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STUDY

2024.9.13

情熱と反骨の画家ゴヤ。「裸のマハ」「我が子を食らうサトゥルヌス」…劇的な生涯と傑作群

スペインの画家ゴヤは、宮廷画家としてその地位を固め、ベラスケス、エル・グレコと並び、スペインの3大画家に数えられています。ゴヤの作品は、宮廷画家としての華やかな肖像画から、晩年に至るまでの暗く激しい社会批判的な作品まで、多岐にわたります。

「裸のマハ」では、社会的タブーを犯したとして異端審問にかけられています。また、晩年の「我が子を食らうサトゥルヌス」では、一度見たら忘れられないほどの残忍なシーンを描いています。そして、版画では、人の暗い内面や戦争をテーマにした作品をシリーズで残しています。

この記事では、ゴヤの生涯、代表作を通して、宮廷画家としての顔、聴力を失ったことによる苦悩、当時の社会情勢に対する怒りなど、ゴヤの多面的な魅力に迫ります。また、ゴヤの作品を鑑賞できる国内外の美術館や、観光スポットも紹介します。

波瀾万丈なゴヤの生涯

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の波乱に満ちた人生と作品は、近代絵画への重要な橋渡しとなりました。彼の人生を時系列に沿って見てみましょう。

ゴヤの自画像, Public domain, via Wikimedia Commons.

生誕と初期の活動(1746-1774年:〜28歳)

ゴヤは1746年にスペイン北東部のフエンデトードスで生まれ、幼少期をサラゴサで過ごしました。絵画の勉強を始め、18世紀後半にはマドリードに移り、宮廷画家フランシスコ・バイユーに弟子入りします。1771年、サラゴサにあるエル・ピラール大聖堂の天井画の仕事を受注し、翌年、「天使たちによる神の御名の礼賛」を完成。

Basilica of Our Lady of the Pillar and the Ebro River, Zaragoza , Public domain, via Wikimedia Commons.

宮廷画家としての成功(1775-1792年:29〜46歳)

1775年、ゴヤはスペイン王室のタペストリー工房で働き始め、そこでデザイン画を多数制作します。
1785年、オスーナ公爵(Los duques de Osuna)家がパトロンになり、以後30年に渡り、関係が続きます。
1786年、カルロス3世付き画家となります。
1789年、念願叶って正式にカルロス4世の宮廷画家となり、その後ファースト・ペインター(最高画家)に昇進します。彼らのために描かれた「カルロス4世の家族」や、マリア・ルイサ王妃の肖像画は、ゴヤの宮廷画家としての地位を確固たるものにしました。

病と転機(1792-1808年:46〜62歳)

1792年、ゴヤは重病にかかり、一時的に聴力を失った後、完全に聴覚を失いました。この病気をきっかけに彼の作風は変わり、明るい色調や軽やかなテーマから、より暗く内面的なものへと移行します。スペインの権力者・マヌエル・ゴドイが依頼したと言われている「マハ」シリーズはこの時期に生まれました。

戦争と社会批判(1808-1820年:62〜74歳)

1808年にスペイン独立戦争が勃発すると、ゴヤはその惨状を描いた一連の版画作品「戦争の惨禍」を制作します。また、「1808年5月3日」など、戦争の悲劇をテーマにした絵画もこの時期の代表作です。これらの作品は、戦争や権力の暴力に対する強い批判を表現しています。

晩年と「黒い絵画」(1820-1828年:74〜82歳)

ゴヤの晩年は、孤独と不安に満ちていました。彼は1820年から1823年にかけて、マドリード郊外に購入した別荘(通称「聾者の家」)の壁に直接描いた「黒い絵画」を制作しました。これらの作品は、不気味で不安定な雰囲気が特徴で、彼の内面的な苦悩が強く反映されています。1824年には政治的な混乱を避けるためフランスへ移住し、1828年にボルドーで亡くなりました。


Quinta del Sordo 1900(通称「聾者の家」), Public domain, via Wikimedia Commons.

