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2026.1.7
異端者?聖女?ジャンヌ・ダルクは絵画の中でどう描かれてきたか
中世のフランスで活躍した少女、ジャンヌ・ダルク(1412頃-1431)をご存じでしょうか。現在の日本でも、ジャンヌ・ダルクはアニメやゲーム、そして演劇など、さまざまな芸術やエンターテイメントにおいて、魅力的なキャラクターとして描かれています。
このように、現在も多くの人々に愛されるジャンヌ・ダルクですが、当時は「異端者(魔女)」として扱われ、わずか19歳で火刑に処されてしまったことは、意外に知られていないかもしれません。
その数奇な運命から、ジャンヌ・ダルクは多くの画家たちの創作意欲を掻き立ててきました。本記事では、ジャンヌ・ダルクの波乱に満ちた生涯と共に、彼女を描いた名画の数々を紹介します。
「百年戦争」とジャンヌ・ダルクの登場
ヘンドリック・シェーファー『オルレアンに入るジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ジャンヌ・ダルクについて紹介するには、彼女が生きた時代に勃発した「百年戦争(1337-1453)」について解説しなければなりません。
百年戦争とは、フランスとイングランド王家の間で起った長期間にわたる戦争のことです。
当時イングランド王は、ヨーロッパ大陸においてフランスと主従関係にありました。つまり、当時のイングランド王は、イングランドの王でありながら同時にフランス王の臣下でもあったということになります。
この状態に異議を唱えたのが、イングランドのエドワード三世でした。1339年にエドワード三世のフランス遠征が始まり、1340年には戦争が本格化しました。ここから約100年にわたって、両国の戦争が続いたのです。
作者不明『写本挿絵のジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
イングランドが優勢に立つ中、1429年にフランスの救世主として登場したのがジャンヌ・ダルクでした。
当時17歳だったジャンヌは「神の声」を聞き、それに従ってイングランド軍と戦いました。そしてイングランドに包囲されていたオルレアンを解放し、フランス軍を勝利に導いたのです。
その後も進軍を続けたジャンヌは、同年7月、奪還したランスでシャルル7世(1403-1461)の即位式を実現させました。
ジャンヌ・ダルクを題材とした作品として有名なのが、『写本挿絵のジャンヌ・ダルク』です。右手に剣、左手に旗を持ち、甲冑を身にまとったジャンヌ・ダルクが描かれています。
この作品が制作されたのは1485年頃とされていて、ジャンヌ・ダルクの生きていた時代に近いものです。当時のジャンヌの特徴をよくとらえているとされ、実際のジャンヌの姿に一番近いのではないかという説もあります。
聖なる者の声を聴いた少女ジャンヌ
ウジェーヌ・ロマン・ティリオン『声を聞くジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ジャンヌ・ダルクは、およそ1412年頃、フランス国内のドンレミという村に生まれました。
ジャンヌの父であるジャック・ダルクは土地や家畜、そして石造りの家などの財産を所有しており、地元の名士だったと考えられています。
また、ジャンヌには3人の兄弟と1人の姉がいました。ジャンヌの家族は、百年戦争におけるジャンヌの功績によって貴族の位に引き立てられ、兄弟のひとりであるジャンは、ジャンヌの出征にしばらく同行したほどでした。
ジャンヌの幼少期、長引く戦禍によって略奪が横行し、国内は荒れていました。不安定な状況下で成長していったジャンヌは、13歳の時にはじめて神の啓示を受けたと言います。
その声は教会の方角から聞こえてきて、やがて「オルレアンの包囲を破るよう」彼女に命じました。後にジャンヌ本人が証言したところによれば、彼女にオルレアン行きを命じたのは、聖カトリーヌと聖マルグリット、そして大天使ミカエルだったそうです。
ウジェーヌ・ロマン・ティリオンの『声を聞くジャンヌ・ダルク』では、大天使ミカエルの声を聞いたジャンヌの姿がドラマチックに描かれています。大きく開かれたジャンヌの目が印象的な作品で、まるで自分の使命を見つめているかのようです。
異端審問から火刑、そして復権
