LIFE
2026.3.4
エジプト文字はアルファベットの原型!?映画『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』
古代エジプトの壁画や発掘品を見て、「これが文字?なんだか絵文字みたい」と思ったことはありませんか?
鳥や虫、身体の一部などが用いられた「ヒエログリフ(聖刻文字、神聖文字)」は、普段わたしたちが使う絵文字に似ていますが、実はアルファベットの原型になったものです。
今回は、大ヒット映画シリーズの最終章『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』を入口に、エジプト文字や有名な発掘品《ナルメルのパレット》を詳しく解説します。
※映画のネタバレを含みます。
目次
映画『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』(2015)
夜になると博物館の展示物たちが動き出す。そんな奇想天外なアドベンチャー映画が『ナイト ミュージアム』シリーズです。『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』では、シリーズの重要アイテムである石板に異変が起こり、緑青(ろくしょう)のような錆に覆われはじめたことで、展示物たちが暴走し、魔力が失われそうになるという危機が訪れます。
主人公の夜間警備員ラリーは、石板の魔力を取り戻すため、仲間たちを連れて大英博物館へと向かいます。そこには、石板の秘密を知る、マレンカレ王とシェップスハレット王妃が眠っているからです。石板の真実と、そこに秘められた家族愛に、わたしは思わず心を掴まれてしまいました。
黄金の石板は3×3のマス目に区切られ、鳥や人の形をした文字が刻まれています。これが古代エジプトで用いられたエジプト文字の1つ、「ヒエログリフ(聖刻文字、神聖文字)」です。長い歴史を通じて数多くの学者が解読に挑んだ、まさに魔法のように謎めいた存在は、一体どんなものだったのでしょうか?
エジプト文字とは?3つの種類と特徴
『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』でも鍵を握る古代エジプト文字。そもそも古代エジプト文明には3種類のエジプト文字が存在していたことを知っていましたか?
①ヒエログリフ(聖刻文字、神聖文字)
ヒエログリフは音、物、概念を表す象形文字(物の形を線や点で写し取って作られた文字)です。文字が音と意味の両方を示し、約800文字から成ります。墓や記念建造物、宗教的な文書に用いられました。紀元前3200年ごろに誕生したとされますが、ほかの文明では採用されず、後にエジプトに侵入するギリシア人やローマ人が学んだ記録もありません。
セティ1世の墓から出土した壁の断片(ヒエログリフ)/大英博物館, Public domain, via Wikimedia Commons.
※セティ1世:各地の神殿を復興し、シリアなどへの軍事遠征を盛んに実行した。紀元前1294年または1290年ごろ〜紀元前1279年に在位したと考えられている。
紀元後4世紀ごろまでは読み手がいたと考えられていますが、その後、読み方は忘れ去られていたそうです。しかし1822年、フランス人エジプト学者のジャン=フランソワ・シャンポリオンがロゼッタ・ストーンの解読に成功し、再びわたしたちはヒエログリフを読めるようになりました。
②ヒエラティック(神官文字)
ヒエラティックはヒエログリフの筆記体で、行政や宗教の文書など、主に書記による文書で使用されました。「ナカダ3期」と呼ばれる、エジプト原王朝時代(紀元前3200年〜紀元前3000年ごろ)に初めて用いられ、ヒエログリフと並行して発達したようです。
「プリス・パピルス」の一部(紀元前1991年ごろ〜紀元前1782年ごろ)/フランス国立図書館, Public domain, via Wikimedia Commons.
※プリス・パピルス:エジプト中王国時代の第12王朝のパピルスで、フランス人オリエント研究家、エミル・プリス・ダヴェンヌによって発見された。
ヒエラティックという名前ですが、これは初期キリスト教を代表する神学者、アレクサンドリアのクレメンス(ティトゥス・フラウィウス・クレメンス)が、紀元2世紀に初めて用いたものでした。ヒエラティックが宗教的シーンでだけ使われていたためで、実際に紀元前660年以降、世俗的な書き物ではデモティックが使われていたと考えられています。
③デモティック(民衆文字)
デモティックはヒエラティックをさらに簡略化した文字で、民衆が使う主要な文字として普及しました。紀元前650年〜紀元後5世紀ごろ、商業文書と法律文書に用いられましたが、4世紀にはエジプトでギリシア文字に基づいたコプト文字の使用が始まり、デモティックは使われなくなりました。
マクデブルク(ドイツ)に展示されている、ロゼッタストーンの複製品に刻まれたデモティック, Public domain, via Wikimedia Commons.
エジプト第26王朝の初代ファラオ、プサムテク1世がエジプトを再統一した後、上エジプト(南部)では、ヒエラティックの後継として、デモティックが公式の行政文書・法律文書に用いられました。デモティックは行政文書、法律文書、商業文書に、ヒエログリフとヒエラティックは宗教文書や文学にと、用途が区分されていたそうです。
