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STUDY

2024.11.7

【奇才画家・伊藤若冲】鶏だけじゃない!イッヌも鯨も象もタコも個性派揃い

みなさん、伊藤若冲という画家をご存じですか?

伊藤若冲は江戸時代中期に活躍した絵師ですが、2000年代になって人気が再燃(若冲ファンとしては嬉しい限りです)。

《動植綵絵(どうしょくさいえ)》の「群鶏図」のように、伊藤若冲といえば「鶏」を思い出す方も多いのではないでしょうか。

実は鶏や鳥以外の動物も手がけ、白象、鯨、タコや魚、晩年になると仔犬も描いています。そして、どのいきものも、とても個性的!めちゃくちゃシリアスな感じのもいれば、シュールな感じのもあり、「その表情、どうした?」と笑みが溢れるようなものもあります。本当に個性派揃いです。

この記事では、伊藤若冲の人物像にも迫りながら、若冲が描いた「いきもの」たちにフォーカスして作品の魅力をご紹介します。

《動植綵絵》のうち「群鶏図」宝暦11年(1761年)-明和2年(1765年)頃, Public domain, via Wikimedia Commons.

伊藤若冲ってどんな人?

実は"ぼんぼん"|京都の錦市場を取りまとめる有力な町衆

伊藤若冲は、1714年、京都の錦小路にあった青物問屋「枡屋」の長男として生まれました。青物問屋とは、各地の野菜などの生鮮食品を集めて仲卸する流通業のことで、「枡屋」は錦小路を代表する問屋でした。

また、商人たちに錦市場の場所貸しもしていたので、裕福な家だったようです。生まれたときから坊ちゃんだったんですね。

久保田米仙による伊藤若冲の肖像, Public domain, via Wikimedia Commons.

画以外は基本、興味なし!40歳で隠居&画家スタート

「枡屋」の後継息子なのに商売に興味がないどころか、芸事にも関心がなく、お酒も嗜まず、生涯、結婚をしませんでした。

彼の関心は「画」一択。それ以外は色褪せて映ったのかもしれませんね。

若冲が23歳のときに父・源右衛門が亡くなり、若冲は「枡屋源右衛門」を襲名し家業を継ぎました。ですが、画に専念したかったようで、40歳になると家督を次弟に譲り隠居をします。そして自分は画家としてスタートを切り、画の勉強、作画三昧の日々に突入です。

同時代には、円山応挙、長沢芦雪、与謝蕪村、曾我蕭白、池大雅など、錚々たる画家が活躍。なおかつ、彼らは同じ京都市街に住んでいるという。さすが、文化の薫り高い京の都です。

そんな中、40歳という遅めのスタートを切った若冲ですが、世間に認められたのは早かったと言えるでしょう。

54歳には『平安人物志』の上位に掲載されています。この『平安人物志』は、現代で言うなら名士録のようなもので、京都で活躍している名士を紹介する書物です。3回くらい上位にランクインしているようなので、著名人だったんですね。

錦市場存亡の危機!3年の月日をかけて守り抜く

若冲は画以外、関心がない人物だったようですが、人情味がないかと言うと、そうではありません。

隠居後の1771年、57歳、「枡屋」の隣町・帯屋町の町年寄を勤めています。また同年、錦市場の商売敵の策謀により、錦市場が存亡の危機に追い込まれてしまいます。その際も若冲が立ち上がり、3年の月日をかけて錦市場を守りました。

商売敵から「お金を積めば帯屋町だけ助けてあげよう」という裏取引を持ちかけられますが、スパンと断っています。自分だけ助かるなんて、道理に反することはしたくなかったのでしょう。

