耽美主義（たんびしゅぎ）とは？ 「美しさが全て」という世界を深堀りしてみた

オーブリー・ビアズリー『The Peacock Skirt』 , Public domain, via Wikimedia Commons.

この記事では耽美主義を解説するとともに、耽美主義の歴史、代表的な耽美主義の芸術家を紹介します。

耽美主義とは？

耽美主義をシンプルに表現すると、「美がすべて」です。

耽美主義の本質を最もよく表しているのが、イギリスの詩人アルジャーノン・スウィンバーンの「この絵の意味は美そのものだ。存在することだけが、この絵の存在理由（Raison d'être）なのだ」という言葉です。この一文を読めば、耽美主義が何か想像がつくでしょう。

耽美主義では作品にこめられた思想やメッセージはあまり重視されず、形態と色彩の美など「見た目」が重要です。

エロ・グロと重なる部分も

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー『La Princesse du Pay de la Porcelaine』, Public domain, via Wikimedia Commons.

耽美主義者たちは「美」を追求するあまり、生活そのものも芸術化して官能の享楽を求めました。同性愛やエロチシズム、サディズム、マゾヒズムといった要素も、耽美主義の作風に含まれることが少なくありません。

フランスの作家ペラダンは「美が生み出すのは感情を観念に昇華させる歓びである」と語っています。

究極の美しさを追求するあまり、時にグロテスクさや精神的な倒錯が表れる可能性もある、ということでしょうか。

耽美主義はヨーロッパ発祥

19世紀後半に生まれた

耽美主義は19世紀後半、主にフランスとイギリスで生まれました。

1860年頃に本格的に始まったこの芸術思潮の源泉は、ルース・アプ・ロバーツによれば、1825年から1827年のイギリスの「美の使徒」にまでさかのぼることができます。

耽美主義は反・進歩主義の表れ？

当時のヨーロッパでは楽観的な進歩主義が主流でしたが、耽美主義はそれへのアンチテーゼとして登場しました。他の多くのアートと同じように、前時代の風潮に嫌気がさし、それを否定するための主張だったとも言えるでしょう。

耽美主義は19世紀末に近づくにつれ、芸術の枠組みを超えてデカダンス（退廃的文化）的な反社会的運動となっていきました。

2025年現在、21世紀前まで積極的に推進されていた「多様性」「環境保護」など進歩的な考えに対して揺り戻しが起きていますね。同じように、19世紀後半には「進歩的な考えの否定」が起きていたのです。

耽美主義とデカダンス（退廃芸術）・ルネッサンス

ラファエル前派『Simeon Solomon』, Public domain, via Wikimedia Commons.

耽美主義は、その反社会的な傾向から悪魔主義や退廃芸術と同一視されることも。もちろん、すべての芸術が耽美主義自体＝悪魔主義・退廃芸術だと断定はできません（重ならない部分も多くあるためです）。

ほかにも、「美がすべて」という、感性の復興という観点で見ると、中世ルネサンス運動との共通点を見出せます。その一方で神秘主義と相通じる要素もあります。

美しさだけを追求することは生々しい感情の肯定につながり、様々な表現が生まれました。

耽美主義に分類される芸術家たち

耽美主義の文学作家

耽美主義の代表的な文学者といえば、オスカー・ワイルドが有名です。『サロメ』などの作品で知られるオスカーは、師のウォルター・ペイターから大きな影響を受けました。

耽美主義の詩人で有名については、フランスではシャルル・ボードレールやテオフィル・ゴーティエが、イギリスではダンテ・ロセッティやマシュー・アーノルドが挙げられます。

日本では明治末期に森鴎外や上田敏によって耽美主義が紹介され、永井荷風、谷崎潤一郎、泉鏡花、江戸川乱歩などが代表的な耽美主義の作家として活躍しました。三島由紀夫や澁澤龍彦も耽美派に含まれる場合があります。

