INTERVIEW
2021.8.19
今を楽しめ!「アートは生きる喜び」と語る松井守男画伯の生き方
「正解かどうか自信を持てないから、黙っておこう」
「感覚が世間とズレていたら怖いから、発言したくない」
目には見えないけれど、こんな重たい空気が日本を覆っているように思います。アート鑑賞も同じで、「私は専門家ではないから難しいことはわからないけど」と感想の前に枕詞をつける人の多いこと多いこと(筆者を含む)。私たち、他人の目を気にしすぎでは?
この度、芸術の国フランスで50年以上も画家として第一線で活動してきた、松井守男(まつい・もりお)さんとお話しする機会をいただきました。「アートは生きる喜び」と語る松井さんに、フランスと日本の鑑賞者の違いや生きるヒントについてお伺いしました。
松井さんは1942年に愛知県豊橋市で生まれ、1967年に武蔵野美術大学を卒業しパリに留学。以来、フランスで制作を続けています。その功績ゆえ、フランス政府から芸術文化勲章、レジオンドヌール勲章を受賞されました。2020年2月に一時来日され、コロナ禍で戻れない状況のなか、現在は日本で活動しています。
アートは感動するか、しないか
《光の森》2018年 キャンバスに油彩 250×1000cm 神田明神文化交流館 「EDOCCO」令和の間にて撮影
――率直に、アートの見方に正解はあるのでしょうか?フランスと日本におけるアートの見方の違いについて教えてください。
松井守男(以下、松井):フランス人は、「いいな、綺麗だな」と感動を大事にしていますが、日本人は自分が感動しても他人の意見を気にしますね。「私はいいと思うけど、どうですか?」と。自分ではなく、レッテルで決めるんですよ。自分を大切にしていない。
フランスでは、感動するか、しないかです。感動しないものは、自分が動かされないもの。感動するなら、それでいいじゃないか、という考え方ですね。フランス人が他人に意見を聞くのは、自分ではどうにもできないときだけですよ。
――我々は他人の目を気にしすぎでしょうか?
松井:世間体を気にしますよね。でも人生は一度しかないんだから、もっと楽しまなきゃ。
特にアートで頑張っている人には本当に同情する。一生懸命、戦って描いているのに、画商に電話して『どう思いますか』と聞くんです。
自分の感動に自信がないのかな、誰かに保証されたいんでしょうね。
――松井さんから見て今の日本・日本人はどうですか?
松井:今を楽しもうよ! と言いたいです。特にオレオレ詐欺なんて信じられません。被害に遭うほどお金を貯めているなら、子どもや孫にあげたり、自分が美味しいものを食べたりすればいいのに。
そういう人ばかりではなく、僕のように頑張ってるおじちゃんもいる、というのを伝えたいんです。
フランスでは、孫はおじいちゃん・おばあちゃんなんて呼ばないんですよ。ファーストネームで呼ぶんです。
――名前で呼ぶんですか!?
松井:お父さん・お母さんもね。
そういう言葉で呼ぶと、本当におじいちゃん・おばあちゃんになってしまう。決めつけないで、自分の生きがいを見つけて突進するんです。頑張っていると、捨てる神がいてももっと素晴らしい拾う神が出てきます。
――頑張り続けるエネルギーが凄いと思います。
松井:本を読み直してみて、こいつ凄い頑張ったなと思った(笑)
(※著書『夕日が青く見えた日』には、学生時代のいじめや家族からの渡仏反対、渡仏後の挫折など、松井さんの闘いが綴られています)
あんないじめは序の口です。僕には、絵という絶対に手放せないものがあった。だから何でも平気でした。
自分がこれをやると見つけたら、激動のパリにいようと、中東の砂漠にいようと、絶対にやっていけるんですね。
《ル・テスタメント ー遺言ー》1985年 キャンバスに油彩 215×470cm 細い筆による線が横4メートルを超えるキャンバスを埋め尽くす作品。完成までに約2年半を費やし、類を見ない新しさ、美しさからフランスのアート界で「光の画家」として認知される。
――人生のつらい時代を乗り越えるにはどうしたらいいですか?
松井:日本では同じスタイルを求められるようですね。女優さんは40歳を過ぎたら仕事は入ってこないとか、同じような役ばっかりやらされるとか。女性はこうあるべき、という像が決まっているからですよね。みんな脱皮せずに死んでいくことになる。
絵は変わらなければならないし、挑戦をしないといけません。また同じことをやっていると思ったら、ちょっと旅に行こうとか、人に会おうとか、絶えず何かを探しています。しかし、絵を描くことだけは決まっているんです。
集中できるものを決めて頑張るんです。人生は一度しかないんだから、楽しまないと!
この間、学生時代の同級生と撮った写真をフランスに送ったら、「本当に同級生か? 孫のようだよ」と言われました(笑)
――松井さんは若々しいですもんね。実体験に根差す言葉は力強いです。
アートは真っすぐに見ていい
着席でのインタビューのあとは、松井さんが神田明神に奉納された作品を拝見しました。作風を固定しないので、別人が描いたのではないかと思う作品がズラリ。利き手ではない左手を使った作品もありました。
即興で制作した《リトアニアの女神》も。リトアニア出身のヴァイオリニスト、ジドレ・オヴシュカイテさんが女神として表現されています。
2021年7月23日に行われたリトアニア大使館による文化イベント『絵画と音楽の融合 - 松井守男画伯とジドレ・オヴシュカイテさんのパフォーマンス』にて即興で制作する松井さん
《リトアニアの女神》2021年 キャンバスに油彩 F120号
女神像も印象的でしたが、私が気になったのはキャンバスの白い部分。細くて白い曲線が無数に描かれているんです。「白で何か描かれていますね」と思ったことをそのまま口にして、松井さんにも聞かれてしまいました。
実はこれは重要な「隠し味」で、松井さんの絵画に繰り返し登場する「人」という字をアレンジしたモチーフでした。白地に白い絵具のため目立たず、「日本人でこれに気づいたのはあなたが初めて!」と松井さんに言われて恐縮しきりです。「どうして気づいたの?」と聞かれても、「いやあ……見えました」としか言えず申し訳ないことをしました。
このとき、「自分が感動したことがすべて」という松井さんのメッセージの本当の意味がわかったような気がします。同じアートを前にしても、どんな部分に霊感を受けるかは人それぞれです。アートの見方に正解はなく、心を動かされるままに楽しんだらよいのですね。
まとめ
フランスで画家として生き抜いてきた松井さんから見ると、日本は甘いそうです。なるほど、必死にならずとも漫然と生きられる環境であることが、生きる喜びを見失わせているのかもしれません。
最新の著書『夕日が青く見えた日』には、「出る杭は打たれる」な嫌がらせと逆境を乗り越えたエピソード、ピカソから受け取った価値ある格言、日本に足りないものが書かれています。青い表紙で涼しげにたたずんでいますが、内側に情熱の赤い炎が閉じ込められた一冊です。
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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
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