実は、この3年間に描かれた作品はほとんどありません。作画三昧の若冲が、画を傍においてまで東奔西走したことが伺えます。

天明の大火で自宅消失。晩年はお寺の仕事を多く手がける

1788年、京都を襲った天明の大火。

74歳になった若冲の家も燃えてしまいます。この火事で多くの財産を失った若冲は、生活に窮したようで、画を描いてはお米と交換したりしています。

若冲には「号(画家としての名前)」がいくつかあるのですが、この時期「斗米庵(とべいあん)」を使っていたようです。

お米と交換するから斗米庵って(汗)
ユーモアなのか自虐なのか判りかねますが、多分、ユーモアでしょうね。

晩年は伏見深草の石峯寺に隠遁。石峯寺の五百羅漢石像や天井画などに情熱を注いでいます。そして、1800年10月、85歳で生涯を終えます。

厚生労働省の「簡易生命表(令和5年)」によると、2023(令和5)年の日本男性の平均寿命は81.09歳とのことですから、若冲、長生きですね。

伊藤若冲の作風

狩野派→宗元画→写生→若冲ワールド

伊藤若冲は、日本絵画史上最大の画派・狩野派(かのうは)に学びます。狩野派に精通したのち、狩野派の画風を捨て(!)、宗元画を学ぶために宗元画の模写に励んだそうです。

さらには模写では飽き足らず、実物の写生に没頭します。そこで登場するのが鶏です。彼は自宅で鶏を数十羽も飼い、自宅に引きこもって鶏の写生に没頭しました。

当時の平均寿命を鑑みると、40歳からのスタートは決して早くはありません。「時間が惜しい。もっとやりたい」と無我夢中だったのかもしれません。

しかし、鶏を数十羽って、養鶏場じゃないんですから……。それも京都市街の大都会の家ですよ。さすがお金持ちの家で育った資産家。とことんやっちゃうところも若冲の魅力だと思います。

こうして学びを重ね、技術を磨いて磨いて、磨いた先に生み出された若冲ワールドです。

しびれる超絶技巧! 生き生きとした超細密!

若冲と言えば超絶技巧の画家、超緻密というイメージがあります。冒頭にご紹介した《動植綵絵》の「群鶏図」もそうですし、こちらの《動植綵絵》の「牡丹鳥図」も緻密です。同じ題材(ここでは牡丹)を画面いっぱいに配置し、ひとつひとつ細部まで細かく描いています。

綿密な写生による写実的な表現をしているのに、どこか幻想的な空気感があります。こういうところが若冲ワールドと言えるのでしょう。

ちなみに、《動植綵絵》は全部で30幅あります。

《動植綵絵》のうち「群鶏図」宝暦7年頃(1757年)- 明和3年(1766年)頃。, Public domain, via Wikimedia Commons.

また若冲は「升目描き」と呼ばれる技法を編み出します。画面に約1cm四方のマス目を描き、そのなかにさまざまな色を塗り重ねて、描いていくという気の遠くなるような手法。

実は有名な《樹花鳥獣図屏風》一双(2対で1組の屏風のこと)を描くのに、11万6千個以上のマスを引き、ひとつひとつ色を塗っていきました。

《樹下鳥獣屏風図》静岡県立美術館蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.

この数字、もう狂気以外の何者でもない。若冲の執念というか、異世界の人間のようにすら感じます(汗)

奇才天才の若冲、こんなところも大好きです!

もしや、ゆるキャラ?ユニークな作品も

思わずクスッと笑ってしまうキャラも描いています。

こちらの《カエルとフグの相撲》。カエルもフグも、感情があるのかないのかわからない目玉、人生いつでもふざけてそうな雰囲気を醸し出していて、笑ってしまいます。肩の力が抜けないときに鑑賞すると良さそうです(笑)

《カエルとフグの相撲》, Public domain, via Wikimedia Commons.

ほかにも、《六歌仙図》のように漫画チックな水墨画を描いたりして、本当に表現の幅が広いです!
こうしたシュールで地味に笑ってしまう作風は、若冲の人柄が出ているような気がします。

動物、樹花、野菜、仏教画を描く

若冲は人物画や風景という、いわゆる浮世絵はほとんど描かず、生涯かけて、動物、樹花や野菜、仏教をテーマにして画を描いています。動物や樹花、野菜を題材にしたのは、家業が青物問屋だった影響もあると言われています。

また、あまり人付き合いをしなかった印象のある若冲ですが、生涯交流が続いた相国寺の禅僧・大典顕常、黄檗宗(おうばくしゅう)の僧であり煎茶の中興の祖である月海元照(売茶翁)から、大きく影響を受けました。そんな理由からも宗教画を描いていたのでしょう。

イッヌもご紹介、個性的な動物たち

まずは、超有名な鶏から

《動植綵絵》のうち「白鳥と松」宝暦7年頃(1757年)- 明和3年(1766年)頃。, Public domain, via Wikimedia Commons.

