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2025.9.17

読書の秋に読みたい!北斎・広重・写楽など、浮世絵師を描いたアート小説5選

暑い夏が過ぎ、穏やかで過ごしやすい気候が続く秋。読書の秋という言葉の通り「この秋、読書を楽しみたい!」と思う方も多いのではないでしょうか。
読書とアート作品には、一見関連性が少ないようにも思われます。ですが、有名な美術作品や画家を取り扱った文学は多く、他の文芸作品とは違った楽しみ方ができます。
特に、浮世絵をはじめとする日本美術を題材にした小説には、それぞれの時代背景を楽しく学びながら、作品への理解を深められる魅力があります。

本記事では、葛飾北斎に歌川広重など、後世にもよく知られる浮世絵師を描いた小説5選を紹介します。

アート小説とは?読むとどんなメリットがある?

喜多川歌麿『江戸高名美人 木挽町新やしき 小伊勢屋おちゑ』喜多川歌麿『江戸高名美人 木挽町新やしき 小伊勢屋おちゑ』, Public domain, via Wikimedia Commons.

アート小説とは、美術小説とも呼ばれる文芸ジャンルのひとつです。

定まった定義はないものの、実在の絵師や画家、アート作品を題材にし、研究によって判明している事実と作家の創作を織り交ぜて書く物語を指します。これらの作品にはミステリー要素が強いものも多く、絵画に隠された謎を探りながら進む展開もよく見られます。

アート小説を読むことには多くのメリットがあります。

まずは、物語の世界に没入しながらアートの知識を深められることです。作品が生まれた時代背景や文化を知ることは、アート鑑賞をより楽しむために重要な知識でもあります。
加えてアート小説では、絵師や画家、その周囲の人々が生き生きとしたキャラクターとして描かれています。作品が生み出されるまでにどんなドラマが繰り広げられ、作者はどんな人だったのか。それを知ってから作品を鑑賞すると、作品理解をより深めることができます。

アート小説を読むことは、美術鑑賞をよりよい体験にするための大きな手掛かりになるのです。

浮世絵師の人生や思いにふれる。おすすめのアート小説5選

ここからは、名だたる浮世絵師を主人公にしたアート小説を紹介します。どの作品も比較的読み進めやすく、浮世絵に詳しくない方にも楽しんでいただける作品ばかりです。

なかには直木賞や本屋大賞など、文学賞を受賞したものもありますので、気になる作品があればぜひ手に取ってみてください。

アート小説①梶よう子『北斎まんだら』(講談社)――「画狂老人」北斎をめぐる人間ドラマ

葛飾北斎『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』葛飾北斎『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』, Public domain, via Wikimedia Commons.

おそらく最も有名な浮世絵師である葛飾北斎(かつしか・ほくさい)。
北斎を主人公にしたアート小説は多くありますが、今回は梶よう子さんの『北斎まんだら』を紹介します。

物語は、信州の豪商・高井家の跡取り息子である三九郎の視点から、「画狂老人」とまで呼ばれるほどの才能を持つ北斎と、彼を取り巻く絵師たちの姿を捉えた物語です。

北斎の圧倒的な絵への執着心や、同じく絵師として活躍する北斎の娘・お栄の葛藤。そして美人画で有名な渓斎英泉(けいさい・えいせん)の飄々(ひょうひょう)としたキャラクターなど、強烈な個性を持った絵師たちが登場します。

読み進めていくうちに、三九郎とともに彼らの荒唐無稽さにハラハラしたり、絵への熱い想いに感動したりするでしょう。後世にも愛され続ける名作を残した絵師たちの生き方、考え方が、梶よう子さんの生き生きとした筆致で描かれています。

また、ミステリー仕立てにもなっているので、推理小説がお好きな方にもおすすめです。

アート小説②梶よう子『広重ぶるう』(新潮社)――「等身大の歌川広重」に出会える?

歌川広重『名所江戸百景 水道橋駿河台』歌川広重『名所江戸百景 水道橋駿河台』, Public domain, via Wikimedia Commons.

『東海道五十三次』シリーズなど、浮世絵界における風景画の大家として知られる歌川広重(うたがわひろしげ)。本作『広重ぶるう』では、広重が風景画を手掛けるようになるまでのドラマが描かれています。2024年には、阿部サダヲさん主演のドラマ版がNHKで放送されました。

家計を助けるために10代の頃から画業を担っていた広重。しかし、当時人気だった「美人画」や「役者絵」などを描いても才能が開花せず、絵師としての苦労は長かったといいます。

そんな広重の等身大の悩みや葛藤、周囲の人々との衝突がリアルに書かれている本作。広重がどんな思いで『東海道五十三次』や『名所江戸百景』シリーズを生み出したのか、その思いに読者の心も熱くなります。

タイトルの『広重ぶるう』とは、広重が表現した空や海の美しい青のこと。これは1830年頃から浮世絵に用いられた「ベロ藍」と呼ばれる青色の絵の具によるものです。「北斎ブルー」とともに、広重の用いた「ブルー」は後世の人々にも愛され続けています。

しかし、この小説を読み終わってみると『広重ぶるう』という言葉が、単に「青色」だけを指しているわけではないことに気が付きます。これが一体どういうことなのか、ぜひ実際に読んで確かめてみてください。

アート小説③皆川博子『写楽』――読めばきっと、写楽が好きになる

東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の江戸兵衛』東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の江戸兵衛』, Public domain, via Wikimedia Commons.

