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2021.12.14
くらしと人生を豊かにする彩り。染色家でアーティスト、柚木沙弥郎の70年を超える創作活動の軌跡
20代半ばより染色家として活動し、70歳を過ぎてから版画や絵画、それに立体作品や絵本を制作してきたアーティストの柚木沙弥郎(ゆのき さみろう、1922年生まれ)。まど・みちお原作の『せんねんまんねん』や宮沢賢治の絵本シリーズ『雨ニモマケズ』などで知られ、子どもや大人を問わずに人気を集めています。
目次
『柚木沙弥郎 life・LIFE』から「布の森」。会場内の撮影もできます。
その柚木の活動を「life・LIFE」、つまり「くらし」と「人生」をテーマとして紹介する展覧会が、東京・立川のPLAY! MUSEUMにてスタートしました。会場内には愉しい絵本の原画や、美しい布の作品など約150点が公開されています。見どころをご紹介します。
人や動物たちの生きる歓びを描く〜絵本原画がいっぱいの「絵のみち」
『柚木沙弥郎 life・LIFE』から「絵のみち」。1990年代から手がける絵本の原画約80点などが展示されています。
まず出迎えてくれるのは「絵のみち」と題した絵本の展示です。柚木が初めて絵本を出したのは1994年、実に72歳の時でした。すでに染色家としての地位を確立していた柚木でしたが、ようやく巡ってきた機会に「よしきた、ついにきた!」と心が弾んだと語っています。
『つきよのおんがくかい』 山下洋輔・文 柚木沙弥郎・絵 1999年 福音館書店
そしていきなり才能を発揮すると、最初の絵本である『魔法のことば』にて「子どもの宇宙国際図書賞」を受賞。1999年にはジャズ・ピアニストの山下洋輔と『つきよのおんがくかい』、翌年には谷川俊太郎と『そしたら そしたら』、そして自ら話を創作した『ぎったんこ ばったんこ』を世に送り出します。
柚木にとって絵本には、「子どもたち、そして親など読み聞かせをする人たちにとって、繰り返し手にとってもらえるものでありたい。」という思いが込められています。また『たかい たかい』など、布を染めるための型染と同じ技法を用いて描いた絵柄も魅力の1つ。色鮮やかで躍動感にあふれた絵が、まるで音楽を奏でるようにリズミカルに広がっているのです。
『せんねん まんねん』 まど・みちお・詩 柚木沙弥郎・絵 2008年 福音館書店
まど・みちおの詩に絵をつけた『せんねん まんねん』も名作ではないでしょうか。ヤシの木や実、ミミズやワニなどの生き物、そして大地や水が育む命のつらなりを、幾重にも薄く層を成した清らかな色彩にて描いています。原画ならではの色やかたちの絶妙な響きあいも目の当たりにできました。
貴重なドローイングも!ユーモラスな人形や型染ポスターの魅力
こうした絵本の原画とともに紹介されているのが、ドローイングや型染ポスター、それに人形といった作品です。1986年に出版した『宮沢賢治遠景』は、賢治が残した主要な物語を1枚の型染絵で表現した画集ですが、ドローイングでは鉛筆やペン、クレヨンを用いて、物語の世界を素早い線にて描いています。染色や絵の仕事の多い柚木の中ですが、ドローイングは意外にも少ないため、貴重な作品と言えそうです。
また柚木は、『注文の多い料理店』を出版し、民藝品を扱う岩手の光原社や、東京の日本民藝館などで開かれる展覧会のポスターも型染にて長年にわたり制作しました。和紙に型染で刷ったポスターには、明らかに通常の印刷物とは異なった独特の風合いが感じられます。そもそも柚木は戦後間もなく民藝を知り、染色家の芹沢銈介に出会ったことで染色への道を歩みました。そうした縁からも日本民藝館などのために型染のポスターを作り続けたのです。
『町の人々』 2004年 岩手県立美術館、世田谷美術館、作家蔵
『町の人々』とは、柚木が描いた絵本『トコとグーグーとキキ』の中に登場し、動物のサーカスを見物する観衆を立体的に表現した人形の作品です。子どもの頃に見た人形芝居の記憶を蘇らせつつ、布や紙粘土で作った人形は全部で40数体。頭は紙粘土でかたちを作って絵具にて顔を描く一方、体は染めた布や古着を糸で塗って仕上げています。どれもユーモラスな表情をしていますが、現在20数体が日本にあり、残りはフランスのギメ東洋美術館が所蔵しています。そのうち日本にある人形がずらりと揃いました。
布の模様から自然のかたちを感じる。壮大な「布の森」
