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2025.2.3
TOTOギャラリー・間3/23まで「吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在」建築×漫画が描き出す未来
TOTOギャラリー・間で、建築と漫画がコラボレーションするユニークな展覧会「吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在」が、2025年3月23日(日)まで開催中です。
「建築家の不在」というタイトルは、「建築家が自己表現を手放した時、そこに作家性は残るのか?」という吉村靖孝氏の問いから生まれました。本展には、7名の漫画家が、吉村氏のプロジェクトからインスピレーションを受けて描き下ろした作品が展示されています。
筆者は展覧会を訪れ、漫画を通して建築を考えるという新たな試みを体験しました。この記事では、展覧会のレポートを交えながら、本展の見どころを紹介します。
目次
「建築家の不在」とは?
吉村靖孝氏は、人々の行動と社会的な条件の架け橋になる建築を構想し、活動を続けている建築家です。日本建築設計学会賞大賞をはじめ数々の賞を受賞し、注目を集めています。
吉村氏は、建築を作品と捉えるよりも、いかに社会に開くかに重点を置いています。本展の「建築家の不在」というテーマも、自身の作家性を消すことで、建築の新しい解釈を探る試みとして生まれました。
また、テーマの背景には、以下2つの出来事がありました。
①オランダのMVRDVでの体験
1つめは、吉村氏がオランダのMVRDVという建築家集団に在籍していた時の体験が挙げられます。彼は、文化庁派遣芸術家在外研修員として、1999〜2001年までMVRDVに所属していた際、ある出来事に驚いたと言います。
MVRDVの模型がOMAという建築設計事務所のものに近似していると感じた吉村氏は、後にそれが同じ模型屋の仕事だと知ります。そして、模型の制作が建築家の仕事ではなくなっていること、また建築家同士が模型のテイストを共有しうることから気づきを得たそうです。
吉村氏は、模型は建築家の表現だとは言い切れないと考え、「建築家の作家性とは何か?」という問いに着目しました。
(※参考:「吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在」ニュースリリース)
②病が回復する期間との重なり
2つめは、吉村氏が2年前に脳出血を発症し、病気が治癒する過程と展覧会を制作する期間が重なったことです。
彼は早稲田大学の教授を務めており、自身の研究室の学生とともに本展を作り上げたそうです。学生と対話する中で、漫画家に協力を依頼するアイデアが浮かび、企画を形にしていきました。
このように、「建築家の不在」というテーマは、彼が熟考してきた作家性への問いを形にする試みであり、自身が不在の状態で展覧会を作ってきた過程を示しているとも言えるでしょう。
展覧会の紹介
ここからは、会場の様子を紹介しながら、建築と漫画がどのようにコラボレーションしているのかを辿ります。両者がリンクし、柔軟な発想で建築を捉え直そうとする試みを体感できる展示です。
漫画の展示スペース
会場の入り口がある3階は、漫画作品の展示スペースです。7名の漫画家が描き下ろした作品は、大判サイズに印刷されており、没入感を味わいながら読むことができます。また、漫画家の自由な発想を形にしたプロジェクトも展示されています。
吉村氏が漫画の考察を深める際に参考にした書籍も展示。本棚のデザインは、「Nowhere but Sajima」(2008年)で使われている本棚を90度回転させたもの。
建築の展示
4階には、吉村氏が手がけた7つのプロジェクトが展示されています。漫画を読んだ後に模型を見ると、ストーリーで描かれていた建築の特徴や細部を思い出し、隅々まで観察したくなります。
テラスの展示
吉村氏の建築作品に使用されたスケールフィギュアを等身大で展示
2つのフロアをつなぐテラスには、等身大のスケールフィギュアが展示されています。スケールフィギュアとは、建築のサイズを把握するために配置される、人や物の縮尺モデルのことです。
漫画から建築へとフロアが移り変わるスペースにスケールフィギュアを設置することで、2つの空間を結びつける意図があるそうです。
建築と漫画が共鳴する空間
「漫画建築史年表」の解説をする吉村氏。歴史的な出来事から両者の関係性を考察し、年表にまとめました。
本展の特徴は、2つの展示室の構成がリンクしている点です。
下の写真を見ると、吉村氏の「Nowhere but Sajima(2008年)」の展示が、2つのフロアの同じ場所に位置していることが分かります。
吉村氏は、漫画家による建築の新しい解釈が下のフロアから立ち上がり、4階のプロジェクトの展示と関連するような構成を考えたそうです。
また、コマ割りで表現された展覧会ポスターと展示室がリンクしているのもユニークです。
ポスターを右に90度回転させると、ちょうど3階・4階の展示スペースと同じ配置になります。
このように、建築と漫画が共鳴するデザインを通して、吉村氏の思想が浮かび上がるよう、展示が設計されています。
建築プロジェクトと漫画作品の紹介
ここでは、吉村氏の建築プロジェクトと漫画のコラボレーション作品を2つご紹介します。
吉村氏の建築は、現代の課題への応答であるとともに、未来を見据えて作られていることが感じられるでしょう。
Red Light Yokohama
Red Light Yokohama ©Yasutaka Yoshimura 神奈川県、2010年(画像提供:TOTOギャラリー・間)
「Red Light Yokohama」は、横浜市の黄金町エリアマネジメントセンターからの依頼で制作されました。わずか10平米の空間を改装し、オフィスや店舗として使える場所に生まれ変わりました。
「Red Light Yokohama」の特徴は、緑と白に塗り分けられた2つの部屋です。奥の部屋で30秒ほど緑を眺めた後、白い部屋に移動すると辺りがピンクに見えるという、補色残像の効果が取り入れられています。