こちらは、《動植綵絵》の「白鳥と松」。珍しく白い鶏です。

松の緑と鶏の白の対比が美しい。美しいけど、鶏って松の枝に止まるくらい飛ぶのかしら? なんて疑問も湧きますが。

羽の質感を繊細なタッチと色のグラデーションで描き分けるところも目が釘付けになるのですが、リアル過ぎる脚と、可愛げがないのになぜか憎めない目が好きです。

それとなにげに、右上の太陽が幾何学すぎて気になります(笑)

晩年は仔犬を題材に

イッヌと言えば、円山応挙や長沢芦雪の、見るからに愛らしくてモフモフな画が有名ですが、若冲も何点か描いています。

奇才の画家が描くイッヌは、やっぱりシュールというか、"ぶさかわ"というか、独特の可愛らしさがあります。特に、表情を表す目が独特なんですよね。

正統派の可愛らしさがないのに、茶目っ気を感じられるなんて絶妙です。

ご覧ください、若冲の《仔犬図》です。

こちらは《仔犬に箒図》。これは背中を向けているので、どんな顔をしているかわかりませんね。ですが、全体の優しいタッチが、小さきものへの愛おしさを感じさせてくれます。

イッヌだらけの《百犬図》は個人の方が所蔵しています。
こちらも、1頭ごとの目を見ると、やっぱり正統派の可愛さはないんですよね。でも、モフモフが群れをなしていると可愛らしくなるところが不思議。百犬とありますが、正確には59頭です。

画像参照:《百犬図》-1799年 個人所蔵

ユニークな象と鯨

白い象は、若冲が何度も描いている題材です。禅宗に教えを受けていることもあり、仏教誕生のインドに生息する象は描きたい"いきもの"だったのかもしれません。

ここでは、ユニークでファンタジックな白象と対になっている鯨の屏風絵《象鯨図屛風》をご紹介します。

《象鯨図屛風》右隻-1797年 ミホミュージアム, Public domain, via Wikimedia Commons.

《象鯨図屛風》左隻-1797年 ミホミュージアム, Public domain, via Wikimedia Commons.

白象のほんわかした表情、不思議な体毛(?)とユーモラスな体勢、漫画チックな波の形、海と陸の巨体はどちらも性格が穏やかそうです。不思議な世界観を醸し出しています。

タコや魚も、そこはかとなくユーモラス

魚類も描いています。こちらは、《動植綵絵》の「魚蛸図」です。よーく見ると、どの魚もユーモラスな表情をしています。そして、タコの足にしがみついている仔タコが可愛い。

色使いと筆のタッチが現代感覚に近い気がします。魚加工商品パッケージに、「魚蛸図」のどれかを使ったらオシャレで目を惹くパッケージに仕上がりそうです。

何気なく鑑賞してしまいますが、実際、こんな多種多様な魚たちが一堂に会することはないはず。写実的なのにファンタジックな構図に、若冲の斬新さがある気がします。

《動植綵絵》のうち「魚蛸図」宝暦7年頃(1757年)- 明和3年(1766年)頃, Public domain, via Wikimedia Commons.

伊藤若冲に会いにいこう!

駆け足で伊藤若冲をご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?
稀代の奇想画家の魅力が少しでも伝わったら嬉しいです。

今回は、ぶさかわいい(?)ファンタスティックないきものたちを中心にご紹介しましたが、彼の作品は多岐にわたります。ぜひ、現物を観に行って、若冲の魅力を体感してください!

伊藤若冲の作品を所蔵している美術館情報

※お出かけの際は、各美術館にご確認ください。

■福田美術館(若冲激レア展開催中!)

<展覧会タイトル>
開館5周年記念 京都の嵐山に舞い降りた奇跡!! 伊藤若冲の激レアな巻物が世界初公開されるってマジ?! (略称:若冲激レア展)
会期:2024年10月12日(土)~2025年 1月19日(日)
※大幅な展示替えはありませんが、12月3日(火)に一部の屏風において、右隻・左隻の入れ替えを行います

住所:京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3-16
開館時間:10:00〜17:00(最終入館 16:30まで)
休館日:12月3日(火)屏風の入れ替え、12月30日(月)~1月1日(水)年末年始
公式サイト:福田美術館(若冲激レア展開催中!)

