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2026.7.22
【千葉県立美術館・取材レポート!】印刷博物館の名品コレクションで出会う、美しき印刷の世界
目次
「印刷」と聞いて、何を思い浮かべますか。情報を伝えるための技術、そう捉えている方も多いかもしれません。
『ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷』展示室風景
千葉県立美術館で開催中の『ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷』では、知識や情報を届けるだけでなく、「美をまとう存在」として印刷を見つめ直し、その魅力に迫っています。今回は見どころをご紹介します。
ヨーロッパの活版印刷術の黎明、その足跡をたどる
『ニュルンベルク年代記』 ハルトマン・シェーデル 著 ミヒャエル・ヴォールゲムート&ヴィルヘルム・プライデンヴルフ 画 1493年7月12日 印刷博物館蔵
まず第1章では、16世紀までにヨーロッパ中へ広がった金属活版印刷術の足跡がわかる書物を展示。精緻な図版印刷を可能とした銅版印刷、そして活字書体やタイポグラフィの歴史を語る上で欠かせない重要な書物が並んでいます。
なかでも目を引くのが、640点以上もの木版画が収められた『ニュルンベルク年代記』です。世界の歴史や地理について記したこの書物には、一部に若きデューラーが挿絵を手がけた可能性も指摘されています。文字だけでは伝わりにくい内容も、挿絵があることでぐっと理解が深まりますが、こうした版画も印刷技術の発達によって一層普及していきました。
『神曲(ダンテの三韻句法)』 ダンテ・アリギエーリ 著 1502年 印刷博物館蔵
一方、小ぶりで地味な印象すら受ける『神曲(ダンテの三韻句法)』は、書体にこそ注目したい一冊。イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの著した世界文学屈指の韻文作品ですが、ここに記されているのはまだ開発されて間もないイタリック体です。小さなスペースに多くの文字を収められるイタリック体は、持ち運びやすい文庫本サイズとして人気を集めました。
19世紀イギリス、プライベート・プレスの美学
『チョーサー著作集』 ジェフリー・チョーサー 著 1896年 印刷博物館蔵
会場を進んで19世紀の書物が並ぶコーナーに入ると、やや雰囲気が変わっていきます。あえて大量生産をよしとせず、文字やレイアウトに徹底してこだわり抜く「プライベート・プレス」が、特にイギリスで大きく花開きました。
その草分け的存在と言えるのが、『チョーサー著作集』です。ウィリアム・モリスが主宰した版元から出版された一冊で、チョーサー活字と呼ばれるオリジナルのフォントが用いられています。見開き一面に広がる草花の細密な模様も、思わず見入ってしまうほど優美ではないでしょうか。
ところがほぼ同時代の『失楽園』に目を移すと、驚くことに挿絵が一つもありません。これはカリグラフィとタイポグラフィそのものを重視した結果。一口に「美しい書物」と言っても、それぞれの版元で個性が分かれていることに気がつきます。
奈良から江戸時代へ、広がる日本の印刷文化
日本の印刷は、中国の木版技術が朝鮮半島を経由し、奈良時代に伝わったことに始まります。初期の印刷物はほとんどが仏書で占められ、その起源をたどると『百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)』にたどり着きます。
これは称徳天皇の発願によって764~770年に製作された、制作年が明らかな世界最古の印刷物。現在は法隆寺に多く伝わっており、木版または銅凸版で刷られたと推測されています。
印刷技術が一気に進展した江戸時代になると、物語や学問などさまざまなジャンルで、庶民向けの印刷物が広く流通しました。日本で初めて挿絵入りで出版された古典文学作品の嵯峨本『伊勢物語』や、日本初の色刷り画譜として中国・明代の花鳥画を写した『明朝紫硯』なども、それぞれ貴重な書物と言えるでしょう。
『朝陽閣鑑賞』とは?印刷局が挑んだ、美術工芸の石版再現
『朝陽閣鑑賞』 大蔵省印刷局 印刷・発行 1883年 印刷博物館蔵
幕末・明治時代にかけては、活版や石版といった西洋の印刷が実用化され、日本の印刷は大きく飛躍します。その象徴として取り上げたいのが、明治時代に大蔵省印刷局から発行された『朝陽閣鑑賞』と呼ばれる書物です。
朝陽閣とは、印刷局の別称。当時の印刷局では石版技術を広めるため、さまざまな美術品を石版にて再現し刊行していました。さて、これは一体何を写した作品だと思いますか?
