LIFE
2026.2.11
パピルスが古代エジプトを動かしていた?映画『アンノウン: ピラミッドが語る古王国の記憶』
ピラミッドやファラオなど、古代エジプト文明と聞いて思い浮かべるイメージ。とはいえ博物館のガラスケース越しに見ているものは、結果のほんの一部に過ぎません。その裏側には、灼熱の太陽の下、長い歳月をかけて発掘を続ける、人々のドラマがあります。
今回は、Netflixドキュメンタリー映画『アンノウン: ピラミッドが語る古王国の記憶』を出発点に、古代エジプトで使用された記憶媒体「パピルス」と、有名な「死者の書」である《フネフェルのパピルス》について掘り下げてみましょう。
※映画のネタバレを含みます。
映画『アンノウン: ピラミッドが語る古王国の記憶』(2023)
エジプト、サッカラ。カイロから南へ約30キロメートルに位置する地帯です。そこでは、エジプト考古学のザヒ・ハワス博士とモスタファ・ワジリ博士が、「自らの手でエジプト学を変える」という想いを胸に、チームを率いて発掘作業に挑んでいます。
彼らが探すのは「第3王朝最後のファラオ」(統治期間:紀元前2637年〜紀元前2613年)と言われているフニ王のピラミッドです。文献上の情報は少ないものの、彼より以前の王は、ほぼ全員がピラミッドを建造しているため、「フニ王のものも必ずある」と博士たちは考えました。
花崗岩製のフニの頭像(紀元前2650〜紀元前2600年ごろ)/ブルックリン美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
盗掘されていない墓の発見も重要です。古代から現代に至るまで、エジプトの遺跡は常に「墓荒らし」との戦いでした。金銀財宝や調度品が手つかずで残っている墓を見つけるのは困難ですが、博士は考古学的知見を頼りに、あるエリアに狙いを定めます。
本作の見どころを、わたしは発掘現場の「生々しさ」にあると感じました。華やかな発見のニュースの裏に、数え切れないほどの空振りがある。作業員たちが汗と埃にまみれながら、地道な作業を続ける。そして暗く狭い地下通路の先で、待望の瞬間を迎えたとき、現場は喜びにあふれた一体感に包まれるのです。
現実には脚本がありません。このプロジェクトには考古学者としてのキャリアがかかっています。「何も発見できないかもしれない」というプレッシャーの中、それでも経験や仲間を信じ、決して諦めない姿から、知的好奇心の底力が伝わってくるようでした。
パピルスとは?古代エジプト文明を支えた記録媒体
ドキュメンタリー中、発掘チームは完全な状態の「パピルス」を発見します。現在の「ペーパー」の語源でもありますが、製法や性質は、現代人が普段使っているパルプ紙と大きく異なります。
原料になるのが、ナイル川の湿地帯に群生するカミガヤツリ(パピルス草)です。茎を切り出し、外皮を剥いて薄くスライスします。茎の柔らかい部分は食用となり、生または調理して食べられたそうです。この薄片を格子状に重ね合わせた後、プレスして乾燥させ、表面を滑らかに磨くことで、1枚のパピルスが完成します。
カミガヤツリ, Public domain, via Wikimedia Commons.
