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STUDY

2024.10.21

フランシス・ベーコン 深淵を覗き込む画家、その晩年の軌跡(後編)

20世紀を代表する画家、フランシス・ベーコン。その生々しい人体表現と、心理的な深淵を覗き込むような独特の画風は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

前編では、彼の生誕から1950年代までの激動の生涯と、独自の芸術世界が確立されていく過程を追いました。

後編となる今回は、1960年代以降のベーコンの晩年へと焦点を当て、彼の芸術がどのように深化していったのかを紐解いていきます。晩年のベーコンは、一層内省的な世界へと深く入り込み、新たな表現に挑戦しました。

日本でベーコンの作品を鑑賞できる美術館、ベーコンを深く理解するための参考書籍のご紹介しますので、楽しんでください!

Francis Bacon artist, Public domain, via Wikimedia Commons.

関連記事:【前編】画家フランシス・ベーコン 激動の生涯と独創的な表現世界

変化と深化:1960年代のフランシス・ベーコンの活動と代表作

フランシス・ベーコン、スタジオ・パー・アン・パパ II、1961 年, Francis Bacon, Studio per un papa II, 1961 -FG, Public domain, via Wikimedia Commons.

恋人であったピーター・レイシーとの関係が悪化し、1950年代後半から活動を見直すようになったフランシス・ベーコンは、ロンドンの自宅兼アトリエで多くの作品を制作しました。

1962年、ベーコンは初めての大規模なトリプティク「磔刑のための3つの研究」を制作します。この作品が完成した直後には、大規模な回顧展がロンドンのテート・ギャラリーで開催されました。

これにより、彼の名声はさらに広がり、ベーコンは世界中の美術愛好家から注目を集めます。そして、この回顧展以降、再びキリストが磔刑にされた場面を描いた絵をたくさん描くようになりました。

1963年、恋人ピーター・レイシーは死亡しますが、同年ジョージ・ダイアーという新しいパートナーが登場します。以降、ベーコンはダイアーをモデルにした作品を多く描くようになりました。

写真とのコラボレーションも積極的に行い、写真から得たイメージをコラージュしたり、変形させたりすることで、より個人的で内省的な作品世界を構築しています。

アトリエでは大規模な作品を多数制作し、発表しています。1964年の「部屋の中の三つの人物」や1969年の「ルシアン・フローイドの三つの習作」などが有名です。荒々しい筆致と暗い色彩で人間の孤独や苦悩を表現しています。

抽象化の内省:1970年代のフランシス・ベーコンの活動と代表作

ダブリンのフランシス・ベーコンスタジオ Francis Bacon studio at the Hugh Lane Gallery Dublin, Public domain, via Wikimedia Commons.

1970年代のフランシス・ベーコンは、友人でパートナーのジョージ・ダイアーが1971年に薬物とアルコールの過剰摂取で亡くなったことからはじまります。

この悲劇は、ベーコンの作品に深い影響を与え、彼は「黒い三連祭壇画」や「三連祭壇画、1973年5月-6月」などでダイアーを偲びました。

ダイアーの死以降、ベーコンは自分自身や周囲の人々の死を意識。自画像を多く描くようになりました。1973年の「自画像」では、腕時計が時の流れを象徴し、死を意識させる表現となっています。

1970年代後半には、新たな友人であるジョン・エドワーズやピーター・ビアードをモデルにした肖像画を描き始めました。さらに、1978年には「Landscape」などの風景画にも挑戦し、人や動物を描かない珍しい作品を生み出しました。

ベーコンの絵は、1970年代になると、より抽象的な表現になっていきました。例えば、「三連祭壇画 - 人体からの習作」という絵では、人物がぼんやりとした空間の中に浮かんでいるように描かれています。

これは、ベーコンが現実の世界から離れて、自分の心の内側を表現しようとしていたことを表しているのかもしれません。

世界的な評価と新たな表現:1980年代のフランシス・ベーコンの活動と代表作

Francis Bacon - 7 Reece Mews South Kensington London SW7 3HE, Public domain, via Wikimedia Commons.

1980年代のフランシス・ベーコンは、世界中で高い評価を受け続けました。多くの展覧会が開かれ、特にヨーロッパやアメリカでの展示が増えました。

1985年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で大規模な回顧展が開催されています。この展覧会は、ベーコンが生きている間に行われた中で最も大きなもので、彼の名声を高めることとなりました。

この頃のベーコンの作品は、これまでと同じように人間の孤独や苦悩をテーマにしていましたが、色彩は以前よりも明るくなり、彼の作品に新たな雰囲気をもたらしました。

また、この時期には、友人でモデルでもあったジョン・エドワーズを頻繁に描いています。ベーコンはエドワーズとの親しい関係を持ち続け、彼をモデルにした肖像画は数多く制作されました。

1980年代の終わりに向かって、年齢を重ねたベーコンは、死への意識がますます強くなったようです。彼の作品にはその影響が反映されており、人生の終わりに近づく人間の感情が深く描かれています。

ベーコンは名声の絶頂期にありましたが、芸術の探究を続け、作品は進化を続けました。この頃の作品として、以下の作品が有名です。

・風景画:『風景』(1978年)、『荒地の一片』(1982年)
・絵画表現を簡素化:『人体の習作』(1982年)、『床の上の血-絵画』(1986年)
・肖像画三連画:『ジョン・エドワーズの肖像画のための3つの習作』(1984年)

ベーコンの晩年と死:1990年代のフランシス・ベーコンの活動と代表作

Francis Bacon (here-was-born plaque), Public domain, via Wikimedia Commons.

