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2026.5.5

【取材レポート】パナソニック汐留美術館『ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶』展の見どころ

フォーヴィスムなど様々な画風が花開いた20世紀フランスで、ステンドグラスのように輝く色彩と太く黒々とした描線によって、道化師や娼婦、キリストなどをモチーフに独自の作品を生み出していったジョルジュ・ルオー。

その鮮烈な画面は静謐な美しさの中にも内面の深淵へと引き込むような力を持つ。

そんなルオーのコレクションを約270点所蔵し、ルオー専用の展示空間「ルオー・ギャラリー」を持つことでも名高いのが、パナソニック汐留美術館だ。この美術館では、4月11日から、作品が生まれたアトリエという切り口からルオーの画業をたどる展覧会『ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶』が開催されている。

今回は、展覧会の見どころと共にルオー作品の魅力を紹介していく。

ジョルジュ・ルオー 《クマエの巫女》 1947年 油彩/紙(格子状の桟の付いた板で裏打ち)  パナソニック汐留美術館

①原点ーーー師ギュスターヴ・モローのアトリエ

ルオーが本格的に画家を目指し始めたのは19歳の時だった。1890年に国立美術学校に入学し、2年後、教授の一人であるギュスターヴ・モローのアトリエに入った。

《ヘロデ王の前で踊るサロメ》(*本展には出品なし)など、聖書や神話を題材に、宝石を散りばめたような装飾的で幻想的な作品を手がけたモローは、教え子たちに自分の様式を押し付けることはなく、一人一人の個性を尊重するタイプの指導者だった。

ルオーもまた、この自由な環境の中でのびのびと才能を発揮し、師モローのマチエール(絵肌)へのこだわりや神話・宗教テーマへの関心を受け継いだ。

(展示風景)(左から二番目)ジョルジュ・ルオー 《ゲッセマニ》 1893年 パナソニック汐留美術館

左から二番目に展示されている《ゲッセマニ》は、モローの教室に入った翌年に描かれたもので、宗教テーマという選択や、油彩の上に線描をほどこす技法にはモローの影響がうかがえる。

深淵を覗き込むような雰囲気や、キリストというモチーフなどは、後のルオーの作品にもつながる要素と言えるだろう。

モローはルオーを可愛がり、ルオーもまた師を深く慕った。

しかし、そんな二人に別れの時が訪れる。1898年、モローが72歳で亡くなったのだ。遺言により、彼の邸は美術館として公開され、その館長としてルオーが指名されていた。尊敬する師の喪失はルオーに大きな衝撃を与えた。彼は国立美術学校を退学し、しばらく制作から離れることとなる。

そんなルオーを支え、励ましたのはモローの教室で共に学んだアンリ・マティスら学友たちだった。彼らと共にパリのクリシー広場近くに構えた共同アトリエを舞台に、ルオーは少しずつ制作へと立ち返り、新たな画風へと踏み出していく。

②ルオーの転換点

美術の伝統において、色彩とは現実のモチーフを正確に再現するためのツールだった。しかし、20世紀初頭のマティスたちはその伝統に挑戦し、打ち破ろうとしていた。

彼らは鮮やかな原色を多用することで、純粋な色彩が持つ美しさや感情に訴えかける力を前面に打ち出す表現を追求した。その過程で、モチーフの形も大胆に単純化され、時に歪められた。

1905年のサロン・ドートンヌで、「フォーヴィスム(野獣派)」と軽蔑をこめた命名がなされたマティスらの新しい表現は、ルオーにとっては、新たな世界の可能性を垣間見せてくれるものでもあった。

彼は赤や青、ピンクなどの色彩やモチーフの大胆なデフォルメを取り入れていく。また、共同アトリエでモデルになっていた娼婦をはじめ、道化師や裁判官など新たなモチーフのレパートリーを増やしていったのもこの頃である。

ジョルジュ・ルオー 《二人の娼婦》 1906年 水彩、パステル/紙 パナソニック汐留美術館 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2026 E6257

また、1906年頃からは陶磁器の絵付けにも挑戦している。今回の展覧会には、2021年度に美術館のコレクションに加わった《ティーセット》(1911年)も展示されており、ルオーの精力的な挑戦ぶりを伺うことができる。

(展示風景)ジョルジュ・ルオー  《ティーセット》 1911年 パナソニック汐留美術館(筆者撮影)

新しいことへの挑戦は、その人の可能性や世界を大いに広げるだけではない。そうした経験はルオーの内部に確かに蓄積され、後の表現を支える養分となっていく。

実際に1907年、ルオーの絵付けした陶器がきっかけとなって、画商アンブロワーズ・ヴォラールと出会うこととなる。ルオーの作品に惚れ込んだヴォラールは作品を買い上げ、1925年からは自邸の最上階をアトリエとして提供した。

頼れるスポンサーを得たルオーは、充実した環境の中で、自らの表現世界を深めていく。
その時期の成果を示す作品の一つが《女曲馬師》だ。

(展示風景)(左から2番目)ジョルジュ・ルオー  《女曲馬師(人形の顔)》 1925年頃 パナソニック汐留美術館

海の底を思わせる青緑色の背景に、帽子と赤い花飾りを身に着けた愛らしい少女が描き出されている。

彼女は歯を見せ笑っているが、大きな目は黒々として、感情がほとんど読み取れない。全体が寒色系の色彩でまとめられているため、ひんやりとした雰囲気が漂い、まるで深淵をじっと覗き込んでいるかのような神秘的な感覚を覚える。