「接着剤は使わないの?」と疑問に感じたかもしれません。実は、細菌の繁殖によって植物組織が粘着質に変化し、乾燥と接着を同時に実現できたといわれています。ただし折り曲げには弱かったため、アラビアゴムでパピルスを何枚もつなぎ合わせ、巻物として使用しました。
ファラオ時代、パピルスは亜麻織物に次ぐ主要輸出品で、物々交換の手段として用いられました。しかし、パピルスの製造は手作業で時間がかかり、高価だったため、政府用のパピルスを確保する目的で専売制も導入されていたそうです。
プトレマイオス朝時代(紀元前305年〜紀元前30年)には、エジプトの輸出品として各地に広まりました。しかし中国から紙の製法が伝来すると、徐々に伝統的なパピルスは生産されなくなります。20世紀後半からは土産物として製造されており、エジプト土産の定番という地位を確立しているようです。
本作で博士たちが発見したのは、全長16メートルにも及ぶ、完全な巻物状のパピルス(通称「ワジリ・パピルス」)でした。サッカラ墓地で発見されたヒエラティック文字(神官文字)のパピルスとしては、最大かつ最も完全なものと考えられており、現在はエジプト博物館に収蔵されています。
《フネフェルのパピルス》に見る「死者の書」
パピルスといえば「死者の書」が知られています。歴史の授業で学んだ記憶があるかもしれませんね。これは古代エジプト文明の新王国時代(紀元前1550〜1070年ごろ)以降、ミイラとともに埋葬された葬礼文書です。エジプト神話の死生観を踏まえ、死者が冥界(ドゥアト)を無事に通過し、来世で復活できるよう、約200章にわたる呪文が記されました。
たとえば《フネフェルのパピルス》は、フネフェル(紀元前1310年ごろ)という書記官が亡くなり、その墓に収められた死者の書です。第19王朝のファラオ・セティ1世に仕えた執事だったこと、《フネフェルのパピルス》が芸術的に優れていることから、フネフェルは高い地位にあったと考えられています。
《フネフェルのパピルス》(紀元前1275年ごろ)/大英博物館, 審判の場面, Public domain, via Wikimedia Commons.
「審判の場面」を見てみましょう。左端にいるのが死者本人(フネフェル)です。隣のアヌビス神は死者を守護し、「2つの真理の広間」へ導きます。山犬の頭を持つ人間の姿をしていますが、これは古代エジプトにおいて、墓に住みついた山犬が死者を守っているように見えたからだといわれています。ミイラづくりの神としても崇拝されました。
パピルスの上部にいるのが、ヘリオポリス9柱神や陪審の42柱の神々です。死者は神々に対し、自分が生前に罪を犯さなかったことを宣言(否定告白)しました。ここでの道徳規範がどれくらいの強制力を伴っていたのか、エジプト学者の間では今でも見解が分かれているようです。
中央左に目を移すと、死者の心臓の重さを量る様子が描かれています。死者の心臓が、宇宙の摂理である「マアト」の羽と釣り合うか計測します。天秤が釣り合わないと、そばで待ち構えている怪物アメミットに心臓を食べられてしまい、死者として再生できません。
その結果は隣のトト神によって記録されます。もともと月の満ち欠けを記録する神でしたが、文字や数字を発明したとされ、あらゆる種類の学者の守護神になりました。死者の心臓の計量も含め、あらゆる種類の記録に責任を負う存在です。
計量に合格したフネフェルは、ハヤブサの頭を持つホルス神によって、玉座に座っているオシリス神に紹介されます。かつて豊穣を司る神でしたが、オシリス神話の誕生で冥界の王となった結果、再生の神、不死の象徴と考えられるようになりました。王権の象徴である杖と竿を持ち、ミイラ姿で描かれています。
その後ろには、妹であり妻のイシス女神と、その妹ネフティス女神が控えています。イシス女神は神々の中でも特に強い呪力を持っていたため、オシリス神が弟セト神に殺されたときは「生命の儀式」という呪文で甦らせました。家庭生活の女神であり、オシリス神話では理想的な妻・母の象徴となっています。
パピルスが古代エジプトを動かしていた?
行政文書から葬送文書まで、あらゆる物事を記録・伝達したパピルスは、古代エジプト文明の発展に不可欠だったことでしょう。映画『アンノウン: ピラミッドが語る古王国の記憶』で、「ワジリ・パピルス」が発見された瞬間、そうした古代の記憶が現代に蘇ったと感じました。約2500年の時を超えた歴史的ロマンを、ぜひ本作で味わってみてください。
参考
・マックス・ソロモン 監督『アンノウン: ピラミッドが語る古王国の記憶』(2023年)
・大沢忍 著(1978)『パピルスの秘密 復元の研究』みすず書房
・近藤二郎 著(2020)『神秘と謎に満ちた古代文明のすべて 古代エジプト解剖図鑑』エクスナレッジ
・原啓志 著(1992)『紙のおはなし』日本規格協会
・Dr. Ragab's PAPYRUS INSTITUTE
・Mostafa Waziri - Wikipedia
・Papyrus of Hunefer
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ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。