ゴヤの代表作

生涯で、膨大な数の名作を生み出しているゴヤの作品は、肖像画、歴史画、そして「黒い絵」シリーズに大別できます。ここでは、テーマごとに代表作をピックアップし、作品の背景や魅力を解説します。

1. 肖像画

ゴヤは宮廷画家として多くの肖像画を制作しましたが、その中でも特に有名なのが「着衣のマハ」「裸のマハ」「カルロス4世の家族」です。

■「着衣のマハ」(1800年頃)と「裸のマハ」(1797-1800年頃)
これらの作品は、同じ女性を異なる形で描いた対作品とされています。
「裸のマハ」は、スペインでは女性のヌード画はほぼなかったため、当時の社会的タブーを打ち破るものとして異端審問にかけられてしまいます。また、女性の陰毛まで描いた最初の作品とされ、そこも議論の的だったようです。

「裸のマハ」, Public domain, via Wikimedia Commons.

一方、「着衣のマハ」は同じポーズを取りながらも、豪華な衣装をまとい、エレガントさと品格を感じさせます。柔らかい色調とともに微妙な色彩のグラデーションを駆使し、衣服の豪華な装飾とその重厚感が色彩の工夫で際立っています。

「着衣のマハ」, Public domain, via Wikimedia Commons.

モデルは、スペインの著名な貴婦人であったアルバ公爵夫人であるという説がありますが、確証はありません。また、ゴヤとの関係も噂されていました。依頼主はゴドイとされていますが、ゴヤは誰が依頼主か異端審問でも口を割りませんでした。


■「カルロス4世の家族」(1800年)
この作品は、ゴヤが宮廷画家として描いたスペイン王室の肖像画で、王族一人ひとりの個性を鋭く捉えています。光と影のコントラストを巧みに利用して、登場人物の立体感や表情を際立たせています。

『カルロス4世の家族』, Public domain, via Wikimedia Commons.

しかし、この作品には単なる王族礼賛以上のものがあります。王族の表情にはどこか皮肉が込められており、特に中央に位置する女王マリア・ルイサは威圧的で、実際の権力者であったことが強調されています。

絵画に込められたメッセージ:
ゴヤはこの絵で王室の権力を表現する一方で、現実の権力構造に対する冷ややかな視点をも持っています。王族の華やかさと、その裏にある虚栄心や腐敗を暗に示していると言われています。リアリズムと風刺が融合した作品です。

2. 歴史画

ゴヤは、スペイン独立戦争を題材にした歴史画で、戦争の残虐さと人間の苦しみを描きました。

■「1808年5月3日」(1814年)
この作品は、1808年のスペイン独立戦争において、フランス軍が無抵抗の市民を処刑した場面を描いています。夜の闇の中、光が当たるのは処刑される市民たち。彼らの恐怖と絶望が強烈に表現され、中央の男性が両腕を広げて死を迎える姿は、キリスト教の受難を連想させます。

El Tres de Mayo, by Francisco de Goya, from Prado thin black margin , Public domain, via Wikimedia Commons.

歴史的背景:
ナポレオン軍がスペインを占領した際、スペイン市民は反乱を起こしましたが、フランス軍により厳しく鎮圧されました。この絵はその出来事を忠実に描き、圧倒的な暴力に対する人間の無力さを示しています。

ゴヤの政治思想:
ゴヤは、フランスの侵略とそれに対するスペイン人の抵抗を痛烈に批判し、権力の暴力に対する強い反発を表現しています。同時に、戦争がもたらす無意味な死と人間の尊厳への冒涜をも訴えています。

3. 「黒い絵」シリーズ

ゴヤの晩年に制作された「黒い絵」シリーズは、彼の内面の闇と時代の不安を描いた恐ろしい作品群です。

■「我が子を食らうサトゥルヌス」(1820-1823年頃)
この作品は、ギリシャ神話に登場するサトゥルヌスが、自らの子どもを食べる場面を描いています。サトゥルヌスの目は狂気に満ち、彼が噛みちぎっている体は肉と骨がむき出しになっています。


我が子を食らうサトゥルヌス, Public domain, via Wikimedia Commons.

制作背景:
このシリーズは、ゴヤが晩年を過ごしたマドリード郊外の家「聾者の家」に直接描かれたもので、彼の孤独と不安が反映されています。スペインの政治的不安定や権力闘争がこの暗いテーマの背後にあるとされています。

絵画技法とテーマ:
「黒い絵」シリーズは、鮮烈で大胆な筆使い、そして暗い色調が特徴です。ゴヤは写実的な技法を超えて、内面の狂気や絶望を抽象的に表現しました。これらの作品は、後の表現主義やシュルレアリスムに影響を与えています。

ゴヤの版画作品も有名!