アデル・マルタン『ジャンヌ・ダルクの逮捕』, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルレアンを解放し、その後もフランスのために進軍を続けたジャンヌでしたが、1430年にパリ近郊の町・コンピエーニュでの戦闘の際、ブルゴーニュ公の軍に捕まってしまいます。このブルゴーニュ公は、フランス王の親族でありながら、イングランド王と同盟を結んでいた人物でした。
当時の慣例として、敵軍に捕らえられた騎士は、身代金の支払いによって解放されることになっていました。しかし、フランス側はジャンヌのために身代金を支払いませんでした。
諸説ありますが、当時のフランスは金銭的に困窮しており、身代金を支払えなかったとされています。その後、ジャンヌはイングランド側に身柄を引き渡されてしまいました。
アデル・マルタンによる『ジャンヌ・ダルクの逮捕』という作品では、捕虜になったジャンヌが、毅然とした態度で2人の伯爵に立ち向かう姿が印象的です。
ジュール=ユジューヌ・ルヌユブ『ルアンの火刑台に立つジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
逮捕されたジャンヌは、イングランド側によって「異端審問」にかけられました。
審問では、ジャンヌが聞いた「神の声」の真偽と、彼女の信仰心が疑われました。裁判にかけられたジャンヌは「異端」の判決を受け、火刑に処されることとなったのです。
1431年5月30日、ジャンヌはわずか19歳という若さでその命を落としました。処刑を担当した廷吏によれば、彼女は絶命する瞬間に大きな声で「イエス様」と叫んだと言います。ジャンヌが本当に異端者であれば、死の間際にイエス・キリストの名を呼ぶはずがありません。
異端の判決を受けたジャンヌでしたが、彼女の死後、裁判は再審され、キリスト教徒として復権しました。20世紀はじめにはカトリック教会の聖女となり、その名誉は回復したのです。
男装の異端者?それとも聖女?
ジョン・エヴァレット・ミレイ『ジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ジャンヌが異端者とされた大きな理由のひとつに、彼女が男装していたという事実がありました。イングランド側は、女性であるジャンヌに男装を進言するのは悪魔のすることである、と主張したのです。
その指摘において、ジャンヌは、戦場で兵士たちの性的欲求から自分を守るためには男装が必要であったと述べています。このように実用的で切実な理由があったにもかかわらず、イングランド側は彼女を異端者として断罪したのでした。
中世においてジャンヌは、イングランド側からは「魔女」などと呼ばれ、異端者といった醜悪なイメージを持たれていました。イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアも、自身の史劇の中でジャンヌを悪役として描いています。
それから数百年後、1865年に描かれたジョン・エヴァレット・ミレイの『ジャンヌ・ダルク』では、赤いスカートの上に鎧を着けたジャンヌがひざまずき、神に祈る姿が描かれています。
鎧に反射した光の表現や、ジャンヌの切実な眼差しが美しく表現されており、「異端者」や「魔女」といった禍々しいイメージは描かれていません。
戦場の凛々しさとも、火刑に処される際の哀れさとも異なるジャンヌの姿が表現された、心を打つ一枚です。
まとめ
フランスを救った英雄でありながら、敵国であったイングランドからは「魔女」や「異端者」と恐れられたジャンヌ。
しかし、時代と共に彼女の評価が変化し、聖女に数えられるなど、ジャンヌを取り巻くイメージは大きく変わりました。
さまざまな絵画の中で、ジャンヌは時に凛々しく、時に悲劇的なヒロインとして描かれています。それぞれに異なる美しさと魅力を放つジャンヌ・ダルクの像は、今も私たちの心を捉えて離しません。
■参考書籍
・『図説 ジャンヌ・ダルク フランスに生涯を捧げた少女』著:上田耕造(河出書房新社)
・『ジャンヌ・ダルク 予言者・戦士・聖女』著:ゲルト・クルマイヒ、監訳:加藤玄、訳:小林繁子、安酸香織、西山暁義(みすず書房)
・『異端者たちのヨーロッパ』著:小田内隆(NHK出版)
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糸崎 舞
元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。
元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。
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