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2026.7.3

日本にもフェルメールの絵画があるって本当?偽物と疑われた《聖プラクセディス》

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柔らかな光と静かな暮らしを描いた、オランダの画家フェルメール。世界に30点強しか作品が残っておらず、「フェルメール展」が開かれるとなれば毎回大きな話題になります。

私たちが彼の作品を見るには、フェルメール展の開催を待つか、自ら海外に赴くかの2択しかありません。……と思いきや、実は東京でフェルメールの絵画が見られるんです!

ヨハネス・フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》, Public domain, via Wikimedia Commons.

その場所とは、東京・上野にある国立西洋美術館。所蔵品を中心に展示する「常設展」では、フェルメール作とされる絵画《聖プラクセディス》がほとんどいつでも見られます。

しかし、《聖プラクセディス》には長年"ある疑惑"がつきまとってきました。それが、「本当にフェルメールが描いたのか?」というニセモノ疑惑。もしも偽物だったら、「日本でフェルメールが見られる! やったー!」と喜んでいる場合ではありません。

《聖プラクセディス》は本物か、偽物か? 絵画をめぐるミステリーを深掘りしていきましょう。

《聖プラクセディス》ってどんな絵画?

ヨハネス・フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.

《聖プラクセディス》を見たとき、「フェルメールっぽくなくない?」と感じた方もいるのでは。確かに、フェルメールの代表作《真珠の耳飾りの少女》や《牛乳を注ぐ女》とは作風が異なり、別人が描いたと聞いても驚かないかもしれません。

これこそが《聖プラクセディス》の特徴で、フェルメールには珍しい「宗教画」なんです。赤い衣服を着た女性は、カトリックの聖女プラクセディス。十字架を握りしめながら、壺に赤い液体を注いでいます。

ヨハネス・フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.

この液体は、処刑されたキリスト教信者たちの血です。というと怖く感じられますが、流れた血をスポンジで集めて壺に保存する彼女の行為は、殉教者への敬意を表しています。

フェルメールは風俗画で特に有名ですが、画家になりたての頃は宗教画に取り組んでいました。本作がフェルメール作なら、キャリアの最初期に描いたものと考えられます。

本当にフェルメールが描いたのか?作者をめぐる疑惑とは

ここで、もう1枚の別の絵画を見てみましょう。これまで見てきた《聖プラクセディス》との違いはわかりますか?

フェリーチェ・フィチェレッリ《聖プラクセディス》, Public domain, via Wikimedia Commons.

本作は、フェリーチェ・フィチェレッリというイタリアの画家による絵画です。フェルメール作とされる作品とそっくりで、違いは十字架を手に持っているかどうか、くらいしか見当たりません。

実は、国立西洋美術館にある《聖プラクセディス》は、フェルメールではなくフィチェレッリの作品だ、と考えられていました。

ですが、絵画をよく見るとフェルメールがよく使っていた「Meer」を含むサインがあるとのこと。「フェルメールがフィチェレッリにならった」と解釈する研究者がおり、「フェルメールがフィチェレッリの絵画を模写したのでは!?」という説が急浮上したのです。1969年のことでした。

フェルメールとフィチェレッリの関係はいかに?

フェリーチェ・フィチェレッリ《アルミーダの庭のカルロとウバルド》, Public domain, via Wikimedia Commons.

活躍した時期はフェルメールのほうが遅いため、フェルメールがフィチェレッリの作品を模写した説は、時系列的には筋が通っているように思えます。

ただし、フィチェレッリはイタリア、フェルメールはオランダが活動拠点。《聖プラクセディス》を描いたのがフェルメールだとすると、どうやってフィチェレッリによる元のバージョンを知ることができたのでしょうか?

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》, Public domain, via Wikimedia Commons.