なぜピンクに注目したかと言うと、かつての黄金町の姿を想起するしかけを作りたいという、吉村氏の思いがあったからです。以前の黄金町には風俗店がひしめいており、街は赤いネオンサインで照らされていました。
吉村氏は、「黄金町がいつか新しいマンションで埋まる街になっても、人々の頭のなかに街の記憶がほんのり残っていてほしかった」と言います。
「Red Light Yokohama」の漫画を手がけた川勝徳重氏は、建築作品とかつての黄金町の姿、そしてこの土地にまつわる人々の思いを重ねる作品を制作しました。
物語は、「Red Light Yokohama」を作った建築家と高齢の女性が言い争うところから始まります。女性は黄金町で生まれ育ち、治安があまり良くなかった当時を知っているので、以前の街を思い出したくなかったのです。
ストーリーの転換点となるのは、当時の風俗店で働いていた外国人女性・ミーさんを思い起こしたシーンです。住民と建築家、そして働き手の姿を描くことで、川勝氏は「Red Light Yokohama」と黄金町の歴史を、多角的に表現しています。
「川勝徳重 × Red Light Yokohama」の展示
3階の展示室には、訪れた人が「Red Light Yokohama」の補色残像を体験できるよう、緑の植物で埋め尽くされたスペースが設置されました。建築の背景にある街の歴史や、登場するキャラクターの心の動きを体感できる展示です。
滝ヶ原チキンビレジ
滝ヶ原チキンビレジ ©Yasutaka Yoshimura 石川県、2021年(画像提供:TOTOギャラリー・間)
「滝ヶ原チキンビレジ」は、石川県小松市内の小さな里山集落「TAKIGAHARA FARM」に建設された鶏小屋です。
この集落は、IDÉE創始者の黒崎輝男氏による自律循環型のコミュニティで、拠点作りの一環として、鶏を平飼いできる鶏舎の建設が決まりました。
吉村氏は、「滝ヶ原チキンビレジ」の依頼を受ける前から、鶏の過酷な飼育状況に疑問を感じていたそうです。
一羽あたりに与えられる面積が極めて小さく、鶏の体に負荷をかけるような飼育方法が主流となっており、こうした状況を変えられないかと考えました。
(参考:吉村靖孝「社会と住まいを考える(国内) 10 動物の住まい考──ピッグシティからチキンビレジへ 」LIXILビジネス情報)
そして、人間だけでなく動物もともに幸せな人生を送れるアニマル・ウェルフェア社会を目指す建築の構想がスタートしました。
上の写真を見ると、様々な形の家が集まった建物と、大きな屋根のような建物が目に留まります。小さな家は鶏が産卵する個室になっており、大きな建物には鶏の寝床があります。
また、「滝ヶ原チキンビレジ」は、鶏の行動を分析してデザインされました。たとえば、水平なバーをつかんで眠るという鶏の行動に基づき、寝床には一列の横木がわたされています。
メグマイルランド《アコとマックス》(画像提供:TOTOギャラリー・間)
「滝ヶ原チキンビレジ」の漫画を担当したメグマイルランド氏は、鶏と飼育員のスケールを自在に変化させながら、動物と人間がともに暮らす様子を描きました。
たとえば、上の画像で影のように描かれている雄鶏・マックスは、人間を上回るスケールで描かれ、他のキャラクターたちを圧倒します。一方、飼育員のアコさんは、自宅で寝ているシーンでは等身大ですが、マックスたちと過ごす場面では鶏よりも小さく描かれています。
メグマイルランド氏が表現する世界には人間と動物の主従関係はなく、それぞれが生命力を爆発させているかのようです。鶏と人間の関係を揺るがす本作は、吉村氏の「滝ヶ原チキンビレジ」に対する考え方を体現していると感じられました。
展覧会の入り口では、等身大で再現されたマックスが鑑賞者を迎えます。迫力のある姿は、人間と動物の関係を転換させる役割を担っていると言えるでしょう。
展覧会からにじみ出る作家性
吉村氏と「川勝徳重 × Red Light Yokohama」の展示
建築家の作家性を消すという構想からスタートしたこの展覧会。しかし、展示を通して見えてきたのは、吉村氏のゆるぎないクリエイティビティでした。
吉村氏は、漫画家に制作を依頼する際、建築をどのように描くかは彼らにすべて委ねたそうです。また、「建築から発想したストーリーであれば、建築の空間をひとつも描かなくても良い」とも伝えました。
結果的に、7作品すべてに建築が登場し、漫画家の視点で吉村氏の思想を克明に描き出しています。
漫画作品に共通しているのは、吉村氏の建築が社会に組み込まれた未来を描いている点です。彼が手がけるプロジェクトは、現在の課題に応えるとともに、未来を見据えた提案でもあると言えます。漫画という表現を通じて、その思想が鮮明に浮かび上がったと感じました。
漫画を入り口に、建築と人との関係、そして吉村氏が描く未来の社会を可視化する本展。建築家の作家性を消した先に何が見えてくるのか、ぜひ会場を訪れて確かめてみてください。
(展示会場撮影:浜田夏実)
展覧会情報
吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在
会期:2025年1月16日(木)~3月23日(日)
会場:TOTOギャラリー・間
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜・祝日 ※ただし、2月23日(日・祝)は開館
公式サイト:吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在
《展覧会に関連する書籍》
吉村靖孝『MANGARCHITECTURE(マンガアーキテクチャ) 建築家の不在』TOTO出版、2025年
画像ギャラリー
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アートと文化のライター。アーティストのサポートや、行政の文化事業に関わった経験を活かし、インタビューや展覧会レポートを執筆しています。難しく考えがちなアートを解きほぐし、「アートって面白い」と感じていただける記事を作成します。
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