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2025.3.31
エミール・ガレの作品が日本人に好まれる6つの理由【アール・ヌーヴォー】
1980年代、日本ではアール・ヌーヴォーの人気が高まり、とりわけエミール・ガレの作品が注目を集めました。
バブル景気の影響もあり、美術館で開かれるアール・ヌーヴォー展は大盛況。
オークションではガレの作品が高額で落札されるたびに話題になり、「日本人はガレ好き」という言葉までささやかれるようになりました。
目次
エミール・ガレ、ラン鉢、ガラス(1878年頃)、東洋風の装飾の花瓶(1889年)、カボション花瓶(1889年頃), Émile gallé, coppa orchidee, vetro (1878 ca.), vaso a decoro orientale (1889) e vaso cabochons (1889 ca.), Public domain, via Wikimedia Commons.
実際、ガレの作品は投資目的だけでなく、純粋に美しさに魅せられて手にする人も多かったのです。
なぜ日本人はこれほどまでにガレに惹かれるのでしょうか? その理由を探っていきましょう。
アール・ヌーヴォーの必要性と時代背景
19世紀後半のヨーロッパでは、産業革命の影響で大量生産が進み、工芸品や建築にも機械的で無機質なデザインが増えていました。
伝統的な職人技が衰退し、装飾性の乏しい実用本位の工業製品が市場を占めるようになったことで、美の価値が軽視される風潮が広がっていたのです。
同時に、この時代はさまざまな歴史的様式が混在し、デザイナーたちは過去のスタイルを組み合わせて新しい表現を模索していました。
たとえば、ネオゴシック様式が中世の装飾を復興させ、ネオルネサンス様式が古典的な均整の取れたデザインを模倣していました。
また、バロックやロココの要素を取り入れた家具や工芸品も流行しており、いかに豪華で洗練されたものを生み出せるかが重視されていました。
エミール・ガレ、カップ、ナンシー、1889年, Émile gallé, coppa, non patrimoine est la chimère, nancy, 1889, Public domain, via Wikimedia Commons.
こうした状況に対する反発として、アール・ヌーヴォーは生まれました。
職人技の復興を目指し、機械では生み出せない有機的なデザインや細密な装飾を重視したこの芸術運動は、美と機能の調和を取り戻すための試みそのもの。
また、過去の様式の繰り返しに飽きた芸術家たちが、より自由で新しいデザインを求めた結果でもありました。
その新しいデザインの源泉として、アール・ヌーヴォーの芸術家たちは「自然」に目を向けます。
植物や昆虫などの生命力あふれるモチーフを取り入れ、流れるような曲線美を強調することで、これまでにない独創的な造形を生み出しました。
アール・ヌーヴォーは、産業化によって失われつつあった芸術の魂を蘇らせるとともに、従来のデザインの枠を超えた革新的な表現を確立したのです。
ガレの初期作品と表現の発展
ガレが本格的に創作を始めた1870年代の作品には、日本や中国の工芸、ルネサンス、バロックといった多様な要素が取り入れられていました。
また、彼はガラス工芸にとどまらず、陶磁器や木工など、さまざまな素材を用いた表現にも積極的に挑戦していました。
エミール・ガレ、紋章の花、24 ひまわり、1876年-1878年頃, Émile gallé, servito fiori araldici, 24 girasole, 1876-78 c, Public domain, via Wikimedia Commons.
この時期の作品は、日本の和歌における「本歌取り」のように、既存の美を独自の解釈で再構築し、装飾性と象徴的な要素を巧みに融合させたものとなっています。
こうした表現手法は、後の作品にもつながるガレの美意識を確立する重要な基盤となりました。
エミール・ガレ『フォレスタ・ロレンセ』のデスク、1900年, Émile gallé, bureau 'foresta lorenese', 1900, Public domain, via Wikimedia Commons.
ちょうどフランスでジャポニズムが広まりつつあった時期に、ガレも次第に日本美術に強い関心を抱くようになりました。
そんな中、1885年から1888年にかけてナンシーに滞在していた高島北海との出会いが、彼の芸術に大きな影響を与えます。
植物学の知識を持つ高島は、ナンシーの芸術家たちに日本の自然観や表現技法を伝えており、ガレもまた、彼から多くの影響を受けました。
日本人がガレを好む6つの理由
このような背景を踏まえ、日本人がガレの作品に惹かれる理由を6つにまとめました。
①アール・ヌーヴォーの「新しさ」との共鳴
アール・ヌーヴォーは、産業革命による大量生産の流れに抗い、職人技と芸術性を取り戻すために生まれた運動でした。
エミール・ガレ、花瓶、1890年頃, Émile gallé, caraffa, 1890 ca, Public domain, via Wikimedia Commons.
