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2026.6.23
土偶とハニワの違い、説明できる?ヒトガタに見る造形と世界観の移り変わり【縄文・弥生・古墳】
ミュージアムショップで定番の人気者、土偶とハニワ。実はこの2つ、まったくの「別もの」だってご存じでしたか? どちらも人間を模したヒトガタ(人形)ですが、生まれた時代も、使われた目的も、そしてデザインのこだわりも180度違います。
目次
土偶とハニワColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/J甲278-9?locale=ja)ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/J-39551?locale=ja)
ヒトガタは今でこそ玩具や装飾品ですが、太古の人々にとっては、祈りや信仰にかかわる、ある種の神性を帯びたものでした。今回は、縄文・弥生・古墳の3つの時代を旅しながら、当時の人々がヒトガタに託した想いと、デザインの移り変わりを優しくひも解きます。
「土偶」は縄文人の祈りのシンボルだった
まずこの日本列島に、初めてヒトガタとして誕生したのが土偶です。それは縄文時代の幕開けからおおよそ4000年後の、今からおおよそ1万2000年前(縄文時代草創期後半)。人々が竪穴住居を構え、小さな集落を形成して生活をはじめたころのことです。
大自然のなかでの暮らしは、けっして穏やかな時ばかりではなく、命が脅かされるような厳しい場面も多かったことでしょう。自然災害や獣への恐怖、大切な人の死……。ただただ祈るしかなかった縄文人たちが、コミュニティのみんなで心を一つにする。そのシンボルとなったのが土偶です。
はじまりは「女性のからだ」だけだった
その当初の土偶は「女性のからだ」だけを表現したもので、頭部はあってもごく小さく、手足はありませんでした。そして時代が進むにつれ、目鼻口のある顔や手足がつき、さまざまな造形へと発展したのです。
写真 ①土偶 出典:ColBase
土偶は縄文時代が終わるまでの1万年以上にわたって作られ続けましたが、そのほとんどは女性の特徴をとらえたからだつきをしています。縄文人がこれほど女性のからだにこだわったのは、彼らのなかで「子どもの誕生」が最も切実な祈りであったからだと考えられています。そして彼らは、新しい命を生み出す神秘的な女性のパワーを、食べ物をもたらしてくれる「大地」の豊かさにも重ね合わせていたと言われています。
リアルさよりも「デフォルメ」を追求した
さらに特徴的なのは、彼らが土偶にリアルさよりも、大胆にデフォルメした表現を追求したことにあります。
写真 ②土偶 出典:ColBase
多くの土偶の顔は、まるで宇宙人のような、あるいは人間と何かが融合したような不思議な造形です。それはヒトガタとして表現した土偶が、「決して人間ではなく、神や精霊である」ことを示しているのではないかと考えられています。
「バラバラ」で見つかる土偶たち
土偶は土の中で壊れた状態で見つかることが多く、完全な姿で出土することはほとんどありません。なかには胴体と手足が200メートルも離れた場所から見つかった例もあります。それらの土偶はわざと壊されたような痕も見られることから、最初から壊すことを前提に作られたとも考えられています。
写真 ③土偶 出典:ColBase
縄文人は、土偶を神とつながる道具として、また自分たちの病気やケガをうつす「身代わり」として、儀式などで用い、使い終わった後は土の中へ埋めることで、万物を生み出した神に還す……。小さなヒトガタは、そんな当時の人々の世界観を表しているようです。
弥生時代の「土偶形容器」とは
ここで、ちょっと寄り道。弥生時代のヒトガタのお話です。縄文時代にあれほどたくさん作られた土偶は、弥生時代に入ると、なぜかそのほとんどは姿を消してしまいます。
それに代わって登場するのが、「土偶形容器」です。土偶によく似ていますが、実は頭の部分を開けることができ、物を入れられるようになっています。ここに焼かれた子どもの骨が入っていた例があることから、土偶形容器は亡くなった人の骨を入れる骨壺であったと考えられています。
写真 ④土偶形容器 出典:ColBase
米作りが変えた、人々の価値観と形
弥生時代の始まりは紀元前10世紀ごろ。大陸からの稲作という新しい文化が伝わり、数百年をかけてゆっくりと全国へと広まっていきました。米作りを中心とした生活は、人々の生活スタイルを変えただけでなく、価値観や精神世界にも変化を起こしました。そうしたなかで生まれた土偶形容器は、当時の東日本で流行した再葬墓(さいそうぼ)に関わるとされるものです。
再葬墓とは、亡くなった人の遺体を一度地中に埋めるなどして骨だけの状態にし、その骨を壺に入れ直して、再び地中に埋葬することです。家族や集団の絆を強めるための、大切な儀礼だったと言われています。
土偶形容器の顔には当時の風俗であったとされるイレズミの模様が彫り込まれ、どこか厳しい表情をしているようにも見えます。そこに写し出されているのは、いったいだれなのでしょうか。
縄文時代には、目に見えない精霊や神とつながるためのシンボルだったヒトガタ。それは弥生時代には、それまでとは一線を画す、新たな役割を持つ形へと変化していったようです。
ハニワ(埴輪)は墓を彩る飾りだった
古墳時代に入ると、いよいよハニワが登場します。動きのあるかわいいポーズの「踊るハニワ」はキャラクターとしても有名ですね。
写真 ⑤埴輪 踊る人々 出典:ColBase、一部改変
ハニワを一言で表すと、それは「古墳の飾り」。土偶や土偶形容器は土に埋められましたが、ハニワは古墳の一角に並べられたものでした。つまり、ハニワと古墳は最初からセットだったのです。