《ナルメルのパレット》でヒエログリフに触れてみよう
ヒエログリフの使用が始まった時期は未解明ですが、1898年に出土した《ナルメルのパレット》が現存する最古のものとされています。《ナルメルのパレット》をもとにヒエログリフに触れてみましょう。
《ナルメルのパレット》(紀元前3200〜紀元前3000年ごろ)/エジプト考古学博物館, Public domain, via Wikimedia Commons.
まずナルメルは紀元前3000年ごろのファラオで、エジプト第1王朝の直前、第0王朝最後の王だと考えられています。その名前は「ナマズ(ナル)」と「ノミ(メル)」の象形文字によって表されました。パレット上部に王権の象徴である紋章「セレク」が配置され、中にはナマズとノミが描かれています。
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
本来パレットは、アイシャドウの顔料として孔雀石や方鉛鉱をすりつぶすための石板です。しかし、これは高さ64㎝と大きいため、実用品ではなく、上エジプトと下エジプトの統一という偉業を神殿に奉納したものだと考えられています。
表面の左上に、下エジプトを象徴する赤冠をかぶった王が描かれ、その横にはナルメルのヒエログリフが記されました。右上には首を切られた捕虜たちが並んでいます。中央にいる2頭の猛獣は、首の長いヒョウで、上下エジプトを表します。一番下では、牡牛が敵を踏みつけて城壁を壊していますが、牡牛は王の化身であり、王の力強さを表現しているそうです。
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
裏面の中央には、上エジプトの球根状の白冠をかぶり、つけ髭と牛の尾を身に着けたナルメルが大きく描かれています。右手に王の象徴でもあるこん棒を持ち、左手で捕虜の髪を掴んでいる様子です。表面では赤冠、裏面では白冠を戴いていますが、重要な人物を複数の視点から同時に表現するのは古代エジプトの慣習でした。
ナルメルの正面には、ハヤブサの姿をした守護神ホルスがいます。足の片方が人間のものになっており、捕虜の鼻につながれた縄を引っ張っています。捕虜の身体はパピルスが繁茂する湿地帯で表されましたが、パピルスが下エジプトを象徴する植物であるため、下エジプトとその住民を表現したようです。
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
王の左側には、そのサンダルを捧げる男が立っています。下部には逃れる2人の敵がおり、縮れた髪型から外国人を表現しているともされています。
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ナルメルのパレット》表面、拡大図, Public domain, via Wikimedia Commons.
絵文字のようなエジプト文字はヒエログリフ!
《ナルメルのパレット》が「ナマズ」と「ノミ」の絵で王の名を伝えたように、古代エジプトの人々は文字に永遠の願いを込めたのかもしれません。映画のファンタジーを通じて古代エジプト文明に興味が湧いたら、次はぜひ博物館に足を運んでみてください。今まで縁遠い存在だった文字たちが、わたしたちに語りかけてくれるはずです。
参考
・ショーン・レビ 監督『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』(2015年)
・和田浩一郎 日本語監修/川村まゆみ 翻訳(2015)『てのひら博物館 古代エジプト』東京美術
・近藤二郎 著(2020)『神秘と謎に満ちた古代文明のすべて 古代エジプト解剖図鑑』エクスナレッジ
・河合望 著(2025)『古代エジプト全史 第2版』雄山閣
・Prisse Papyrus - Wikipedia
・Naqada III - Wikipedia
・アレクサンドリアのクレメンス - Wikipedia
・Narmer Palette - Wikipedia
画像ギャラリー
このライターの書いた記事
-

LIFE
2026.03.27
スカラベ(虫)は古代エジプトの神様だった?映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』を通して
神谷小夜子
-

EVENT
2026.03.17
【展覧会レポート】久留米市美術館「美の新地平―石橋財団アーティゾン美術館のいま」展に行ってきた!
神谷小夜子
-

LIFE
2026.02.11
パピルスが古代エジプトを動かしていた?映画『アンノウン: ピラミッドが語る古王国の記憶』
神谷小夜子
-

LIFE
2026.01.30
【エジプト映画3選】古代エジプト文明の世界を探検しよう!パピルスや文字の不思議に迫る
神谷小夜子
-

LIFE
2026.01.21
アートとは「体験」すること。2026年に行きたい展示会情報6選
神谷小夜子
-

STUDY
2026.01.19
ベルニーニ《聖テレジアの法悦》を解説――ダン・ブラウン原作の映画『天使と悪魔』における効果
神谷小夜子

ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。