マティスらフォーヴィスムの色彩が、エネルギーの外への放出なら、ルオーのそれは、内側の暗く神秘的な深部へといざなうものと言えよう。
まさにルオーの表現が結晶した一つの到達点であろう。

③ルオー、最後のアトリエ

今回の展覧会の見どころの一つは、終盤にあたる「第4章 1940〜50年代 ー 最後のアトリエ」で、ルオーが1948年から使っていた最後のアトリエが一部再現されていることだ。

(展示風景)(筆者撮影)

リヨン駅近くのアパルトマンの一室に設けられたアトリエは、約20平方メートルほどの広さで、中央にはルオーの息子ミシェルがデザインしたと伝えられる大きな半円形のテーブルが置かれている。テーブルの背後には天井まで届く大きな窓があり、昼間は明るい外光を取り入れられるようになっている。

そしてテーブルの上、ちょうど私たちから見て右半分のスペースには、大小あわせて200本以上の筆や大量の絵の具のチューブなどが所狭しと並べられ、中には作品の一部に使われていた中国産の墨まである。

一方反対側の左半分を見ると、大量の習作と思しき紙で埋め尽くされている。ルオーは、このアトリエでしばしば過去の作品とも向き合い、時には筆を入れることもあったという。時には、最初に描いた時と全く異なる様式や手法で全体を描き直してしまうこともあった。

その典型例が、この《モデル、アトリエの思い出》だ。

ジョルジュ・ルオー 《モデル、アトリエの思い出》 1895年/1950年頃 油彩、インク、グアッシュ/カンヴァス パナソニック汐留美術館

この作品が最初に描かれたのは1895年、モローの教室で学んでいた頃だった。画面の中央では、腰布を巻いた男性モデルが支え棒を手に立位でポーズを取り、奥にはイーゼルの前に座ってモデルを描いている学生と思しき人物がいる。恐らく、モローの教室での実際の授業風景なのだろう。

そして最初に描いた時から50年以上の時を経て、ルオーは再び作品と向き合い、現在の自身の画風でもって大きく描き直した。それは、自分のルーツとも言うべきはるかな過去の記憶と向き合うことでもあっただろう。

記憶を掘り起こし、なぞることで、ルオーは己の記憶を熟成させ、新たな表現へと更新していったのだ。

恐らく彼にとって、筆を置くことは終わりと同義ではなかったのだろう。幾度も作品と向き合うことで、さらに深化させ、更新し続ける。それこそがルオーが数十年をかけてたどり着いた制作のあり方と言えよう。

そしてこのアトリエは、ルオーにとって外界から離れ、己と向き合い続けるための「聖域」だったのではないだろうか。

パナソニック汐留美術館では、これまでにも多彩な切り口からルオーを紹介する展覧会が開催されてきた。

そして、アトリエという「創造」の現場に焦点を当てた今回の展覧会は、孤高の画家ルオーの作品創造のプロセスを追体験できる「体感型」の展示と呼べるかもしれない。会場で1枚でも気になる作品と巡り合ったら、足を止め、細部や何層にも塗り重ねられたマチエールを見つめ、思いを巡らせて欲しい。

ルオーが何を思いながら作品と向き合い、筆を動かしていたのか、に。

展覧会情報

ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶 

会  期:2026年4月11日(土)〜 6月21日(日)
会  場:パナソニック汐留美術館

休館日 :水曜日(ただし4月29日、5月6日、6月17日は開館)
開館時間:午前10時~午後6時(ご入館は午後5時30分まで)
※5月1日(金)、6月5日(金)、19(金)、20 (土)は夜間開館 午後8時まで開館(ご入館は午後7時30分まで)

観覧料(税込)
一般:1,200円、65歳以上:1,100円、大学生・高校生:700円、中学生以下:無料 
※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料でご入館いただけます。
5月18日(月)国際博物館の日は、すべての方が500円でご入館いただけます。

土・日・祝日は日時指定予約制(平日は予約不要)
主  催:パナソニック汐留美術館、朝日新聞社
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、港区教育委員会
特別協力:ジョルジュ・ルオー財団

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ヴェルデ

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アート・ライター。大学ではイタリア美術を専攻し、学部3年の時に、交換留学制度を利用し、ヴェネツィア大学へ1年間留学。作品を見る楽しみだけではなく、作者の内面や作品にこめられた物語を紐解き、「生きた物語」として蘇らせる記事を目標として、『Web版美術手帖』など複数のWebメディアに、コラム記事を執筆。

アート・ライター。大学ではイタリア美術を専攻し、学部3年の時に、交換留学制度を利用し、ヴェネツィア大学へ1年間留学。作品を見る楽しみだけではなく、作者の内面や作品にこめられた物語を紐解き、「生きた物語」として蘇らせる記事を目標として、『Web版美術手帖』など複数のWebメディアに、コラム記事を執筆。

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