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2026.2.3
北斎に憧れたエミール・オルリク|ウィーン分離派のジャポニスム画家を解説
チェコ出身で20世紀初頭の画家、エミール・オルリク。一時はウィーン分離派に参加し、クリムトなどと共に前衛的な美術に取り組んでいました。
目次
エミール・オルリク《雨の日》, Public domain, via Wikimedia Commons.
そんなオルリクは大の日本美術ファン。特に浮世絵に魅せられた彼は、実際に日本を訪れてその技法を学んだほどでした。
オルリクは浮世絵にならった木版画などで、ノスタルジックな江戸情緒と洗練されたデザイン感覚がバチッと融合させて表現。歌川広重イズムを受け継ぎつつ、ヨーロッパで培った配色センスが活かされているように思います。
歌川広重《名所江戸百景》「日本橋通一丁目略図」, Public domain, via Wikimedia Commons.
正直、オルリクの知名度はいまいち…といったところですが、日本との関わりが深いジャポニスムの画家です。ヨーロッパで日本美術が流行していた当時といえど、本当に来日を叶えた画家は稀有であり、その意味でも重要な人物ではないでしょうか?
この記事では、ウィーン分離派のなかで最も注目すべきジャポニスムの画家、エミール・オルリクについて解説していきます。
ジャポニスムの19世紀と若きエミール・オルリク
エミール・オルリク, Public domain, via Wikimedia Commons.
1870年、現在のチェコ・プラハに生まれたエミール・オルリク。彼が絵画学校で絵を学んでいた19世紀末、ヨーロッパでは「ジャポニスム」の波が到来していました。
ジャポニスムとは、フランスを中心とした「日本趣味」の流行のこと。日本の開国や万博への参加を背景に、大量の日本美術品がヨーロッパへ輸入され、芸術家たちはそのエキゾチックな魅力に夢中になっていました。
クロード・モネ《ラ・ジャポネーズ》, Public domain, via Wikimedia Commons.
彼らは日本の浮世絵や工芸品をコレクションするのみならず、自作にも日本らしさを取り入れていきます。特に有名なのが、印象派のモネやルノワール、ポスト印象派のファン・ゴッホなど。また、オルリクが参加していたウィーン分離派も日本美術に注目し、浮世絵の展覧会を開いたことがあります。
……と、ヨーロッパの芸術家たちは日本美術にすっかり魅了されていたのですが、「日本に行ってみよう!」と行動に移したのはひと握りでした。実は、ジャポニスムを代表する画家として喧伝されるモネ、ルノワール、ロートレック、ファン・ゴッホなどの巨匠は、日本を訪れたことがありません。
エミール・オルリク《富士山への巡礼》, Public domain, via Wikimedia Commons.
そんななか、エミール・オルリクは実際に来日を果たしました。1900年と1912年の2回にわたって日本を訪れ、浮世絵の作り方などを学んでヨーロッパに持ち帰って広めた画家です。
日本を訪れた数少ないジャポニスムの画家
エミール・オルリク《突風》, Public domain, via Wikimedia Commons.
日本美術への関心が高じて、オルリクは30歳を迎える1900年に初めて来日。東京に拠点を置きつつ、京都、奈良、日光、鎌倉、伊香保、会津若松などを旅しました。
エミール・オルリク《Japanischer Garten》, Public domain, via Wikimedia Commons.
当時のヨーロッパの人々が夢見ていたのは江戸時代の日本ですが、オルリクが来日したのは明治期に入り西欧化が叫ばれていた頃。近代化が進む日本に最初はガッカリしていたようで、「着いた当初は失望の連続だった。想像していた日本とはまったく違うのだ」(※)と語っています。
そういえば平成の頃、「日本に来た外国人は本物の侍や忍者がいないことにガッカリする」という噂がありましたが…オルリクもそんなショックを受けたのかも?
エミール・オルリク《Zwei Geishas》, Public domain, via Wikimedia Commons.
