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2022.8.2

『よめないけど、いいね!』読めなくても楽しい、日本の書の魅力とは?【根津美術館】

古くから先人たちによって時代を超えて伝わってきた日本の書の名品。全国各地でも書に関する展覧会がたびたび開かれてきましたが、「昔の人の書いた字は読めないから苦手…」と敬遠してしまう方も少なくないかもしれません。

重要美術品『金光明経 巻第四断簡(目無経)』 日本・鎌倉時代 12世紀 根津美術館蔵

しかし「読めないから楽しめない」と先入観をもって避けてしまうのはもったいないと思いませんか? 現在、東京・南青山の根津美術館では、『よめないけど、いいね!根津美術館の書の名品』と題し、書の見どころを分かりやすく紹介して、「いいね!」と実感できるような展覧会を開いています。

誤字・脱字は罰金。奈良時代も校正が重要?国宝にも書き間違いが…

重要文化財『観世音菩薩受記経(聖武天皇勅願経)』 日本・奈良時代 天平6年(734) 根津美術館蔵

まずは仏教の経典を書き写した「写経」から目を向けましょう。経文は文章の部分と韻文の部分から成り立っていますが、一定のルールがあり、文章の部分は通常1行17文字詰めと決まっています。6世紀頃の中国にて確立したとされていて、どうして17字なのかははっきり分かっていませんが、字詰めが決まっていると書写や校正がしやすいというメリットがあります。

重要文化財『大般若経 巻第二百六十七(神亀経)』 日本・奈良時代 神亀5年(728) 根津美術館蔵

また奈良時代の写経は正確を期すために、人を替えて2度、3度と校正され、誤字や脱字があれば書いた人に罰金が課されました。『大般若経 巻第二百六十七(神亀経)』も奈良時代の写経の名品ですが、巻末には書写者と初校・再校の担当者名が記されています。文章において校正が重要視されているのは、いまも昔も変わらないのかもしれません。

国宝『根本百一羯磨 巻第六』 日本・奈良時代 宝亀6年(775) 根津美術館蔵 中央上の「大徳」と記された箇所などが書き直されています。

「国宝にだって間違いがある?!」として注目したいのが、『根本百一羯磨 巻第六』と呼ばれる写経です。1行17文字のところを12〜13文字に書いた特別仕様の大写経として知られていますが、なんと一部に写し間違い、つまり誤字があるのです。誤字は削って書き直していますが、その部分は紙の色が白っぽくなっているように見えます。

文字のかたちやスピード感、それに地の紙の装飾を楽しもう

『石山切(貫之集下断簡) 』 藤原定信筆 日本・平安時代 12世紀 根津美術館蔵

歌集の巻物や冊子を意味する「古筆」も見どころ満載です。藤原定信による『石山切(貫之集下断簡) 』も仮名にも関わらず読むことは困難ですが、スピード感のある流麗な文字は心地良く感じられませんか? また金銀泥による華麗な下絵も見逃せません。

『よめないけど、いいね!根津美術館の書の名品』展示風景。刀の刃紋を見せるためのライトにて作品が照らされています。

今回の展示では刀の刃紋を見せるためのライトを用いているため、角度を変えると、例えば雲母などの部分がきらきらと光を放つように浮かび上がります。書は時に絵のように鑑賞できるわけです。

植村和堂氏寄贈『難波切(万葉集 巻第十四断簡)』 伝 源順筆 日本・平安時代 11世紀 根津美術館蔵

「平安時代の貴族も読めなかった?!」として面白いのが、源順の筆と伝わる『難波切(万葉集 巻第十四断簡)』です。8世紀に成立した『万葉集』は、漢字の音や訓を借りた万葉仮名にて表されていましたが、10世紀に入ると貴族たちにとって読みにくくなっていました。そのために現存する11世以降の豪華万葉集は、和歌を万葉仮名と平仮名にて並記しています。まるで外国語を翻訳して読んでいるかのようです。

もはや読めない?高僧の書いた貴重な墨蹟を切った理由とは

重要文化財『無学祖元墨蹟 附衣偈断簡』 日本・鎌倉時代 弘安3年(1280) 根津美術館蔵

臨済宗を中心とした禅宗の僧侶の筆跡を表す「墨蹟(ぼくせき)」にも興味深い作品が少なくありません。元々、墨蹟は難解なたとえや引用が多く、理解することは簡単ではありませんが、そもそも読むことすら放棄しているという驚きの書がありました。それが『無学祖元墨蹟 附衣偈断簡』と呼ばれる、鎌倉時代の高僧の書いた作品です。

記者内覧会でのスライド解説より。赤い枠で囲まれているのが切り取られた部分です。

格調の高さを思わせるような堂々たる筆跡が印象に残りますが、実は江戸時代の記録との照合により、当初の冒頭の5行と小字部分の1行目が切り詰められていることが分かっています。

どうして切ってしまったのでしょうか? その理由として、墨蹟が茶の湯の世界にて大事な茶道具として利用されていたことが挙げられます。つまり床の間に飾るため、そのサイズに合わせて切断して再構成したわけです。もはや一種のコラージュと言えるかもしれません。

読めないからこそ楽しい。当人たちしか分からないプライベートな手紙の魅力

『書状』 近衛信尹筆 日本・桃山時代 16〜17世紀 根津美術館蔵

桃山時代から江戸時代にかけて活躍した人々の「書蹟」も見ていきましょう。近衛信尹の『書状』、つまり手紙には「こひ四位ぞ こひ四位ぞとよ」などと狂歌が記されていますが、そもそも「こひ四位」とは一体なんだか良く分かりません。おそらく「恋しい」の意味だと推測されますが、このように手紙は当人同士しか分からない、すなわち読めないものも少なくないのです。

『書状』 本阿弥光悦筆 日本・桃山時代 慶長10年(1605) 根津美術館蔵

書家で琳派の創始者として名高い本阿弥光悦の『書状』もユニークではないでしょうか。プライベートな手紙ということで奔放な筆遣いが見られますが、実は右端から順に読んでも意味が通りません。何故なら当時の手紙では文章が長いときは最初の余白、さらに本文の各行の間に書き込むことが行なわれているからです。

『書状』 本阿弥光悦筆 キャプション

キャプションにて書を現代の文字に置き換えて紹介していますが、黒、水色、緑の順に読むと意味が通ります。現代人には思いもよらないスタイルですね。

『企画展 よめないけど、いいね!根津美術館の書の名品』展示風景

ここまでに書にまつわる意外なルールや、大胆にも切り詰められた作品、またそもそも当人しか読めない手紙など、さまざまな書をご紹介してきました。またたとえ読めなくても、文字そのものの形の美しさや線が生み出すリズム、紙の装飾など書の見どころは多岐にわたります。

色々な切り口から書の魅力を探る『よめないけど、いいね!根津美術館の書の名品』展にて、書を楽しむための最初の一歩を踏み出してみてください。

『企画展 よめないけど、いいね!根津美術館の書の名品』 根津美術館
開催期間:2022年7月16日(土)~8月21日(日)
所在地:東京都港区南青山6-5-1
アクセス: 東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅下車A5出口(階段)より徒歩8分。開館時間:10:00~17:00
 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日。ただし7月18日(月・祝)は開館、翌19日(火)休館
料金:一般1300円、学生1000円
 ※オンライン日時指定予約
https://www.nezu-muse.or.jp

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はろるど

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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

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