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STUDY

2026.6.10

絵でみるシェイクスピア第2弾。野望、嫉妬、老い、そして赦しの物語

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ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)をご存じでしょうか。16世紀から17世紀のイングランドで活躍し、「劇聖」として知られるほど数々の名作劇を書いた劇作家・詩人です。

シェイクスピアが生きていたのは、数多くの文学や演劇が花開き「イギリスの黄金時代」と呼ばれた華やかな時代でした。

ジョージ・フレデリック・ベンセル『リア王』ジョージ・フレデリック・ベンセル『リア王』, Public domain, via Wikimedia Commons.

そこから150年あまりが過ぎた1768年、イギリスではじめてロイヤル・アカデミーが誕生しました。当時のアカデミーの画題として多く取り上げられたのが「歴史絵」と「物語絵」だったのです。

生前にシェイクスピアが書き残したのは、悲劇や喜劇、そして歴史劇でした。ロイヤル・アカデミーが発足した当時の人々にとって、シェイクスピアの作品はこの上ない画題となりました。

本記事では、そんなシェイクスピア作品を描いた絵画の中から特に有名なものを紹介します。

『マクベス』:野心と罪悪感に蝕まれる夫婦の狂気

魔女の予言が示すのは「輝かしい未来」だったが……

テオドール・シャセリオー『マクベスと3人の魔女』テオドール・シャセリオー『マクベスと3人の魔女』, Public domain, via Wikimedia Commons.

スコットランドの将軍・マクベスと友人バンクォーは、ノルウェー軍との戦いから帰還する途中で3人の魔女に出会います。

魔女たちは、マクベスはやがてコーダーの領主を経て王になり、バンクォーの方は王にはならないが、彼の子孫が王座につくだろうと予言します。

半信半疑のマクベスでしたが、そこへスコットランド王ダンカンの使者がやってきて、マクベスが戦功によりコーダーの領主の地位を与えられることになったと告げました。

夫からこの予言を伝え聞いたマクベス夫人は、ダンカンを殺して自ら王位につくよう進言します。そしてマクベスはダンカンを殺害し、護衛たちに罪を着せて王となるのでした。

しかし王座に就いたマクベスは、周囲の人々が自分を疑っているのではと疑心暗鬼に陥り始めます。そして次々と疑わしい人物を殺していき、最後には自らも討ち倒されてしまうのでした。

『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』運命を引き受ける女の覚悟

ジョン・シンガー・サージェント『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』ジョン・シンガー・サージェント『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』, Public domain, via Wikimedia Commons.

『マクベス』の物語でも特に魅力的なキャラクターが、マクベス夫人です。

マクベス夫人は、権力への野心から夫を王殺しへと駆り立てる冷酷で強い女性として描かれています。しかし、終盤では自分の犯した罪の重さに耐えきれずに精神を病み、狂気へと落ちてしまうのです。

1889年にジョン・シンガー・サージェントが手掛けた『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』には、虹色のコガネムシの翅(はね)を縫い込んだ緑色のドレスを着た姿が描かれています。

この作品は、1888年に行われた『マクベス』の上演をもとに創作されたものです。

王冠を頭上に掲げたマクベス夫人。その顔は威厳をたたえながらも蒼白で、まるでこれから待ち受ける人生を引き受けるかのようにも見えます。

『オセロー』:嫉妬という名の怪物

愛が殺意に変わったのはなぜ?

アレクサンドル・マリー・コラン『オセローとデズデモーナ』アレクサンドル・マリー・コラン『オセローとデズデモーナ』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ムーア人の将軍オセローは、ヴェニスの議員ブラバンショーの娘であるデズデモーナと結婚し、幸せに暮らしていました。

ところが、オセローの部下であるイアーゴは、副官の地位を同僚のキャシオーに奪われたことに腹を立て、自分を引き立ててくれない主君に憎しみを抱いていました。そこでイアーゴは、デズデモーナがキャシオーと不倫関係にあるという疑いをオセローに吹き込みます。

デズデモーナはまったくの無実でしたが、オセローはイアーゴの嘘を信じ、嫉妬にかられて妻を手にかけてしまいました。その後真実を知ったオセローは絶望し、自ら命を絶つのでした。

アレクサンドル・マリー・コランによる『オセローとデズデモーナ』には、デズデモーナを殺害した直後の場面が臨場感たっぷりに描かれています。虚ろなまなざしで横たわるデズデモーナと、らんらんと目を光らせたオセローの表情が対照的で、悲しみと恐ろしさがにじむ作品です。

『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』真実の愛が確かにあったことを描く1枚

テオドール・シャセリオー『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』テオドール・シャセリオー『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』, Public domain, via Wikimedia Commons.

テオドール・シャセリオーによる『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』には、手を取り合い見つめ合う仲睦まじい夫婦の姿が描かれています。

当時、オセローのようなムーア人は野蛮な存在だと差別されており、白人女性との結婚もよく思われていませんでした。しかしこの絵を観ると、そのような周囲の声とは裏腹に、ふたりは深く愛し合っていることが伝わってきます。

嫉妬という名の怪物を暴走させ、愛する妻を手にかけてしまうオセロー。
悲劇の展開を知っているからこそ、絵の中の幸福が胸に刺さります。

『リア王』:崩れゆく権力、そして家族

真心を見抜けなかった老王・リア

エドウィン・オースティン・アビー『リア王 第1幕第1場』エドウィン・オースティン・アビー『リア王 第1幕第1場』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ブリテンの王・リアは、3人の娘に領地を配分し、王位を退く決断をします。そこで、3人のうちどの娘が親孝行であるか判断するため、それぞれに父親への愛を語らせることにしました。