ゴヤは、版画でも非常に重要な作品を残しました。彼の版画作品は、社会批判、戦争の惨禍、そして人間の内面の暗い側面を鋭く描き出しています。
ゴヤの代表的な版画作品とそのテーマ、さらにスペインや日本でのゴヤ版画に関する展示についてご紹介します。

1. ゴヤの代表的な版画作品

ゴヤは、いくつかの版画シリーズを制作しています。その中でも特に有名なのが「ロス・カプリチョス」、「戦争の惨禍」、「闘牛技」、「妄」です。

■「ロス・カプリチョス」(1799年)
このシリーズは80枚から成る風刺的な版画集で、人間の愚行や社会の不条理をテーマにしています。特に有名な作品は「理性の眠りは怪物を生む」で、理性を失った社会がいかに怪物的な行動を生むかを象徴的に描いています。このシリーズは、18世紀末のスペイン社会に対する批判として制作され、ゴヤの政治的・社会的視点が如実に反映されています。

■「戦争の惨禍」(1810-1820年頃)
「戦争の惨禍」は、スペイン独立戦争における残虐な場面を描いた82枚の版画シリーズです。ゴヤは、戦争の無意味さとそれによる人間の苦しみを生々しく表現しています。このシリーズには戦争の恐怖を目の当たりにしたゴヤの心情が反映されており、のちの戦争画に大きな影響を与えました。

■「妄(Los Disparates)」(1815-1823年)
このシリーズは、ゴヤの晩年に制作された幻想的で不気味な版画集です。「黒い絵」と同様に、恐怖や狂気、人間の非理性的な側面がテーマとなっています。どの作品も暗示的で謎めいており、具体的な解釈が難しい反面、その曖昧さが作品の魅力でもあります。

2. ゴヤ版画のテーマと意義

ゴヤの版画には、社会風刺、戦争と暴力、人間の狂気と恐怖というテーマが繰り返し登場します。ゴヤは、権力や理不尽な社会制度に対する強い批判を込め、版画というメディアを通してそれを広く伝えようとしました。
その鋭い洞察と大胆な表現は、のちの社会派美術や表現主義の先駆けとも言えます。

3. サラゴサのゴヤ版画美術館

スペインのサラゴサには、ゴヤに関する貴重な作品を展示する「ゴヤ版画美術館」があります。この美術館では、ゴヤの版画作品が多く所蔵されており、彼の人生や作品世界を深く知ることができます。特に「ロス・カプリチョス」や「戦争の惨禍」の全シリーズを展示していることで知られ、スペイン国内外から多くの美術ファンが訪れています。

4.ゴヤの版画を一挙公開!2024年10月20日まで|神奈川県立美術館

神奈川県立近代美術館 鎌倉別館では、コレクション展「ゴヤ版画『気まぐれ』『戦争の惨禍』」が、2024年8月10日(土)〜10月20日(日)まで開催されます!
このコレクション展は、ゴヤの版画集『気まぐれ』と『戦争の惨禍』それぞれ80点を、前期・後期で公開。

『気まぐれ』(初版は1799年)は、全聾になったゴヤが最初に発表した版画集です。登場する魑魅魍魎(ちみもうりょう)の豊かな表情には、人間の愚かさ、おかしみが醸し出されています。『戦争の惨禍』(1863年初版)は、60歳を過ぎたゴヤが戦争という現実を見つめ、10年余りの歳月をかけて制作したものの、生前に発表されませんでした。

アクアチント、エッチング、ドライポイントなど多様な技法を駆使した銅版画独自の世界観に、ゴヤの真骨頂を感じられます。この記事でゴヤに興味を抱いた方は、ぜひ、足を運んでみてください!

コレクション展「ゴヤ版画『気まぐれ』『戦争の惨禍』」
会期:2024年8月10日(土)〜10月20日(日) 会期中に展示替えあり
・前期 8月10日(土)〜9月8日(日) 『気まぐれ』
・後期 9月10日(火)〜10月20日(日) 『戦争の惨禍』
会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
「ゴヤ版画『気まぐれ』『戦争の惨禍』」

まとめ & ゴヤの作品を鑑賞できる美術館をご紹介!