古墳時代が始まったのは、3世紀後半ごろのこと。ヤマト王権が誕生し、国家統一へと向かうなかで、王や豪族たちはこぞって自分の権威を表すために大規模な墓「古墳」を作りました。大きさは数メートルから、最大級の『仁徳天皇陵(大仙陵古墳)』までさまざま。そこに眠る王が死後の世界でも寂しくないように、そして生前と同じ権威を保てるように配置されたのがハニワでした。
ハニワの2大ジャンル その役割と形
ハニワを大きく分けると、筒の形をした「円筒ハニワ」と、ヒトや動物、家や乗り物などを表した「形象ハニワ」の2種類があります。
もっとも早い時期から作られはじめたのが、円筒ハニワです。文字通り、筒のような形をしたもので、ハニワの中で一番多く作られました。神聖な場である古墳を邪悪なものから守り、また古墳を立派に見せる役割がありました。
そこから約200年遅れて登場したのが、形象ハニワです。ここから一気に、馬や鳥、家や盾、そして「人物ハニワ」と呼ばれるユニークな人々のフィギュアが作られるようになります。
写真 ⑦馬形埴輪 出典:ColBase
ハニワが再現する「生前のステージ」
ここで重要なのが、人物ハニワは、土偶とはまったく違う意味を持っていたということです。土偶は「目に見えない神や精霊」として1体で祈りのシンボルになりましたが、ハニワは1体だけでは意味を成しませんでした。なぜなら、ハニワは「当時の人間そのもの」を写しだし、複数並べることでひとつの物語を表現したからです。
これを「ハニワ群像(ぐんぞう)」と呼びます。王や巫女、武人、動物などを何十体、時には100体以上も並べることで、生前の政治や儀式、マツリや娯楽の場面を古墳の上に再現したのです。並べられるハニワの数は故人の権力に比例し、力のある人物ほど、多くのハニワで盛大にステージを飾りました。
髪型から職業まで、リアルに表現されたヒトガタ
人物ハニワには、当時のリアルな風俗が細かに表現されています。例えば『挂甲の武人(けいこうのぶじん)』は、全身を甲冑で固め、腰には大刀、背中には弓矢を背負うなど、王を守る勇ましい姿が事細かに表現されています。
写真⑧ 埴輪 挂甲の武人 出典:ColBase、一部改変
さらに髪型も男性は耳元で髪を縛る「美豆良(みずら)」、女性は頭の上で大きな髷(まげ)を結うなど、男女の装いがはっきりと区別されています。
写真⑨ 埴輪 壺を持つ女子 出典:ColBase、一部改変
ほかにも、特定の職業を持った姿も作られました。手に鍬を持ち、頭には菅笠(すげがさ)を被った農夫や、力士、楽器の演奏者などバリエーションも実に豊かです。
写真⑩ 埴輪 琴をひく男子 出典:ColBase、一部改変
これらの人物ハニワは、ここに眠る死者の生前のありようを、まるで映画の一場面のようにそのまま活き活きと伝えているのです。
土偶とハニワ、大きさや作り方もこんなに違う
ここでは、土偶とハニワの「大きさ」や「作り方」を具体的に比べてみましょう。
まずは「大きさ」の比較から。
土偶:わずか3センチほどの小さなものから、40センチを超えるものまで。そのすべてが「手で持つことのできるサイズ」です。
ハニワ:多くは数十センチほどですが、なかには160センチを超える「人間とほぼ同じサイズ」のものまであり、円筒ハニワになると2メートルを超える巨大なものもあります。
その「作り方」にも大きな違いがあります。
土偶:人々が生活の合間に作った、いわば「暮らしの中の手作りの品」です。粘土で形を作ったあとは、地面の上や浅い穴の中で火を焚く「野焼き」と呼ばれる、まるで焚き火のような方法でじっくりと焼き上げました。
ハニワ:初期こそ土偶と同じく野焼きで焼かれていましたが、5世紀前半ごろからは、朝鮮半島から最先端の「窯」の技術が伝わります。これは丘陵の斜面に穴を掘って作った窯で、低い方の焚き口から薪をくべ、高い方の煙突へと熱を送り出す仕組みでした。
これにより、1000度以上の高温で焼き上げることが可能になり、それまでよりもずっと頑丈なハニワを、早く、大量に作ることができるようになったのです。これを担ったのは、ハニワ作りの高い技術を持った専門の職人だと考えられています。このように土偶とハニワは、その愛らしい姿や役割だけでなく、だれが、どうやって作ったのかという背景にいたるまで、すべてにおいて決定的な違いがあるのです。
土偶とハニワ、どちらが気になる?
土偶とハニワがまったく違う意味を持つものだと分かっても、どちらも見た目は同じような「素焼きの茶色いヒトガタ」です。もし見分け方に迷うことがあれば、ぜひその「表情」に注目してみてください。
土偶は豊かな表情を持ち、何か言いたげな顔をしているように感じられます。対してハニワは、ぽっかりと穴を開けただけの目と口で、みんな静かに微笑んでいるように見えます。似て非なるヒトガタですが、あなたはどちらに惹かれるでしょうか。
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縄文ライター。10数年前に偶然出会った縄文土器の美しさに魅了され、以来全国の博物館や遺跡を廻っています。堅苦しく思われがちな縄文時代の土器や土偶、装飾品などを、ちょっと斜めから、アートの1つとして楽しんでいただけるように紹介していきます。
縄文ライター。10数年前に偶然出会った縄文土器の美しさに魅了され、以来全国の博物館や遺跡を廻っています。堅苦しく思われがちな縄文時代の土器や土偶、装飾品などを、ちょっと斜めから、アートの1つとして楽しんでいただけるように紹介していきます。
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