長女のゴネリルと次女のリーガンは言葉巧みにリアへの愛を語りますが、リアが最も可愛がっていた末娘のコーディリアだけは美辞麗句を好まず、そっけない言葉を口にしただけでした。

この態度に激怒したリアはコーディリアを勘当してしまいます。さらに、コーディリアを擁護した忠臣・ケントまで追放し、ゴネリルとリーガンにすべての領地を譲ってしまったのでした。

エドウィン・オースティン・アビーの『リア王 第1幕第1場』では、リアに勘当されたコーディリアが、フランス王に求婚されて宮殿を後にする場面が描かれています。

コーディリアは2人の姉に父を大切にするように忠告しますが、向かって左側に描かれたゴネリルとリーガンは白けた顔で妹を見ています。そして、この時のリアの判断が、のちに取り返しのつかない悲劇を巻き起こすのです。

『リア王』嵐のなかの老王が、現代の私たちに問いかけるもの

ジョージ・フレデリック・ベンセル『リア王』ジョージ・フレデリック・ベンセル『リア王』, Public domain, via Wikimedia Commons.

王位を退いたリアは、まず長女ゴネリルのところへ身を寄せます。ところが、待っていたのは親孝行とはとうてい言えない冷たい仕打ちの数々でした。

怒ったリアはゴネリルの領地を後にし、次女のリーガンの元へと向かいます。しかし、ここでも冷遇されたことに耐えかねて、大嵐の荒野へと飛び出してしまうのでした。

ジョージ・フレデリック・ベンセルの『リア王』では、嵐の中で運命に怒り狂うリアと、彼のお付きである道化の姿が描かれています。当時の宮廷では、道化は王の心を慰める重要な存在でした。

あなたは、嵐に打たれながら嘆き悲しむ老王が描かれたこの作品を見て、どんな気持ちになるでしょうか。

実は『リア王』には、老いや認知症、血縁をめぐる葛藤や遺産相続など、現代の私たちにとっても身近なテーマがふんだんに組み込まれています。そのため、今でも世界中の多くの劇団がこの作品を上演し続けているのです。

『テンペスト』:嵐のあとの、再生と赦し

復讐を企む魔法使いが、本当に望んだもの

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『ミランダ』ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『ミランダ』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ここまで『マクベス』『オセロー』『リア王』と、シェイクスピアの戯曲の中でも非常に有名な「悲劇」を紹介してきました。

最後に紹介するのは悲劇ではなく、「ロマンス劇」のひとつ『テンペスト(あらし)』です。

ミラノの大公であったプロスペローは、魔法の研究に没頭しているあいだに弟アントーニオによって失脚させられます。

孤島に追いやられ、娘のミランダと共に12年の時を過ごすプロスペローでしたが、ある時、魔法の力によって弟やナポリ王が乗る船を難破させることに成功します。

遭難した一行が島に流れ着くと、プロスペローは妖精のエアリエルに命じ、ナポリの王子ファーディナンドとミランダが恋に落ちるように仕向けます。そしてファーディナンドに過酷な労働を課し、愛の試練を与えるのでした。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる『ミランダ』は、難破する船を見つめるミランダを主役にした作品です。
荒れ狂う海と難破船を見つめる彼女の表情は描かれておらず、鑑賞者の想像を掻き立てる1枚に仕上がっています。

『エアリエルに誘惑されるファーディナンド』物語のキーパーソンを描いた妖精画

ジョン・エヴァレット・ミレイ『エアリエルに誘惑されるファーディナンド(第1幕第2場)』ジョン・エヴァレット・ミレイ『エアリエルに誘惑されるファーディナンド(第1幕第2場)』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ジョン・エヴァレット・ミレイによる『エアリエルに誘惑されるファーディナンド(第1幕第2場)』。島に遭難して皆とはぐれてしまったファーディナンドが、エアリエルの歌声に誘われてミランダの元へと導かれる場面が描かれています。

この作品は、ヴィクトリア朝時代の代表的なアートムーブメント「ラファエル前派」に属しますが、その中でこうした妖精画は非常に珍しいものでした。

エアリエルは『テンペスト』のなかで重要な役割を果たすキャラクターです。プロスペローの右腕的存在として大活躍し、物語を大きく動かすのです。

『テンペスト』の最後、プロスペローはかつて自分を陥れた人々を赦し、ふたたび大公へと戻ります。大団円、つまり「めでたしめでたし」で幕を閉じますが、この結末にはエアリエルの存在が欠かせません。

エアリエルもまた、最後にはプロスペローから解放されて自由を手に入れるのでした。

まとめ:シェイクスピアが画家たちに遺したもの

今回紹介した4作品に登場するのは、野心に蝕まれた夫婦、嫉妬に狂った将軍、愛を見誤った老王、そして赦しを選んだ魔法使いの姿です。

時代も国も違うのに、どこか他人事とは思えないのは、シェイクスピアが描いたのが「人間そのもの」だったからかもしれません。

そして画家たちは、登場人物の感情が凝縮された瞬間を、絵のなかに永遠に留めました。

絵画を入口に、ぜひシェイクスピアの世界に足を踏み入れてみてください。きっとあなただけのお気に入りの場面やキャラクターが見つかるはずです。

参考書籍一覧:
『真訳シェイクスピア四大悲劇 ハムレット・オセロー・リア王・マクベス』著:ウィリアム・シェイクスピア、訳:石井美樹子(河出書房新社)
『名画で見るシェイクスピアの世界(ビジュアル選書)』著:平松洋(KADOKAWA/中経出版)
『シェイクスピア・ハンドブック』編集:河合祥一郎、小林章夫(三省堂)

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糸崎 舞

糸崎 舞

元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。

元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。

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