ゴヤの作品の魅力は、時代や形式を超えて人間の本質に迫る力強さにあります。彼は、権力や社会の矛盾を見逃さず、時にはそれを大胆に暴露し、人間の内面的な葛藤や恐怖をも描き出しました。その表現はリアルでありながらも象徴的で、今もなお新鮮で、普遍的なメッセージを伝えています。そして、単なる歴史的な美術品ではなく、現代に生きる私たちにも問いかける力を持っています。ゴヤの絵画や版画に触れることで、人間の本質や時代を超えたメッセージを感じ取ってみてください。

最後に、ゴヤの作品を鑑賞できる美術館をご紹介します!

スペイン

<マドリード>
- プラド美術館 :「黒い絵」シリーズ、「裸のマハ」「着衣のマハ」など。

- 王立サン・フェルナンド美術アカデミー:「イワシの埋葬」「ゴドイの肖像」など。

- サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂 :ゴヤの墓所、天井画

- リリア宮殿:「アルバ公爵夫人の肖像画」など。

- エル・パルド王宮 :「カルロス4世の家族」など。

- ラサロ・ガルディアノ美術館:「黒い絵」シリーズ「「魔女の集会」など。

- ティッセン=ボルネミッサ美術館:「女性たちの間の儚い時間」など。

マドリードのゴヤゆかりの地
- エル・カプリッチョ公園:マドリードで最も美しい公園の一つとも言われるこの公園は、ゴヤを含む18世紀の啓蒙家が多く集いました。
住所:Paseode la Alameda de Osuna, 2528042

- プリンシペ・ピオ山:戦争の惨禍を描いた「1808年5月3日」の舞台となった場所。

<サラゴサ>
- エル・ピラール大聖堂 :「天上の処女の戴冠」「聖母の御護り」など。

- サラゴサ美術館:現在閉鎖中
「アラゴンの聖母」「キリストの祈り」「フェルディナンド7世の肖像」「アラゴン志願兵のパレード」など。

<フエンデトードス>
- ゴヤの生家:スペインのフエンデトドス村にあります。現在、「ゴヤの生家博物館」(Casa Natal de Goya)として公開されており、ゴヤの生涯と作品に関する展示が行われています。
住所:sCalle Zuloaga, 3
50142 Fuendetodos, Zaragoza, Spain

- ゴヤ版画美術館:「ロス・カプリチョス」「戦争の惨禍」「闘牛技」「狂気と残酷」などゴヤの版画作品を中心に所蔵されています。

<チンチョン>
- 聖母被昇天教会:「聖母被昇天」はこの教会の司祭だったゴヤの弟カミーロが、自分の兄に注文したもの。チンチョンはマドリード市から南東45km。

日本

- 三重県立美術館 :版画「戦争の惨禍」全80点、「闘牛技」全40点、「妾」全18点を所蔵。
〒514-0007 三重県津市大谷町11番地

- 東京富士美術館:版画「戦争の惨禍」「闘牛技」「妾」「気まぐれ」シリーズを多数、肖像画を所蔵。
〒192-0016東京都八王子市谷野町492-1

- 長崎県美術館:版画「明るい背景のマハ」「暗い背景のマハ」など10点を所蔵。
〒850-0862長崎県長崎市出島町2番1号

- 大塚国際美術館:世界中の名画を陶板で再現して展示しています。ゴヤの作品では、「裸のマハ」「着衣のマハ」を陶板で再現。
〒772-0053徳島県鳴門市鳴門町 鳴門公園内

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国場 みの

国場 みの

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建築出身のコピーライター、エディター。アートをそのまま楽しむのも好きだが、作品誕生の背景(社会的背景、作者の人生や思想、作品の意図…)の探究に楽しさを感じるタイプ。イロハニアートでは、アートの魅力を多角的にお届けできるよう、楽しみながら奮闘中。その他、企業理念策定、ブランディングブックなども手がける。

建築出身のコピーライター、エディター。アートをそのまま楽しむのも好きだが、作品誕生の背景(社会的背景、作者の人生や思想、作品の意図…)の探究に楽しさを感じるタイプ。イロハニアートでは、アートの魅力を多角的にお届けできるよう、楽しみながら奮闘中。その他、企業理念策定、ブランディングブックなども手がける。

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