しかし時間が経つうちに見える景色が変わってきたらしく、「日本でもあちこちにこびりついている現代風の唾棄すべきニス(うわべ)を剥がしてみると、そこには想像を超えた美しいものがあることに気づくのだ」(※)とも。
「現代風の唾棄すべきニス」とは強い表現ですが、アイデンティティをかなぐり捨てるほどの強引な欧化のことでしょうか…。こうも痛烈に批判されると、いっそ清々しくも思えてきます。
エミール・オルリク《築地第一ホテルの前の人力車》, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルリクはその言葉どおり、西欧化していく日本から「唾棄すべきニス」を剥がし、古き良き日本の風景を見出しました。和傘の重なり合う風景や人力車の車夫などを取り上げたオルリクの木版画は、現代の私たちから見てもノスタルジックな気分を掻き立てられる作品です。
日本で木版画(浮世絵)を学んだオルリク
エミール・オルリク《日本の彫師》, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルリクはヨーロッパにいた頃から、日本の浮世絵(木版画)に興味を持っていました。来日したのも、「描き方・作り方を本場で学びたい!」という動機があったから。20世紀初頭という早い時期に、日本美術オタクとして聖地巡礼の夢を叶えます。
日本の浮世絵は、絵師・彫師・摺師の3者による分業に特徴があります。つまり、版画の下絵を描く人・版を彫る人・紙に色を摺る人が分かれており、それぞれ高度な専門スキルを持つ職人が担当。そうしてクオリティの高い作品が完成されました。
エミール・オルリク《日本の摺師》, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルリクはこの分業体制に衝撃を受けたらしく、絵師・彫師・摺師を浮世絵で表現した連作を発表。裏方の人々にあらためて光を当てた本作は、日本文化に染まっていないオルリクならではの感性を示すようです。
陰影で立体感をつける西洋絵画と異なる、フラットな日本らしい画風も完璧にマスターしていますよね。モチーフを単色で塗りつぶすような彩色も日本風ですが、柔らかい色の組み合わせにはどこか西洋らしいおしゃれ感もあるような。日本と西洋の良いところを見事に両取りしています。
エミール・オルリク《日本の絵師》, Public domain, via Wikimedia Commons.
ちなみに《日本の絵師》のモデルとなったのは、狩野派の画家・狩野友信(かのう とものぶ)です。東京美術学校で教鞭を取るかたわら、オルリクをはじめとする外国人画家とも交流を深め、狩野派の絵の描き方を教えていました。
ヨーロッパ帰国後の活動
エミール・オルリク《江戸橋、東京》<日本便り>, Public domain, via Wikimedia Commons.
約1年の滞在を経て、オルリクは日本からチェコへと帰国します。その後、活動の拠点をウィーンへと移し、日本の風景を描いた版画集「日本便り」を刊行しました。
日本で学んだ木版画をヨーロッパに広めると同時に、オルリクはウィーン分離派にも参加。ここでも、日本をテーマにした木版画を発表します。
エミール・オルリク《モデル》, Public domain, via Wikimedia Commons.
油彩画にも日本の影響が見られ、《モデル》という作品には能面や着物、衝立が描き込まれています。縦に細長い画面にしたのは、日本の掛け軸を参考にしたからだそう。
能面は小面(こおもて)と大癋見(おおべしみ)が重ねられています。作中の女性は顔を覆っており表情が見えないのに対し、小面と大癋見はよく見える配置。女性の心のうちを能面が代わりに映し出しているのではないか…などと解釈が捗り、オルリクが私たちを謎解きに導いているようです。
ラフカディオ・ハーン『心』, Public domain, via Wikimedia Commons.
また、オルリクは日本滞在中に出会った作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の著作を翻訳して出版。自ら挿絵も手がけています。
1912年に二度目の来日を果たしますが、ますます近代化が進んだ日本を、オルリクはお気に召さなかったよう。失望して帰国しますが、日本の伝統が育んだ美の種は、オルリクの胸の中で大きく育ったはずです。
【まとめ】本物の日本を知るジャポニスムの画家エミール・オルリク
葛飾北斎《冨嶽三十六景》「神奈川沖浪裏」, Public domain, via Wikimedia Commons.
「画狂老人」を名乗った葛飾北斎を尊敬し、自身も老年に達したら「画狂老人」と名乗りたい…と書き残したエミール・オルリク。日本を訪れて直接その文化に触れた、数少ないジャポニスムの画家です。
「ジャポニスム」というと、モネやファン・ゴッホなど知名度の高い画家の名前が挙がりやすいのですが、彼らは現実の日本を知りません。にも関わらず、訪日して現地で文化を吸収した芸術家を差し置いて、ジャポニスムを代表する存在として語られているのが現状…個人的には違和感があるところです。
エミール・オルリク《Evening in Fukagawa》, Public domain, via Wikimedia Commons.
日本を訪れた画家からすれば、そうでない画家のほうが高く評価されているのを見て、「あいつらは本当の日本を知らんくせに…ぐぬぬ…!」ってなりません?
この記事を通して、巨匠のに埋もれがちなオルリクの魅力を皆さまと分かち合えれたら幸いです。「ジャポニスム」の展覧会では、オルリクのような芸術家にも注目してみませんか。
参考)
※の出典…千足伸行『もっと知りたい世紀末ウィーンの美術: クリムト、シーレらが活躍した黄金と退廃の帝都』東京美術、2009
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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
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