これは、日本の「用の美」という考え方にも通じるものがあります。日本では、日常の器や道具にも美が求められ、機能性と芸術性が共存する文化があります。
ガレの作品も、そうした精神を持ち合わせており、日本人の美意識に自然と馴染んでいるのです。
②工芸文化に親しんできた職人技への共感
ガレのガラス工芸には、繊細な彫刻や高度な技法が駆使されています。彼は単なるデザイナーではなく、職人技にも深い関心を持ち、新しい技術を開発しながら作品を生み出しました。
エミール・ガレ、花瓶、クリーブランド美術館, Emile Gallé, Vase, 1979.10, Cleveland Museum of Art, Public domain, via Wikimedia Commons.
日本にも漆芸や陶芸、金工などの伝統工芸があり、職人の手仕事によって生み出される繊細な技術が高く評価されています。そのため、日本の工芸文化に親しんできた人々にとって、ガレの作品は特別な魅力を持って映るのです。
また、ガレの作品には「マルケトリ技法(象嵌)」や「多層ガラス彫刻」など、極めて高度な加工技術が用いられており、これらの職人技術の細やかさは、日本の伝統工芸にも通じる精密さと技巧を感じさせます。
③ジャポニスムと日本人の懐かしさ
19世紀後半、ヨーロッパでは「ジャポニスム(日本美術ブーム)」が起こり、多くの芸術家が日本の美術や文化に影響を受けました。
ガレもその一人で、日本の意匠を積極的に取り入れました。
エミール・ガレ、花瓶、1900年頃, Émile gallé, vaso, 1900 ca, Public domain, via Wikimedia Commons.
そのため、私たち日本人がガレの作品を目にすると、どこか懐かしい気持ちを抱くことがあります。
日本的なデザインがヨーロッパで再解釈され、逆輸入されるような形になったことで、親しみやすさと新鮮さが共存する魅力を生んでいるのです。
④作品に落とし込んだ「もののあはれ」といった無常観
ガレの作品には、日本の美意識が色濃く反映されています。彼は日本美術を単に装飾的な要素として取り入れたのではなく、その思想や哲学までも作品に投影しました。
エミール・ガレ「トンボの壷」、1889年頃, Émile gallé, urna libellule, 1889 ca, Public domain, via Wikimedia Commons.
これは、高島北海との交流による影響が大きく、日本の植物表現の繊細さや「もののあはれ」といった無常観を理解した上で、ガラス工芸に落とし込んだことが関係しています。
緻密なガレの感性は日本の美意識と共鳴するものであり、私たちがガレの作品に親しみを感じる大きな要因の一つです。
⑤茶道文化との親和性
日本国内におけるガレ作品の収集状況を見ると、西日本、特に茶道が盛んな地域で人気が高い傾向があります。
茶道では、茶碗や茶器をじっくりと鑑賞し、器そのものが持つ美しさを味わいます。ガレの作品もまた、光の加減や見る角度によって表情を変えるガラスの特性を活かしており、静かに作品を鑑賞する日本の文化と親和性が高いのです。
⑥印象派と共通する視覚的なわかりやすさ
日本人が印象派の絵画を好むのと同じように、ガレの作品もまた視覚的にわかりやすく、美しさを直感的に感じられるものが多い特徴があります。
エミール・ガレ作の花瓶、1900年頃、デイトン美術館, Vase made by Émile Gallé, c. 1900, Dayton Art Institute, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派の画家たちは、光や色彩の表現を重視し、日常の風景を描くことで新しい美の価値を生み出しました。
ガレの作品もまた、具体的な自然のモチーフを用いながら、独特の色彩やガラスの透明感を活かして幻想的な雰囲気を生み出しています。
そのため、日本人にとっては、西洋美術の中でも理解しやすく、感覚的に楽しめる存在なのです。
おわりに
エミール・ガレが日本人に人気があるのは、単なるデザインの魅力だけでなく、日本の美意識と深く結びついているからです。高島北海との出会いが、彼の芸術に日本の哲学や自然観を取り入れるきっかけとなり、その結果、日本人にとっても馴染み深く、共感できる作品が生まれました。
ガレの作品が持つ 「もののあわれ」 の感覚、自然との調和、職人技の美しさ は、日本の伝統美と響き合い、多くの日本人を魅了し続けているのです。
参考資料)没後120年 エミール・ガレ展 図録
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東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
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