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LIFE

2026.3.27

スカラベ(虫)は古代エジプトの神様だった?映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』を通して

古代エジプトを舞台にした作品は数多くあります。その中でも冒険とロマン、そして恐怖を絶妙なバランスで描いた傑作といえば、1999年公開の映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』ではないでしょうか。

この映画で強烈なインパクトを残すのが「スカラベ」です。劇中では人間を襲う恐ろしい存在として描かれていた一方、実際の古代エジプトでは「神聖な存在」として崇められていました。

そこで今回は、『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』にも触れながら、古代エジプト人がスカラベに込めた願いと、美術品としての魅力について深掘りしていきます。

※映画のネタバレを含みます。
※虫に関する表現があります。

映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999)

参照:映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』

《フネフェルのパピルス》(紀元前1275年ごろ)《フネフェルのパピルス》(紀元前1275年ごろ)/大英博物館, 審判の場面, Public domain, via Wikimedia Commons.

スティーブン・ソマーズ監督による本作は、「ホラー映画の始祖」と称される『ミイラ再生』(1932年)を大胆にリメイクしたアクション・アドベンチャーです。

舞台は1923年。伝説の都「ハムナプトラ(死者の都)」に眠る財宝を求め、元フランス外人部隊の荒くれ者リック・オコーネルと、聡明だけど少しドジな図書館員エヴリン、彼女の兄ジョナサンが砂漠への冒険に旅立ちます。

物語の核心になるのが、3000年の時を超えて蘇った大神官イムホテップです。彼はかつてファラオ(セティ1世)の愛人アナクスナムンと恋に落ち、王を殺害したことで、大罪人として極刑を課されました。これが映画史上屈指のトラウマシーンとして語り継がれる「ホムダイ」です。

生きたままミイラにされ、肉食の「スカラベ」とともに石棺に閉じ込められ、食い尽くされるという想像を絶する拷問。古代エジプト人は、死後の復活を信じてミイラを作りましたが、ホムダイでは死ぬことさえ許されず、永遠に棺の中で苦しみ続けるよう、呪術的な設計がなされていたのです。

映画には心をくすぐるアイテムも多数登場します。イムホテップを蘇らせてしまう「死者の書」。彼を冥界へ送り返す、黄金の「アメン・ラーの書」。リックが戦闘能力を、エヴリンがエジプト史の知識を活かし、次々と襲いかかる危機を突破していく様子は、アクション映画として楽しめるだけでなく、考古学への憧れも強く刺激してくれることでしょう。

スカラベとは?古代エジプトにおける意味

アンハイの『死者の書』アンハイの『死者の書』, リチャード・H・ウィルキンソン著『The Complete Gods and Goddesses of Ancient Egypt』より(制作:紀元前1050年ごろ、書籍出版:2003年), Public domain, via Wikimedia Commons.

作中で、スカラベは群れをなして人間に襲いかかる「肉食の甲虫」として描かれました。地面が波打ち、無数の黒い影が迫りくるシーンが記憶に焼き付いている方は少なくないと思います。でも、現実のスカラベは、人を襲うことのない穏やかな昆虫です。

スカラベの正体は、甲虫類コガネムシ科タマオシコガネ属に該当する、いわゆるフンコロガシです。単独の種名ではなく、いくつもの種があり、古代エジプト人が崇拝していたのは「ヒジリタマオシコガネ」だとされています。彼らは動物の排泄物を丸めてボール状にし、後ろ足で器用に転がして巣穴へ運びます。また、その中でメスは卵を産み、孵化した幼虫は糞塊を食べて成長するそうです。

古代エジプト人は、フンコロガシが球体を転がす姿を見て、「東から西へと太陽を運ぶ神の姿」に重ね合わせ、「太陽神ラー」の別の姿である「太陽神ケプリ」と同一視しました。そして太陽神ケプリが、スカラベの顔を持つ人間の姿、あるいはスカラベそのものの姿で描かれ、「日の出」を司る神として崇拝されていきます。

古代エジプトの信仰の中心は太陽信仰であり、数多くの太陽神が存在しましたが、ラーはその代表でした。日の出のとき、「天空の女神ヌト」の腿の間から出て、フンコロガシの姿をしたケプリとして東に現れます。日中はハヤブサの姿、あるいは太陽の船に乗って空を移動し、夜は雄羊の姿で夜の船に乗り、死の世界を旅すると考えられていました。

映画で描かれた「死と恐怖の象徴」とは真逆で、古代エジプトにおけるスカラベは「再生と復活の象徴」だったのです。

スカラベのモチーフはどう用いられた?