数々のミステリー小説をはじめ、伝奇小説や幻想文学など、その華麗な筆致が魅力的な作家・皆川博子さん。彼女が、謎の浮世絵師・東洲斎写楽(とうしゅうさい・しゃらく)を描いた『写楽』は、読み応えたっぷりの、どこか切ない物語です。

江戸時代、葛飾北斎や喜多川歌麿といった人気絵師が活躍していた寛政6(1794)年頃、写楽は突然デビューを果たしました。しかしその正体は一切が謎のまま、わずか10ヶ月で浮世絵界から姿を消してしまったのです。

その後の研究で、写楽の正体についてはさまざまな説が生まれています。しかし本作『写楽』において、皆川博子さんは驚くような人物を写楽の正体として描きました。読者はその意外性に驚かされるものの、一方では深く納得してしまう人物設定です。

また、2025年NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の主人公・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)も、本作の重要人物として登場します。ドラマとはまた違った蔦重の姿を楽しめるでしょう。

先に紹介した『北斎まんだら』や『広重ぶるう』が、絵師たちのエネルギッシュな魅力を堪能できる作品だとすれば、この『写楽』はしみじみとした寂しさや孤独を感じられる物語です。

本作を読み終えた後には、きっと「写楽」という人物が好きになってしまうことでしょう。

アート小説④澤田瞳子『星落ちて、なお』(文芸春秋)――天才ではない、だからこそ共感できる

河鍋暁斎『応需暁斎楽画 第九号 地獄太夫がいこつの遊戯をゆめに見る図』河鍋暁斎『応需暁斎楽画 第九号 地獄太夫がいこつの遊戯をゆめに見る図』, Public domain, via Wikimedia Commons.

江戸時代末期から明治期に活躍した河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)は、「画鬼」と呼ばれるほど強烈な才能を持った巨匠でした。

本作『星落ちて、なお』は、そんな暁斎の娘である河鍋とよ(画家としての名は河鍋暁翠)を主人公にした物語で、第165回直木賞受賞作です。

物語は暁斎が亡くなった明治22年から始まり、その後日本画壇に洋画旋風が巻き起こる激動の時代を描いています。

父の画風を守りたいという気持ちと、家族を養うため、流行の画風を取り入れるという現実のはざまで揺れ続けるとよ。自分の才能への疑念、父との確執、そして母親として仕事と家庭のバランスを取ることに苦しむ彼女の姿は、読者の心を強く打つでしょう。

とよの愚直なまでのまっすぐな生き方と、仕事への誠実な向き合い方、そして最終的に彼女がたどり着いた境地を、ぜひ見届けてほしい1作です。

アート小説⑤原田マハ『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)――海を渡った浮世絵が生み出す物語

フィンセント・ファン・ゴッホ『タンギー爺さん』フィンセント・ファン・ゴッホ『タンギー爺さん』, Public domain, via Wikimedia Commons.

『たゆたえども沈まず』は、浮世絵師が主人公の物語ではありません。ですが、浮世絵という文化が海を渡り、西洋の芸術家たちにどれほどの影響を与えたのかを教えてくれる作品です。2018年の「本屋大賞」にもノミネートされ、第4位を獲得しました。

本作は1886年のパリを舞台に、日本人画商の林忠正と、フィンセント・ファン・ゴッホ、そしてゴッホの弟のテオが出会い、それぞれの運命が大きく動き始める物語です。

ゴッホは日本からやってきた浮世絵に魅了され、大きな影響を受けたと言われています。『タンギー爺さん』など、浮世絵の要素を取り入れたり作品を創作したり、浮世絵を模写したりしていました。

現在でも、浮世絵は日本を代表するカルチャーのひとつとして、世界中の人々に愛され続けています。その背景には、優れた作品を残した絵師たちの存在はもちろんのこと、外国に浮世絵の素晴らしさを広めた画商の存在が不可欠だと言えるでしょう。

本作を読めば、浮世絵というアートをより大きなスケールで楽しめること間違いありません。

まとめ

小説で絵師たちの人生や葛藤に触れてから作品を鑑賞すると、それらの作品は「特別な1枚」に感じられるはずです。

また、絵師たちの個性や創作への熱い思いを通じて、読者自身の仕事や生き方への向き合い方についても考えさせられることでしょう。アート小説という新しい読書体験で、いつもとは違った秋を過ごしてみませんか。

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糸崎 舞

糸崎 舞

元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。

元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。

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