■出光美術館

住所:〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-1-1
   帝劇ビル9階(出光専用エレベーター9階)
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
毎週金曜日は19:00まで(入館は18:30まで)
休館日:毎週月曜日(ただし月曜日が祝日および振替休日の場合は開館、翌日休館)、展示替期間
公式サイト:出光美術館

■皇居三の丸尚蔵館

住所:〒100-0001 東京都千代田区千代田1-8 皇居東御苑内
開館時間:9:30 ~ 17:00 (最終入館は16:30)
毎週金曜・土曜は夜間開館を行います。
※ただし11月29日(金)、1月31日(金)、2月28日(金)を除く20:00まで開館(最終入館は19:30まで)
休館日:月曜日(ただし月曜が祝日または休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始、天皇誕生日および展示替期間
※その他諸事情により臨時に休館する場合があります。
公式サイト:皇居三の丸尚蔵館

■東京国立博物館

住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30~17:00、毎週金・土曜日、11月3日(日・祝)は~20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)
2024年12月17日(火)、年末年始(2024年12月23日(月)~2025年1月1日(水・祝)
※その他、臨時休館・臨時開館があります。
公式サイト:東京国立博物館

■佐野市立吉澤記念美術館

住所:〒327-0501 栃木県佐野市葛生東1-14-30
開館時間:9:30〜17:00
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)・祝日の翌日 (祝日の翌日が土日曜、休日の場合は開館)・年末年始(12月29日〜1月3日)・展示替え期間
※詳しくは展覧会スケジュールをご覧下さい。
公式サイト:佐野市吉沢記念美術館

■岡田美術館

住所:神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:12月31日、1月1日、展示替期間
公式サイト:岡田美術館

■静岡県立美術館

住所:〒422-8002 静岡市駿河区谷田53-2
開館時間:10:00~17:30(入室は17:00まで)
休館日:月曜日(祝日の場合開館・翌日休館)
公式サイト:静岡県立美術館

■細見美術館

住所:京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
開館時間:10:00~午17:00
休館日:月曜日 (祝日の場合は翌日)、展示替期間、年末年始
公式サイト:国立西洋美術館

■相国寺承天閣美術館

住所:〒602-0898 京都市上京区今出川通烏丸東入 相国寺内
開館時間:10:00~17:00 (入館は16:30まで)
休館日:年末年始および展示替期間、その他臨時休館があります
公式サイト:相国寺承天閣美術館

■京都国立博物館

住所:〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町527
開館時間:9:00~17:30(入館は17:00まで)
 金曜日のみ 9:00~20:00(入館は19:30まで)
休館日:毎週月曜日
※ただし、月曜日が祝日・休日となる場合は開館し、翌火曜日を休館とします。
公式サイト:京都国立博物館

■MIHOミュージアム

住所:〒529-1814 滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷300
開館時間:10:00~17:00 (最終入館は16:00まで)
休館日:春季・夏季・秋季、各開館期間中の月曜日(祝日の場合は各翌平日)
展示替え等のため休館期間がございますので開館カレンダーをご確認ください。
公式サイト:MIHO MUSEUM

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国場 みの

国場 みの

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建築出身のコピーライター、エディター。アートをそのまま楽しむのも好きだが、作品誕生の背景(社会的背景、作者の人生や思想、作品の意図…)の探究に楽しさを感じるタイプ。イロハニアートでは、アートの魅力を多角的にお届けできるよう、楽しみながら奮闘中。その他、企業理念策定、ブランディングブックなども手がける。

建築出身のコピーライター、エディター。アートをそのまま楽しむのも好きだが、作品誕生の背景(社会的背景、作者の人生や思想、作品の意図…)の探究に楽しさを感じるタイプ。イロハニアートでは、アートの魅力を多角的にお届けできるよう、楽しみながら奮闘中。その他、企業理念策定、ブランディングブックなども手がける。

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