《アメンエムハト3世の名を持つサトハトホルイウネトのスカラベ》《アメンエムハト3世の名を持つサトハトホルイウネトのスカラベ》(紀元前1887年~紀元前1813年)/メトロポリタン美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

古代エジプト文明において、スカラベのモチーフは、護符(神の名前や呪文を記した小型の装身具)や指輪、印章などとして普及しました。王室の功績を宣伝する政治的・外交的目的で制作されたり、葬送儀式でも重要な役割を果たす存在だったようです。

例えばアメンホテプ3世(紀元前1388年〜紀元前1351年ごろ)の時代、最初の12年間の業績を記した5大記念スカラベがあります(「ライオン狩りスカラベ」「結婚スカラベ」「野牛狩りスカラベ」「キルヘパのスカラベ」「湖造営スカラベ」)。その内容から、国の情勢が安定しており遠征が少なかったこと、経済も潤っていたことが伺えます。

ほかにも有名なのが《アメンエムハト3世の名を持つサトハトホルイウネトのスカラベ》です。 「サトハトホルイウネト(シトハトホルユネト)」とは、古代エジプト第12王朝の4代ファラオ・センウセレト2世の娘で、アメンエムハト3世の叔母にあたります。

まずスカラベの裏面に、当時のファラオであるアメンエムハト3世の名前が刻まれており、アメンエムハト3世とサトハトホルイウネトが密接な関係で、これは王からの贈り物だった可能性が考えられます。

使用されているラピスラズリは、スカラベなどの護符や装飾品によく用いられた素材です。古代エジプトでラピスラズリはとても高く評価され、ファラオや王族、神官などの祭司階級しか身に付けられない時代もありました。歴代のファラオに尊ばれ、黄金に匹敵するほどの価値をつけられたこともあったとか。

ちなみに、葬送儀式に用いられるスカラベは「ハートスカラベ」と呼ばれます。ミイラの胸の上に置かれる大きめのスカラベで、裏面には『死者の書』第30章Bの呪文が刻まれていました。

《ハートスカラベ(所有者名は消去済み)》《ハートスカラベ(所有者名は消去済み)》(紀元前664年〜紀元前380年)/メトロポリタン美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

古代エジプトの死生観では、死者は冥界(ドゥアト)を通過するため、神々による審判を受けなければなりません。天秤の片方に死者の心臓、もう片方に宇宙の真理である「マアト」の羽を乗せ、生前のおこないを確認する儀式がありました。もし罪を犯していれば心臓が重くなって釣り合わず、怪物アメミットに心臓を食べられ、魂が消滅してしまいます。

そこで、心臓が偽りの証言をしないよう、あるいは必要に応じて心臓の代わりを務めるよう、スカラベに呪文を刻んで封じたのです。スカラベには、来世での復活に対する切実な祈りも託されていました。

スカラベが教えてくれる古代エジプトの死生観

映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』では、観客を震え上がらせる恐怖の演出だったスカラベ。しかし古代エジプト史を紐解くと、太陽の運行を支え、死者の魂を来世へと導く、頼もしくて美しい守り神だったことがわかります。

次に映画を見返すとき、あるいは博物館でスカラベの形をした美術品を目にした際は、その小さな背中に込められた願いを、ぜひ思い出してみてください。

参考

・スティーブン・ソマーズ 監督『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999年)
・近藤二郎 著(2020)『神秘と謎に満ちた古代文明のすべて 古代エジプト解剖図鑑』エクスナレッジ
・スカラベ - Wikipedia
・ヒジリタマオシコガネ - Wikipedia
・Scarab (artifact) - Wikipedia
・エジプト第12王朝の家系図
・Lapis lazuli - Wikipedia
・ラピスラズリ - Wikipedia
・Heart scarab - Wikipedia

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神谷小夜子

神谷小夜子

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ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。

ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。

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