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2023.6.14
抽象絵画が切り拓く新たな表現の世界。アーティゾン美術館で開催中の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開』の見どころ
20世紀初頭の革新的な絵画運動を経て生まれた抽象絵画。ともすれば「難しい…」と思われてしまいますが、作品の背景やストーリーなどに関心を寄せがちな具象絵画とは異なり、抽象絵画は線や面、それにタッチといった絵画の持つ本来的なエッセンスをダイレクトに味わうことができます。
そうした抽象絵画を、印象派を起点にして、ふたつの大戦を経て展開していく様子を、フランスを中心としたヨーロッパ、アメリカ、そして日本の画家の作品によってたどる展覧会が、東京・京橋のアーティゾン美術館にて開かれています。
目次
ヘレン・フランケンサーラー『ファースト・ブリザード』 1957年 石橋財団アーティゾン美術館
Section 8「戦後日本の抽象絵画の展開(1960年代まで) 」展示風景
印象派やキュビスム、フォーヴィスムの名品から抽象絵画の源泉をたどる。
ポール・セザンヌ『サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール』 1904〜06年頃 石橋財団アーティゾン美術館
まず最初に紹介されるのは抽象絵画の源泉とされる印象派の作品です。セザンヌの『サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール』は後期の代表作。目がとらえる実体感を残しつつ、構築性のある絵画を実現するセザンヌの絵画は、のちの抽象絵画へといたる20世紀絵画の展開に大きな影響を与えました。
フアン・グリス『新聞と開かれた本』 1913〜14年 石橋財団アーティゾン美術館
また1910年頃に抽象絵画が起きたとされていますが、そのきっかけになったキュビスムやフォーヴィスムの作品も展示されています。有名なピカソやブラックだけでなく、国内ではあまり知られているとはいえないフランスのメッツァンジェやスペインのフアン・グリスの作品も見どころではないでしょうか。
抽象絵画の覚醒〜クプカからドローネー、そしてカンディンスキー。
フランティセック・クプカ『赤い背景のエチュード』 1919年頃 石橋財団アーティゾン美術館
誰の手によって抽象絵画が何時はじまったのかについては議論があるものの、黎明期において重要だった画家が何人か存在します。そのひとりが今回の展覧会にてメインビジュアルを飾ったクプカです。ボヘミアに生まれ、ウィーンで学んだクプカは、当初、幻想的な具象絵画を描くもの、1909年以降、外界の現実を捉えることよりも人間の内面的な現実に共鳴するようになります。すると作品も抽象的な傾向を帯びていき、1911年から翌年にかけては完全な抽象絵画を描き出しました。
ロベール・ドローネー『街の窓』 1912年 石橋財団アーティゾン美術館
またドローネーもフランスにおける抽象絵画のはじまりと呼んで良い画家のひとり。『街の窓』ではエッフェル塔と思しきモチーフも見られるものの、色面は重なり合い、画面は幾何学的な形態にて構成されています。
ヴァシリー・カンディンスキー『自らが輝く』 1924年 石橋財団アーティゾン美術館
絵画を精神活動とみなし、色彩や線の自律的運動によるコンポジションの探求に取り組んだカンディンスキーも見過ごせません。『自らが輝く』はバウハウスに入った頃の初期の作品です。大小の円や四角形、三角形、そして線などが重なり合いながら、音楽的ともいえるリズミカルな動きを持つように配されています。
フランスからアメリカへ。第二次世界大戦後の抽象絵画の動向。
ジャン・フォートリエ『人質の頭部』 1945年 石橋財団アーティゾン美術館
フランスの第二次世界大戦後の抽象絵画の展開についても追ってみましょう。まずフォートリエ、デュビュッフェ、ヴォルスらが、荒々しい画肌や有機的な形態表現を手がけ、抽象絵画に新たな方向性を示そうとします。
ジョルジュ・マチュー『10番街』 1957年 石橋財団アーティゾン美術館
またその影響を受けたマチューらは、鮮烈な色彩と絵具の物質感、そして激しく動くような力強いタッチによる抽象絵画を制作。自らの動向に「叙情的抽象」という名を与えました。
左:ジャクソン・ポロック『ナンバー2、1951』 1951年 石橋財団アーティゾン美術館 右:ジャクソン・ポロック『ナンバー8、1951 黒い流れ』 1951年 国立西洋美術館(山村家より寄贈)