海外耽美主義作家

・エドガー・アラン・ポー（アメリカ、始祖的存在）
・オスカー・ワイルド (アイルランド出身、代表作『サロメ』)
・シャルル・ボードレール
・テオフィル・ゴーティエ
・ピエール・ルイス
・ピエール・ロティ (フランス、2度来日。作品『お菊さん』、『秋の日本』)
・ウォルター・ペイター（ワイルドの師）
・ダンテ・ロセッティ
・マシュー・アーノルド (イギリスの耽美派詩人)
・ジョン・ラスキン（ラファエル前派に影響を与えた）

日本耽美主義作家

・谷崎潤一郎
・江戸川乱歩
・夢野久作
・沼正三
・三島由紀夫
・澁澤龍彦
・中井英夫
・上田敏
・泉鏡花
・永井荷風
・吉井勇
・木下杢太郎
・石井柏亭
・北原白秋
・日夏耿之介（作家論を著した）

耽美主義の芸術家（アート）

耽美主義の絵画やアート作品は、様々なスタイルが混ざって成り立っています。

その中でも特に古典主義や日本美術の影響が大きいといわれています。1870年から1900年にかけて話題を集めた耽美主義の作品では、孔雀の羽、ひまわり、青と白のセラミック（染付）などがモチーフとしてよく使われ、強い色彩が特徴となっています。

耽美主義の代表的な画家を下に挙げます。

・オーブリー・ビアズリー
・ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
・フレデリック・レイトン
・ギュスターヴ・モロー
・オディロン・ルドン
・グスタフ・クリムト
・エゴン・シーレ
・フェリシアン・ロップス
・ラファエル前派

耽美派芸術家①：オーブリー・ビアズリー

オーブリー・ビアズリー『The Peacock Skirt』 , Public domain, via Wikimedia Commons.

オーブリー・ビアズリーは、耽美主義において中心的な役割を果たしました。また、アール・ヌーヴォーの創始者の一人として位置づけられている重要な人物です。

オーブリーはオスカー・ワイルドの作品の挿絵画家として名声を得ました。黒色のドローイング作品でよく知られています。

彼は「私の目的は一つ、グロテスクだ。グロテスクでなければ、私は何者でもない」と語っています。後世には、多くの画家がオーブリーのスタイルを模倣しました。日本でも多くの少女漫画でビアズリーの影響が見られます。

耽美派芸術家②：ジェームズ・マクニール・ホイッスラー

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー『La Princesse du Pay de la Porcelaine』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ホイッスラーはアメリカ出身の画家で、日本美術や印象派の影響を強く受けた絵を描きました。彼は現実世界を二次元平面に再現することよりも、色彩と形態の組み合わせによって調和のとれた画面を構成することを重視しています。

色彩が重要である一方で、ホイッスラーの作品の色味は比較的地味で、モノトーンに近い作品もあります。鮮やかさを追い求めた印象派とは異なる方向性に進んだ芸術家でした。

耽美派芸術家③：フレデリック・レイトン

フレデリック・レイトン『Hit』, Public domain, via Wikimedia Commons.

レイトンは、ラファエル前派の影響を受けた芸術家です。神話などを題材にして、美しく、エロティックで甘美な作品を制作しました。

耽美派芸術家④：ギュスターヴ・モロー

ギュスターヴ・モロー『Saint-Sébastien et l'ange』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ギュスターヴ・モローは聖書やギリシャ神話をおもな題材とし、想像と幻想の世界を描きました。モローは19世紀末の画家や作家に大きな影響を与え、象徴主義の先駆者とされています。

耽美派芸術家⑤：オディロン・ルドン

オディロン・ルドン『Sujet : Compositions』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ルドンは断頭や目玉などをモノクロの版画で描き、絶望感を感じさせる作品を多く発表しました。

一方で、人間の顔に似せた植物を描いたり、動物のような顔で笑う蜘蛛を描いたりするなど、愛嬌のある作品も多く制作した特徴があります。

耽美派芸術家⑥：グスタフ・クリムト

グスタフ・クリムト『Gorgonen』, Public domain, via Wikimedia Commons.