フランシス・ベーコンは、晩年まで絵を描くことを楽しみ、80歳を過ぎても元気な姿を見せていました。彼の創造力や情熱は生涯途切れることなく続き、彼の最晩年の作品は、過去の経験や人間の本質に対する洞察をさらに深めたものです。芸術的な到達点といえるでしょう。

1991年の作品「人体のための習作」や「三連祭壇画」では、活力と性的な露骨さを表現しています。晩年、彼は新しいパートナー、ホセ・カペロと楽しい時間を過ごし、彼をモデルにした肖像画も制作しました。

レーシングドライバーのアイルトン・セナの姿も描かれており、作品には、ベーコンの豊かな感情が感じられます。しかし健康は悪化し、1992年にスペイン・マドリードで心臓発作により亡くなりました。

日本国内でフランシス・ベーコンの作品が 所蔵されている美術館情報

日本では、次の美術館にベーコンの作品が収蔵されています。

東京都

東京国立近代美館:スフィンクス−ミュリエル・ベルチャーの肖像(1979)
東京国立近代美術館公式ウェブサイト

神奈川県

横浜美術館:座像(1961年)
横浜美術館公式ウェブサイト

愛知県

豊田市美術館:スフィンクス(1953年)
豊田市美術館公式ウェブサイト

富山県

富山県近代美術館:横たわる人物(1977)、アイスキュロスの悲劇(1979)、自画像のための3つの習作(1989)
富山県近代美術館公式ウェブサイト

静岡県

伊東池田20世紀美術館:椅子から立ち上がる男(1968、常設展示)
伊東池田20世紀美術館公式ウェブサイト

日本でのベーコンの展覧会情報

現在、日本での大きな展示会は残念ながらありません。直近では、2021年に神奈川県立近代美術館 葉山と渋谷区立松濤美術館で「フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる」が開催されました。

単独の展示会ではありませんが、2024年7月18日〜2024年11月4日まで富山県近代美術館の展示室で、コレクション展が開催されており、そこでベーコンの「横たわる人物」を観られます。

ベーコンを深く理解するためにオススメの書籍・DVDなど

ベーコンの生涯と作品に迫る、厳選された書籍とDVDをご紹介します。彼の芸術世界を深く探求するのにオススメです。

フランシス・ベーコン バリー・ジュールコレクションによる(求龍堂)

2021年に日本で開かれた展覧会の図録兼書籍。この展覧会は、フランシス・ベーコンが親友バリー・ジュールに遺した膨大な資料を基にした画期的なものでした。

若き日の素描やシュールレアリスム作品など、これまでベールに包まれていたベーコンの創作過程を初めて公開しています。ジュールによる貴重な手記も収録し、画家の素顔に迫ったものです。
フランシス・ベーコン バリー・ジュールコレクションによる

フランシス・ベイコン対談(三元社)

20世紀を代表する画家、フランシス・ベーコンの素顔に迫る、究極のドキュメント。死の直前に行われた貴重な対談を軸に、研究者や親しい人々の証言を交え、その芸術世界を深く掘り下げています。
フランシス・ベイコン対談

愛の悪魔~フランシス・ベイコンの歪んだ肖像~ [DVD]

ベーコンの生涯を、恋人ジョージ・ダイアーとの関係を中心に描くストーリー。
愛の悪魔~フランシス・ベイコンの歪んだ肖像~ [DVD]

フランシス・ベーコン 出来事と偶然のための媒体 [DVD]

フランシス・ベーコンの貴重なドキュメンタリーが日本初公開されたものです。BBCが制作した本作は、ベーコンの作品を年代順に紹介しながら、本人や関係者のインタビューを交え、彼の芸術世界に深く迫っています。

肉声や貴重な映像など、彼の人物像と作品を多角的に理解できる貴重な資料といえます。
フランシス・ベーコン 出来事と偶然のための媒体 [DVD]

フランシス・ベーコン サイト

このサイトは、フランシス・ベーコン・エステートとジョン・エドワーズ・エステートの執行者によって運営されています。現在、ベーコンの作品は一般公開可能なものがあまりありません。


次のサイトでは、ベーコンの作品の多くが掲載されていますので、見てみてください。
フランシス・ベーコン サイト

まとめ

20世紀を代表する画家、フランシス・ベーコン。1960年代以降、ベーコンはより内省的な世界へと深く入り込み、写真とのコラボレーションや抽象的な表現に挑戦しました。

1970年代には愛するパートナーの死をきっかけに、死や孤独をテーマにした作品を数多く制作。1980年代には世界的な評価を受けながら、新たな表現に挑戦し続けました。

晩年は、健康が悪化する中でも、情熱的な創作活動を続け、83歳で生涯を閉じました。日本では、東京国立近代美術館など、複数の美術館でベーコンの作品を鑑賞できます。ぜひ、美術館へ足を運んで、ベーコンの深淵な世界へ旅してみてください。

【写真5枚】フランシス・ベーコン 深淵を覗き込む画家、その晩年の軌跡(後編) を詳しく見る
加藤 瞳

加藤 瞳

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本の執筆をメインに活動中。イロハニアートでは「難しい言葉をわかりやすく。アートの入り口を広げたい」と奮闘する。幼い頃から作品を作るのも見るのも好き。40代の現在も、自然にある素材や家庭から出る廃材を使って作品を作ることも。美術館から小規模のギャラリーまで足を運んで、アート空間を堪能している。

本の執筆をメインに活動中。イロハニアートでは「難しい言葉をわかりやすく。アートの入り口を広げたい」と奮闘する。幼い頃から作品を作るのも見るのも好き。40代の現在も、自然にある素材や家庭から出る廃材を使って作品を作ることも。美術館から小規模のギャラリーまで足を運んで、アート空間を堪能している。

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