展覧会のハイライトと呼べるのが、約50点の色とりどりの布が広がる「布の森」の展示エリアです。柚木は着物や帯、暖簾から、洋服やカーテンを作る布地、また一点ものまで、いずれも型染の技法を用いてさまざまな作品を作ってきました。
『柚木沙弥郎 life・LIFE』から「布の森」 ※手前は『萌』 1992年 岩立フォークテキスタイルミュージアム蔵
まゆ玉や縞、丸や四角といった幾何学的なかたち、それに人や動物といった具体的な絵柄など多種多様ですが、柚木は空や海、山などの自然や、暮らしの中で目にする日常の風景から感じたものを「模様」として表現していきました。「人が自然やものの本質、そのいきいきとした部分を掴んで表すのが模様であり、それが美だと思う。」こうも語っています。
会場では水や川、そして大地、またモダンアートを連想させる作品など、似たようなテイストを持つ布がグループとしてまとめられています。観客の動きに合わせて微妙に揺れる布の森をさまよい歩きながら、それぞれの作品のかたちにどのような自然を感じるのかは、1人1人の感性に委ねられているのかもしれません。
『柚木沙弥郎 life・LIFE』から「布の森」 ※手前は『信号II』 1991年 岩立フォークテキスタイルミュージアム蔵
布同士がうっすら透けて重なり合うように見えたり、普段あまり意識することの少ない作品の裏側にも深い味わいが感じられます。まさに森の中を散策するように、お気に入りの布やかたちを探して歩くのも楽しいのではないでしょうか。
スケッチブックからおもちゃ、民芸品のコレクションも公開
スケッチブックや染めの指示ノートも見どころかもしれません。染色、絵画、立体を問わず、いろいろな表現に取り組んできた柚木ですが、どのような分野の作品であれ、まずは鉛筆でスケッチすることから制作を始めるのです。
『柚木沙弥郎 life・LIFE』から「柚木さんの好きなもの」
また1967年、45歳にして初めて海外に旅して以来、旅先で心を惹かれるものを購入した柚木は、世界各地の民芸品やおもちゃを数多く集めてきました。そうしたオブジェの一部を「柚木さんの好きなもの」のコーナーで紹介。船や飛行機の模型や木彫りの像などがキャビネットに収められている様子を見ることができます。これぞ柚木のおもちゃ箱と言って良いかもしれません。
「今」を生きている感覚と、生活の中で感じる実感を大切に制作してきた柚木の作品には、日々の暮らしを豊かに彩るような魅力に満ちています。また「ワクワクしなくちゃつまらない。」と常に語るそうですが、絵本や布を見ていて、これほど心が躍るような展覧会も少ないかもしれません。
『柚木沙弥郎 life・LIFE』ミュージアムショップ。絵本、IDÉEのグッズなど既存アイテムに加え、描き下ろしの絵、染色作品をあしらったPLAY! MUSEUMのオリジナルグッズが販売されています。
70年を超す創作活動は今日も続き、100歳に向けてもなお現役で活動する柚木のイマジネーションに満ちた世界をPLAY! MUSEUMにて感じとってください。
PLAY! MUSEUM上階にあるPLAY! PARKでは、子どもたちに向けたワークショップとして「する・刷る」を開催。型染めをするときのように紙を切り抜いて版を作り、模様を作ることができます。(別料金)
『柚木沙弥郎 life・LIFE』 PLAY! MUSEUM
開催期間:2021年11月20日(土)〜2022年1月30日(日)
所在地:東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3
アクセス:JR立川駅北口・多摩モノレール立川北駅北口より徒歩約10分
開館時間:10:00〜18:00
※平日は17:00まで
※入場は閉館の30分前まで
休館日:会期中無休。ただし12月31日(金)、1月1日(土)、2日(日)をのぞく
観覧料:一般1500円、大学生1000円、高校生800円、中・小学生500円、未就学児無料。
※同時開催の「ぐりとぐら しあわせの本」展の料金も含む
※平日は当日券のみ/休日は希望者に向けてオンラインチケットの日付指定券を販売
https://play2020.jp
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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