クリムトは、赤裸々で官能的な作品が特徴です。甘美で妖艶なエロスと一緒に、ほのかに死の雰囲気が感じられます。

『接吻』に代表されるクリムトの「黄金の時代」の作品には金箔が多く使われており、絢爛な雰囲気が特徴です。

耽美派芸術家⑦：エゴン・シーレ

エゴン・シーレ『Female portrait』, Public domain, via Wikimedia Commons.

シーレは独自の絵画を追求しました。意図的にねじ曲げられたポーズの人物画が有名です。見る者に肉体的で生々しい衝撃を与える作風から、耽美主義よりも表現主義の代表的画家として取り上げられることもあります。

耽美派芸術家⑧：フェリシアン・ロップス

フェリシアン・ロップス『Illustration for Les Epaves by Charles Baudelaire』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ロップスは画家であると同時に、エッチングやアクアチント技法の版画も残しました。

耽美派芸術家⑨：ラファエル前派

ミレイ『オフィーリア』, John Everett Millais - Ophelia - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.

19世紀にイギリスで生まれた「ラファエル前派」と呼ばれるグループの作品も、耽美的な作風で有名です。代表的な作品・芸術家には、ミレイの『オフィーリア』やロセッティ、バーン・ジョーンズ、デザイナーのウィリアム・モリスなどが挙げられます。

装飾性、芸術性が全面に出ており、神話や伝説をもとにした美しくも退廃的な作品や、悲劇をテーマにした作品が多いのが特徴です。

日本における耽美主義の後世への影響

耽美主義は、後の時代の芸術家たちにも大きな影響を与えました。ここでは耽美主義の影響を受けた芸術家を紹介します。

耽美主義の影響を受けた日本の美術・漫画

日本では月岡芳年の『残酷絵』や伊藤晴雨の『責め絵』が、そして現代では金子国義や村上芳正、建石修志といった画家が耽美主義の影響を受けています。

月岡芳年

月岡芳年『Ban Danemon Naoyuki Conquers the Old Badger at Fukushima's Mansion』 , Public domain, via Wikimedia Commons.

月岡芳年は、歴史画、美人画、合戦絵などの幅広いテーマで知られていますが、特に「無惨絵」のシリーズで有名です。

無惨絵のシリーズは罪人の斬首シーンなどのグロテスクな場面を写実的に表現しています。
例えば、「血」を表現するために染料に膠を混ぜて光らすなどの工夫をしたり、動きの瞬間をストップモーションのように止めて見せる技法は特筆すべき内容です。

伊藤晴雨

伊藤晴雨, Public domain, via Wikimedia Commons.

伊藤晴雨は、『責め絵』や『幽霊画』で有名な画家です。こわいけれどなんだか惹きつけられてしまう独特な画風があります。

晴雨は江戸時代の風俗を研究し1928年には『責の研究』という本を発表するなど、絵画にとどまらない活躍をしました。

そのほか、金子国義、村上芳正、建石修志などが耽美主義の影響を受けた画家としてよく知られています。

耽美主義の影響を受けた日本の漫画

漫画の世界では、萩尾望都の『ポーの一族』や楠本まきの作品が耽美主義的な要素を持っています。ビアズリーの影響を受けたという楠本まきは、線と空白の使い方が美しく、独特の世界観で知られています。

萩尾望都の講義を収録した書籍が発売、「ポーの一族」ストーリー誕生について明かすhttps://t.co/TGpuP2tEUE#萩尾望都という物語 pic.twitter.com/s5yh1ARiuD

— コミックナタリー (@comic_natalie) March 17, 2025

まとめ

「美」を最高の価値とする耽美主義は、時代や国境を超えて様々な芸術家に影響を与え続けています。

現代のSNSやポップカルチャーの中にも耽美主義を見つけることができるはず。身近な「耽美」を探してみてくださいね。