答えは、興福寺金襴をはじめとした名物裂と呼ばれる古裂(こぎれ)です。1ページにつき十色前後もの版が重ねられ、まるで本物の裂を貼りつけたかのように、一本一本の繊維までを細やかに描き出しています。写真では分かりにくいかもしれませんが、小さくとも魅力あふれる作品として、思わず顔を近づけて見入ってしまいます。
「デザイン」から見る、印刷博物館コレクション
『官板実測日本地図』(部分) 開成所 刊 1865〜67年 印刷博物館蔵
日本や西洋を問わず、印刷博物館のコレクションを「デザイン」の観点から紹介しているのも、この展覧会ならではの見どころです。「地図がこんなに美しいとは…」と、思わず感銘してしまうのが、日本初の刊行実測日本地図である『官板実測日本地図』でした。
伊能忠敬は日本で初めて実測によって地図『大日本沿海輿地全図』を作りましたが、『官板実測日本地図』はその小図をもとに、他の地図を参照しながら江戸幕府の開成所から刊行されたものです。測量された海岸線や街道までが、極めて詳細に描かれています。
『甲辰 明治三十七年 暦』 浅井忠 画 凸版印刷合資会社 印刷・発行 1904年 印刷博物館蔵
1904年に凸版印刷が発行した絵暦『甲辰 明治三十七年 暦』も見ておきたい一品です。凸版印刷では同時代に数年間、洋画家に依頼して絵暦を発行し、販促物として配布しましたが、この年の絵を千葉ゆかりの画家、浅井忠が手がけました。浅井は凸版印刷の初代社長、河合辰太郎と深い親交があり、河合の直接の依頼によって作られたと考えられています。
ポスターからデジタルインスタレーションまで、多彩な展示の魅力
中央:『VEUVE AMIOT(ヴーヴ・アミヨ)』 レオネット・カッピエロ 画 デヴァンベ印刷所 印刷 1922年 右:『三越呉服店 此美人』 橋口五葉 画 三間印刷所 印刷 1911年 いずれも印刷博物館蔵
この他ではフランスのスパークリングワインのポスターである『VEUVE AMIOT(ヴーヴ・アミヨ)』や、三越呉服店主催のデザインコンペで入選した橋口五葉の『三越呉服店 此美人』も華やか。日本でも人気のアルフォンス・ミュシャの甘美なポスターなど、お気に入りの一点を探しながら、ゆっくり見ていくのもおすすめです。
関連展示では「浅井忠―印刷物とデザインの仕事」と題し、千葉県立美術館のコレクションより、浅井が関わった印刷物やデザインにまつわる作品を紹介しています。さらに体験型展示として「ページの中を歩く」も行われています。
これは書物の一場面を大きなスクリーンに映し出すデジタルインスタレーション。本の世界を巡るような感覚を味わいながら、実物ではなかなか気づきにくい細部や印刷技術の美しさを間近に体感してみてください。
展覧会情報
『ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷』 千葉県立美術館
開催期間:2026年6月27日(土)〜9月6日(日)
所在地:千葉市中央区中央港1-10-1
アクセス:JR京葉線または千葉都市モノレール「千葉みなと」駅下車徒歩約10分。
開館時間:10:00~16:30(入場は16:00まで)
※金・土曜日及び7月19日(日)は9:00~19:30(入場は19:00まで)
休館日:月曜日(ただし7月20日(月)は開館)、7月21日(火)
入館料:一般1000円、高校・大学生500円、中学生以下、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方と介護者1名は無料。
※金・土曜日及び7月19日(日)の16:30以降の入場はナイト割が適用となり、一般800円、高大生400円。
ホームページ:『ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷』
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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