インターネットなどなく、手紙のやり取りにも数ヶ月を要した時代のことです。正確に模写するためには原作を深く知る機会が必要ですが、フェルメールにそんなチャンスがあったのでしょうか。

フェルメールは、オランダのデルフトからほぼ一生出なかった画家。また、フィチェレッリ版がイタリア国外に持ち出された可能性も低いと考えられています。フィチェレッリの絵画とフェルメールは、出会えるはずがなかったのです。

というわけで、《聖プラクセディス》をフェルメールの作品とするのは無理そう……ですが、事態はここから急展開を迎えます。

やっぱり本物!?科学が明らかにした絵画の出自

アムステルダム国立美術館(Mustang Joe • CC0), Public domain, via Wikimedia Commons.

2014年、疑惑の《聖プラクセディス》がクリスティーズのオークションに出品。事前に行われたオランダのアムステルダム国立美術館による科学調査の結果は……なんと、「フェルメールが描いた可能性」を示唆するものでした。

主な根拠は2つ。1つめは、《聖プラクセディス》に使われた白の顔料が、17世紀オランダのものであることです。イタリアで使われたものではないため、フィチェレッリ説よりもフェルメール説が濃厚となりました。

ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》, Public domain, via Wikimedia Commons.

2つめは、《聖プラクセディス》に使われたものと同じ顔料が、フェルメールの絵画《ディアナとニンフたち》にも含まれていること。《ディアナとニンフたち》は初期のフェルメールが神話を主題に描いた絵で、宗教画の《聖プラクセディス》と同時期に描いていたと考えてもおかしくはありません。

こうした科学的な根拠から、《聖プラクセディス》はフェルメールが描いたのでは? とする主張に勢いがつきました。

結論、《聖プラクセディス》はフェルメールの作品か?

長年にわたり物議を醸してきた《聖プラクセディス》ですが、近年は「フェルメール作」とする流れに傾いてきたように感じます。

というのも2023年、アムステルダム国立美術館で大規模なフェルメール展が開催されました。《聖プラクセディス》も海を渡って本展でも展示され、そのときは作者を「フェルメール」として紹介しています。

ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》, Public domain, via Wikimedia Commons.

アムステルダム国立美術館は、前述のとおり《聖プラクセディス》の調査に当たった美術館です。《牛乳を注ぐ女》などフェルメールの代表作を所蔵する同館は、フェルメール専門家のなかの専門家。発言力・影響力のある美術館が「フェルメールの作品だ」としたことで、この見解が有力となってきたように思います。

ただし、本作をめぐってはさまざまな論争があり、完全に収束したわけではありません。フェルメール自身に謎が多いこともあり、解明は難しいのではないでしょうか。

上野の国立西洋美術館では、複数の説があることを踏まえ、「フェルメール(に帰属)」と画家名の断言を避けています。

《聖プラクセディス》実物を国立西洋美術館で見てみよう!

ヨハネス・フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》, Public domain, via Wikimedia Commons.

まだ議論の余地はありますが、フェルメール作の可能性が濃厚な《聖プラクセディス》。日本にある唯一のフェルメール作品と言えますし、ぜひ東京・上野の国立西洋美術館へ見に行ってみてはいかがでしょうか?

なお、本物・偽物という言い方は良くないと思いますが、ひとまずの伝わりやすさを優先して使わせていただきました。悪意ある贋作ではありませんし、誰が描いたにせよ、《聖プラクセディス》は「本物」の美術品です。

また、本作は国立美術館に展示されていますが、所蔵するのは一般企業の「株式会社くふうカンパニー」です。同社より寄託を受け、国立西洋美術館の常設展にて展示されています。

国立西洋美術館(663highland • CC BY-SA 4.0), Public domain, via Wikimedia Commons.

展覧会の入場料も値上がりが激しいこの頃ですが、常設展は一般500円、大学生250円と手頃な価格。高校生以下や65歳以上など各種条件に当てはまる方は無料です。

国立西洋美術館では《聖プラクセディス》だけでなく、モネやピカソなど西洋美術の巨匠の作品が多数見られます。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

主な参考サイト

聖プラクセディス|国立西洋美術館
SAINT PRAXEDIS BY JOHANNES VERMEER|Christie's
Christie's will auction Vermeer's Saint Praxedis. Attribution to Vermeer has been strengthened by research at the Rijksmuseum|CODART


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明菜

明菜

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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。

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