の長いキャリアの中で、唯一のサイン入りの作品となりました。
②聖母マリアの下半身はゴリマッチョ?
Michelangelo, CC0, via Wikimedia Commons
中世に制作されたこれまでのピエタ像と比較すると、ミケランジェロの『ピエタ』にはいくつか革新的なポイントがあります。
1つ目は、聖母マリアが非常に若く、美しく描かれている点です。
イエスは33歳で亡くなったとされているため、その年齢の息子を持つ母親ということになります。
伝統的にこれまでも聖母が美しく描かれることはありましたが、ミケランジェロの作品については比にならないほどの若さを備えていますよね。
これは、ミケランジェロが聖母マリアの不滅性・処女性を表現するためにあえてこのような表現をしたと考えられています。
2つ目のポイントは、聖母マリアの体型にあります
パッと作品を見ただけでは違和感がありませんが、聖母マリアが立ちあがった姿を想像してみてください。
めちゃくちゃ背が高い女性だと思いませんか?
そもそも、成人男性を膝にのせて支えるというのは、現実的に考えてかなりの重労働のはずです。
ミケランジェロは、聖母マリアが息子の死を悼むシーンに神聖さを加えるため、マリアはイエスの身体を軽々と支えている構図を選びました。
そして、本来はゴリゴリのマッチョであるはずの彼女の下半身を、ベールで覆うことで違和感がないように表現したのです。
③ミケランジェロ晩年の『ピエタ』は全然違う構図だった!
ミケランジェロは、人生の中で複数の『ピエタ』像を制作しましたが、完成に至ったのは上の『サン・ピエトロのピエタ』のみです。
この作品はルネッサンス期の最高傑作の1つとも言われています。
興味深いのは、他の3作品が『サン・ピエトロのピエタ』とは、大きく異なる性質を兼ね備えているという点です。
比較として最も顕著なのが、彼の生前最後の作品でもある『ロンダニーニのピエタ』との違いです。
『ロンダニーニのピエタ』 Ugodiamante, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
『サン・ピエトロのピエタ』がミケランジェロ25歳の時に完成した作品であるのに対し、『ロンダニーニのピエタ』は84歳の時に制作を始めています。
つまり、この2つの作品の間には約60年の隔たりがあることになります。
長い人生の中でミケランジェロは、芸術様式の変遷や、宗教改革によるカトリック教会の揺らぎなどを経験しました。
ルネッサンス全盛期を築いたミケランジェロは、その後、マニエリスムと呼ばれる芸術の流れに巻き込まれていきます。
完璧主義的な写実表現から離れ、作品の中に隠されたメッセージを楽しむマニエリスムでは、あえてゆがんだ表現を用いることが好まれました。
晩年に向かってミケランジェロはより敬虔なクリスチャンになっていったと考えられています。
『ロンダニーニのピエタ』は息子を亡くして悲しむ聖母マリアがイエスを抱えているようにも、反対にイエスがマリアを背負っているようにも解釈できる構図です。
ミケランジェロの芸術観、宗教観が人生の中で変化していったことが、この2つの『ピエタ』の比較からわかりますね。
まとめ:ミケランジェロの『ピエタ』は奥が深い!
『サン・ピエトロのピエタ』はミケランジェロの作品の中でも最も有名なものの1つです。
ここまでクオリティの高い作品を25歳という若さで完成させたのは、ミケランジェロのずば抜けた才能を表しています。
作品全体を自然にまとめるために聖母マリアの下半身を隠したり、若々しく美しく表現したりしているのに、正面の目立つ場所にサインを入れてしまうという彼の人間性も興味深いですね。
ミケランジェロの芸術家人生の始まりともいえる作品を見る際は、ぜひ彼の特異なパーソナリティについても思いを馳せてみてください。

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イタリア・ローマ在住美術ライター。2024年にローマ第二大学で美術史の修士を取得し、2026年からは2つめの修士・文化遺産法学に挑戦。専攻は中世キリスト教美術。イタリアの前はスペインに住んでいました。趣味は旅行で、訪れた国は45カ国以上。世界中の行く先々で美術館や宗教建築を巡っています。
イタリア・ローマ在住美術ライター。2024年にローマ第二大学で美術史の修士を取得し、2026年からは2つめの修士・文化遺産法学に挑戦。専攻は中世キリスト教美術。イタリアの前はスペインに住んでいました。趣味は旅行で、訪れた国は45カ国以上。世界中の行く先々で美術館や宗教建築を巡っています。
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