一方で戦後の抽象絵画の舞台はフランスからアメリカへと移っていきました。1950年代にかけて展開した抽象表現主義は「ニューヨーク・スクール」、また狭義の意味で「アクション・ペインティング」と呼ばれ、画面を超えて広がる全面性や身振りといった新しい表現を切り開いていきました。
エレイン・デ・クーニング『無題(闘牛)』 1959年 石橋財団アーティゾン美術館
このアメリカの戦後抽象絵画もひとつのハイライトといえるでしょう。ポロック、デ・クーニング、ロスコ、またスティルにフランケンサーラー、そして近年再評価の進むデ・クーニングの妻、エレイン・デ・クーニングらの力作がずらりと並んでいます。
日本における抽象絵画の展開とは?「具体美術協会」の活動。
左:萬鉄五郎『もたれて立つ人』 1917年 東京国立近代美術館 右:村山知義『サディスティッシュな空間』 1922〜23年 京都国立近代美術館
日本において抽象絵画はどのように展開したのでしょうか? 実は抽象表現の移入はヨーロッパでの興隆と大きな時間の差はなく、1915年には恩地孝四郎が日本の最初期の抽象のひとつとされる『抒情「あかるい時」』を制作。また萬鉄五郎も『もたれて立つ人』においてキュビスムとフォーヴィスムを追求した上にて、形態を解体しつつ独自の表現を得ようとします。
Section 9「具体美術協会」展示風景。右は吉原治良『作品』 1965年 大阪中之島美術館
また戦後の日本の抽象では、吉原治良のもと、主に阪神間を拠点に独創的な活動を行った具体美術協会も大きな役割を果たしました。
ここでは白髪一雄、田中敦子、村上三郎らの作品が展示されていますが、教員を務めながら具体美術協会に参加して制作を続けた正延正俊の珍しい小品も見ておきたいところです。
スーラージュ、ザオから現代の作家まで。多くの新収蔵品も見どころ。
左からアンス・アルトゥング『T1988-R9』、『T1988-R10』(ともに1988年)、『T1987-H15』(1987年) いずれもアルトゥング=ベルクマン財団
このほか会場ではアルトゥング、スーラージュ、ザオの晩年の創作もまとめて展示。ラストでは「現代の作家たち」と題し、鍵岡リグレアンヌ、津上みゆき、柴田敏雄、横溝美由紀ら7名の作家を紹介しています。
津上みゆき『View, Water, 21 December 2022, 2023』 2023年 作家蔵
作品数は石橋財団コレクションから新収蔵品95点を含む約150点、また国内外の美術館、個人コレクションなどの約100点のあわせて約250点。全12章立ての全館スケールの展示です。
鍵岡リグレアンヌ『Reflection p-10』 2023年 作家蔵
あくまでも同館のコレクションに沿った構成のため、例えばロシア・アヴァンギャルドについては省略されるなど、すべてを網羅しているわけではありませんが、これほどの大規模な抽象絵画展は国内では滅多に開かれません。
ザオ・ウーキー『07.06.85』 1985年 石橋財団アーティゾン美術館
ザオの『07.06.85』の前に立つと、貴石のように輝くブルーが目に染みるとともに、打ち震えながらぶつかり合う細い線に心が揺さぶられ、いつしか深淵な宇宙を思わせる画面へ引き込まれるような錯覚に囚われます。
左:ザオ・ウーキー『24.12.95』 1995年 個人蔵 右:ザオ・ウーキー『18.13.2008』 2008年 個人蔵
アーティゾン美術館の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開』にて、感性を解き放ち、想像力を自由に膨らませながら、絵画を見る喜びを味わってみてください。
展覧会情報
『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ』 アーティゾン美術館
開催期間:2023年6月3日(土)~8月20日(日)
所在地:東京都中央区京橋1-7-2
アクセス:JR線東京駅八重洲中央口、東京メトロ銀座線・京橋駅6番、7番出口より徒歩5分
開館時間:10:00~18:00
※8月11日を除く金曜日は20:00まで
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(7月17日は開館)、7月18日
観覧料:日時指定予約制 一般1800円、大学生以下無料(要予約)
※当日チケット(窓口販売)は2000円
https://www.artizon.museum
画像ギャラリー
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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